45勝者は誰か
最終章 ここまでのあらすじ
真なる創造主にして異世界の悪神ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。
だが、彼を追いやはり異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる僕である人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。
そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。
全8階層に及ぶ迷宮攻略を進め、迷宮攻略の期限である3月21日、アスカ隊、ドリー隊、ルクス隊を加えて合同4隊となった一行は、ついに最後の階層へと身を投じる。
どれかがヴァナルガンドに通じるとされる4つの扉を別れてくぐったそれぞれの隊は、その先でそれぞれが強敵たる怪物に出会い、そしてそれぞれの戦いが始まった。
禍々しき異形なる骸骨『スケリトルファルチェ』に対するはドリー隊だ。
彼らはかの骸骨を幻影魔法で釣り出しつつ打撃を積み重ねるというパターンを見つけ出し、勝利を確信した。
「『パワースライド』!」
黒髪の少年剣士ドリーの『両手持ち大剣』が、鈍い光の軌道を引きながら大きく振るわれる。
遠くから見ると酷くゆっくりとしたように見えるその動作だが、実際には残像を見えるほどに速い斬撃だ。
その大剣が忌まわしき異形の骸骨『スケリトルファルチェ』の身体を打ち据える。
「ギギャギャギャ」
悲鳴、というにはおぞましい、喉骨をすり合わせて起こる様な声を上げた『スケリトルファルチェ』は、やはりまた眼孔の奥で燃え盛る炎の瞳をドリーに向けた。
そしてまた怒りに4つの鎌をドリーに向ける。
『スケリトルファルチェ』の攻撃をドリーは死ぬ間際でかわし、その傷を神官剣士アッシュが『キュアライズ』で癒す。
その後は白磁の魔導士カインが幻影魔法『ファタモルガナ』で創り出したシノビ少女ヒビキの虚像で『スケリトルファルチェ』を惑わし、その隙をついてまたドリーが斬りかかる。
ドリー隊はこのパターンですでに数ラウンド順調にダメージを積み重ねた。
「よしいいぞ、このまま押し切れ」
必勝パターンとなるルーチンを見つけたカインは機嫌がいい。
ラウンド初期、『スケリトルファルチェ』が高度な緒元魔法を使ったときはさすがに怯んだが、その後は逆上しているせいか物理攻撃しかしてこない。
高レベルでも所詮は骸骨。
あの固そうなしゃれこうべには、脳などロクに詰まっていないに違いない。
カインはそう侮ったが、事実、このままでいけば『スケリトルファルチェ』はドリーの剣の前に沈むだろう。
杞憂があるとすれば、スタミナ切れまでに屠れるか。
という程度である。
さて、そうしてさらに数ラウンド攻撃を重ねると、さすがに硬い『スケリトルファルチェ』の身体も、傷やヒビが目立ち始めた。
HPが1でも残っていれば全力行動に何の支障もないが、それでもあの見た目ならもう後は長くないだろうと察せられる。
「そろそろトドメに大きいの行くか」
そんな様子をドリーも汲んで呟いた。
「最後でしくじるなよ。慎重に行け」
「解ってるって」
幻影ヒビキを『スケリトルファルチェ』の眼前でヒラリヒラリと躍らせながらカインが苦言を呈する。
が、すでに勝利は時間の問題という訳で、ドリー隊の全体に弛緩した空気が流れていた。
回復役としてドリーの生死を握っているアッシュですら、MPの少ない残量を気にしながらもホッと胸をなでおろしかけていた。
そんな時だった。
ドリーがここまでのルーチン通りに、『スケリトルファルチェ』の背後から強打をブチかました後の事である。
これまで通りなら、ここで『スケリトルファルチェ』が怒りに瞳を揺らしながらドリーに4連鎌で斬りかかるところだ。
だが、今回はこれまでと全く様子が違った。
眼孔奥の炎の瞳が、ひどく冷ややかに見えた。
ドリーがなぜかそんなことを思った矢先、彼らの足元の床に、まるで蜘蛛の巣のような模様が浮かび上がった。
青白い氷のような色の淡い光を放つその網目模様は、ドリーだけでなく、カイン、そしてアッシュの足元まで伸びている。
「なんだ、魔法か?」
焦り、飛びのこうとするドリーに、カインもまた思考を巡らす。
「いや、少なくとも緒元魔法ではないはずだ。だが、何か来るのは間違いないだろう」
「何がって、何さ!」
「知るか、『スケリトルファルチェ』に訊け。とにかく、避けろ!」
そんな問答をしつつも、彼らはなんとか『何か』の影響範囲から逃れようと動いた。
影響範囲、すなわち推定ではあるがその輝く蜘蛛の巣模様の床上である。
