05妖魔の城
メリクルリングRPGの世界にも、我々の世界同様にたくさんの神がいる。
中でも最も勢力の強い教会組織は『光と闇の眷属』。主に大陸の西側で信仰されている。
『光と闇の眷属』は光を司る善神アジュラと闇を司る悪神カーリンを中心とする一派だ。また善神アジュラの下に勤勉・知恵・勇気を司る三柱神が、悪神カーリンの下に強欲・怠惰・憤怒を司る三柱神がいる。
大陸の東側で信仰されるのは『太陽神の一派』。
『太陽神の一派』は太陽神スメラギを主神とした100柱以上の様々な神がいる。モルトの信仰する『酒神キフネ』もこの一派だ。
アルセリア島の北部にある『ニューガルズ公国』では『ラ・ガイン教会』という地方神の力が強い。
ニューガルズ公国内にある霊峰ガイン山に眠る『始まりの巨人』を信仰する勢力である。
アルト達が訪れた教会もまた『ラ・ガイン教会』である。
前回のあらすじ。「郊外の屋敷を掃除してくれれば、格安でいい住まいを紹介するよ」などと美味いこと言われて来てみれば、屋敷の玄関にゴブリンの歩哨が立っていたでござるの巻。
「アンタの書いたシナリオだろ、見取り図と敵の数、あと全て教えろ!」
激昂したアルトが、GMの身体である宝珠を激しく揺さぶる。
「あばばばば、無理ですよー」
「何で無理じゃー!」
「はいはいアル君、それくらいにせんとGMのおっちゃん火ィ吹くで」
「吹くかっ!」
「どうどうどう」
マーベルとモルトに両側から羽交い締めにされ、アルトはようやくその手を止める。だが息は荒く、未だ目は血走っている。
外から窺う限り、屋敷はレトロな二階建てで、各階に4~5の部屋がありそうな広さだった。貴族か豪商の別荘のようである。
「ねぇねぇGM、なんで無理にゃ?」
シナリオを書いたのがGMであれば、その内容を知っているのが当然である。言えないのはもしやゲーム世界の制約に抵触するからか。それとも他に理由があるのだろうか。
「ぶっちゃけますと知らないんですよ。ホント」
GMが自分の用意したシナリオの内容を知らない。そんなことがあるのだろうか。
実はそういう事もあるのである。
正確には『知らない』ではなく『考えてない』のだが。
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テーブルトークRPGでセッションを行う為に、GMは予めシナリオを用意する。
シナリオとはプレイヤーがゲームで触れるイベントであり、ミッションである。その導入部、ミッション本体、そしてエンディングまでを総じて『シナリオ』と呼ぶ。
だがこのシナリオ、作成するにあたって正しい書式も方法論も無い。
GM各々が、自分の進めやすいように準備するものであり、細々とノートに書き込むGMもいれば、断片的なメモを用意するだけのGMもいる。
そうした中に『ネタ』だけを用意し、後はすべて出たとこ勝負、アドリブでシナリオを進行するGMもごく少数だが存在する。この手のマスタリングはとても高度で難しい。反面、自由度の高さは他のGMの追随を許さない。
ただしくれぐれも繰り返すが、このマスタリングには高い技術と経験と優れた発想力が必要である。
RPGコンベンションなどで『今日のシナリオはアドリブでやります!』などというGMがいたら、アタリかハズレか、慎重に見極める必要がある。
ちなみに我らがGMがアタリだったのかハズレだったのか、こうなってはもう知る術がない。
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「なんかもうダメっぽい?」
ため息を付きながらマーベルはつぶやき、静かに頭を振った。
アルトが話を聞く状態まで正気に戻るのに数分の時間を要した。
彼らが潜む茂みから屋敷の歩哨ゴブリンまで約50メートル。幸い、今の騒ぎはゴブリンに気づかれていないようだった。
「さて、どうやってヤツらを排除する?」
まず会議の進行を請負うかのように議題を提唱したのはアルト・ライナー。上半身を覆う『鎖帷子』に『無銘の打刀』を佩いた少年だ。『傭兵』で『サムライ』スキルを持つ。
「ぶわーとやってにゃーっと行っちゃうと、いいんじゃないかなっ」
なんの具体性も無い提案で、実際何も考えてない事を露呈した金髪のねこ耳童女はマーベル・プロメテイト。草色のワンピースに『なめし革の鎧』を身にまとった『精霊使い』。『小弓』と矢筒を腰につるした『弓兵』でもある。
「いてまう? 殺ってまう?」
物騒な提案を投げかけるのは3人の中で最年長のモルト・レミアム。ゆったりとした白い法衣に白いピルボックス帽を合わせた一見お嬢様風の女性だ。今は旅装で法衣の上に胸部と背中を守る『胸部鎧』、腰に刃渡り80センチ程度の『鎧刺し』を佩いていた。『聖職者』であり、『警護官』でもある。
