08ミスリルメイ3
「副団長の野郎には仕返ししてやらないと気がすまねぇ」
安い飯の中の、貴重な肉塊を遠慮なくフォークで突き刺しつつ、赤毛の少年エイリークは鼻息を鳴らした。
彼が港街ボーウェンまでやって来た目的についての話のはずが、少し内容が突飛だったので一同は目を点にする。
この頃には話が少々長くなってきたので、『煌きの畔亭』も少し空き始めている。
本来ならここで、アルバイトの続きがあるアルトとモルトが抜けるところだが、2人とも今日は少し時間に余裕があったので、そのまま彼の話に耳を傾けた。
「だがこのままタキシン王国に戻った所で、何も出来ずにやられるだろうな」
そう言いながら、エイリークは自分の右腕と左脚を見せ付けるように持ち上げる。どちらにも粗末でボロボロの義肢が取り付けられていて、見るからに痛々しい。
「そこで取り出したるは、拙者が持っていたこの書物でござる」
言葉を継ぎながら、小さなプレツエルはいそいそと鎧の胸部に設えられた収納から、古びた装丁の書物を取り出した。彼女のサイズが14センチメートル程度なので、両手でやっと持ち上げているような有様だ。
「それ、もしかして親父殿の、でありますか」
テーブルの端に、専用のランチョンマットを敷いてくつろいでいたティラミスが、ぴょこんと立ち上がる。彼女ら人形姉妹の父と言えば、大魔法文明時代のゴーレム製作の第一人者、大魔法使いパーン・デピスの事である。
「なにが書いてあるにゃ?」
子供並みの小さな手を伸ばし、その書物をひょいと取り上げて、ねこ耳童女がパラパラとめくってみる。
だがマーベルには読む事適わなかった。なぜなら文字が魔法語だからだ。
魔法語は『魔術師』の使う『緒元魔法』の為の言語だが、大魔法文明期には、公用言語としても使用されていたのだ。
「それは、この鎧に使われている『ネブゴーレム』と言う技術について書いてあるでござるよ」
プレツエルは自らが操っていた金緑色の『板金鎧』をぺちぺちと叩きながら、誇らしげに胸を張った。
アルトたちは初めて聞く単語に、口をポカンとして続きを待つしか術がない。彼らの情報端末である薄茶色の宝珠も、抵触事項なのか気を使っているのか、マーベルのベルトポーチで無言を貫いたままだった。
「俺がこの書を読み解いた所、『ネブゴーレム』って言うのは、使用者の意思と接続して、自在に操る事のできるゴーレムの事だ」
つまり、まさに操縦ロボットのようなモノの様だ。プレツエルはこの『ネブゴーレム』の操作に特化した人工知能搭載型ゴーレムなのだろう。
「え、いやその『ネブゴーレム』が何なのかは、なんとなく解った。あと復讐したいのもわかった。で、結局目的は何なんだよ。オレは何を手伝えばいいんだ?」
話が次から次へと飛びまくっている様に感じて、アルトはつい言葉を挟んだ。彼は頭が悪いわけではないが、あまり煩雑な話し方をされてはさすがに混乱しそうだ。
「慌てるなよアルト。変わってねーな」
エイリークがそんな反応に苦笑いを漏らす。そうか、変わっていないのか。と、アルトは何やら少しだけ安心した。
「目的は『ネブゴーレム』の技術を応用して、自在に動く義肢を作る事。アルトに手伝って欲しいのは技術者探しだ」
「技術者、とは? ティラミス殿なら出来るのではありませぬか?」
すぐさま浮かんだ疑問をレッドグースが口にする。彼らの妹分である人形姉妹が一人、ティラミスは『魔法工学士』である。魔法を利用した様々な装置の専門家なのだ。
だがティラミスは静かに首を横に振った。
「任せるであります。と、言いたい所でありますが、一つだけできない事があるのでありますよ」
「なんにゃ?」
一同が注目する中、小さな飛行帽の人形少女は眉をしかめて顎を撫でた。
「『ネブゴーレム』の必須原材料は『ミスリル銀』なのであります。『ミスリル銀』の加工が出来るのは、『ミスリル鍛冶師』だけなのであります」
ミスリル銀とは、かのトールキン氏のファンタジー作品群に登場する架空の金属だ。
