04人形の姉妹
『大魔法文明』とは、約500年程前まで主に中央大陸の西側で栄えた『魔術師』による文明だが、その時代にパーン・デピスという人物がいる。
デピスは文明の中心である魔法帝国の研究者で、ゴーレムと言う魔法擬似生命体研究の第一人者である。
ただ彼は変わり者だったらしく、当時はまだ古エルフ族の楽園だったアルセリア島に、研究の為にと、まだ壮年の内から隠棲してしまったという。
デピスはこの島の各所に研究所を建て、その助手として『人工知能搭載型ゴーレム』を発明する。
世界に7体しかないと言う『人形姉妹』の誕生である。
黒髪の戦乙女の頭巾から飛び降りた2人の少女。それは、ともすれば見失いかねない、約14センチメートルと言う小ささの、人工知能搭載型ゴーレムだ。
その片割れは、黄色地に茶のタータンチェックを施した鹿追帽と、同柄のインバネスコートという出で立ち。こちらがクーヘンと呼ばれた少女だ。
「チェック、目標を補足したデス」
クーヘンは立膝の姿勢をとると、コートの内から取り出したY字型の射出器『スリングショット』を構える。だがまだ発射はしない。
発射はしないが、その狙いはピッタリと、敵であるコゲ茶のボロ布を纏った男の一人に定められていた。
「ちぃ、うっとおしいぜ」
クーヘンからロックオンされた男は、一瞬ひやりとしたが、そのあまりの小ささに「どうせ当たってもダメージにはならないだろう」と高を括る。無理も無い、セットされている弾丸は2ミリにも満たない小石なのだ。
4人いるコゲ茶の男たちは躊躇もせず、手にした『短剣』で、当初の目的通りに黒髪の戦乙女へと殺到した。
「『ディスターブショット』」
その瞬間を狙い済まし、ホームズルックのクーヘンがついに弾丸を射出する。
放たれた小石は淡い緑の光で軌跡を描きながら、ロックオンされた男に、吸い込まれるように命中、そして小さく爆発した。
「うおっ、なんだこりゃ」
小石の爆発を浴びた男は、予想外のタイミングの攻撃に怯まざるを得ない。その結果、すでに振りかぶられた『短剣』は、その軌道を大きくそらされた。
「お、アレは彼女専用のスキルみたいですね。たぶんティラミスさん同様に、職業も専用なんじゃないでしょうか」
少し離れた場所で野次馬にまぎれつつ観戦するアルトたちの内、マーベルの手に抱えられた薄茶色の宝珠が自らの所見を語る。
彼らの仲間である人工知能搭載型ゴーレムのティラミスは、彼女専用職業『魔法工学士』だ。以前、その専用スキルである『魔法物品鑑定』を披露したことがある。
元GMであるこの宝珠の所見は、そこを根拠とする説だった。
『ディスターブショット』はクーヘン専用職業『探索者』のスキルだ。遠距離武器を装備する場合のみに使用が出来る。
ラウンドの手番に使用目標を定めると、目標が行動を開始した時に、遠距離武器を自動発射してその行動を阻害する。
「どうするにゃ、乱入するにゃ?」
珍しいモノを見たせいかテンションがあがったマーベルが鼻息を荒げる。確かに知り合いではないが、顔見知りではある。同じ『金糸雀亭』を拠点にする冒険者だ。しかも仲間の姉妹も一緒なら、助太刀する理由は充分だと言える。
しかしアルトは無言で首を振る。その視線は『ワーニングロア』で縛られたコゲ茶の男ども同様に、黒髪の『警護官』に注がれていた。
クーヘンの阻害弾にて逸らされた男を除く、3つの剣が黒髪の『警護官』に殺到する。だが彼女はこのコソ泥と明らかに格が違った。
左右から襲う2つの『短剣』を、それぞれ『両刃の長剣』と『凧型の盾』で難なく捌き、正面からの剣撃は『板金鎧』で覆われた分厚い肩口で受け止める。ノーダメージではないだろうが、戦士系のHPからすれば微々たるものだろう。
そしてそれぞれが行動を終えると、最後にもう片割れの人工知能搭載型ゴーレムが、手にした『聖槌』を両手で掲げた。
「『ヒーリングシャワー』」
