09アヴァロンアバル
目覚めない『魔術師』の少女マリオンを囲み、一同は難い表情で首を捻る。
元GMであるこの世界の水先案内人の宝珠は、「現在、マリオンの体内でエラーが発生し、そのせいで彼女は目覚めないのだ」と、自らの推測を披露した。
「オレたちだって異世界人だけど、今までそんなエラー起きた事ないじゃないか」
自分たちの元GMの言に対し、不満げに異を唱えるのは若いサムライだ。ハリエットが異世界人だからエラーが起こったなどというのは、あまりにも乱暴な推論だとアルトは感じたのだ。
だが薄茶色の宝珠はそんなアルトの疑問と不満に答えを返す。
「いえ、ハリエットさんが異世界人だから、では無く、彼女の作るアイテムが、この世界の常識を逸脱したからエラーが起こった、と言ってるのです。我々は、確かに異世界人ですが、ずっとこの世界のルールに縛られて行動してますから、今回の様なエラーは起こり得ません」
アルトはぐうの音も無く押し黙る。
「エラーって何にゃ。パソコンにゃ?」
「モノの例えですよ。とにかく彼女の中では、この世界の法則と矛盾する力が働いてると思われます。歪な世界ですから、そう言う事もありえるかと」
マーベルもまた、いま一つ納得に及ばなかったが、この中で最もメリクルリングRPGの世界に通じている薄茶色の宝珠が言うからには、頷かずを得ない。
「例え、と言うならそう、実際にパソコンがエラーを起こして、にっちもさっちも行かなくなったら、皆さんはどうしますかな?」
推測の上に推測を重ねても、それが解決に繋がるかわからない。だが、それでも会話から糸口がつかめるかもしれない、と言う魂胆で、レッドグースが自慢のカストロ髭を撫でながら周囲へ問いを投げかける。一同も不足なくその意を汲み頭を捻った。
こうなれば、可能性を一つずつ潰す、総当りしか方法は無いだろう。
「まず再起動するだろ」
自分の行動を思い出しながら、真っ先にアルトが答える。彼が所有するパソコンは、少々古くなっている上にソフトもインストールしたらしっ放しなので、この世界に来る直前には、頻繁にハングアップを繰り返すようになっていた。
そう言う時は迷わず電源オフからの再起動だ。
「真っ先にOSのクリーンインストール」
これは『板金鎧』に身を固めた黒髪の戦乙女アスカの答え。エラーひとつで即全消去とは、まさかの性急さだ。
「再起動やクリーンインストールは、人間に例えると何に当たるでしょう」
電源をオフにする、と言うのは、つまり通電をゼロにするということだ。人間に例えるなら、心臓と血流が止まった状態だろうか。
だが人はそれを「死」と呼ぶ。その死から再生したマリオンが正常に目覚めないと言う事は、『再起動』は失敗だとも言える。
ではクリーンインストールはどうだろう。これは人間が何年もかけて知りえた記憶や経験を、全てゼロする行為、すなわち記憶喪失に当たるだろうか。
「どっちも無理にゃ。『エリクシル服用液』はダメにゃ?」
こういう場では真っ先に思考を放棄するねこ耳童女が、売り場の棚の小瓶たちをつつきながら言う。色とりどりの液体が入っていて、とても綺麗だ。
「残念ですが、マリオンさんのキャラクタシートに『ステータス異常』の表示がありません」
つまりこの世界の森羅万象的には、マリオンは正常と言う事だ。正常ならばどんな万能薬を使っても効果はない。
「他には、そのエラー対処の方法ってのはないのカナ?」
理解の範疇外の会話を、何とか自分なりに理解しながら聞いていた『錬金術師』の少女が口を開く。ハリエットの世界にはパソコンは無かったようだ。
そう言われて、思考を戻したモルトがポツリと呟いた。
「バックアップ、状態の巻き戻し、システムの復元」
「復元?」
何か考えが引っかかったのか、ハリエットが復唱する。
「ああ、定期的にバックアップしている場合は、ちょっと前の状態に戻す事ができるんですよ」
この異界の少女からしても奇妙に見える、人語を解する宝珠がすかさず補足を加える。ハリエットはそれを聞き、再び仮面の様な張り付いた笑顔を取り戻した。
「ようするに、時間をチョットだけ戻すって事ダネ。なるホド、それはいい考えダヨ」
もう驚くのに疲れた一同は「またか」と言う表情で、彼女の言葉の続きを待った。
「という訳で我々は街を出てきたわけですな」
「ほほう、ティラミスが寝ている間に、その様な話になったのでありますか」
背に『手風琴』を背負ったドワーフの頭上で、目覚めの伸びをしながら人形少女がその言葉に相槌を打つ。