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『警護官』『弓兵』は『傭兵』と同じく戦士系職業である。
『警護官』は敵の攻撃を防ぎ、仲間を守る事に長じた戦士で、仲間の盾役として前衛に立つ。
『弓兵』は弓をはじめとした飛び道具全般の扱いに長けている。森や山で行う狩り『ハンティング』スキルなども『弓兵』の仕事だ。
また『精霊使い』は3つの魔法職の一つ。万物に宿る様々な精霊を召喚し『精霊魔法』を行使する。
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「距離は50メートル。全力移動で接敵まで1ラウンドかかります」
データを読み上げるのは薄茶の宝珠、このゲームの管理者であった元GMの今の姿である。
ラウンドとは戦闘時間の単位で、1ラウンド約10秒となっている。
「こうなったら嫌な斬合いも我慢するさ。このイベントを乗り切れば一般市民にクラスチェンジだし。…でも出来るなら少ない方がいいなぁ」
装備の物々しさに似合わず及び腰のアルトだったが、それもいた仕方が無い。プレイヤーの操る『傭兵』が勇敢なのは、それがゲームだからである。
ゲームが現実となった今、ダメージを負えば痛いし、妖魔の腐臭は鼻を曲げる。
「ウチが『警護官』1レベル、ベルにゃんが『弓兵』1レベル。ほんでアル君が『傭兵』2レベル。戦士職が3人なら余裕やろー」
「いやレベルが2-1-1じゃ、結構いい勝負になっちゃうんじゃないかな」
「アっくんはゴブ1匹と3ラウンドかかったしね」
昨日の苦い記憶がよみがえる。ゴブリンは2レベルのモンスター。今のアルトが互角に勝負できる強さなのだ。
「ほーかー。1匹だったら良かったんやなー」
確かに、もし歩哨がゴブリン1匹だったら、さすがに戦士職3人で1ラウンド、長くても2ラウンドで屠る事が可能だろう。
だが現実に、ゴブリンは2人1組で歩哨の職務を遂行していた。
「あ」
額と眉を寄せて唸るばかりの中、マーベルがぽんと手を打った。
「んにゃ、ちょっち待って」
ぴょこんと軽いバックステップ2人から間を取ったマーベルは、両手を広げ空を仰ぐ。
「風の精霊、召還」
金色のポニーテイルと猫の耳が優しい風にはためく。地に落ちていた木の葉が舞い、風がマーベルに集う。風の精霊魔法を使用する準備動作だ。
「精霊魔法『シルフサウンド』っ」
「魔法の使用を承認します」
小さな声が発すると、同時にGMが機械的な声で返答を返した。どうやら薄茶色の宝珠の中で、ゲーム的処理がなされているようだ。
弓を引くような動作で小さな手をあらぬ方角へ突き出す。その先は歩哨のゴブリンからも、アルトたちからも離れた静かで平和な茂みだった。
「?」
アルトは意味がわからず小首を傾げる。その途端、指のはるか先にある茂みが激しく揺れたかと思うと『シルフサウンドっ』とマーベルの声を大きく発した。
「うをっ、何じゃ!」
ぎょっとして目をむいたアルトがGMに説明を求め視線を向ける、視線の先の足元には捨てられるように置かれた宝珠があった。魔法使用の邪魔になるからと、マーベルが放り出した結果である。
「1レベル精霊魔法のひとつ『シルフサウンド』です。自分の声や音を風の精霊に運ばせることが出来ます。有効距離は500メートル」
「お、ゴブも気づいたみたいやで」
モルトの言に再び屋敷に目を向けると、確かに歩哨のゴブリンが動揺しているさまが見えた。
ゴブリンは何言か2人で話し、そのうちの1人がしぶしぶと言う様子で場を離れる。どうやら声のした茂みを調べてくるよう命じられたようだ。
「よし、いいぞ。マーベルえらい」
小躍りするほどの喜びを顕に、アルトはマーベルの頭をぐりぐりとかいぐる。
「やーめーろーよー」
マーベルも満更でもなさそうだ。
優に1分ほども時間をかけ、ゴブリンは慎重に茂みへ近づいた。元の位置から80メートルは離れただろうか。
「よっし、第二段階いくよ。アタシが弓を構えたら走って!」
両手のこぶしに気合を入れると、マーベルは続いて腰から『小弓』をほどき、矢を番えた。
「『スナイピング』使うよっ」
「承認します」
マーベルが『小弓』を構え、高らかに宣言すると、すかさず平坦な発音で薄茶の宝珠が言を返す。
機を逃さず、アルト、モルトの両名は、それぞれの得物に手をかけ、ゴブリンに向けて猛ダッシュした。
