01悪魔のレストラン1
閑散とした街角に、金属を鍛える音が響く。
整然とした石畳の路地に、質素だが丈夫そうな軒が並ぶ。昼だと言うのに、通りに人気が少ないのは、ここが『職人街』と呼ばれる区画だからだ。
木工、細工、陶芸工、レンガ造り、おおよそ職人と呼ばれる、様々な親方の工房が軒を連ね、真面目で頑固な職人達がそれぞれ仕事に励んでいるのだ。
そんな中、特にけたたましい金属音を響かせるのが、『鍛冶屋』どもの工房だ。
鍛冶、と一言で括っても、その中には様々な種類があり、工房も多様にわたる。だが金属を熱して叩き、延ばし鍛え繋げ何かを作る、と言う意味では同じである。素人から見れば、どれも暑苦しく、そしてうるさい仕事なのだ。
そして今日、特にうるさいのが刀剣鍛冶の『レコルト工房』だった。
ここボーウェンは平和な港街だが、つい先日、大蛸の化け物が航路の一つを封鎖した事件があった。
大蛸自体は手練の冒険者達により退治されたのだが、触発された港衆がこぞって刀剣を注文したのだ。ものものしい限りだが、言ってみればただのブームである。ボーウェン子はミーハーなのだ。
とは言え、ただの腰飾りになる未来を待つ刀剣だからと、手を抜く事ができないのがレコルト親方だった。彼は愚直で頑固な大地の精霊族ドワーフである。
「おらモタモタすんな。炉が冷めちまうぞ」
真っ赤に燃える火炉の前で右往左往する若い衆に軽く蹴りを入れながら、ギザギザ髭のレコルトは足早に金敷の間を移動する。いくつかある金敷では、弟子の『鍛冶屋』たちが、彼の指導の下で様々な刀剣に槌を入れるのだ。
「おい、コークスは後どれだけある?」
手にした指示棒をはたと止め、レコルトは火炉の世話をしている若者を覗き込む。あまり整えられていない短髪のその少年は、額から流れ落ちる汗もそのままに、手元の桶を親方に見せながら首を振った。中には、黒いザラっとした石が少し入っていた。
「もうあまり無いです。注文した分がまだ届いてませんし」
コークスとは、石炭を蒸し焼きにして純度を増した固形燃料だ。一般的に鍛冶ではコークスの他に、石炭や木炭が使われるが、この『レコルト工房』は決まった炭職人の作るコークス以外は使わないと決めていた。
「しかたねぇ、今日は店閉いだ。お前ら、それが終わったら片付けろ」
「うぇーい」
各々が親方に、少し愁いを帯びた返事を上げる。早く仕事が終わるのは嬉しいが、あからさまだと親方に殴られるのであえて悲しそうにするのだ。
その証拠に、振るう槌のリズムは僅かに弾みを増した。
「おい坊主、お前ももう帰っていいぞ。また明日も頼む」
「へぇ」
太く短い腕を腰に当て、レコルトは火炉の世話係に言う。少年は他の職人達とは違い、素直に嬉しそうな表情で頷いた。彼は弟子や見習いではなくアルバイトなのだ。
少年は火炉周りを手早く片付けると、そそくさと工房隅へ移動する。そこには彼の私物である刀が立てかけてあった。
身幅広く反りの浅い、重厚な刀身を持つ『胴田貫』と言う業物だ。
若い身空には贅沢品のようにも思えるが、鍛冶工房丁稚の彼は、本業ではすでに中堅どころのツワモノなのだ。
何を隠そう、彼は先日の大蛸騒動で活躍した冒険者の一人、『傭兵』のアルトだった。
今日はいつもの『鎖帷子』は着ておらず、簡素な麻のシャツとズボンに、『胴田貫』だけを差した軽い出で立ちだ。
夏である。ただでさえ暑いのに、さらに熱苦しい火を焚いた工房でアルバイトだ。この上『鎖帷子』など着込んだら、熱中症まっしぐらである。
もっともこの世界に『熱中症』と言うステータス異常が、果たして存在するのかはわからない。ここは自然ならざる法則を持つゲーム世界なのだ。
さて、なぜ冒険者たるアルトがアルバイトなどしているのか。もしや、ついに危険に満ちた生活とオサラバしたのか、と疑問に思うかもしれないが、その話は少し時間をさかのぼる事でご理解いただけるだろう。
それはかの海の魔物『ロゴロア』を沈めた、その翌々日辺りの話である。
「えーと、アルト君が1万1千銀貨、モルト君とレッドグース君が1万銀貨ずつダネ」