明くる日の昼頃である。港街ボーウェンを、北東へ離れて徒歩3時間という緩やかな起伏のある平原を、ティラミスを含めたアルトたち5人が進んでいた。もう少し進めば、かの『錬金術師』ハリエットの示した目的地が見えてくるはずだ。
「時間を巻き戻すアイテムやって、もう何でもありやね『錬金術』」
牧歌的な風景を横目に、白い法衣の乙女が、ピルボックス帽を玩びながら呆れ顔でもらす。
時間を巻き戻す、そういう物が知識の中にある、とハリエットが言い出したので、作成調合に必要な材料を求め、アルトたちは街を出て来た。確かに半端無い万能感である。
「あ、『何でもあり』なのはいいですけど、マリオンさんの例を見る限り、彼女のアイテムをあまり多用はしない方がいいでしょうね」
「ちょ、怖いこと言うなよ。オレ、昨日だけで2回も使用してるんだぜ」
薄茶色の宝珠が言うのももっともだ。異世界の技術ゆえ、この世界の法則を逸脱すれば、たちまちそれはエラーとなって自らを襲う。その忠告に『鎖帷子』を着た若サムライの表情が青くなった。
「2回?」
「船酔いの時と『石化』解除の時」
「あー、あれ『エリクシル服用液』やったんか」
そう言われてモルトは船上のアルトを思い浮かべる。確かにマリオン嬢からドドメ色の液体の小瓶を貰っていた。
ところで『服用液』なのに『石化』解除の際は振り掛けていた気がするのだが。たぶん細かい事はどうでもいいのだろう。さすが『錬金術』。半端無い万能感だ。
「大丈夫かなオレ、変な副作用無いよね?」
考え出すと不安が止まらなくなるアルトだったが、他の誰もがすでに気にも留めていなかった。アルトの発する弱音に慣れてしまった結果だった。
「そんで、何を拾って来るんだったかにゃ?」
瞬間記憶力の欠如、と言うより、真剣味や集中力が足りないマーベル。そしてその場では熟睡していたティラミスが、同時に首をかしげる。
「ええと、なんやったっけ?」
モルトは返答をしようとして、ひとまず先日の話をもう一度回想した。
「妖精樹?」
聞きなれない名称に一同は声を揃えて顔を見合わせた。
「そそ、正確にはその葉っぱが欲しいヨ。後の材料は揃ってるカラ、それだけ採って来てくれれば作れるネ」
そうは言われても、聞いたことも無い樹の在りかなど見当も付かない。アルトたちが答えあぐねていると、金髪混じりの『錬金術師』は、それを察して何度も頷いた。
「ダイジョーブ。どこにあるかはハリーさんが知ってるヨ。ただハリーさん一人では採取出来なかっただけのコト」
そう言うことらしいので、採取場所と言う心配はクリアだった。なので、アルトはもう一つの切実な問題を口にする。
「ええと、その『時間を巻き戻すアイテム』って、お高いんでしょ?」
だがこの問題もすぐさま解決する。ハリエットは明るい声で高らかに言い放った。
「今回はアフターサービスってコトで。材料さえ採って来ればおーけーダヨ」
これ以上、借金が増えずに済み、アルトはホッと胸を撫で下ろしたのだった。
「よーし、ほなこれで方針は決まった。『妖精樹の葉っぱ』をウチらが採って来る。これでマリオンも安泰やね」
「マクラン卿の所にお帰しするにしても、昏睡状態では何言われるかわかったモンじゃありませんからな」
エンディングが見えた、とばかりにモルトとレッドグースは硬く握手を交わす。彼らの最終目的はマリオンをマクラン家に帰し、報酬を貰い受ける事だ。この採取ミッションさえ無事に終われば、道は見えると言うもの。
だがそうは問屋が卸さないのが、マリオンの隊仲間である、黒髪の戦乙女アスカ嬢だ。
「わかった。では葉っぱはアンタたちに任せる。私は、船員ギルドへの報告と、再戦に向けて情報収集をする事にする」
「え、やっぱりやるんですか」
控えめに「もうやりたくないんですが」と言う本音をチラつかせながら、愛刀を1本失ったアルトが訊ねる。アスカは躊躇も無く、力強く頷いた。
「当然だ。雪辱を果たす意味もあるが、何より『ロゴロア』を誰かが退けないと、『商人』や『船乗り』が困るじゃないか」
超正論なので、アルトも誰も言い返す言葉が浮かばなかった。確かに、航路に居座られては、商船も漁船もあがったりだ。
そしてアスカたちが再戦するなら、戦闘前に提示された『マリオンに話を聞いて欲しければ、彼女たちの仕事を手伝え』と言う条件に従い、アルトたちもまた再戦に臨まなければならないだろう。
「国は、治安維持隊の皆さんは?」
