03悪魔のレストラン3
「謎は全て解けたデース」
客もまばらになる昼過ぎの『煌きの畔亭』に、人形サイズの少女の声が響き渡った。インバネスコートに鹿追帽という出で立ちの、探偵然とした堂々たる宣言だ。
少ない客も、連れの背丈半分コンビも、何事かと注目する。
「繁盛の秘密は新しいコックの料理デス」
皆、一様に興味を失い、食事に戻った。
そもそも彼女達がここにやって来た目的は、この『煌きの畔亭』が急に繁盛しだした理由を調べる為だ。しかし店主にして唯一の料理人であるはずのアンソニー氏が給仕に回っている時点でわかりきった回答である。
だが突然指差されたアンソニー氏は、いかにも秘密がバレたとでも言う様に、恥ずかしげに頭をかいた。
「いやあお恥ずかしい」
本当に純朴そうな中年である。
そうしている間に、注文した料理が分厚いカーテンの向こうからカウンターに並び始める。すぐに気付いたアンソニー氏は、いそいそと数枚の料理皿をレッドグースたちのテーブルへと運んだ。
料理は豚こまと野菜の炒め物、きのこソースのハンバーグ、ソラマメの甘辛煮、等々。すなわち『大地の恵み亭』で食べた物と同等メニューだ。
「ほほう」
温かい湯気の立ち上るそれらの皿を覗き込み、一同は思わず感嘆の声を上げる。同じ料理だと言うのに、『大地の恵み亭』より見るからに美味そうなのだ。
炒め物の野菜は程よくシャッキリと立ち、ハンバーグのソースは艶やかで、甘辛煮のタレの香りが食欲を刺激した。
「食べていいにゃ?」
さほど空腹でもなかったマーベルも、この料理には食指が動いたようで、注文主より早くに求めを訴える。レッドグースは鷹揚に頷きつつ、自らもハンバーグに、食べ易いようにとナイフを入れた。
「美味いですな」
切り分けたハンバーグを口に運び、カストロ髭に埋もれた口は、理性が働くより先に言葉を発した。
この世界にやってきてから粗食が多かったが、レッドグースは日々の糧を稼ぐ方策があるだけに、他のメンバーよりは良い物を食べている。それでも、今まで食べた中でこの料理は一段上の出来栄えだった。
「おふぅ」
そんな酒樽紳士の様子に、ねこ耳童女も返事を待たずに炒め物を口にほおばり、声を漏らした。彼女の貧困なボキャブラリーでは表せないのがもどかしい美味さだった。
「ふむう、このハンバーグは…ビーフ100%デスね」
コートの懐から虫眼鏡を取り出したクーヘンが、ハンバーグの切れ端を隈なくゆっくりと見定め呟くが、傍らに立って反応を楽しんでいたアンソニー氏は静かに首を振る。
「合い挽きです」
「そうデスか」
クーヘンはしょんぼりと虫眼鏡を仕舞った。
さて、「美味しい」だけではなかなか伝わらないだろうが、ここはあえて重要な所だけの情報に止めよう。つまり『大地の恵み亭』との差である。
と言っても美味さの点で明らかに凌駕しているのだが、その中でも具体的な点を一つ述べるのなら、同じ値段なのにジャンクフード臭さが全くない、という所だ。
同じ街で同等の価格帯、と言う事は、食材にかけている値段も大体同じ、と言う事だ。そこでこれだけの差が付くと言うのは、つまり純粋に料理人の腕が違うのだろう。
『煌きの畔亭』は良い料理人を見つけたものだ。と、レッドグースは平らげた皿を見下ろしてシミジミと頷いた。
「実は店主殿、我々は『大地の恵み亭』のコックに頼まれましてな」
秘密を探る、と言っても「料理人が変わった」なら秘密も何もない。なのでここはもうぶっちゃけた方が良い結果になりそうな気がして、レッドグースは口を開いた。
「それ言っちゃうにゃ?」
マーベルはびっくりして声を上げるが、レッドグースはただ静かに頷く。
「はぁ、皆さん、セガールの知り合いなのですか」
アンソニーはパッと華やかな笑顔を浮かべた。初めて聞いたが向こうのコックはセガールという名らしい。
「料理人でセガールって、良い名前の様な、嫌な名前の様な」
