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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#10_ぼくらのダンジョン生活(最終章)

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203/208

47大神

 最終章 ここまでのあらすじ


 真なる創造主にして異世界の悪神ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。

 だが、彼を追いやはり異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる(しもべ)である人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。

 そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。

 全8階層に及ぶ迷宮攻略を進め、迷宮攻略の期限である3月21日、アスカ隊、ドリー隊、ルクス隊を加えて合同4(パーティ)となった一行は、ついに最後の階層へと身を投じる。

 どれかがヴァナルガンドに通じるとされる4つの扉を別れてくぐったそれぞれの(パーティ)は、その先でそれぞれが強敵たる怪物(モンスター)に出会う。

 ドリー隊、ルクス隊はともに自分たちの強敵を退け、アスカ隊の救援に向かった。

 最後に残ったアルト隊も、『メッサージエロ』から解放され、彼らはついにヴァナルガンドに挑むのだった。

「おや兄貴たち、お帰りなさいであります」

 アルトたちが思いつめたような顔をして『メッサージエロ』の部屋から出てくると、第8層スタート広間で待っていた人形サイズのティラミス嬢が暢気な声で出迎えた。

 彼女は黒猫のヤマトを侍らせて小さな焚火でブロックベーコンを焼いている。

「お、いいお肉。……ちゅーても一杯やってる時間は無いなー」

 焼ける肉の匂いに鼻孔をヒクヒクさせながらモルトはじゅるりと口元を拭くが、秒で思い直した。

 飲んでしまいたいが、さすがに飲んでいる場合ではない。

 この世界の命運と、彼ら彼女らの帰還がかかった世紀の一戦が控えている。

 この後すぐ、である。

「これは先に行った兄貴たちが残していったものであります。ティラミスは甘いモノの方が嬉しいのでありますがなぁ」

 我慢する面々に苦笑いをこぼしながら、ティラミスは「あなたたちを誘惑するベーコンを焼くのは本意ではないのだ」と肩をすくめた。

「しかしそのまま焦がして炭にするのも忍びないですぞ。戦いに赴く前に一口くらいは許されるのではありませぬか」

 各々のそんな様子にニヤリと笑みを漏らしながらレッドグースは言い、そして自分の鞄から小さなナイフを取り出した。

 これは単品アイテムではなく、『盗賊の小道具(スカウトツール)』に含まれるものである。

 レッドグースはそのナイフで炙られるベーコン塊から良い具合に焼けた部分をそぎ落とすと、すぐさま口に運んで「あちあち」と堪能した。

 その美味そうなこと。

 他の面々もすぐに真似して、思い思いに自分の持つ刃物を取り出した。

 ちなみにアルトが取り出したのは脇差拵えになおした『胴田貫』だ。

 拵え直ししてからというものの、ドアストッパー代わりにされたり散々な扱いである。

 ともかくそうやってしばし休息をとってから、アルト隊はすくと立ち上がった。

 誰の顔も決意を秘めた凛々しきものである。

「行くでありますか」

「ああ、ちょっと行ってくる」

 アルトは心配そうに言うティラミスに軽く答える。

 見回せば仲間たちも無言で頷いた。

「ああそうだ。ヴァ様の部屋に行く前に『理力の塔』を起動しておこう。……10001010と、あーもしもし僕だ」

 そんな空気もカリストがやりだした『ファンファンフォン』を使った通話のせいでちょっと気が抜けた。

「そんなの休憩中にやっとくにゃ!」

「まぁまぁ、必要な事ですからな」

 さっきから少しピリピリしているマーベルのプンスカ言う怒りを皆で沈めつつ、アルト隊は改めて残ったドアへと向かった。

 休憩中にティラミスから聞いた話によれば、最初に入ったのがアスカ隊で、その後にはドリー隊とルクス隊が一緒に入っていったらしい。

「中で彼らが合流しているんだから、もしかするともう終わっているかもね」

「だと、いいですね」

 カリストの気休めの言葉に、だが誰もそんな期待は出来ないだろうと思いつつ、アルトを先頭にドアを開いた。


 ドアをくぐると、彼らの耳に荘厳で美しい管楽器の音が入ってきた。

「これは……パイプオルガンですかな?」

 レッドグースがそう首をかしげるが、答えはすぐに彼らの目に晒される。

 他と同じかどうかは解らないが、とても広い部屋の奥、舞台のように数段高くなった台の上で、一人の大男が熱心にパイプオルガンを奏でていた。

 その音色である。

 そのパイプオルガンがまた巨大であった。

 鍵盤部こそは人間が弾くサイズだが、パイプ部は前面に広がる天井の高い壁面一杯に立ち並んでいる。

 部屋に響く音楽と、そこから醸し出されるような清浄な空気から、その広間はまるで厳かなる大聖堂のようですらあった。

 いや、ここが異世界の悪神『ヴァナルガンド』の間であれば、あながち間違いではないのかもしれない。

 すると正面の大男はいったい何者であろうか。

 唖然としつつそう首をかしげていると、短い一曲を奏で終えた大男が振り返って立ち上がった。

 立つとその大きさがまた良くわかる。

 アルトたちが良く知る巨漢と言えばレギ帝国西部方面軍のマクラン卿が思い浮かぶが、この男はマクラン卿よりさらに大きい。

 灰色の髪は整えもしていないようでたてがみの如く広がり、シャツの胸元は大きく開き鍛え抜かれた分厚い大胸筋を見せる。

 簡潔に言い表せばワイルドを体現したような格好である。

 大男は獰猛な笑みを浮かべ、両手を大きく広げた。

「よく来た、我が糧となる強者たちよ」

 やはり、とアルトたちは固唾をのんだ。

 予想はしていたがまさしく「やっぱり」なのである。

 この大男こそアルトたちをこの世界に連れてきた大本の元凶であり、この世界を消滅の危機にさらし、そして老神ウォーデンに追われる大神(おおかみ)、『ヴァナルガンド』である。

