06デビルフィッシュ
平和な港の一部に険悪な空気が流れた。
多くの『船乗り』たちが行き交うその場所で、背の低い金髪の『魔術師』と、『精霊使い』のねこ耳童女が火花を散らして睨み合う。
普段は喧嘩上等な荒くれ船乗りたちも、幼く見えるとは言え冒険者の喧嘩には口を出さない。冒険者と言えば自分たち以上のアウトローである事を知っているからだ。
「マリオン、やめるんだ」
迷惑そうに避けて通る『船乗り』たちの目に気付き、見かねて黒髪の戦乙女が2人の間に割って入る。
「でもアスカ」
「マリオン!」
何か言い返そうとする金髪の少女を一言で制し、アスカは静かに言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「いいかマリオン、冒険者になるなら、無報酬で喧嘩なんかするな」
この言い様にはさすがに呆れたようで、マリオンと呼ばれた少女は溜め息を吐いて、ねこ耳童女との睨み合いを止めた。
合わせて止めたねこ耳童女マーベルは、腰に手を当てて首をかしげる。
「なんでそんなに帰るの嫌にゃ?」
マリオンはこの街でも名士である騎士の家系『マクラン家』の令嬢である。そのご令嬢は現在絶賛家出中なのだが、アルトたちはその理由を聞かされていない。
というか彼女の兄である帝国騎士マーカスによれば、マリオンと言えば可憐で清楚な深窓の姫君だったはずだ。
もっとも、隣の屋敷のメイド談では、マーカスとは正反対の証言も得ているので、マーカスの言を信じてはいなかったが。
マリオンはマーベルの問いに、短く鼻で息を吐く。
「だってあの兄がいる屋敷よ? 鬱陶しくてやってらんないわ」
その兄を知る一同は低く短く「あー」と頷いた。
「まぁまぁ、妹想いの良いお兄様ではありませぬか。せめて一度、話し合いに帰ってみては?」
一度でも連れて帰れば任務終了。その後、再び家出しようが、それは我々の与り知らぬ事、と言う思惑を秘めつつ、酒樽体型のレッドグースが胡散臭い笑顔で言う。
だが返って来たのは冷ややかな視線だった。
「本気で言ってる?」
レッドグースは無言で目を逸らした。
彼女の気持ちはわかる。だが彼女を連れて行かねば報酬は貰えず、引いては『盗賊ギルド』への保護料も払えず、アルトたちの安全保障計画が崩れるのだ。それは困る。
アルトは焦燥感から来る真剣な表情で、ミリオンに詰め寄った。
「そこを何とか、な? 頼むよ、助けると思って一度、屋敷に帰ってくれ」
「ぜーったいに嫌。だいたいなんでアンタたちを助けなきゃなんないのよ」
即答で断られた。アルトはガックリと頭を垂れるしかなかった。
「でもウチら前金貰ろてるしなー。依頼果たせんかったらどうなるん?」
「メリクルリングRPGでは前金3倍返しが相場のようです」
後ろで成り行きを眺めていたモルトの問いに、薄茶色の宝珠が答える。
今日の宿泊費も乏しかったアルトたちにとって、前金3倍返しなどすでに無理だ。もういくらか使ってしまっているし、そもそも金がないから前金を貰ったのだ。
話は平行線の様相を呈してきた。
やはり後ろで成り行きを見守っていたアスカが焦れる。
「私たちこれから仕事なんだがな」
アスカたちはアスカたちで『船員ギルド』からの仕事を果さねばならなかったし、アルトたちもまた同様にマクラン卿からの依頼を果さねばならなかった。
これは同業者として、彼女も事情を良くわかっていた。だからこそ素気無く通り過ぎる事に気が引けたのだ。
しかしもうタイムリミットだ。彼女たちは仕事の為に船を待たせている。そろそろ話を切り上げさせねば。アスカはそう考えて一つの提案を思いついた。
「そうだ、ひとまず私たちの仕事を手伝ってくれ。その代わり、これが終わったらマリオンに話を聞かせる」