氏の著した世界観は、後のファンタジー作品に多大な影響を与え、今では剣と魔法のファンタジー世界の基礎となっている、と言っても過言ではない。
ミスリル銀もその一つで、影響を受けた様々な作品にその名を登場させ、作品ごとで細かく設定を異にする存在となっている。
共通するのは、通常の金属より優れた能力を持つところだ。
メリクルリングRPGでは『妖精界の金属』と位置づけられ、金緑色の輝きと、驚くほどの軽さと丈夫さを兼ね備えた、魔法金属として扱われる。
交渉の末、成功報酬8千銀貨を取り付け、アルトたち一行はエイリークたちと別れた。
報酬を貰う代わりといっては何だが、『ミスリル鍛冶師』探しの一切をアルトたちが引き受け、エイリークには『金糸雀亭』で養生してもらう事にする。
なにせ彼がまだ左脚を失ってからそれ程経っていない事もあるし、暗殺者に狙われていると言う事情もある。行動を共にしてうろつくより、プレツエルの護衛の下でどとまって貰う方が都合がいいと判断したからだ。
ちなみに高位の神聖魔法には、肉体の欠損を回復する魔法もあるが、そちらについては却下された。
『ネブゴーレム』の義肢を利用する事で、エイリークは自らの能力の底上げ効果も狙っているからだ。
ミスリル銀を使った装備品と言えば、この世界の常識的にはそれ程に期待が持てる品なのだ。
「いいなー、ミスリル銀。オレも欲しい」
ひとまず一行まとまって『職人街』を歩く中、アルトがウットリとした表情を浮かべつつそう漏らした。記憶の混乱より物欲が勝ったらしい。
「いや『ええな』言うてもな」
そんなアルトの様子に同意しつつも、モルトが溜め息をつきながら、『煌きの畔亭』でエイリークが見せたミスリル銀の精製塊を思い出す。
長さ30センチメートルの塊が3つ。全部で6万銀貨は下らない代物だ。とてもじゃないが今の彼らに手が出る値段ではない。
「傭兵は儲かるにゃ? アタシらも傭兵するにゃ?」
お金が無いなら稼げばいいじゃない、とばかりにマーベルは少年剣士の顔を覗きこむ。だがアルトはすぐさま気まずそうに目を逸らした。
戦争屋などとてもじゃないけどやりたくない。
冒険者の仕事は「戦闘も含む、アレコレ」だが、傭兵の仕事は明確に「戦闘」である。危険度は格段に上がるだろう。危険は痛くて怖いのだ。
だいたい、エイリークに「ジリ貧」と言われた戦場に今から赴いたとして、とてもじゃないが稼げるとは思えない。と、アルトは心の中でいい訳じみた論を付け足した。
怖いのは確かだが、それが理由の全てだと自ら認めるのは、なんだか悔しいお年頃であった。
その様にしてしばし歩くと、アルトのアルバイト先であるレコルト工房へたどり着く。昼休みはとうに終わっている時間だが、まだ炉に火が入っていないようで、金属を叩くけたたましい音も聞こえなかった。
今日はいつも使うコークスが夕方にならないと届かないというので、ひとまず半休業。気付けば頻繁に切らしているようだが、工房での消費に、コークス生産の方が追いつかない時がしばしばあるのだ。
アルトは慣れた手つきで、簡素だが頑丈そうな分厚い木の扉を押した。
「親方、いますか?」
「おう、アル坊じゃねーか。どうした」
綺麗に整理された鍛冶場の隅で、鎚や色々な形のハシを手入れしていた、ギザギザ髭のドワーフが振り向く。この工房の親方であるレコルトだ。
「ちょっと訊ねたい事がありまして」
「前借の相談なら請けねーぞ」
「いや、まいったな。違いますって」
いかに剣の腕が立つ様になったとは言え、アルトはただのアルバイトでしかない。その上、親方の半分も齢を重ねていない若造だ。さらにいつも徒弟たちを怒鳴り散らしている姿を見ているだけに、まったく頭が上がらなかった。アルトをそうさせるだけの迫力が、レコルトには確かにあるのだ。
埒が明かない様子に業を煮やしアルトを押しのけるのは、白い法衣のモルトだった。彼女は丁寧に頭を下げて挨拶をした。