金色がかった髪を無造作に刈り上げた眼鏡の少女が、粗末な『長衣』の裾を整えながらにこやかに言う。
相手は、帝国騎士殿から貰った報酬で『盗賊ギルド』への支払いを終え、今、まさに自由を満喫する4人の冒険者である。
場所は目抜き大通りに面した冒険者の店『金糸雀亭』。昼間なので、相変わらず客は彼らだけだった。
「なんの話にゃ?」
冒険者の一人、ねこ耳ねこ尻尾を持つ、草色のワンピースを着た童女が首を傾げた。金髪の長いポニーテイルが傾いた頭と一緒に揺れる。マーベルである。
「お支払いの相談デス」
眼鏡の少女は端的にそう答え、手にした分厚い台帳を掲げる。表紙には見慣れぬ文字がデカデカと書かれているが、その言葉を理解できれば『大福帳』と読めただろう。
途端、ねこ耳童女以外がガタリと席を立つ。端から、腰に『胴田貫』を差したサムライの少年アルト、白い法衣を着たピルボックス帽の乙女モルト、チェック柄のベストと深緑のベレー帽を被ったカストロ髭のレッドグースである。ちなみにそのベレー帽の上で、14センチメートル程の背丈の少女ティラミスが、すやすやと寝息を立てている。
「それはアレですな? 『エリクシル服用液』の代金」
「そそ」
先の大蛸との戦いなどで、アルトたちは万能薬『エリクシル服用液』の恩恵に与った。それは数々のステータス異常からの救いであった。
そして眼鏡の少女はハリエットと言う名の『錬金術師』だ。この港街ボーウェンで『ハリーさんの工房』を開き、自ら作り出した様々なアイテムを販売して暮らしている。
つまり『エリクシル服用液』の製造販売元である。
「いちまんて、セール中で1千銀貨やなかったけ?」
白い法衣のモルトが冷や汗を垂らしながら僅かに後退る。1万銀貨は日本円にして約100万円だ。おいそれと払える金額ではない。もっとも1千銀貨と言われた所で払えるわけではない。『盗賊ギルド』へ支払いを済ませてしまったため、最低限の生活費しか手元に無いのだ。
「た、頼んでないのに」
苦し紛れに声を上げるのは若いサムライだ。
確かにあの戦いで『盲目状態』となったアルトに対し、ハリエットは有無を言わさず『エリクシル服用液』を使用した。見方次第では押し売りである。
だがこの『錬金術師』は、光が反射する眼鏡の奥のでニヤリと笑った。彼女が偶に見せる、悪徳商人風の営業スマイルだ。
「確かに頼まれなかったヨ。でもあのままなら確実に死んでたネ」
「おっしゃるとおりでございます」
アルトはその場で平伏する。日本風に言えば土下座である。
「アっくんカッコ悪いにゃ」
「アルト殿がカッコ良かった事が、果たして今までにありましたかな?」
「いやさすがにそれは言い過ぎちゃう?」
そう言いながらも、いまいちカッコよかった情景がパッと出てこないモルトであった。皆無、では無いはずなのだが。
「ま、急がないけど死ぬ前には払って欲しいカナ。『ミノクラス』の分はオマケしとくカラね」
ミノクラスはあの戦いで彼女が出した、ハリボテ怪獣の事だ。
縁の無い戦いで消費した割りにオマケしてくれるなんて、もしかするとあまり高価では無いのだろうか。なら一つ、今後の為に購入しても良いかもしれない。などとアルトは興味深げに顔を上げた。
なにせ自分の身に降りかかる恐怖を分散できるなら、多少の散財も先行投資である。
「ちなみにミノっちは5万銀貨ダヨ」
再び隠れるかのように平伏しながら、いまいち解らないハリエットの金銭感覚に、アルトはかすかに首を捻るのだった。
そう言う訳でアルトたちには、何はともあれ金が必要なのだ。その為のアルバイトである。
何もアルバイトで借金を返済しようと言うのではない。冒険者として稼いだ報酬を、全額借金に当てる為、せめて生活費だけは細々と遣り繰りしよう、という魂胆だ。
「ふー、今日は午後まるっと空いたぜ。何しようかな」
ともあれ、本業が無い時はアルバイト、と言うキツイ日々である。こうした偶の休みは貴重なのだ。