この言葉に『魔術師』の少女は釣り目を更に釣り上げたが、やはりアスカの眼力に負け、しぶしぶ承知した。
こうしてアルトたち一行は、アスカたちの仕事である、海の魔物退治を手伝う事になった。
アスカたちについて乗り込んだ船は、乗員数20人クラスの船だった。今回の仕事の依頼者である『船員ギルド』が用意した、2枚帆の小型装甲帆船だ。
日に焼けた肌を露出した男たちが、帆と数本の櫂を操り風と波を切る。速度はそれ程出ていないはずだが、それでも肌に感じるスピード感と晴れ渡った初夏の青空は、陸の住人たちを爽快な気分にさせた。
「そういや海の魔物ってなんやの」
次第に離れていく陸の風景を肴に、持参のポットからお気に入りの果実酒をチビチビやりつつ、ほんのり赤ら顔の『聖職者』が訊ねる。『胸部鎧』に押えられていない部分の白い法衣が風にはためくが、特に気にした様子もない。答えるのはこの仕事の一次受けとなるアスカだ。
「最近、近くの海域に出るようになった魔物さ。ちょうど中央大陸との航路付近で現れるから、困っているそうだ」
このアルセリア島で大陸との交易船が出入りするのは、港街ボーウェンだけである。
島内には他にもいくつか港町はあるが、どれも島内を行き交う船だけが停泊する規模しかない。
すなわち、このボーウェンと大陸を結ぶ航路を塞がれたら、アルセリア島は世界から孤立したも同然と言う事になる訳だ。
もっとも、各産業はどれも島内で最低限は賄えるので、一般人はそれほど困らない。困るのは交易商人たちである。今回の依頼はそういった交易商人たちの金が集まり、『船員ギルド』を通して行われたようだ。
「デビルフィッシュと言いますと、イギリス辺りでは蛸の事ですな」
「たこ? ちゅーちゅータコかいにゃ、のタコにゃ?」
すかさずマーベルは脳裏に数々のタコ料理を思い浮かべ、薄っすらと涎をたらす。たこ焼き、から揚げ、マリネにカルパッチョ。どれも美味そうだ。
「欧米みんなそう言うんやないの? イギリスだけ?」
続いて「足だけ焼いてもいい肴になるな」などと思いながらモルトが尋ねる。これには薄茶色の宝珠が答えた。
「地中海辺りの国は昔から蛸食べますよ。ただ宗教的に禁忌とする人もいます」
言うまでもなくここにいる面々には、そうした禁忌は全く無い。だが、操船中の『船乗り』たちは、そんなモルトたちの会話を耳にすると苦笑いだけ残して去っていった。
「確かに大蛸の怪物て聞いたけど、いきなり食べる相談とか頭おかしいんじゃない?」
やっと会話に口を挟む者が現れたと思ったら、背の低い釣り目の少女マリオンだった。それは『船乗り』たちの代弁でもあった。
微妙に彼女と相性が悪いのか、マーベルはプイとそっぽを向く。
「怪物でもタコはタコにゃ」
アスカはそんな2人や、モルトたちの気楽な様子に呆れながら肩をすくめた。
「相手は『ロゴロア』と名付けられて恐れられる、何艘もの船を沈めた呪われた魔物だ。頭の高さだけでも3メートルはあるそうだから、あまり緩んでくれるなよ」
さすがに具体的に示されて、一同は固唾を呑まずにいられなかった。3メートルといえば、かのクンバカルナ平原で彼らを苦しめた、岩の巨人と同じくらいだろうか。
食料として怪しくなったせいか、いささか興味を失ったねこ耳童女が海上へと視線を向ける。遠くに近海商船や漁船が見えた。大陸との交易船以外は、それなりに出入りしているようだ。
その中で一際異彩を放つ船もあった。
ナイフのように細長く尖った小船だ。6人が左右に分かれてシングルパドルで漕いでいる所をみると、カッター船の一種だろう。
ただ漕手座以外は流線型の装甲で覆われ、後部には見慣れない筒状の突起もある。まるで速度を出す為のモーターボートの様だ。
「あれは『船員ギルド』の巡視船『ソードフィッシュ』さ。違法船の取り締まりをしてるんだ」