「こんにちは、いつもアル君がお世話になってます」
字面の上では普通に丁寧語だが、イントネーションはやはりいつもの調子だ。そんな淑やかな猫かぶり振りに、レコルトは思わず手にしていた鎚を取り落とす。
「なんだ、アル坊の嫁か? 美人じゃねーか」
「いえ、強いて言えば姐です」
そんな様子で迎え入れられ、各々は簡素な丸椅子に座る。アルトはどうも恐縮しっぱなしだった。
「実は『ミスリル鍛冶師』を探しておるのです」
それぞれが簡単に挨拶を済ませた後、同じドワーフでも筋肉量で負けている、文系酒樽レッドグースがそう口火を切ると、体育会系酒樽レコルトはギザギザ髭を撫でながら眉をしかめた。
「今時、『ミスリル鍛冶師』なんているもんか」
ミスリル銀は妖精界の金属で、この物質界では非常に希少である。そして親方の話によれば、その加工技術自体がすでに廃れて久しいと言う。
だが一同はそんな否定の言葉には失望しなかった。訊きたい本題は、実はここからだったからだ。
「アタシたちが訊きたいのは『灯台遺跡』についてにゃ」
それは目的地をこの港街ボーウェンに定めた、エイリークからの情報だった。
『灯台遺跡』にミスリル銀加工に関する重要な手がかりがあり、レコルトと言う『鍛冶屋』が何か知っているらしい、と。
『灯台遺跡』の名を聞き、レコルトの眉はより一層渋々しくしかめられた。
『灯台遺跡』はボーウェンの港湾からも見ることができる小島にある。
大魔法文明時代に作られたレンガ塔で、実際には作られた目的は不明だった。ただ、場所が港の近くな事もあり、『灯台遺跡』などと呼ばれているのだ。
「あの塔にはな、さる高名な伝説の鍛冶師が眠っておるのだ」
しばしの沈黙の後、軽いため息と共に、『鍛冶屋』の老ドワーフは重々しく語りだした。
「お墓にゃ?」
伝説級の人物が眠っている、などと言われれば、誰もが思いつくのが『亡くなって埋葬された場所』と言う連想だ。いち早くそれを口にしたのがマーベルだった。
だがレコルトは静かに首を振る。
「いや、文字通り眠っている。と、聞いておる。これはワシの親方株と共に伝えられている話だ」
つまり、レコルトの師匠の、そのまた師匠と、連綿と語り継がれている話だった。
親方の話はこうだ。
大魔法文明期、あるところに付加魔術とミスリル鍛冶に長けた天才『魔術師』がいた。
付加魔術とは、武器防具、アイテムに、魔法で付属効果を与える『緒元魔法』の一種である。今ではすっかり廃れ、効果時間が限られた『エナジーアームズ』などを残すのみとなってしまっている。
さて、その天才は、ある有名な『魔術師』の家柄であったが、あまりの才能の為、嫉妬に狂った一部の者たちの手によって、辺境の小島に封じられてしまった。
その場所こそ、ボーウェンの港から臨む事が出来る『灯台遺跡』という話だ。
「アル坊たちが、かの『ミスリル鍛冶師』を目覚めさせると言うなら、ワシの工房に連れてくると良い。場所も道具もいつでも貸そう」
レコルトは話をそう括り、ついでに小声で、
「むしろワシらとしてはミスリル鍛冶を習いたいくらいだから大歓迎だ」
と付け加えた。
アルトたちは話を聞き終えると、早速、件の小島へと向かうのだった。
『船員ギルド』で、船のチャーター料8千銀貨などと吹っかけられて往生していると、先程、水神ミツハの社殿で進水式を執り行ったばかりの小さな漁船に行き会った。
「よっしゃそんなら乗って行け」
向こうの漁師も当然モルトを覚えていたので、好意で渡してもらえる事になり、おかげで日中、もっとも日が高くなるような時間には、件の小島に上陸した。
真夏の灼熱太陽が、日陰も無い小島に照りつける。暑いので、漁船はアルトたちに小枝の束を渡して早々に帰還した。
小枝は、燃やすと炎が少なく煙が多い種類のものだそうで、合図の狼煙用だった。狼煙を上げれば、迎えに来てくれるそうだ。