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『スナイピング』は『弓兵』のスキルの一つだ。
飛び道具で攻撃する際に、1ラウンド使って『狙いをつける』事により、急所を射抜く確率を高める。データ的には『命中率強化』そして『クリティカル率強化』である。
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「接敵までの移動でかかる1ラウンドを『スナイピング』に利用しましたか。なかなかの戦術です」
GMがひとり呟くが、その言を耳に入れるものはいない。すでに皆、戦闘行動中だ。
走る事、約10秒。ゴブリンの眼前に到達したのはまずモルト、続いてアルトだった。この些細な差はステータス『敏捷』の高低によるものだろう。
それぞれの得物をすらりと抜き放つ2人、そこへ後方からマーベルの放った矢が、正確にゴブリンを射抜いた。敏捷23の高さを誇るマーベルの開幕射撃だ。肩口に深々と刺さる矢に、ゴブリンは顔をしかめる。
「ほんじゃ次はウチがいくでー!」
敏捷でアルトに勝る白い法衣の乙女は、抜き放った巨大な縫い針にも似た剣『鎧刺し』を両手で構え突進する。名前の通り、鎧を貫通して串刺しにする事を目的とした両手武器『鎧刺し』、お嬢様然としたモルトにはまったく不似合いな無骨さと言えた。
「ほりゃ!」
気の抜けそうな掛け声とともに突き出された『鎧刺し』は、惜しくもゴブリンの脇を切り裂くに留まる。それでも先の矢傷と合わせれば、ゴブリンのHPはもう多く残っていないはずだ。
「トドメは任せろ!」
『無銘の打刀』を大上段に構えたアルトが、モルトと入れ替わるようにゴブリンの眼前に飛び込む。これで仕留めればゴブリンの攻撃は無い。痛い思いをしなくてもいいのだ。それは気合もひとしおである。
戦闘は迅速に終結した。
アルトの一撃でゴブリンは一刀両断され、その様子に震え上がった歩哨の片割れのゴブリンは、手にした短剣を放り出して一目散に逃げ出した。無傷の完全勝利である。
「いつもこうならいいんだけどな」
屋敷の玄関前でほっと一息つくアルトは、『無銘の打刀』に着いたゴブリンの血を手拭いで綺麗にすると、無事をかみ締めるようにゆっくり鞘に収めた。
「そういやモル姐さん、『警護官』のスキルは何?」
「ん、『シールドワーク』やで」
「モルトさん、盾持ってないじゃん」
「ん、ん! そういやそうやんな」
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『シールドワーク』は『警護官』のスキルの一つで、盾使用時に回避ボーナスを得る事ができる。
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戦闘終結で駆け寄ってきたマーベルと合流し、一同は屋敷の扉を見て息を呑む。
今の物音ですでに中にいる何者かには気づかれているだろうが、果たして待ち構えているのか、飛び出してくるのか、判断がつきかねた。
「こういう建物に襲撃をかける際には、まず陽動で2階を攻撃し、敵が慌てて1階に集結したところを本隊で叩くのがいい、と聞いた事がある」
真剣な顔つきで顎をなでるアルト。マーベルも真似をして顎をなでる。
「漫画の知識やろ?」
「漫画の知識です」
日本の漫画は我々にさまざまな雑学を与えてくれる。中には物理法則を捻じ曲げたトンでも雑学も混ざっているので注意も必要なのだが。
「でももう1階を襲撃した事になるんやないの? 玄関やけど」
「あと2階はどうやって攻撃するにゃ? 飛ぶにゃ?」
「う、うーん」
3人は神妙な態度で再び額を着き合わせ、いっせいに2階のバルコニーを仰いだ。
すると頭に羽飾りをつけた比較的やせ細ったゴブリンが、恐る恐ると柵の間からアルトたちを窺っていた。
「あ」
目が合った。
やせたゴブリンが慌てて屋敷内に引っ込むと、玄関の向こうでがたがたと大きな音が起き始める。図らずも敵は1階に集結しつつあるようだ。
「作戦通り、やねー」
屈託の無い表情でニッコリと。モルトの笑顔が無言でアルトの背を押した。曰く『ほら、はよ行け』である。
無言で『オレっすか?』と問いかけると、『そやで』とやはり無言で返ってきた。
「やけくそじゃーっ」
僅かに涙目になりながら、アルトは再び『無銘の打刀』を抜き、玄関の立派な大扉から雪崩れ込んだ。幸い鍵はかかっていない。
扉の先は小規模なホールになっていて、数匹のゴブリンが困惑気味の様子で彼らを待ち構えていた。迎撃体勢というよりは『騒々しい、何事か』と言う表情である。
ゴブリンたちは聴いたこともない彼らの言語をアルトたちにぶつけていた。