 呆気に取られていたので今まで気づかなかったが、思えばこの広間に彼以外誰もいない。

 アルトは「外れていてくれ」と祈りながら問いを口にする。

「先に来た他の連中はどうした?」

 『ヴァナルガンド』は口内の奥にある犬歯を剥き出しにして笑った。

「もう食った」

 やはり、と一瞬目の前が真っ暗になる思いだったが、気を取り直して大太刀『蛍丸』を抜く。

 淡い燐光が刃とともに鞘からこぼれ出る。

 決戦の始まりだ。

 マーベルのベルトポーチに納まっている薄茶色の宝珠(オーブ)氏がいよいよその宣言を上げようとした時、レッドグースが口をはさんだ。

「戦いの前に一つだけ、訊いて良いですかな?」

「なんだ、酒樽」

 少しだけ気がそれた、という風で『ヴァナルガンド』が顎をしゃくる。

 レッドグースは勿体ぶりながら彼の疑問を口にした。

「なぜ、パイプオルガンを?」

 アルト隊の面々は「そんなことどうでもいいだろ」と言う視線を一斉に向けたが、レッドグースは何食わぬ顔で返答を待っている。

 彼のいつもの様子である。

 おかげで少し肩の力が抜けた。

 そんな中、『ヴァナルガンド』は口を開いた。

「キヨタがな、『ラスボスならパイプオルガンの一つも弾けないといけない』などと言っていたことを思い出してな」

 この返答で、肩の力が抜けすぎたのではないかという杞憂が生まれた。

 キヨタ氏、相変わらずろくなことしねえ。



「出し惜しみは無しだ。みんな、頼む」

「おう」

 アルトがスラリと大太刀『蛍丸』を構えて気合を入れると、後ろに並ぶ面々も応えて声を上げた。

 いよいよラスボスとの戦闘フェイズ開始である。

 受けて立つといわんばかりに、人型であった『ヴァナルガンド』も竜巻のような吹雪を一瞬纏いて巨大な大狼へと変化する。

「しばし遊んでやろう。来るがよい」

 そんな大狼の尊大な態度にもめげず、魔法使い系(マジックユーザー)の二人が奇跡の御業を高らかに振るった。

「『プレサモン』中の『勇気の精霊(ブレイビー)』解放、からの、『戦乙女の僕(バルキリーサーバント)』にゃ」

「汝、今ひとたび闇を貫く勇者となれ。『リーンフォース』!」

「承認します」

 マーベル、カリスト、どちらも高レベルな肉体強化魔法である。

 続けてレッドグースも愛用の『手風琴(アコーディオン)』を背から取り出し、呪歌『マーシャルソング』を奏で始める。

 これらを浴びてアルトの全身が光り輝いた。

「うおおぉ、漲ってきた。行くぜ」

 内から湧き出る理力の力に、アルトはひと時の万能感を滾らせて叫んだ。

 叫び、巨大な敵を打ち砕くべく、全気力を込めて駆け出した。

 『蛍丸』をやや後方に倒し気味な八相の構えだ。

「くらえ、『蜻蛉斬り』」

「承認します」

 アルトが身につけた斬撃技の名を口にし、その使用が世界に認められた。

 駆ける彼の身体が霞むように加速する。

 傍から見ればヌルリとした動きでたちまち大狼の足元へ前進したアルトは、そこで『蛍丸』を掲げたままに、ヨーヨーの如く回転した。

 刃の突き出た超高速ヨーヨーだ。

 その刃が大狼『ヴァナルガンド』を斬り裂くために襲い掛かる。

 しかし、である。

「ふんっ」

