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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#10_ぼくらのダンジョン生活(最終章)

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204/208

48連敗

 最終章 ここまでのあらすじ


 真なる創造主にして異世界の悪神ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。

 だが、彼を追いやはり異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる(しもべ)である人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。

 そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。

 全8階層に及ぶ迷宮攻略を進めながらアスカ隊、ドリー隊、ルクス隊を加えて合同4(パーティ)となった一行は、、迷宮攻略の期限である3月21日、最後の階層へと身を投じる。

 しかしアルト隊以外の者たちはたちまち敗北し、ヴァナルガンドの腹へと消えた。

 残ったアルト隊も戦いを挑むが、その絶望的な実力差をまざまざと見せつけられる。

 このまま戦っても勝ち目はない。

 そう判断したカリストは、自分の身を挺した超魔法を使い、アルトたちを迷宮の外へと逃がしたのだが。

 酒樽紳士の異名を持つ大地の妖精族(ドワーフ)の『吟遊詩人(バード)』、レッドグースは、ふと気づくと粗末な街道上に立っていた。

 どれくらい粗末かと言えば、おおよそ我々の知る「舗装」という概念が無いのではないかと思われる程度には粗末である。

 まずアスファルトどころか石畳も存在せず、砕石敷きですらない。

 「何年もかけて人が通ったおかげで道が出来ました」と言わんばかりに、草木の間にある土の露出した細長い隙間である。

 馬車などで通れば道がガタガタすぎてろくにスピードは出せないだろう。

 だが彼のように短い脚で行く徒歩であれば然程の問題もない。

 そんな街道だった。

「これはいったい」

 レッドグースは自分に起こったことが理解できず、呆然と呟く。

 さっきまで迷宮(グレイプニル)最奥の間で悪神ヴァナルガンドと対峙していたはずだった。

 ところがいつの間にか彼はどこか知らない外へと放り出されたという事だろうか。

 いや、とレッドグースは気づく。

 ここは知らない場所ではない。

「アルパの街の近郊ですな」

 そう、その言葉は正しく、さらに言えば彼がこの世界で初めに目覚めた場所でもあった。

 つまりはどういうことかと言えば、黒の魔導士カリストの魔法により、彼は強制的に緊急避難させられたという事なのだろう。

 あの恐ろしい大神から逃げおおせたと思えば、何やら全身から力が抜けるほどの安心感が押し寄せてくる。

 だが、その後に訪れるのは焦燥感だ。

 そもそもの話、彼らがあのヴァナルガンドを押し留めないと、この世界はすべてがかの魔狼の贄となる運命である。

 今この瞬間に助かったとして、それはただの時間稼ぎでしかない。

「とすれば、何か対抗手段を見つけねばなりませんな。ひとまずアルパの街まで行き、その後はニューガルズ市へ出て王城か教会に駆け込むといったところですかな?」

 思考を巡らせ、今後の行動指針を決めたレッドグースは、善は急げとばかりに粗末な街道を進もうと足を踏み出した。

 その時、斜め後方の頭上から低く響く声が降り注いだ。

「どこへ行こうというのかね?」

 背筋が凍りつくような感覚でレッドグースは硬直し、次の瞬間、彼は一度も振り向きもせずに駆け出した。

 生存本能全開の猛ダッシュである。

 だが悲しいかな、彼の姿と言えば短足鈍足の大地の妖精族(ドワーフ)である。

 いかに元の世界で彼の逃げ足に定評があろうとも、この世界ではろくなスピードが出ないのである。

 レッドグースの背後に突如現れたのは、当然ながら巨大な魔狼ヴァナルガンドである。

 悪神は、のたのたと逃げ出したドワーフの滑稽さと、わき目も振らぬ一直線な生存本能にわずかな嘲笑と賞賛を送りつつ、ノシノシと粗末な街道を歩きだした。

 彼にとっては狭すぎる街道を、その巨大な身体で押し広げつつ。

 贄どもに逃げられた時はかなりイラつきもしたが、考えてみれば自らの足で追いかけるような狩りは久しぶりである。

 今日はまだ始まったばかり。

 この久しぶりのレジャーを楽しもう。

 そのような心の余裕が彼に生まれ始めていた。

 それに、見ればかのドワーフが逃げる先には小さいながら街のようである。

 強者はいないだろうが、束にして食えば足しにはなるだろう。



「お嬢さん。神官のお嬢さん、目を覚ましなよ」

 白い法衣に『胸部鎧(キュイラス)』を合わせ付けた乙女神官モルトは、まどろみの中でそんな声を聴いた。

 確か大狼『ヴァナルガンド』へと戦いを挑み、仲間である魔導士カリストが何か切り札チックな魔法を使ったはずである。

 あれ、そうすると自分はいつの間にか気を失ったのか?