仕事中の『船乗り』が通りすがりに教えてくれたので、マーベルは更に注視してみる。なるほど、乗員はどれも『なめし革の鎧』や『短剣』で武装している。取締りともなれば荒事もあるのだろう。
「なるほどにゃぁ」
マーベルは素直に感心して頷いた。
さて、ここまでの会話に、全く参加していない者がいる。長さ1メートル弱の『胴田貫』と『無銘の打刀』を左右に差した若サムライ、アルトだ。
彼は他の皆とは離れて、独り船縁の住人だった。
「うぷっ」
港に来る前に食べた『金糸雀亭』特製ランチは絶品であった。銀貨8枚という少々高めの定食だが、胃と舌に確かな満足を与えてくれた。
だが今はそれが裏目に出ている。
心地よい満腹感は胃をもたれさせる嫌悪感に変わり、何度も込み上げる嘔吐感が彼の呼吸を早くさせた。早い話が船酔いである。
「ふむう、連環すべきでしたかの」
「うんにゃ、それ燃やされる運命にゃ」
アルトにとっては冗談ごとではない。胃はとにかく重く縮みあがり、呼吸を深くするだけで喉の奥が刺激されて吐きそうになる。
仕方なく波間に遊ぶ魚たちに向けて胃の中身をぶちまけるが、ちっとも楽にならないどころか、吐けるものが無くなって余計苦しくなる有様だった。
「船酔いなんて、情けないわね」
深窓の令嬢だったはずのマリオンが鼻で笑いながら言うと、アルトはより一層惨めな気分が増した。
お嬢より船酔いに弱いとかありえん。などと暗い気持ちになるアルトを見ると、さすがにマリオンも哀れになってくるようで、彼女は嘲笑を早々にやめ、自らのカバンを探ってガラスの小瓶を取り出した。
「しょうがないわね、これでも飲みなさいな」
機敏に動くと症状が悪化しそうなので、身体を傾けたまま、アルトはゆっくりとうつろな目をマリオンと小瓶に向ける。小瓶にはドドメ色の液体が入っていた。
「水薬よ。万病に効くそうだから、きっと船酔いにも効くわ」
アルトは一瞬どうしたものかと思案したが、背に腹は代えられないのでありがたくいただく事にした。ただ色がヤバいので、飲み下すのに少し勇気が要りそうだ。
「『全ステータス異常回復』の水薬ですか。これは高級品ですね」
ステータス異常とは『麻痺』や『毒』の事だ。普通の回復薬はそれぞれのステータス異常に特化された物なのだが、この水薬は、およそ『ステータス異常』に分類されるすべての異常を回復するようだ。
それが判ったからこそ、薄茶色の宝珠は感嘆の溜め息を漏らした。
「べ、別に、戦闘で役に立たないと困るからだからね」
「なにやらツンデレのテンプレみたいな台詞ですな」
誰もが思ったツッコミだったが、それを入れたレッドグースは、目を逆三角に釣り上げたマリオンに蹴られ、危うく海に落ちるところだった。
「ほんでその水薬、おいくらなん?」
「え、格安だったわよ。セールで1千銀貨」
日本円で約10万円。船酔いの患者にほいと処方するにはいささか高い。さすがお嬢の金銭感覚は違うな、と一同は深く頷いた。
「まぁそれでも万能水薬としては、劇的に格安ですよ」
元GMたる宝珠の呟きは、もはや誰の耳にも入っていなかった。
マリオンがもたらした秘薬『エリクシル服用液』は、てき面の効果を発揮し、アルトの船酔いはたちまち消え去った。それどころか、アルトの体調は非常に快調となり、いつになく気分爽快であった。
そんなアルトの気分とは裏腹に、先程まで晴れ渡っていた初夏の青空は、いつの間にか薄暗い雲に覆われ始めていた。いや、遠くの空には未だ青く見えるので、覆われているのはこの船が進入した小さな海域一帯だけのようだ。
「冒険者のダンナ方、そろそろ来るぜ」
『船乗り』の1人が声を上げる。どうやらこの暗雲は、海の魔物『ロゴロア』の登場を示唆するものらしい。
「おいおい天気が左右されるとか、ただの大蛸じゃねーのかよ」