 その大神は余裕の表情で片眉を上げるがごとく目を広げると、侮蔑の感をもって鼻息を吐いた。

 そう、ただの鼻息だ。

 だがそれは神の鼻息である。

 たちまち部屋の中は暴風に見舞われ、最前線にて必殺の念を込めていたアルトはそのひと噴きで仲間の元まで転げた。

 その仲間たちもとてもではないが立ってはいられず、肩を寄せ合って身をかがめた。

 そして嵐は突然に静まる。

 いや先にも述べた通り、これは自然に起こった災害ではない。

 大狼『ヴァナルガンド』の吐いた単なる鼻息なのだ。

「ここまで力に差があるのか」

 愕然とした声色でカリストが目を見張り、モルトやマーベルも唖然と口を開ける。

 それでも演奏の手を止めないレッドグースはさすがのプロ根性と言えるだろうか。

「ふはは、そんなものか。だが人間にしては良くやっていると誉めてやるべきか?」

 『ヴァナルガンド』はいかにも楽し気に笑い声をあげてアルト隊を見下ろす。

 そこには既に狩りを終え、これから口にする自らの糧を見るような光が見て取れた。

「あかん! 『サンクテュエール』」

「承認します」

 回復魔法に備えて待機していたモルトが、その不穏な視線を受けて慌ててキフネ神の聖印を掲げる。

 たちまち御印から聖なる光が噴水のようにあふれ出して、アルト隊を包み込むドーム状に広がった。

 『サンクテュエール』は8レベルで使用できる神聖魔法だ。

 悪意を持つ外敵からすべてを遮断する聖域を作り出す。

 メリクルリングRPGが「すべてを遮断」と定める以上、この世界においては完全なる安全領域なのである。

 たとえ相手が神であろうとも、である。

「ほほう、神の盾という訳か」

 大きな切れ上がった口をニヤリと変え、『ヴァナルガンド』はゆっくりとした足取りで近寄る。

 そしておもちゃを弄ぶかの如く、前足で『サンクテュエール』で作られた光のドームを小突いた。

 当然びくともしない。

「おお!」

 起き上がったアルトを始め、マーベル、カリスト、レッドグースが横並びでコブシを握り歓声を上げる。

 『ヴァナルガンド』もそんな喜色を帯びた声に興が乗ったか、おもむろにもう一度前足を上げ、今度は上から踏みつぶすように体重をかけた。

 当然、光のドームはびくともしない。

 なので4人は何やら得意げになって、さらにやいのやいのと歓声を上げた。

 だがモルトの表情だけはすぐれない。

 なぜか。

 『サンクテュエール』は確かに完全なる安全地帯を作り出す魔法ではあったが、その効果時間が極めて短いのだ。

 その時間、およそ30秒。

 つまり戦闘フェイズにおける3ラウンドである。

「……とそういう訳やから、今のうちになんか対応考えてな」

 と、そんな背景を聞き、今まで意気揚々だった面々の顔が途端に蒼ざめた。

 上を見れば光のドームを押し潰さんばかりに圧をかける『ヴァナルガンド』の巨大な前足が見える。

 下からだから肉球が惜し潰れるさまが丸見えだが和んでいる場合ではない。

 すでに『サンクテュエール』が効果を発揮してから2ラウンドが経過しようとしているので、彼らの運命はもうあと10秒強と言ったところである。

「ヤバいじゃん!」

「ヤバいんやって」

 アルトが慌ててモルトを振り向き、モルトは応えて頷いた。

 意味もなく、焦りだけで時間が過ぎていく。