純白のパフスリーブワンピースに同色のナース帽を纏った、エクレアと名乗った少女の『聖槌』から放たれた光の束が、緩やかな弧を描いて黒髪の戦乙女へ降り注ぐ。細いそれぞれの光は、戦乙女の纏う『板金鎧』上で光の波紋を広げ、そして僅かながらに負った傷を瞬時に癒した。
その様子に、アルトは仲間のねこ耳童女へ振り返って肩をすくめた。
「な、助太刀の必要なんかまったく無いぜ」
誰がどう見ても『警護官』側が優勢だったが、それでもボロ布を纏ったコソ泥たちが、盗品を置いて逃げ出すまでに8ラウンドの時間を要した。
「ふう、やっぱり『傭兵』か『魔術師』が欲しいな」
仲間の、非常に小さな2人を自らの肩に乗せ、黒髪の『警護官』はコソ泥が置いて行った小汚いズダ袋を拾い上げながら呟く。戦闘が随時優勢でも、殲滅力が圧倒的に足りなかったのが戦闘が長引く原因だった。
『警護官』は防御力こそズバ抜けて高いが、攻撃力の点では決定打にかけるのだ。
「アスカ姉ちゃま、金糸雀のおばちゃんに頼んだデスか?」
「ああ、今朝頼んだばっかりだから、しばらくかかるだろうな」
左肩に乗った鹿追帽の小少女の問いに答えて、彼女は肩をすくめながらズダ袋の中身を確かめる。眉は嫌そうに八の字を描く。
「何が入ってるにゃ?」
と、唐突にねこ耳童女が覗き込んできた。ズダ袋の中身は、ピンク色のスライム状の何かだった。
アスカと呼ばれた『警護官』は一瞬警戒し、一応顔見知りだった事を知ると、今度は困惑の表情を浮かべる。
「あああ、ウチの猫娘がスンマセン」
そこに焦った様子で飛び込んできたサムライ風の少年が、ねこ耳童女を羽交い絞めにして引き剥がす。抱えられる形になったねこ耳童女の足は宙に浮き、不満げにブラブラと揺れていた。この少年もまた、先日見た顔だ。
「やぁやぁ、ねーちゃん、なかなかやるね」
更に続いてやってきたのは酔っ払い系純白乙女だった。白い法衣と特徴的な帽子に覚えがある。先の2人の仲間だ。『金糸雀亭』では確かもう一人、ドワーフがいたはずだ。名前はアルト、マーベル、モルト、そしてレッドグースだったか。
「何か御用で?」
「いやなに、ねーちゃんより、肩の2人にちょこっとな」
酔っ払いモルトはどこからか持ってきた、果実酒入りの木製カップを手に、上機嫌に片目を瞑った。
治安維持隊もやって来たので、そそくさと逃げ出した面々は、少しだけ寄り道をしてから、同じネグラである『金糸雀亭』へと入った。
昼間のせいか相変わらずガラガラで、こちらの面々以外では、若い『魔術師』の少女がいるだけだった。
金髪をシュリンプテイルに結った釣り目のその『魔術師』は、アルトたちをまったく気に留めずに、手にした分厚い魔術書を眺めている。
カウンターにおばちゃん店主の姿が見えなかったので、勝手に広めの席を取り、アルトたちは好きに居を定めた。
それぞれが席に着いた事を確かめてから、黒髪の戦乙女アスカはテーブルの端に厚手のランチョンマットと、その上に小さなおもちゃのテーブルセットを並べる。どうやら人形姉妹用の席、と言う事らしい。
これで2人の小さな少女を含め、場に居合わせた全員が席に着いたことになる。
「あ、おばちゃんいないから飲めへんやんか」
誰がまず話し始めるか、と皆が様子を伺っていると、まずモルトが声を上げた。だがそれは話し、と言うよりただの悲鳴だ。
「ええもーん、さっきの屋台で買うてきたもーん」
モルトはイジケ気味に、自分の携帯ポットの中身にチビチビと口をつけ、そこで初めて一同が自分に注目している事に気付いた。
「おお、そうやね。挨拶がまだやった。ほなウチらから」
そうしてアルトたち3人は、続けて名前や、この街へたどり着いた境遇を、簡単に語るのだった。
アルトたちの自己紹介が済むと、今度はアスカたちの番だ。ます黒髪の戦乙女が礼儀正しく立ち上がる。改めて見ると身長はアルトより少し高い。
「アスカだ。知っていると思うが『警護官』。ソロプレイだが、こちらの娘たちとパーティを組んでる」
『板金鎧』に『凧型の盾』。メリクルリングRPGのルールを知るものなら、この装備で他の職業を思い浮かべないだろう。同じ『警護官』であるモルトの装備の方が異色なのだ。