さて、そこは本当に小島としか表しようのない場所だった。直径にして50メートル程度しかない円形の平らな盆状の島で、中央にそびえる高さ10メートル程度のレンガ塔があるだけだった。
「入り口がありませんな」
漁船を見送ってからぐるりと島と塔を回ってみて、隊の捜索係りであるレッドグースが首を傾げた。
遺跡と言うわりに誰も調査していない、と言うのも頷ける。塔と言っても、ここにいる全員が手を繋げば、周囲を結べる程度の太さなので、むしろ墓標や記念碑と言われても納得しそうだ。
とは言え、彼らは一応『ここに何かがあるハズ』と言う情報を得ている訳で、観光目的ではないのだ。
「隠し扉でもあるんやないの?」
全員で腕を組んで考え込んでいても仕方が無いので、モルトが更なる捜索を促すように酒樽紳士に語りかける。レッドグースは「気付かれた」とでも言いたげに肩をすくめて、壁に張り付くように調査を始めるのだった。
「髭の兄貴殿、何かありそうでありますか?」
「ふむ、どうでしょうな。GM殿?」
「はいはい、そのまま調査を続けて下さい。こちらはこちらで判定ロールが行われてますから」
『盗賊』であるレッドグースが、隠し扉や罠などを探す為に、壁を撫で回したり、軽く叩いたりする。その都度、GMたる薄茶色の宝珠の内部では、巨大なサイコロが転げまわる。
その数字如何で、何かが発見される、かも知れないと言うわけだ。
「きゅぴーん、ひらめいたにゃ。ロールするって事は、何かあるって事にゃ?」
「おお、冴えてるじゃんか。このねこ耳児童め」
マーベルがそのねこ目にキラリという閃光を湛えて振り向いた。その言動に感心したアルトは、すかさず彼女の頭をぐりぐりとかいぐる。
「やーめーろーよー」
言葉では否定しているが、割と楽しそうだった。
だが、そのベルトポーチに納まった薄茶色の宝珠は、ため息混じりに彼女の閃きを否定した。
「空ロールって言うのもありますからねぇ」
高校生コンビとティラミスを抜かした各々は、シミジミと頷いた。
TRPGにおいてロールとは、成功失敗や、発見できたかどうかなどの判定の為に行われる。
プレイヤーが振るロールもあれば、GMが振るロールもあるのだが、GMが振る場合、その逆手をつき「ロールが行われた、と言う事は何かがある」と言う判断材料にされる事もある。
その対策として行われるのが「空ロール」だ。
つまり、何も無くてもひとまず行動すればロールしておく、と言う訳である。
ちなみに名称については、各ローカルで様々な呼び方をされている。
だが結果として今回は空ロールではなかった。
慎重に丹念にレンガ塔の周囲を調べたレッドグースは、基礎となる石積みの一部に小さな空洞を見つけることに成功した。
さらに時間を使って調査すると、ラグビーボールを縦に割った様な形の石が外れ、コブシ一つが入る穴が見つかる。この穴にスイッチがあった。
「早く押すにゃ」
見つけたのがレッドグースで、現在穴を覗き込んでいるのも彼だったので、言葉だけで赤い押しボタンを思い浮かべたマーベルが、少しだけ苛立ちながら言う。
発見調査の為に、すでに30分ほど経過したが、『盗賊』以外はする事がなくて見ていただけだった。なのでこのねこ耳童女はすっかり退屈しているのだ。
実際には石を削り出して作った押しボタンだったが、レッドグースは何も言わずに頷いて押し込んだ。
地響きが小島を小刻みに揺るがし、ボタンから少し離れたレンガの壁が、一部だけ四角く開く。するとそこには黒く錆びた鉛の扉が現れる。
そしてその扉には魔法語で何事か刻まれていた。
一同は重厚な扉を臨んで息を呑む。
「アっくん、なんて書いてあるにゃ?」
マーベルの求めに応じ、若いサムライは『学者』のスキル使用をGMに告げ、指でなぞりながらその碑文を読み上げた。
「『この地に眠る者を起こすことなかれ。この言葉を守らぬ者は、得も言われぬ災難に見舞われるであろう』」
「得も言われぬて」
この微妙な言い回しに、ヤバいのかヤバく無いのか判断つきかねる一同であった。