再戦をなんとしても避けたい、2番目に多くの犠牲を被ったアルトは、すがるつもりで仲間を見回す。だが誰の頭も横向きに振られていた。
「軍隊は対人戦に特化した組織ですからね。ゴブリンやオークの群れには有効でしょうけど、今回のようなケースですと、結局、冒険者に依頼が回ってくるでしょう」
そうして、ねこ耳童女のベルトポーチから顔を覗かせた薄茶色の宝珠が、アルトの意見に止めを刺した。もはやアルトに残された希望は、目を覚ましたマリオンから出る「かもしれない」反対意見だけだった。
「つまりその『妖精樹の葉っぱ』を採って来ればいいにゃ。場所がわかってるなら簡単にゃ」
街から出た事で、2割ほど陽気さを増した草原の種族が、気楽に鼻歌を奏でる。いや、彼女だけではない。ここ約3ヶ月に及ぶ逃亡生活により、彼らは街中より郊外の方が安心できる体質となってしまっていた。非常に度し難い。
「はたしてそうですかな?」
「と、いいますと?」
そんな様子に、鉱山の種族であるレッドグースが水を差し、頭上のティラミスが合いの手を打つように訊き返す。
「その万能な『錬金術師』をして、『一人では採取できなかった』と言っているのですぞ。推して知るべきですな」
「いやいや、脅かすなよおっさん」
さすがにそう言われては、アルトも青くならざるを得ない。
何か危機があるのなら、真っ先に晒されるのは前衛のアルトなのだ。いい加減、そろそろ慣れろよ、とのお叱りを受けるかもしれないが、生来の臆病はそう簡単には治らないので仕方ない。
いや本来のアルトはそれほど臆病者でもなかったが、この世界での緊張度の高い逃亡生活が、彼の小さかった臆病心に磨きをかけてしまった。磨き上げられた至高の臆病心と来れば、もう誰にも咎められないのだ。
「ささ、そろそろ見えて来たで。あれみたいや」
そうしているうちに、ハリエットが描き記した簡素な地図を片手に、モルトが進む先を指差す。そこには、平原から唐突に隆起した、深皿を伏せたような小山が見えた。
所々緑が禿げつつも、幾らかの林と、頂上に立派な広葉の大木がそびえている。あれがハリエットの言う『妖精樹』だ。
「ああいう小山は、日本だと古墳と相場が決まっておりますな」
「もーいちいちそう言うの止めろよな」
「いや、古墳とか別に怖くないやろ」
もう気分が小さくなりすぎて、何でも恐ろしく感じてしまうアルトだった。
「ところで、なんか動くものが見えるにゃ」
標高差にして30メートルにも満たないであろう、遠くから見ても登山の苦労など感じさせる要素が見当たらないその小山を望み、もっとも遠目の利くマーベルが、眉の上に手を当てて呟いた。その言葉に、アルトだけでなく、モルトたちもまたドキリとした。
それこそが、ハリエットをして『一人では無理』と言わしめた原因ではなかろうか、と推測したからだ。
「なんや、どんなアレがおんねん」
いまいち曖昧な言い草のモルトだが、いいたい事はだいたい伝わる。その言を受けて、妹分を自称するねこ耳童女は更に目を細めて、山肌の木々から姿を現しては隠れる動くものを追った。
「トサカがあるトカゲにゃ? 足が8本あるにゃ?」
8本足、と言う所で『ロゴロア』を思い出し、アルトは思わず「ひっ」と小さな悲鳴を上げるが、トカゲと言う時点でヤツではない。だがそれでもそのトカゲが只者ではない、と言う事実を知る者がいた。この世界での知識ではない。元の世界で得たプレイヤー知識に属する話だ。
「あー、ワタクシ、知っておるかもしれませんぞ」
「ウチもや。頭が『バ』で、お尻が『ク』のトカゲさんや」
バジリスクである。
「特殊能力がありますな。確か初めが『ペ』で、最後が『イ』ですな」
『石化』である。
だが、どちらもこの世界で得た知識ではない。いわゆる『抵触事項』なので、発言が叶わないのだ。
本来のTRPGでは、こういったプレイヤー知識をひけらかすような行為はご法度である。ゲームなのだから、キャラクターが知らないなら、プレイヤーも知らない振りで行動しなくてはならない。上記の様なやり取りだって、けしてマナーの良い発言ではない。
だがここは、ゲームでありながら、彼らの命がかかった現実世界である。ノーマナーなどと言っている場合ではない。
バジリスクはメリクルリングRPGでは、6レベル魔獣である。段取りを一歩間違えば全滅の可能性だってある。
「そのトカゲが、とりあえず3匹見えるにゃ」
狭い小山に最低3匹。さてどうしたものか。モルトとレッドグースの視線が、偶然にも我らが前衛殿に集まった。