さて、事の成り行きを無言で聞いてた薄茶色の宝珠は、彼女の自己紹介に少々の違和感を感じた。だが仲間たちは特に感じなかったようなので、ひとまずそのまま黙る事にする。
「さっきのスライムは何にゃ?」
話が切れた瞬間に、マーベルが手を挙げて言葉を挟む。実は彼女の名前より気になっていたらしい。ちなみにさっきのスライムとは、コソ泥から奪い返したズダ袋の中身の事である。
「あー、あれはミッションアイテムだ」
つまり依頼か何かの目的の品と言う事だろう。そういえばズダ袋は『金糸雀亭』へ戻る前に、とあるレストランに引き渡してもう手元に無い。
「詳しくは知らないが、なんでも、非常にコストが安い肉の一種らしい」
「…あのレストランには行かんとこ」
それを聞いて冷や汗を垂らしながら心に決めるモルトだった。
アスカが着席すると、彼女を真似て次に立ち上がるのは、テーブルに敷かれたランチョンマット席の、白いパフスリーブワンピースを着たナース帽の小人と、茶系色チェックの鹿追帽とインバネスコートを纏った小人の2名だ。
「デピス研究所謹製、『人形姉妹』が三女、『癒しの手のエクレア』です」
「同じく、『人形姉妹』が六女、『探索の目のクーヘン』デース」
2人はちょこんと挨拶ばかりに頭を下げ、アルトたちは「やはり」と大いに頷いた。
しばし歓談を続けていると、『金糸雀亭』の女店主が奥から出てきてアスカを呼んだ。何事かと思えば、彼ら以外の唯一の客であったシュリンプテイルの『魔術師』へと引き合わされていた。
どうやら、先程アスカが呟いた、彼女の隊の新戦力候補らしい。
そうしてアスカが席を離れると、入れ替わるようにカストロ髭のドワーフと、その帽子の上にへばり付く飛行帽の小人少女が『金糸雀亭』の扉をくぐった。
「やぁお待たせしましたかな」
「したであります」
レッドグースとティラミスはそう言いながらテーブルに歩み寄る。そしてテーブル上の小さなお茶会会場を発見し目を見開いた。
「おお、エクレアにクーヘンではありませんか。久しぶりであります」
「お久しぶりティラミス。元気だった?」
「何百年ぶりデスか」
酒樽紳士のベレー帽からピョンと飛び降りたティラミスが駆け寄り、3人の小人は輪になって手を握り合った。姉妹、感動の再会である。
「5、600年くらいかな?」
「まぁクーヘンたちはついこの前、再起動したばかりデスけどねー」
「ティラミスも同じであります」
ティラミスは大魔法文明時代から生きていると言うから、非常に長命なのかと思っていた。だがどうやらアルトたちが浮遊転移基地で出会うまで、停止していたらしい。おそらくクーヘンたちも同様に、アスカに出会うまで停止していたのだろう。
小さな少女たちは再会を喜び合うと、彼女たちにジャストサイズのおもちゃティーセットでほほえましいお茶会を始める。
その様子を確認してから、レッドグースは空いた席に着いた。
「いや驚きましたな。これで約半数の人形姉妹が集まったわけで、他にはどんな娘がいるのか楽しみになりますな」
「それはともかく、『盗賊ギルド』の方はどうだったんだ?」
何気ない軽口を話すレッドグース。だがそれよりも彼らの安全保障に関する情報の方がよっぽど重要だ。アルトは早速声を潜めて尋ねる。それを受け、レッドグースは何から話したものやら、と思案する顔で一つ咳払いをした。
「ギルドの基本姿勢は『さわらぬ神に祟りなし』ですな」
「え、暗殺者が来てもギルドはスルーって事か?」
それでは相談した甲斐も無いではないか。将来的な危険を感じて焦り身を乗り出すアルトだが、この酒樽紳士は少年を押し戻す。
「まぁまぁ、関係無い争いには口を出さない、という方針なのですな。ただ」
少しだけ顔色を白や青にクルクル変えるアルトが面白くて、レッドグースは更に翻弄するようにもったいぶって言葉を止めた。マーベルやモルトも固唾を呑んで黙って耳を傾けた。
「保護料を払えば、その限りじゃない、そうですぞ」
「ほ、保護料?」
