02ドラゴンのような何か
ドラゴン。日本語を当てるなら竜。
太古の昔から様々な伝説にその姿を現しては、人々に恐怖と災いを振りまく圧倒的な存在。
また、伝説の中で英雄の力を誇示するライバルとして登場する事も少なくない。
人知の及ばぬ自然災害、特に水害のシンボルであるという説もあるこの神秘の怪物は、当然、ゲーム世界であるメリクルリングRPGにおいては確かに存在する。
劣等種であるレッサードラゴンから、上位存在である古代ドラゴンなど、血沸き肉踊る冒険物語には欠かすことの出来ない、伝説級の魔獣なのである。
その伝説級に恐ろしい魔獣の卵を採取する。それはいかほど難しく危険な仕事であろうか。
卵である以上、そのもの自体に危険度はない。だがその親たるドラゴンが黙って見過ごすとは思えない。つまり、最悪はドラゴンと対決する必要があるわけだ。
この度『錬金術師』ハリエット女史よりもたらされた仕事こそ、そんな危険に満ちた大冒険だった。
「ちょいと、ドラゴンの卵なんか、採って欲しいんだケド」
いかにも近所の買い物を頼む様な軽い調子のハリエットに対し、聴いていた『傭兵』の少年アルトは、まず呆気に取られ、そしてその意味を脳に浸透させ終えるだけの時間をたっぷり使ってから慌てて立ち上がった。
「無理無理無理無理」
額の冷や汗を散らしながら高速で首を横に振るアルト。同じ食卓を囲む彼の仲間たちもまた、同様の思いだった。
「ドラゴンの玉子は美味いにゃ?」
いち早く恐慌から立ち直ったのは、やはり好奇心が先に立つねこ耳童女のマーベルだ。その好奇心の行く先は、最近続く粗食のせいで食欲に直結するようだ。
しかしさすがにこの質問には、店内にいる他の者たちも含め、誰一人として答えられなかった。
ドラゴンは恐ろしい脅威の魔獣であると共に、希少な存在でもあるのだ。そんな希少な存在の、これまた希少な卵など、食べるどころか見たことも無いのが当たり前である。
ちなみに玉子と卵の表記の違いは、それが食べ物として見られているか否か、ではないだろうか。
さて、ハリエットは『錬金術師』である。
この世界の、と言うと語弊があるが、彼女の行う『錬金術』とは、様々な物品同士を掛け合わせ、新たな何かを作り出す超化学だ。
そのハリエットが食材としてドラゴンの卵を求めるわけがないので、マーベル以外の者達の興味は別に移った。
その興味を口にするのは、背の高さこそマーベルと同様に低いが、その容姿は中年然とした酒樽っぽい髭紳士、レッドグースだった。
「いったい、ドラゴンの卵が何になるというのですかな?」
「プネウマを抽出するのダネ」
即答だった。即答だが、意味はまったく解らなかった。
「プネウマってなんやの?」
もはや朝食の続きを進める気にはならずに箸を置いたモルトが首を傾げる。皆、一様に「そうそれ、そこ大事」と頷いた。
「言葉としては、生命の息吹とか、生命力そのものとか、万物の根源とか、そんな意味合いです。キリスト教では聖霊と言う意味でも使われます」
と、解説を入れるのは、マーベルの傍らに転がった薄茶色の宝珠だ。そんな言葉を満足そう聞き流し、当のハリエットは何度か頷いて口を開いた。
「『錬金術』では第五元素とも言うネ」
いまいち掴みきれない存在のようだったので、一同は「はぁ」と曖昧に頷くしかなかった。意味はよく解らないが、何かを作るのに重要な素材なのだろう。
「ええと、プネウマだかって、ドラゴンの卵からじゃないと採れないの? もっと別の卵じゃダメなの? そもそも卵じゃないとダメなの?」
未だ晴れない頭上の疑問符はさて置き、アルトは腕を胸の前で組んで首を傾げた。プネウマとやらが生命力とかオーラとかそんなものだとすれば、別の代替が利かないとも思えない。
だがハリエットは静かに首を振る。
「採れないこともないんだけどネ。採取に一番効率的なのが卵で、ドラゴンの卵のプネウマ含有量は他に比べると計り知れないほどナノダヨ」
つまり、最大効率を考えればドラゴンの卵1択という事らしい。続けてハリエットの言う事には、ドラゴンの卵が含有するプネウマは、およそ鶏卵10万個分だそうだ。
しかしだ。そりゃ効率良いなら確かにドラゴンの卵と言う話なのだろうが、最上級の魔獣を相手にするのは、あまりにも無謀だろう。
「そこを何とか。コモドドラゴン辺りで何とかならんやろか」
「こど、も? ドラゴンの子供にゃ?」