中央奥に立っているのは、一回り身体の大きなゴブリンで、ボロボロながらも他の者より立派な『長衣』を羽織っていた。
その向かって右側には、先ほどバルコニーで見かけた羽飾りのやせたゴブリン。さらに2匹とアルトたちの間を遮る様に立つ歩哨より立派な鎧をまとったゴブリン戦士が2匹いた。
「%$&”#=!」
何か非難めいた色の言葉を投げかけてくるが、残念な事にアルトたちには彼らの言語が理解できない。
「=$%”’$”、##%$’&’!!」
ますます非難はヒートアップするが、理解できない以上、アルトたちも反応に困った。
ゴブリンに会ったら即戦闘、そう思っていた節があるので、まさか言葉責めにされるとは思いもしなかった。
「『妖魔語』がわからなくては話にならないようですね。どうします? 誰か『言語学』か『日常会話』を取ってくれませんかね」
ため息をつくような雰囲気で薄茶の宝珠が言い捨てる。アルトたちは意味を捉えかねてお互いの顔を見合わせた。
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『言語学』は『学者』のスキル、『日常会話』は『吟遊詩人』のスキルである。それぞれ母国語以外の言語で会話をする事ができるスキルだ。
また『言語学』は文字にも通じる為、書の読み書きも出来るようになる。
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「仕方ない、オレが『学者』1レベル取るよ。でスキル『言語学』だ」
『傭兵』専業のつもりだったアルトは他の2人より経験点に余裕があった。さらにマーベルには借金と言う弱みもある。故にその小さな視線からの重圧に、アルトは抵抗し切れなかった。
「はい、承認されました。では今から『アルトさんが通じている』という設定で同時通訳モードに入りましょう」
要は言葉が通じない2人にはGMが通訳を代わりにしよう、という便宜の話である。どうやらこれくらいの融通はOKらしい。
普通なら学問を修めるのには月日がかかる。『今、職業取ったから』の一言で済む話でもない。しかしテーブルトークRPGでは、こういうこともままあるのだ。 ここで利便性を取るか、リアリティを取るかは、GMの判断次第である。
「%&”#’+_&」
「彼はこう申しております。『我の名はゴブライ・ゴブルリッヒ3世。この者たちの王であるゴブ』」
「いや嘘だね。絶対嘘だ」
取ってつけたように『ゴブ』とか聞こえた。確かにアルトにもそう聞き取れた。だがツッコまずにいられなかった。GMは呆れた様なため息をつき、通訳を続ける。
「’$%=~#’=#$」
「『人間の賊よ、なにゆえ我が城を侵すゴブか。速やかに非礼を詫びるがいいゴブ』」
「およ、なんかアタシらが悪者な雰囲気にゃね?」
一同に動揺が走る。対するゴブリン王と家臣団は堂々としたものである。
「>%&##”=+>_%&’$#%!!」
「『無法に侵す者たちよ、早々に立ち去るゴブ。しかる後、我らが神の名の下に賠償を請求するゴブ』」
想定外中の想定外。キングオブ想定外である。まさかゴブリンから、こんな理性的な非難を受けるとは思いも寄らなかった。
「でもこの屋敷ってゼニーの持ち物ちゃうかった?」
「そ、そうだよな。あまりの事にビビったけど、ゴブ公こそ不法占拠だよな」
そもそもゼニー氏の依頼である。ゼニー氏が格安で仕入れたこの屋敷を転売する為の大掃除だと聞いている。たしか仕入先はニューガルズ市にある『ラ・ガイン教会』本部の財務課だったはずだ。
「$&”#’>+#”$&””!」
「『我々は正当にこの拠点を借り受けているゴブ。それを不法とは何事かゴブ!』」
まったく持って意味不明な気分である。騙されたのか。なら誰が誰を騙したのか。ゴブリンか、ゼニーか、はたまたゼニーと商売をした教会なのか。
「’”#$%&’)=~」
「『我々が嘘を言っていない証拠を見せるゴブ』」
はたして、ゴブリン王がぶっきらぼうに差し出した羊皮紙には、以下のように記されていた。
『賃貸契約書(写)
貸主(甲)及び借主(乙)は、下記に示す物権の賃貸借契約を締結する。
契約の証として本契約書の写しを作成し、甲が本契約書を、乙が写しをそれぞれ所持するものとする。
本契約はこの書類にサインが成された時より効力を発し、甲の持つ本契約書が破棄された時に効力を失う。』
本文の下にはこの物件を示す地図や家賃などの条件が羅列され、さらに下方には、甲乙両者のサインがあった。
サインの名はこう書かれていた。
『-甲-ラ・ガイン教会司祭位・ウッドペック
-乙-ゴブライ・ゴブルリッヒ3世』