「アンソニー殿はそのセガール殿と一緒に修行したと聞き及んでおります」
薄茶色の宝珠の呟きをあえてスルーしつつ、レッドグースは反応を引き出そうと小出しの会話を続けてみる。それを聞いたアンソニー氏は、嫌な顔もせずに大いに頷いた。
「はい、同じ親方の下で共に励んだ親友ですよ」
「親友!」
人の良さそうな中年の口から出た思いがけない言葉に、一同は思わず絶句して顔を見合わせる。これでは妬み嫉み満載の、セガールの独り相撲ではないか。
「そうですか。セガールの店が」
『煌きの畔亭』から客が引けるのを待ち、レッドグースたちは当たり障りのない部分を抜粋して、やんわりと事情を話した。
曰く、こちらが繁盛するようになって、『大地の恵み亭』が潰れそうだ、と。
曰く、セガール氏から、繁盛する『煌きの畔亭』の様子を見てきて欲しいと頼まれた、と。
話を聞いたアンソニー氏は、しんみりと項垂れて溜め息をついた。
「実は先日、訳ありの料理人の先生と出会いまして、料理を習いつつウチで働いてもらう事になったんですよ。おかげでこの繁盛ですが、セガールには悪い事をしました」
「いやいや、お互い商売ですからな。そう言うこともあるでしょう。気にやむ事ではありません」
「焼肉少食の世界にゃ。仕方のない事にゃ」
背丈半分コンビは氏を慰めつつ、厨房にかかった厚いカーテンに視線を向ける。姿を隠しているのは、その「訳あり」のせいなのだろう。
しかし「より良い料理を提供する」と言う、正しい商売をする者を妬み、あまつさえ「ズルをしているに違いない」などと疑うとは、セガールのダメさ加減には呆れると言うものだ。
「そうだ、セガールにも先生の下で料理を習うよう勧めて下さい。きっと良い結果になります。いや私が自分で話しましょう。その方がいいですね」
それに比べてアンソニー氏はいい人だな、と2人はしみじみと頷いた。
しかしそうなるとやはり気になるのが、先生と呼ばれる料理人だ。決して高くはないはずの食材を、まるで魔法のように美味い料理に仕上げるのだ。さぞ名のある料理人に違いない。
マーベルもレッドグースも、もうアンソニー氏そっちのけで、カーテンの向こうに興味津々だった。
だが一人、名探偵の目をした小人の少女は得意げに胸を張った。
「謎は全て解けたデス」
またか、と思ったが、今度は様子が違った。
先程より、さらに自信に満ちた表情がそれを物語っていた。一同は気迫に飲まれ、ゴクリと喉を鳴らし、彼女の語る真実の言葉を待った。
「マカロン、出てくるデス。かわいい妹が来たデスよー」
甲高い声が店内に響き渡る。一瞬、何を言ったのか解らなかったレッドグースたちだったが、すぐにその理解は脳にしみこんだ。
そしてその理解を肯定するように、しばしの間をおいて、それはカーテンの裾からひょっこりと顔を出した。
それは青みがかった薄銀色のフワフワ巻き毛に大きなリボンをつけた、ピンク色エプロンドレスの少女だった。中でも特徴的で、一目で事情がわかるのは、彼女の約14センチメートルと言う背丈だった。
「クーヘン、ですの?」
鼻にかかったかわいらしい声で、おずおずとカーテンから姿を現したのは、紛れもなくクーヘンの姉妹である『人形姉妹』の一人だ。
「やっぱりマカロンだったデス。以前、食べたことがある味だと思ったデスよ」
驚きではあったが、クーヘンの劇的な洞察力を期待していた冒険者2人は、少しだけがっかりしてテーブルに突っ伏すのだった。
「初めましてですの。デピス研究所謹製、『人形姉妹』が五女、『料理姫』のマカロンですの」
一同が集るテーブルまでやって来た人形サイズの少女は、スカートのドレープを美しく見せるように左右をつまみ、改めて名乗りを上げた。
「訳ありってそう言う事だったにゃ。でもこの街にゃ、珍しがられたりしないにゃ?」