頭を抱えながらモルトが呻き、すかさずマーベルが口を挟んだ。
子供ではない、コモドドラゴンだ。ドラゴンと名付いているが、本名はコモドオオトカゲと言いう。インドネシア辺りに生息する、歴とした実在生物である。
「ドラゴンの子供と言うなら『ドラゴンパピー』ですね」
さらに混ぜっ返すように口を挟むのは、薄茶色の宝珠だ。今度はこれにアルトが疑問符を飛ばした。
「パピーって、どっちかつーとお父さんぽくね?」
言われてみれば、と一同は深く頷いた。父親を表す『パパ』という言葉から転じた愛称で、『パピー』と言う呼び方も英語圏では確かにある。
ところがこれには呆れ顔のモルトが答える。
「お父さんは『pappy』ちゅー綴りやね。こっちは『puppy』で、子犬とか、動物の子供って意味や」
皆、感心してほうと息をついた。さすが現役女子大生である。
「すると、かの金髪忍者は自分の愛犬を得意げに『ヘイ子犬』と呼んでいた訳ですな」
「あっちの犬は『poppy』でひなげしと言う意味らしいですよ。どうせ後付けでしょうけど」
と、これは中年ゲーマー2名による戯言だった。さすがに若者達と、この世界の原住民であるティラミスや、違う異世界から来たハリエットは意味が解らずポカンとした。ポカンとしつつ、ハリエットは静かに頷いた。
「まぁ必要なプネウマが手に入れば何でも良いカナ」
珍しく投げやり気味に言い残し、依頼主である『錬金術師』は『金糸雀亭』を後にする。残されたのは、炒り豆腐を食い尽くされた空の皿だった。
なんとしても対ドラゴンは避けたい面々は、朝食を片付けると何か代わりになるものを探す事にした。
何せお断りして諦めるには報酬が良すぎるのだ。
まず全額で8万銀貨と言う大金を前提とし、そこから必要経費を支払い、残った金額が報酬である。これは半額以上経費に使っても、借金返済して余りある金額だ。諦めるにはあまりに惜しかった。
そう言うわけで、まず話題にも出たコモドドラゴンについて。
調べ物と言えばインターネット、と行きたいところだが、当然この世界にそんな便利なものは無い。なればもっとアナログな方法に頼るしかない。
すなわち書物である。
もちろん物知りな誰かに訊ねるという方法もあるが、残念ながら『ノウレイジ』に長けた知り合いはいないのだ。
仕方が無いので100銀貨と言う、彼らにとっては安くない利用料を払い、『魔術師ギルド』の図書室に入れてもらうのだった。
印刷技術が未だ発達していないこの世界では、書物とは高級品であり、そんな高価な品を無料で公開する豪気な者はいないのだ。
いかに命を危険に晒さず高額報酬を得るかと言う瀬戸際なので、そりゃもう皆必死に調べた。細かい事を言えば特に必死だったのはやはりアルトやモルトであり、事あるごとにサボろうとする背丈半分コンビの尻を叩きつつの文献調査だった。
さて、彼らがページを捲ることに夢中になっている間、陽は高く昇り、そして地平の果てに沈みかけるに至った。
夕方までの時間を費やしわかったのは「どうやらコモドドラゴンはこの世界にいないらしい」と言うことだ。
「らしい」と言うのは、つまりうず高く積まれた文献のどこにも、かのオオトカゲのついての記述は無かったのである。
それでも諦め切れなかったアルトなどは、最終的に元GMたる薄茶色の宝珠の談で、燃え尽きるかのように図書室を後にした。
すなわち曰く「『学者』のスキルである『ズールジー』が無いのにも関わらず、その名を言えた時点で判ってた事ですけどね」である。
ここ『メリクルリングRPG』のルールに縛られた世界なので、プレイヤー知識とキャラクター知識は明確に分けられるという話だ。
「まぁ、いたとして所詮はオオトカゲやし」
同じく必死になっていた片割れのモルトは、自分に言い聞かせて慰めるように溜め息をつくのだった。
「して、どうしますかな? まだ図書館の利用料くらいなら、我々で賄えますぞ」
夕暮れの帰り道。レッドグースは深緑のベレー帽の位置を直しながら誰にともなくそう言った。
現実逃避じみた一縷の望みであるコモドドラゴンもその存在は確認できず、一応調べたドラゴンについても、文献を見れば見るほど一筋縄ではいかないようだ。
そも、ドラゴンの中でも最下位に位置するレッサードラゴンですらモンスターレベル12なのだ。強くなったとはいえ、まだアルトの『傭兵』が6レベル。単純に考えても倍である。