ギルドへの保護料と言えば、通常は街に居を構える商人が支払うものだ。ギルドへ金銭を納めることで、商人は自分の蔵に泥棒が入らないよう頼む。
ギルドは保護を約束した商家には、組員を絶対に忍び込ませないし、よそ者が入ろうものなら面子をかけて排除するわけだ。
その保護料の解釈をアルトたちに適用してもいい、そういう話である。
「つまり保護料さえ払えば、みなさんを狙ってきた暗殺者を、盗賊ギルドが排除してくれる。と言う事ですね」
これまでアスカがいた為か、黙ったままだった薄茶色の宝珠が補足するように話を継ぐ。どうやら内容的には正解だったようで、レッドグースは満足そうに頷いた。
「ええやん、ええ話やない?」
『金糸雀亭』の店主から酒のカップを受け取りながら、モルトが赤ら顔でぱっと笑う。確かに、この話が成約するなら非常に心強い限りだ。いくらレベルが上がろうが、個人で防げる被害は知れているのだから。
「もっともギルドでも抑えられないレベルの暗殺者が来ないとも限りませんが」
その一言で盛り上がりかけた場は、改めて沈黙に支配された。
「その保護料はおいくら万円にょ?」
どちらにしても金である。現状で貧乏人生まっしぐらのアルトたちにとって、この話のもっとも肝となる部分がそれだ。
一同は黙ってレッドグースの回答を待つ。
「交渉の末、初回特典で2割引していただきました。ズバリ年間料金8千銀貨でございます」
沈黙は絶句へと変わった。
日本円にすれば約80万円。
命を狙われる可能性がある者として、その金額で暗殺者の自動排除サービスを1年間受けられるなら、それはもう激安と言えるだろう。もちろん敵がサービスを掻い潜る可能性もあるが、それでも生存の確率はグンと上がる。
今回のアルトたちにしてみれば、それは喉から手が出るほど欲しい保険商品だ。
だが、いかんせん先立つものがない。財布に2000円しかない人が、どうして6桁台後半の買い物ができるだろうか。明日の飯宿代にも事欠くと言うのに。
「あんたらのレベルなら、いいお客捉まえればすぐだろ」
ガックリと項垂れる一同に、おばちゃん店主が新たな杯を運びながら言う。杯の行き先はもちろんモルトの手元だ。
そう言われても、この街に着たばかりの彼らに、いったいどれだけの優良客がいると言うのか。そもそもそんな仕事があったとして、どれだけの危険が待っているのか。
安全保障の為に危険を冒すとはなんと言う矛盾だ。アルトは天におわす誰かを恨むように、苦い瞳を天井へ向ける。
「ほなおばちゃん、ええ仕事ない?」
「アスカが優秀だからねぇ、ここ最近の依頼はあらかた片付いちまったよ」
そうか、同じ街で冒険者家業するなら、アスカたちはライバルと言う事になるのか。アルトは今更ながらにそう認識を改め、シュリンプテイルの『魔術師』と会話を続ける『警護官』を見つめた。
「ちなみにアスカって何レベルだ?」
何気なく口をついたアルトの呟きに、薄茶色の宝珠は素直に答える。
「5レベルの『警護官』ですね」
アルトの『傭兵』と同レベルだった。ライバルとしては、なかなか手ごわそうだ。
「まーしょげるなって、次にいい仕事あったら紹介してやんよ」
突然のライバル登場と8千銀貨の重みにしょげる一同に、あまりに憐れすぎると思った店主は、アルトの背を叩きながらそう笑った。
そしてあくる日の朝。
店主の言葉は早速現実のものとなる。
「あんたら運がいいね。もういい仕事が転がり込んできた」
眠い目を擦りながら朝食を求めて、部屋から食堂スペースへ降りてきたアルトたちを待っていたのは、仕立ての良いダークグレイの三つ揃いの背広を着た、背筋がやけにまっすぐなエルフの老人だった。
老人は白い眉で隠れた目を見開いてアルトたちを見つけると、席からゆっくりと立ち上がって丁寧にお辞儀をする。
マクラン家に仕える執事、セバスティアだ。
「おはようございますお客人。今日はわが主人の頼みを聞いていただきたく参上いたしました。あなた方に支払われる報酬は、そう1万銀貨でございます」
この依頼を断るだけの財布の余裕は、もはやアルトたちに残されていなかった。