「だからさっきからそう言ってる」
不安から悲鳴にも似た軽口を叩くアルトだったが、すぐさま隣に進み出てた黒髪の戦乙女にピシャリと諌められる。小型装甲帆船の舳先側に並ぶアルトとアスカ。今回の前衛2枚看板だ。
「いいかサムライ、私の『ワーニングロア』では8本の触腕のうち、4本までしか引き付けられない。後はランダムで来るから気を引き締めてかかってくれ」
アルトは彼女の真剣な眼差しに、ゴクリと喉を鳴らし深く頷く。だがいくら大きくても呪われていても所詮は蛸だ。しかもアルトが引き受ける攻撃は最大で4回、単純計算の期待値で言えば1ラウンドに2回である。
あの巨人族ひしめくクンバカルナ平原を前衛として駆け抜けて来たアルトにとって、その程度は大変な戦いとは思えなかった。
「なに、その4本はオレが『胴田貫』のサビにしてやるぜ」
アルトは不敵に笑みを浮かべ、1ヶ月前に出会った頼もしい愛刀『胴田貫』の柄を軽く叩いた。
その時、雷鳴が空に轟いた。
暗雲に陽を遮られた薄暗いこの海域を、雷鳴が一瞬だけ明るくし、そしてゴロゴロという音と共に再び暗さを呼び戻した。
「来るぞ」
アスカが短く警告を発し、腰を低くして『凧型の盾』を構えた。その途端、時を待っていたかの様に海面が大きく隆起し、黒い山のような何かが見る見るうちにアルトたちの視界を覆った。
やがて山のような何かが被っていた海水が流れ落ち、そこには巨大でいびつな球形がそびえ出た。墨をぶちまけた様に黒く、広大な地肌には禍々しい渦を象った紋様がいくつも描かれている。
そしてその暗がりからギョロリと覗いた双眸は、新たな獲物を見つけたとばかりに、いやらしく見開かれ、8本の巨大で太い触腕が、歓喜にウネウネと波を打った。
「これが海の魔物『ロゴロア』か」
話だけに聞いていた巨大な魔物を、アスカは自慢の『凧型の盾』越しに見上げて固唾を呑む。
「思ってたのと、ちょっと違う」
その隣でアルトは『胴田貫』に手をかけながらも、膝を恐怖に震わせた。
「戦闘フェイズに移行します。先頭はマーベルさんです」
マーベルのベルトポーチに半身を埋めた、薄茶色の宝珠が声を上げる。誰が恐怖に慄こうが、時は流れてラウンドは進む。メリクルリングRPGのルールに支配されたラウンド制バトルの開始だ。
その途端、アスカの背に垂れ下げられたアンダーウェアの頭巾から、小さな人影が2つ飛び出し、彼女の後ろに着地する。
茶系色タータンチェックのインバネスコートを着た鹿追帽の少女クーヘンと、純白のパフスリーブワンピースに身を包んだナース帽の少女エクレア。共にティラミスの姉妹、人工知能搭載型ゴーレムだ。
配置が完了するといよいよ戦闘フェイズ開始となり、トップを切る我らがねこ耳童女が右手を掲げる。
「マーベル、『アインヘリアル』を頼む!」
「ダメにゃ。水の精霊を召還するにゃ」
そこへいつもの魔法を期待して叫ぶアルトだったが、ねこ耳童女は要求を素気無く切り捨て、元GMに宣言した。
「承認します」
言葉は世界の大気に融け、荒れる波間から全身が青白い乙女がヌルリと姿をあらわす。青白い乙女はその身の形状を小さな球体やしずくに変えながらマーベルの傍らまでやってくると、改めて乙女の姿を取り戻した。水を司る精霊界の乙女『ウンディーネ』だ。
「ちょ、なんでだよ」
すでに恐怖で逃げたくなっていたアルトにしてみれば、勇気を呼び起こしてくれる精霊魔法『アインヘリアル』は、まさに頼みの綱だった。それだけに叫びは切実だ。
だがマーベルの話は更に切実だった。
「海に落ちたら溺れるにゃ。『オキシガム』がいるにゃ」
精霊魔法『オキシガム』は3レベル魔法。水の精霊の力を借り、水中でも呼吸が可能となる。
溺れる事がなくなるので、今回のような水上、水中での戦闘や、海底遺跡探索には必須の魔法と言えるだろう。