ならば、やっぱり依頼は受けないことにするというのが現実的である。
「ちゅーか、この島に、ドラゴンおるの?」
そこでふと、モルトが呟いた。
誰もが無理である事実と報酬に対する欲の狭間でうなだれる中、それはものすごい根本的な問いであった。
この世界にドラゴンが存在することは書物でも充分に理解した。だが辺境であるこの島ではどうだろうか。
いないなら、ドラゴンを求めて大陸まで渡らなくてはならないだろう。そうなれば金銭的にも時間的にもかなりの手間である。難度はドラゴンそのものも含めてかなり高くなるだろう。
そこまでの難易度ならばもう諦めもつく。というモルトの思惑も含んだ問いだった。
だがこの問いに答えられる者がいるとすれば、この中ではただの2人だけだ。
その一人である薄茶色の宝珠は、無機物らしい沈黙を守っている。おそらく彼が語るべき話ではない、いわゆる『抵触事項』なのだろう。
そろそろ思い悩むストレスに耐えかねていたアルトは、もう一人の回答候補者に視線を向けた。この中の誰より長くこの島にいる『人形姉妹』が四女ティラミスである。
「ふむ、いるでありますよ」
彼女の返答は、非常に明快であった。
そうかいるのか。と、アルトはガックリと肩を落とした。これで一つ、退路を断たれた気分になってしまったのだ。
だがこの仕事は別に強要された訳ではない。
命を懸ける、程度の可能性があるならいいが、そもそも勝目が無いならただの自殺である。8万銀貨は確かに惜しいが、死んでしまっては元も子もない。
アルトの脳内は、必死でこの仕事を断るための理論武装を施し始めた。
「必要なのは卵だろ? ってことは希少なドラゴンの中からメスを探さなきゃダメって事だよな。しかも産卵しているかどうかはまた運じゃないか」
だがその言葉を聞いているのかどうか、レッドグースの帽上で得意げに寛ぐ人形少女はさらに言葉を続ける。
「ドラゴンと言えば『天の支柱山脈』でありますな」
『天の支柱山脈』とは、このアルセリア島を南北に分ける様に、島の中央を横断する山脈だ。アルトたちがこの世界に降り立った場所は山脈北側のニューガルズ公国。そして今いるのが南側のレギ帝国となる。
『天の支柱山脈』は難所である、と以前に聞いていたが、ティラミスの言から察するにその理由は単に山道が厳しいだけではなかったようだ。
「山脈には亜竜と呼ばれるワイバーンや、劣等種のレッサードラゴンももちろんいるでありますが、なんといっても有名なのは『火竜シャイニングスター』でありますな。古代種の中でも最上の一角で、世界に5体しかいないと言われる神竜の1体であります」
この後、『火竜シャイニングスター』がいかに恐ろしいかを語るティラミスのおかげもあり、一同の意思はお断りの方向で統一されたのだった。
その時である。
幅広い道を話しながら進むアルトたちの前に、3人の男があたふたと飛び出してきた。夕暮れの空の様に真っ赤な法衣を着込んだ、中年の『聖職者』だ。
それは初めて目にする服装だったが、アルトはすぐさま腰の差料に手をかけて、仲間を守るように進み出る。なぜなら、彼らが胸に掲げた『聖印』は、アルトたちのよく知るものだったからだ。
「まさかの時に『ラ・ガイン教会』にゃ」
耳としっぽを毛羽立てたねこ耳童女マーベルが呟く通り、それは山十字と呼ばれる、『ラ・ガイン教会』を示す『聖印』だった。
余程急いでいたかタイミングを測り間違えたか、という態の3人は、互いとアルトたちの間でせわしなく視線をめぐらせると、突然何事も無かったかのように背筋を伸ばして立ち、息と法衣の裾を整えながらゆっくりと手を後ろに組んだ。
「コホン。待ちたまえ君たち」
精一杯威厳を示しているつもりの3人の内、中央に立った髭の痩せた男が口を開き、アルトたちは油断無く身構えた。
『ラ・ガイン教会』からすれば、アルトたちは敵である。アルトたちは『ラ・ガイン教会』の最高指導者、法王ランドンの暗殺犯なのだ。
もちろん濡れ衣だが、まだその無念を晴らす機会も無い状態である。そもそもこのレギ帝国に来たのも、かの教会の勢力から逃れる為だった。
つまりこの見慣れぬ赤い法衣を着た『聖職者』たちが追っ手であれば、家路を急ぐ人が行き交うこの道上で事を構える破目になる。
ところがだ。いつでも『胴田貫』を抜き打ちできるよう身構えたアルトと対照的に、赤い法衣の男たちからは殺気と言うものが感じられなかった。