のんびりするのも良いし、何か遊びを探すのも良いだろう。さてどうしたものか、などとアルトは弾む足取りで『レコルト工房』の戸をくぐり出る。
と、そこへ背後から呼び止める声がした。
「おーいアルト。いつも良く働くお前さんに、ご褒美だ」
声の主は工房の筆頭徒弟の青年だった。
褒美という言葉に卑しくも激しく反応してしまったアルトは、恥ずかしそうに青年の方へ歩み寄る。見れば、青年は何かのチケットを数枚差し出していた。
「なんすかこれ」
「『大地の恵み亭』の食券。安い店だけど、まぁタダ券だからさ」
突然の半日休みの上に、タダ飯にまであり付けるなんて、と、アルトの瞳はいっそう輝いた。
ここ最近はあまり外食などせず、安い食材をモルトに調理してもらっている彼ら一行にとって、それは思いがけないボーナスになるだろう。
そこまで思いを馳せてハッとする。ここで遠慮の虫が湧いて来るのが、日本人の悲しい性だ。アルトはおずおずと青年に申し訳なさそうな目線を向ける。半分は演技だ。
「えと、いいんですか? センセは行かないんで?」
徒弟達の事は『先生』と呼ぶ事になっている。一応、工房内での地位を、丁稚やアルバイトと分ける為だ。そう呼ばれた青年は、予想に反して、逆に申し訳なさそうな苦笑いを返して来た。
「いやなんつーか、あまり趣味に合わなくてね」
そう言うことなら、とアルトは大いに頷く。真意の程はわからないが、相手に押し付けるような後ろめたさがあると言うなら、この際遠慮はいらないだろう。ここはありがたくボーナスに与ろうではないか。
そうしてアルトは青年から数枚のチケットを受け取り、弾む足取りで『金糸雀亭』への帰路に着いた。
夕刻。昼間はあれだけガラガラな『金糸雀亭』だが、夕刻から深夜にかけては多くの客が来店する。酒と料理などを当てに集ってくる者たちだ。
酒と料理を嗜むその大半は冒険者ではない。
『金糸雀亭』は冒険者の店ではあるが、別に冒険者専用と言うわけではないのだ。特に1階の酒場兼食堂部分には、街の住人、旅行者や商人、果ては港湾から足を伸ばしてきた船乗りたちもいる。
また、お目当ての一つである音楽を奏でるのは、最近この界隈に流れてきたドワーフの『吟遊詩人』だ。
大地の妖精族ドワーフと言えば、職人肌の頑固者と言うイメージが強いが、酒が入れば陽気でノリの良い連中でもある。その中でも、飲まずして歌い踊るような変わり者が、かの『吟遊詩人』レッドグースである。
得物の赤い『手風琴』をゆっくりと、時にリズム良く伸び縮みさせつつ、野太い声で歌い上げる。ついでに彼が被った深緑のベレー帽の上では、小さな小さな人形の様な少女がクルクルと踊っていた。
こげ茶色のショートヘアに皮製の飛行帽とゴーグル。まだ未成熟な細い身体にタイトでロングな深緑のワンピースと、その上から皮のジャンパーという破壊的なコーディネートの彼女は、厳密には生物ですらない。
大昔にとある『魔術師』によって創り出された、人工知能搭載型ゴーレムで、名をティラミスと言う。
今ではこの2人の歌と踊りは『金糸雀亭』の名物になっており、連日、珍しい物好きでミーハーなボーウェン市民が押しかけるのだ。
「本日もご清聴、感謝、感謝であります」
演奏が終わるとティラミスもまたダンスフィニッシュを決め、観衆の拍手を深々としたお辞儀で迎える。
と、同時に簡素な舞台の脇から木箱を抱えた、草色ワンピースのねこ耳童女が現れて、店内を練り歩き、観客から銀貨を集めて回った。レッドグースの冒険者仲間で、草原の種族ケットシーのマーベルだ。
「くそう、この1時間の演奏で、オレの日給より稼ぎやがる」
そんな様子を端の席で眺めつつ、これまたお仲間であるサムライがぼやく。昼間は鍛冶屋のレコルト工房で、バイトに精を出すアルト少年だ。
金が無いので水を舐めるアルトと同じ席に着く、白い法衣を着た女性らしい豊満な『聖職者』モルトもまた、頷きながら木製カップの液体を舐めた。こちらは水に数滴だけアルコールを垂らしたような極薄の水割りだ。
「しゃーないわ、ウチかて同じ様なもんやし」
彼女のアルバイト先は『水神ミツハ』の社寺である。