世界に7体しかいない『人形姉妹』シリーズと来れば、知る者からすれば喉から手が出るほど欲しい魔法創作物だろう。その辺りが、アンソニーの語った「訳」だと判断したマーベルが、胸の前で腕組みしながらねこ耳を揺らした。
「そーデス。クーヘンだけじゃなく、すでにこの街には姉妹が何人かいるデスよ。今更珍しくもないデス」
姉妹であるクーヘンも同意して頷く。だが、隣で会話を聞いていたアンソニーは、眉を寄せて首を横に振った。
「実は、先生は狙われているのです。ですからウチの店で、このような形で匿う事になったのです」
新たな姉妹の登場により一気に話が朗らかになった所で、店の空気は急速に深刻な事態へと発展する。居合わせた亜人の冒険者2人は顔を見合わせて頷きあった。
「話を、詳しく聞かせてもらえますかな?」
いよいよ、冒険者らしい仕事に発展する予感が、彼らの頭上に降り注いだ。
「マカロンを狙っているのは、食魔神マクーに仕える『聖職者』ですの」
アンソニーが用意した、テーブル上のランチョンマットに横座りした巻き毛の少女は、まず、そう話を始めた。
「マクーって何者にゃ?」
いきなり出てきた新しい名詞に、早速、好奇心旺盛なねこ耳童女が食いつき訊ねる。彼女のポーチから取り出された薄茶色の宝珠は、しばしの沈黙の後、簡単に注釈を語りだした。どうやら、抵触事項には当たらなかったようだ。
「食魔神マクーは『光と闇の眷属』という宗派に属する、闇の勢力の一柱です」
主に大陸の西側で広範囲に信仰される宗派『光と闇の眷属』。
それは、世は常に光と闇の争いである事を説いた宗派で、それぞれの陣営に数柱の神が存在する。
マクーはその中でも闇の陣営、強欲の女神アプリナ配下の小神である。
食魔神の異名を持つマクーの信条は「世の美味い料理を食い尽くせ」であり、転じて「美味い料理のために禁忌など存在しない」と教えられている。
その為、料理人にも少なからず信者がおり、味の為に害性の高い食材を使う狂信者も多い。
そのような行いをする料理人は、人々から『食魔道に堕ちた』などと揶揄される。
「そのマクーの『聖職者』に襲われ、命からがら逃げてきた先生と、この店の裏で出会ったのです」
解説の為に途切れたマカロンの言葉を継ぎ、『煌きの畔亭』の店主が事の成り行きを端的に語った。
「つまりその『聖職者』は、マカロン殿を仲間に引き入れたくて狙っていると言う事ですな」
「それにゃ、襲うのはおかしくにゃいかにゃ?」
姿を隠していた事に納得しつつも、やはり経緯に疑問は生まれる。仲間にしたければ懐柔する方が普通に考えて得策のはずだ。
「ところが相手は高位の『聖職者』ですの」
だがその彼女の言葉でマーベルはようやく合点が言った。
『聖職者』の高レベル魔法には、命令を強制する術があると聞いたことがある。つまりこの世界では、身柄さえ確保すればどうにでもなってしまうのだ。
なかなかに恐ろしい話である。
「まぁマクーのことは、今はいいですの。それよりセガールさんの事ですの」
せっかく護衛とか勧誘元の退治とか、冒険者らしい仕事があると思ったのに、当の本人は全くそ知らぬ顔だった。彼女にとっては身の危険より、良い料理と料理人の方が重要なのだろうか。
ベクトル的にはマクー信者と変わらないのかもしれないな、と、マーベルは最終的に腑に落ちた気分だった。
ランチ営業も終わり、『煌きの畔亭』は夕食時まで一時閉店。店の従業員にとっても一時の休息時間となる。
そこで酒樽紳士とねこ耳童女は、アンソニー氏を連れ出す事にした。
もちろん行き先は『大地の恵み亭』である。調査結果の報告と、アンソニー氏からの修行のお誘いが目的だ。
今では『煌きの畔亭』の料理長となったマカロンは、ディナータイムに向けて準備を始めるとの事で店に残り、再会した姉妹はその仕事を手伝う事になった。
ただこれは、クーヘンに言わせればあくまで護衛らしい。
「マカロンの護衛は、このクーヘンに任せるデス。どーんと大船に乗ったつもりで蛸に襲われるデス」