 あっけない。

 これでもう終わりなのか。

 皆がそう諦めかけた時、一番後ろの黒マントの眼鏡がキラリと光った。

「カーさん、何かあるにゃ?」

「僕に任せろ、とは言えないけど……今はやるしかないね」

 マーベルが首をかしげるとカリストは苦いものを噛みしめるように答る。

 そして光のドームの中で大きく手を広げ、その手を床へと付けた。

「『|WHERE'LL WE GO FROM NOW《はるかな旅へ》』」

 そうつぶやいたかと思うと、床に付けた彼の掌を中心とした青白い魔方陣が浮かび上がった。

 また、同時に彼の胸元に隠れた紅玉から膨大な魔力(マナ)があふれ出す。

 どうやら『理力の塔』の力を借りた超魔法のようだ。

 となれば、使用後はカリストがしばらく使い物にならなくなるのが必然であり、それを悟ったほかの面々はすぐさま彼を守るように布陣した。

 ところが、だ。

 魔方陣が筒状に彼らを囲み、そしてまばゆい光が辺りを満たしたかと思ったら、気づけばアルトは草原の真ん中にいた。

「え?」

 アルトは辺りを見回す。

 青い空に雲がゆっくりと流れていた。

「え?」

 はるか向こうに林や丘、そして草原と地平線が見えた。

 背後には森、その向こうに山脈が見えた。

 そして肝心なことに、他の仲間はその姿が全く見当たらなかった。



「ほほう、自らの身を捨てて仲間を逃がしたか」

 聖域魔法『サンクテュエール』が消えると同時に、パイプオルガンの間から幾人かの姿が消えた。

 残されたのは、超魔法のせいで身体が鉛のように重く指先一つ動かせなくなった横たわるカリストと、少し不愉快そうにそれを見下ろす『ヴァナルガンド』だ。

「餌に逃げられるというのは、思いのほか不愉快だな」

 大狼がギロリとカリストをにらみつけるが、当の黒魔導士は「ざまあみろ」と言わんばかりに口角を上げた。

「お前、忘れていないか?」

 そんな様子に、少し呆れ交じりに『ヴァナルガンド』が言う。

 この言葉にカリストは背筋が凍るような冷や汗が噴出した。

「俺は喰ったモノの力を奪うことが出来る。ゆえにキヨタの案を得てこの世界を創り、そして強者と育った者どもを贄として喰らうのだ」

 そう、そうやって力をつけて、彼は元の世界の神々に復讐するつもりなのだ。

 自分を散々痛めつけてくれた、あの憎き神々に。

 ところが贄喰いの日に、その贄が逃げ出したというのだから苛つかざるを得ないだろう。

 だが、である。

「つまり、お前が他の贄どもを逃がしたところで、お前を喰ってしまえば今お前が使った魔法も俺は使えるようになる。

 その強大な魔力も俺のものだ。

 逃げた生餌を追いかけるのも簡単だと思わんか?」

 イラつき顔から一転、ニヤリと口の端が上を向いた大狼の顔を見て、カリストは絶望に目を瞑った。

 目を瞑り、震える指で『ファンファンフォン』に触れ、そして呟いた。

「理力の塔に告ぐ。すぐに魔力供給をカットし、襲撃に備えよ」

 そしてカリストは、『ヴァナルガンド』に喰われた。

カリスト・カーマイン。戦・線・離・脱。

(『風のフィールド』っぽく)

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