以前、『浮遊転移基地』からの脱出時に、溺れた経験があるアルトは、それを聞いては押し黙る他はなかった。
続いて動き出すのは黒髪の戦乙女アスカだ。彼女は大きな『凧型の盾』を『ロゴロア』の瞳と正対して掲げる。
「『ワーニングロア』!」
アスカの咆哮が響き渡り海面に消える。仲間を守るために敵を引き付ける『警護官』のスキルだ。ランク2である彼女の『ワーニングロア』は、これで海の魔物の触腕4本まで引き付けたはずだ。
それを証明するように、触腕の内の4本に赤い逆三角形のマーカーが張り付く。
「ウチは『ブレッシング』や」
「承認します」
白い法衣の乙女が天高く両手を掲げた。
その手から紙吹雪にも似た光のシャワーが、暗雲の薄暗さを引き裂くように仲間たちの頭上へと降り注ぐ。そして荘厳な鐘の音が脳裏に鳴り響いた。仲間たちの行動に神の加護を付与する『聖職者』スキルだ。
「使いまくったおかげでランク2になったで。これで2ラウンド持続や」
モルトが誇らしげに叫ぶ。『ブレッシング』は効果の大きい強化スキルだが、その効果時間が短く、RRが長い。
モルトの行動が終わると、今度はクーヘン。小さなホームズルックの少女は懐から取り出した『スリングショット』を構える。
「チェック、目標は…あれ、えーとあの蛸足、デス」
敵は巨大な悪魔の黒蛸。攻撃に際しては8本の触腕が同時に、そしてランダムに別の目標を襲う事ができる。どうやらクーヘンの専用スキル『ディスターブショット』で阻害できるのは、そのうち1本までのようだ。
「さぁ私の番ね。そこの貧乏サムライ」
「え、オレの事?」
金髪シュリンプテイルの『魔術師』がアルトを指差す。「貧乏サムライ」などと呼ばれて、事実なので言い返しようもないでのショックを受けるアルトだが、その動揺も意に介さず、少女は手にした『短杖』で宙に幾何学模様を描く。
「いくわよ、『ファイアアームズ』。目標は貧乏サムライの刀!」
言葉と共に振るわれた『短杖』から炎の帯が迸る。出現した炎はすぐに『短杖』の頚木を離れ、アルトの構えていた『胴田貫』に纏わり付いた。
「な、なんだこりゃ」
マリオンの言葉による動揺より、さらに大きな動揺がアルトを襲う。せっかく手に入れた強力な愛刀が、今、まるで巨大な松明のように燃え盛った。
「アルトさん。大丈夫、武器強化系の緒元魔法です。落ち着いて。それよりアルトさんの番ですよ!」
3レベル緒元魔法『ファイアアームズ』。見た目の通り魔法の炎を武器に付加することで、敵に与えるダメージを増大する。類似魔法に2レベルの『エナジーアームズ』もあるが、炎に耐性を持たぬ敵が相手なら、『ファイアアームズ』の方がより効果的だ。
薄茶色の宝珠からの言葉でアルトはハッとする。そうか、危うく呆然として自分の手番を放り出すところだった。
彼はまだ慣れない素振りで松明のような『胴田貫』を、素早く八相に構えて船上を駆け出す。恐れ慄いても、自分の番に武器を握れば震えは止まる。『傭兵』とはそう言う職業なのだ。
アルトは数歩のダッシュで舳先を踏み切り跳躍する。
「出し惜しみなくいくぜ。喰らえ『ツバメ返し』」
「承認します」
跳躍と同時に『胴田貫』を上段構えへと移行し、目前に現れた1本の触腕に鋭く振り下ろした。
うねる触腕はその剣撃をヌルリとかわす。だが彼の剣撃は止まらない。
終わったはずの『胴田貫』の軌道はアルトの足元を掠めるように反転、そして誰もかわせぬ鋭さを持って跳ね上がった。
「来ました! クリティカルヒットです」
元GMの言葉が響き、同時にアルトの炎を巻いた逆袈裟懸けが『ロゴロア』の触腕の一つを斬りつける。そして長くどす黒いその触腕は、易々と胴体から離され宙に舞った。
直後、巨大な黒蛸の重く苦しげな悲鳴が、暗雲ひしめく天を揺るがすのだった。