「なるほど、意味わからんにゃ」
先日の事件のせいで、船に乗ると大蛸に襲われるのがセットとしてインプットされてしまったようで、誇らしいクーヘンの切った見得は、何か残念な事になっていた。
それはそれとして、目的の店は5軒隣なのですぐである。数時間ぶりとなる『大地の恵み亭』は、相変わらず建物の手入れ具合からしても、うらぶれた雰囲気を隠そうともしていない様子だった。
「再度入るのが嫌になる店がまえにゃ」
一度目の入店も渋々だったが、純粋な一般客だったら二度と入らないだろう。
「いや、荒野にこの店一軒だけなら、入っても良いですぞ」
「それは、そこまで困窮しないと入らないって事ですか」
友の店をここまで言われ、アンソニーは苦笑いを浮かべる。反論したい気もあるにはあったが、この店構えの惨状を見れば、同じ商売人として弁護の仕様もない。
「なに、セガールも根はマジメでいいヤツなんです。また初心に帰って修行すれば、きっと『大地の恵み亭』も生き返ります」
必死な弁護ではあったが、もう未来に期待するしかない、そう言う意味にも取れた。
「おや?」
ふと、あと数歩と言う所まで近付いて、レッドグースが小さく声を上げた。一瞬、言葉の続きを待ったマーベルとアンソニーだったが、無言のまま思案顔で髭を撫で始めたドワーフの姿に、言葉を諦めて視線を追うことにする。
その先には、うらぶれた『大地の恵み亭』の、開かれたままになっている正面入り口があった。
「お出かけ中かにゃ?」
あまり考えずにねこ耳童女は首を傾げるが、それなら逆に戸締りする物ではないかとすぐに思い直す。すると掃除でもしているのだろうか。
一同の間に少し嫌な予感が、そよ風と共によぎった。
「セ、セガール?」
次第に大きくなる不安に耐え切れなくなったのは、セガールの親友を自称するアンソニーだ。
彼は友の名を呼びながら、開き放しの扉へ駆け寄った。正直、セガールの安否にはさほど興味もない2人も、すぐ後に続く。
扉から覗く店内は変わらずに薄暗く、床も壁もワックスが切れたガサガサの板肌を晒していた。
「セガール!」
人の良さそうな中年料理人の呼びかけは、人気のない『大地の恵み亭』に空しく響く。嫌な予感の示すとおり、そこにセガールの姿はない。代わりに、中央付近に据えられたテーブルに、数皿の出来立て料理が、食べる者もなく、ただ並んでいた。
「お、美味しそうにゃ」
扉の付近で立ち尽くすアンソニーを押しのけて、皿を覗き込んだマーベルが呟く。見れば確かに、昼に頂いたセガールの料理とは見るからにオーラが違った。
一皿の輝き、とでも言い換えようか。から揚げの甘酢あんかけ、野菜たっぷりのオムレツ、チキンを煮たシチュー。どれもマカロンの料理すら霞む様な出来栄えだった。
だがしかし、とマーベルのねこ尻尾が、激しく警鐘を鳴らすように毛羽立った。美味そうではあるが、この料理に何か危険を感じたのだ。
「食べるべきか、食べにゃるべきか、それが問題にゃ」
マーベルは毛羽立つねこ尻尾を鎮めつつ、胸の前で腕組をする。その薄い胸の内では、食欲と理性の激しい決闘が行われていた。
だがそんなねこ耳童女の葛藤とは裏腹に、進み出た酒樽紳士は少しの躊躇も見せずにから揚げをつまんだ。
「む、うっ!」
瞬間、カッと目を見開き、うなり声を上げる。
「美味い、ですぞー!」
歌唱で鍛えられた野太い美声が店内の空気を震わせた。
現場に居合わせた者が後に語った所によれば、その時、彼の目や口から、光り迸るような幻覚さえ見えたと言う。
「ちなみに今、レッドグースさんに『抵抗ロール』が発生した事だけは言っておきましょう」
そしてシステム進行係である薄茶色の宝珠が、静かに呟く。
すなわちその言葉は、料理に何らかの異常があったことを示していた。
「むしろセガールが堕ちたにゃ」
食魔道。それはより美味い料理への、安易な近道でもあるのだ。