お互いが沈黙のまま数十秒がゆっくりと過ぎると、アルトたち一同は、さすがに緊張を困惑に変えていった。
困惑していたのはアルトたちだけではない。突然の出来事に、道行く人たちも何事かと立ち止まって眺め始め、アルトたちはたちまち大道芸の舞台に上げられたかの様な状況になった。
ギャラリーが増えた事を満足そうに、そして得意げに受け止めた赤い法衣の男たちは、大仰に頷いてさらに胸を張った。
集った民衆は、いったい何が始まったのかと無言で眺め、特に新しい物好きなこの港街ボーウェンの市民たちは、見慣れぬ真っ赤な法衣の男に興味深々だった。
「我々は『ラ・ガイン僧職系男子の会』である」
再び中央の痩せた男が口を開き、その様に名乗る。
「草食系男子にゃ?」
「なんでやねん」
アルトの背後では、すでに緊張感をなくした姉妹漫才が始まるが、特に気にした様子も無く、赤男たちは言葉を続けた。
「我が会の目的は3つである。一つ、始祖ガインの教えを忠実に守ること」
続いて右にいた中肉中背の男が口を開く。
「二つ、その教えの布教に努めること」
そして左にいた猫背の男が引き継ぐ。
「三つ、教えから逸脱し腐敗する者と対決すること」
最後にまた中央の痩せた男が甲高い声で高らかに言い放つ。
「四つ、この島の平和に寄与すること」
「4つやんか」
タイミング良くモルトのツッコミが入ると、集った観衆はドッと笑うのだった。
思った反応と違ったのか、バツが悪そうに俯いた3人は、顔を寄せ合い相談すると、初めに飛び出した小路にそそくさと戻り、そして再び飛び出して来た。「やりなおすんかい」と突っ込みたい気持ちをグッとこらえつつ、一同は静かに彼らの行動を見守った。
するとやはりやり直すようで、今度は順番を変え中肉中背の男が声を上げ、順番に標語を掲げた。
「我が会の目的は3つ。一つ、始祖ガインの教えを守ること」
「二つ、教えを布教すること」
「三つ、腐敗は絶対に許さない」
そして順番が満を持して帰って来ると、中肉中背の男は得意満面の笑みで拳を振り上げた。
「四つ、この島の平和は俺たちが守る」
今か今かと期待していた観衆は、ここぞとばかり再びドッと笑った。
「ええと、何だこれ」
アルトの困惑は、今、最高潮に達していた。
二度目は完全に狙っていた様で、赤い法衣の男たちは観衆の喝采に手を振って応え、それに満足した観衆たちは銀貨を放り帰路に戻っていく。
たちまちアルトたちと赤男たちの周囲は寂しくなり、ついにはいつも通りの夕方の街に戻った。
赤男たちは道に落ちたおひねりを急いでかき集め、その作業が終わるや否や、何事もなかったように元の直立姿勢を取る。
「どうやら『聖職者』ネタの大道芸人だったみたいですな」
「笑いどころがよく判らなかったであります。人間のコントは高度であります」
初めからあまり緊張感を持っていなかったレッドグースがそう呟き、同調したティラミスが彼の帽子の上からしきりに首を捻る。
ところがだ。その呟きを聞きつけた男達は、法衣もかくやと言うほど顔を赤くして怒鳴った。
「コントではない」
さすがにこの反応には一同キョトンとせざるを得ない。キョトンとして、直後には「何だまだコントが続いているのか」と納得顔で頷いた。
その反応が不本意だったようで、赤男たちはもう一度、声を張り上げる。
「コントではない。貴公らに忠告に参ったのだ」
ここへ来て、アルトの態度は初めに戻った。すなわち、腰の差料に手をかけ、いつでも飛び出せるようにと姿勢を低くした。また、視線は油断無く男たちの挙動に注目する。
忠告とは何であろうか。
先にも述べたがアルトたちは『ラ・ガイン教会』の敵である。その教会に奉職する『聖職者』が彼らに「話がある」と言うなら、それはやはり捕縛か処刑か、という想像がアルトの脳裏を駆け巡った。
また、かつてまだニューガルズ公国内で『教会警護隊』の留置所に囚われた際の事を思い出す。あの時、法王猊下を尊敬する亜麻色の髪の『警護官』からの罵倒を受けるという出来事があった。
いったいこの見慣れぬ赤い法衣の『聖職者』たちは、どのような役割を持ってアルトたちに接して来たのか。
はたして、赤男たちは顔の赤みが引くのを待ってから静かに言葉を告げた。
「貴公ら、邪悪な企てから早々に手を引くのだ」
アルトの心は再び緊張から困惑へと転じた。