 モルトは未だ目を瞑ったままボンヤリとしながらそう結論付け、降って湧いた焦りから一気に血圧が脳まで回った。

 そしてガバリと音を立てて半身を起こす。

 見ればどうやらどこかの街中の大通りのようだ。

 自分はなぜこんな所で寝ているのか。

 状況から判ることが何もなく、ともかく疑問符しきりである。

「お嬢さん、こんなところで寝てちゃ邪魔だよ。昨晩は飲み過ぎたのかい?」

 さっき声をかけていたのと同じ人物と見受けるふくよかな体形のオバさんが、腰に手を当てて子供を叱りつけるように言う。

 街の大通りは朝の支度で忙しそうに行き来する人で賑わっている。

 そんな中で道の真ん中に倒れていれば、そりゃ邪魔に違いない。

「ありゃりゃ、これはスンマセン」

 モルトは急ぎ立ち上がって法衣についた埃を払うと、愛想笑いで頭を下げた。

 オバさんも別に怒っている訳ではないので、そんなモルトの様子に肩をすくめて背を向けた。

 行く先を見ればどうやら大通りの脇で朝食用のスープなどを売っている露店の人のようだった。

「お嬢さんも食べていくかい? うちのスープは二日酔いによく染みるよ」

 まだ状況がよく理解できない中で人ごみの中で呆然としていると、またオバさんが声をかけてきた。

「ほな、一杯貰おかな」

 とにかく考えをまとめないといけないが、美味そうに湯気を立てるスープを前にしたらモルトの中で優先順位が入れ替わた。

 これは仕方ない。

 もう暦の上では春とは言え、まだまだ朝夕は寒い時期だ。

 そんな中で大通りに敷かれた夜露で冷えた石畳の上で寝ていたのだから、まず体を温めないと頭も回らないというものだ。

 そんな言い訳じみたことを考えながらポケットから小銭入れを取り出して銀貨を1枚オバさんに渡し、庶民的な椀によそわれたスープを受け取った。

 鼻孔をくすぐるベーコンとコンソメの香りがまた食欲をそそる。

 と、少し和みかけたその時だ。

 大通りの向こうで何やら騒ぎが起こったようだ。

 聞こえてくるのは怒声と悲鳴、そして(けもの)の唸るような声だ。

「嫌だねぇ朝から」

 スープ露店のオバさんが眉をひそめてそちらに目を向け、そして驚愕に目を見開いた。

 モルトもまたそれに倣って見れば、大通りの向こうから巨大な狼の化け物がノシノシと歩いてくるのが見えた。

「ヴァナルガンドや……どうしてここに」

 言いかけ、モルトはハッと一つの考えに至る。

 もしやカリストの計らいであの場から逃げおおせたモルトを、あの大狼は探しに来たのではないか、そういう考えである。

 まだ距離のある場所で大狼は、逃げ惑う街の人を戯れに追いかけてはパクリと飲み下し、恐れる人の表情に愉悦の表情を浮かべてはまた進む。

 先の考えとこの光景を見て、モルトの顔から見る見る血の気が引いて行った。

 この考えが正しいなら、目の前で繰り広げられる惨劇の責任は、モルトにもあるのではないだろうか。

「オバちゃん、スマン。スープ後で貰うわ」

 モルトはグッと歯を食いしばり、決心した表情でそう述べると、受け取ったばかりのスープを露店のカウンターへと置いて走り出した。

 自分ではあの化け物に勝てない。

 それでも、街の人が逃げる時間を少しでも稼がなくては。

 そうした責任感が彼女を駆り立てたのだ。

 と、露店から少し離れた時のことだ。

 何者かが駆ける彼女の腕をつかんで引き留めた。

「な、なんや?」

 突然のことだったが彼女も手練の冒険者である。

 モルトはすぐさま掴む手を振りほどき、腰に差した『鎧刺し(エストック)』に手をかけた。

 だが振り向いて犯人を見定めれば、それは彼女がよく知った顔であった。

「ワタクシですよモルト殿」

 それは酒樽体形のドワーフ楽士、レッドグースだ。

「おっちゃん、ええ所に! アレなんとかせな」

 モルトは少しばかり安堵の息をついてから、大通りの向こうで繰り広げられる惨劇を指した。

 一人よりは二人の方がまだやりようがあるに違いない。

 そう思考を巡らせつつ、すぐに二人で出来る戦術に思いをはせた。

 だが、声をかけられたドワーフ紳士は眉をしかめて首を横に振った。

「前衛もいない我ら2人だけでは勝負にもなりませんぞ。アルト殿がいたさっきの戦いでさえ、絶望的だったというのに」

 この否定的な言葉に、モルトは珍しく嫌悪感を表情に浮かべた。

「そんなこと言うてる場合やないで。アレがここに来たちゅーのは、つまりウチらのせいやろ? なら、ウチらがなんとかせな」

 そう言われるとレッドグースも気まずい顔だ。

 そもそもヴァナルガンドを引き連れてここに逃げ込んだのはレッドグースなのだ。

 だがレッドグースからすれば、他人の命よりは仲間の命である。

 ともすれば街の被害を生贄に、自分の逃げる時間を稼ぐつもりですらあった。

 そもそもヴァナルガンドをどうにかしない限り、この世界は終わるのだ。

 そのことを知るのがアルト隊をはじめとしたごく少数である以上、生き延びてさらに援軍を手配するのもまた、彼らの責任と言えた。

 だからこそ、レッドグースは街の犠牲に目を瞑って逃げるつもりだったのだ。

 ここでモルトに会ったのは、彼女の思惑とは違う方向性で好都合だと思っていた。

 一人より二人の方が生存率も高まるだろうから。

 しかし、どうやら決裂の様である。

 モルトとレッドグースはしばしにらみ合うが、すぐにモルトが折れた。

「わかった。おっちゃんは早よ逃げぇ。ウチがなんとか時間を稼ぐから」

 レッドグースも何か言おうと口を開きかけ、だが彼女の心を変えるには時間がかかることを悟ってそのまま何も言わずに口を閉じた。

「ニューガルズ市まで行けば、なんとか国軍も動かせますからな。生き残って下されよ!」

 代わりにそう言って、すぐさま駆け出す。

 これで一応、モルトも「ああ何も命惜しさに逃げたいんやないんやな」と理解して表情を緩め、レッドグースを見送った。

 そして、一命を賭けた決心を秘め、モルトはヴァナルガンドの暴れる区画へと駆け出した。



 それから1時間後、アルパ住人のほとんどは、悪神ヴァナルガンドの腹の中へと消えていった。


主人公側の人が負ける話は、びっくりするほど筆が進みませんわ。

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