『太陽神の一派』という大陸東で栄える宗派の一柱神だが、モルト自身も同宗派の一柱神である『酒神キフネ』に仕える『聖職者』なので、神職としての奉職という形になる。
同宗派でも仕える神が違うのだが、そう言う細かい所は気にしない辺りが、多神型宗教の大らかさである。
もちろん大陸西の大宗派『光と闇の眷属』の神殿もあるが、港街であるボーウェンでは、やはり水や船にまつわる神は欠かせないのだ。
「いやー今日も良い演奏が出来ましたな」
本日の公演をやりきった演者とスタッフが席へ戻ってくる。その表情はアルトたちと比べて、明暗で例えるなら明の方だ。
「稼いだにゃ」
「稼いだであります」
ホクホク顔のマーベルだが、彼女には借金が無いのでスタッフ役もボランティアだ。それでも清貧な食生活に付き合っているので、この中で一番財布が暖かい。
ちなみに同様に借金が無いティラミスは、近所の菓子店で姉妹とお茶会を開く回数が多いせいで、それ程裕福ではなかった。
「格差社会だ」
飲み干した木製カップの縁を噛みながら、アルトは戻って料理を頼み始める仲間に視線を向ける。次々に運ばれる料理の小皿を見れば、アルトの食卓に比べ、多少は豪勢だ。
同じ借金持ちでも日々の収入が違うので、その差が現れているとも言える。
「まぁまぁそんなにションボリなさるな。少しくらい、料理をつまんでも結構ですぞ」
「マジで? やったー」
日々、腹が満ち足りていないと、ささやかなプライドの様な何かは、非常に低くなるようで、アルトはパーッと明るい表情になった。金のある者からの施しは、感謝だけして受けとろう。これが最近の合言葉である。
「あ、おごりと言えば」
早速、レッドグースの頼んだ豚肉のから揚げを、マーベルと奪い合い始めた所でアルトは昼の事を思い出した。そのせいでから揚げはまんまとねこ耳童女に奪われた。
鼻歌混じりにから揚げを食むマーベルに、恨めしそうな横目を送りつつ、アルトはズボンのポケットから数枚のチケットを取り出す。
「バイト先で貰ったんだ。みんなで行こうぜ」
それは『大地の恵み亭』の食券である。
「ほー、レストランやろか」
「いや、貰い物だし。詳しくは知らないけど」
テーブルを見回せば、席に着く仲間の誰もが首を横に振った。それはそうだろう。この街にやって来て以来、この隊に外食をする余裕などあった例が無いのだ。いちレストランの評判など、言わずもがな、である。
「ま、それはお楽しみと言う事ですな。アルト殿とバイト先に感謝しつつ、明日にでも行ってみますかな?」
「賛成にゃ」
こうしてアルトたち5人は、明日の昼食を『大地の恵み亭』で頂く事に相成った。
そして翌日。
アルトとモルトはそれぞれのアルバイト先の昼休みを利用し、残りの者は優雅に午前を過ごした後に、『レコルト工房』の近くで落ち合った。かの『大地の恵み亭』が、『職人街』と『港湾地区』の境辺りに店を構えているからだ。
安い店だと聞いているし、その絶好の立地からして、腹を空かせた荒くれや職人が大挙して押し寄せているに違いない。
だが、その期待は全く正鵠を射ていなかった。
平一軒家の店構えの周りは、昼時だというのに猫一匹として見当たらず、アルトたちを「もしや本日定休日か」と不安にさせた。
外観から想像するに、テーブル数にして10程の広さだろうか。近付いてみれば「営業中」の看板は出ているというのに、人の気配すら感じないのだ。
「ま、まぁ営業中やっちゅーなら、ひとまず、入ってみよーな?」
各々がどんな表情をして良いか迷っていると、白い法衣の酒好き乙女が引きつりぎみな笑顔で先頭に出て扉を押す。
するとギイと油の足りない音を響かせながら扉は内側に開き、薄暗い店内が彼らの目に飛び込んできた。
店の中央には、ガックリと項垂れながら椅子に腰掛ける、コックコートを着た目つきの悪い痩せた中年が一人、ただずんでいた。
「い、いらっしゃい」
明りの少ない店内も相まってあまりにも陰気なその様子に、アルトたちはチケットを放り出して逃げ帰りたい気分になったと言う。