「いやーだー、絶対いやだー」
ゴネて身を硬くするアルトを、3人がかりでズルズルと押し進める。そうこうする内にもう小山は眼前まで迫っていた。
モルトたちは『石化』の言葉を口には出来なかったが、さすがにアルトも察したようで、その途端に足を止めた。
「なあ、もう諦めて他の街に逃げようぜ」
「ダメですな。そうすると今度は帝国が敵に回りますぞ」
大げさな話ではあるが、帝国騎士の依頼を放り出して、前金を持ったままトンズラすれば、少なくとも帝国の警察機関に準ずる者に追われることになる。
そうなればもうこの島に住みどころなど無い。残された道は島外脱出だ。
しかし、その島外へのルートは、たった今『ロゴロア』によって塞がれているのだ。すなわち、このインポッシブルなミッションは、何が何でも果たさねばならない、と言う事である。
「なーに痛くないでー。ちょこっと硬くなるだけやでー」
「嘘だー、そんな優しい声の時は絶対嘘なんだ」
「あとでお菓子買ってあげるにゃ」
もう予防接種を受けに来た子供の様相である。だが、もう後が無い。なぜならズルズルと押されて、気付けばそこはもう小山の斜面の縁だった。
「あまり騒ぐとトカゲに気付かれますぞ」
「ひっ」
気付かれ、接近を許せば戦闘フェイズの開始だ。そうなれば簡単に逃亡も許されないだろう。アルトは進退窮まって小さな悲鳴を上げた。
「アルトさん。ここは覚悟を決めましょう。山頂まで直線距離でたったの200メートル程度です。陸上競技ならたかだか30秒ですよ」
元GMまでもが痺れを切らせて応援に回る。だがそれは平らな競技場を走る場合だ。斜度15パーセントの山を駆け上がることに比べたら、難易度は格段に変わるだろう。
しかし、アルトももう引くに引けぬ所まで押し出されてしまった。憎き中年酒樽髭の言う通り、ここで魔獣に感づかれれば元も子もない。もう腹を括るしかない。
「よ、よし。よーしわかった。じゃぁみんな、行くぜ」
顔面を冷や汗で覆い尽くしたアルトが、ようやく心を決めて仲間を振り返る。一同は彼を押す手を止め、ゆっくりと頷いた。
「3、2、1、スタート!」
仲間の面々に勇気付けられ、走る前から高鳴る鼓動と共にアルトは山へ踏み出す。薄茶色の宝珠が言う通り、頂上へはたったの200メートル。心臓が破れる覚悟で行けば、最悪、4人の内の誰かは目的を果たすだろう。
そう言う思惑で、アルトは斜面を疾走した。幸運にもトカゲ軍団にはまだ気付かれていない。
「行ける、このままなら行けるぜ」
道程の半分を駆け上がり、アルトはこの喜びを分かち合おうと、少しだけ後ろを窺う。だがおかしな事に、背後からは誰の気配を感じなかった。
「がんばれー」
遥か後方で姉貴分である乙女の応援が上がった。もう一度言う、遥か後方で。
「オレだけかよーっ」
アルトの嘆きは、初夏の爽やかな空に響き渡った。
「がんばれー」
第一走者となったアルトが小山の中腹を過ぎ、モルトの応援に対して何か叫んだ様だったが、麓にて岩陰に隠れる3人の耳には、何を言っているのか判別できなかった。
だがその叫びは別の者たちに届いていた。そう、山の各所でのたくっていたバジリスクたちだ。
「まずいですよ、気付かれました」
「や、でももう樹までチョットや」
「我々の勝ちですな」
ノタノタと追いすがるバジリスク軍団、もう振り向かず必死に駆け上がるアルト。目的の『妖精樹』まですぐそこだ。応援団の2人と1個にも熱が入る。
だが一人、ねこ耳童女だけはバツが悪そうに耳を伏せた。
「ところでアっくん、帰りはどうするにゃ?」
「あ」
『妖精樹の葉っぱ』を手に入れたら、戻ってこなければならない。なのに何故か彼らの中で「『妖精樹』にたどり着けさえすれば終了」と、勝利条件が摩り替わっていた。大変な間抜けである。
彼らの脳裏に、『妖精樹』へ着いたアルトに、バジリスク軍団が殺到するビジョンが浮かぶ。
「アっくん、また喰い散らかされるにゃ」
『石化』どころの話じゃない。バジリスクは確かにその能力が恐れられるが、攻撃力だってレベル並みに恐ろしいのだ。5レベルとなった中堅『傭兵』のアルトでも、あの数に押されたら果たして何ラウンド持つか。
しかし、ある意味において彼らの認識は偶然にも正しかった。
なぜなら、頂上へたどり着き『妖精樹』に触れたアルトは、バジリスクに殺到される前に彼らの視界から忽然と消えたからだ。
こうして目を点にする仲間たちを残し、アルトの『死の登頂ゲーム』は終了した。