しかしなにせ急であったこともあり、また今まで通りのルーチンで終わるという油断があったせいで一瞬遅れた。
遅れたため、彼ら一同はその光に飲まれた。
静かな底冷えするような青い光が床に走った線から立ち上り、その上にいたドリーたちを包んだ。
たちまち、足元からピキピキと音を立てて凍り始める。
「なっ!」
驚きに声を上げた3人だが、我に返る隙を『スケリトルファルチェ』は与えてくれない。
凍て付く冷気は気づけば彼らの下半身を覆いつくし、数秒と待たずに彼らは移動不能に陥った。
「マズい、ドリー、逃げろ!」
「どうやってさ!」
言葉を交わす間に、立ち呆けとなったドリーへと4連鎌の斬撃が襲う。
これまでドリーはこの連撃を半分は避け続けてきたが、さすがに足が動かず移動不可の状態でかわしきれるものではない。
また今までは斬撃を受けた時に『吹き飛ばし』も同時発生し、それによって打撃の力が逃げ、多少のダメージ軽減もあったようだ。
つまり、今回は避けることもダメージ軽減の恩恵もなく、ドリーはただすべての攻撃を一身に浴びた。
結果、彼のHPは一瞬にして消し飛んだ。
「ドリー!」
亜麻色の髪を振り乱し、アッシュはすかさず聖なる魔法の手を構えて駆け出そうとする。
が、当然彼の足腰も氷結の呪縛にとらわれ動くことが出来ない。
また、いくら神官剣士の道にいるとは言え、『黄泉返りの秘術』を使えるレベルではない。
衝動に駆られて声を上げはしたが、彼にできることは何もないのだ。
それどころか、この声によって『スケリトルファルチェ』は次の標的を彼に定めたようだった。
アッシュに瞳が絶望に染まる。
「くそ、やらせるか。『リベラシオン』」
それを見て、カインが取り急ぎ緒元の魔法を呼び覚ます。
彼の突き出した手のひらから彼らフラッシュののような光が瞬いた。
6レベル緒元魔法『リベラシオン』は高位魔法に対する打消し解放するための対抗魔法である。
バフ効果、デバフ効果など継続性のある魔法を無効にすることができる。
ただし他の対抗魔法同様、効果が発揮されるかどうかは、ロール対抗で相手の魔法に打ち勝った場合のみである。
また、当然持続効果が魔法でなければ効果はない。
果たして、彼らを拘束する氷の呪縛が魔法でないのか、それともカインの魔力達成値が規定に満たなかったのか、まばゆい光はただ瞬いただけに終わった。
「アッシュ! 何とか生き残ってくれ」
カインの悲痛な叫びも、またアッシュ自身が抜いた『両刃の長剣』による抵抗も空しく、次のラウンド、アッシュは床を舐めることとなった。
その次のラウンドは当然、カインもまた冷たい石畳に身を横たえる結果となった。
カインが倒れれば当然、彼が維持していたシノビ少女ヒビキの幻影は消える。
というか『リベラシオン』を使った時点で消えている。
『ファタモルガナ』は集中操作が必要な魔法なので、他の魔法を使う場合は解除が必要なのだ。
ともかく、幻影が見当たらなくなると『スケリトルファルチェ』は、せわしなくキョロキョロとし始めた。
当然、消えたヒビキを探しているのだ。
「あいつは、なんで私に固執するんだ?」
未だ影に潜んだままだったヒビキは、その薄暗い中からかの異形を眺めつつそうつぶやいた。
当然、それに返答するものなどいない。
しばし考え、答えが出ないことに諦め、ヒビキは『スケリトルファルチェ』の観察へ戻った。
ドリー隊が自分を残して全滅。
いや自分が臨時メンバーであることを考えれば、ドリー隊はこの世から消失したと考えてもいいだろう。
そうなれば『スケリトルファルチェ』を倒す者は、もはやヒビキしかいない。
とは言え、彼女は打撃力に乏しい『シノビ』である。
影に潜んで休んでいたので『セイバーアクセル』はもう使えるものの、それでもさらなる隙をつかねばあの異形を屠ることはできないだろう。
距離も詰めねばならぬことを考えれば、狙うは奴が諦めて背を見せた瞬間だろう。
水晶の森へと戻られては追い縋ることは難しい。
なぜなら追えば気付かれ、背後からの攻撃にならないからだ。
そうしてヒビキは影の中で息をこらし、神経を集中して凝視する。
すると狙っていたチャンスはすぐにやってきた。
「あいつ、思ったほどこっちに執着していないのかも」
ヒビキはポツリとそうもらし、静かにそして速やかに影から這い出でた。
シノビの技を修めた彼女の足音は、まるでそよ風が牧草を撫でるかの如く。
当然、『スケリトルファルチェ』はそんな彼女を振り向きもせず、ゆっくりと水晶の森へと進んでいる。
もらった。
ヒビキはニヤリと口元を歪め、そして腰に差していた『小太刀』をするりと引き抜いた。
左手には既に『クナイ』が握られている。
一気にかの異形の背へと迫り、そして跳躍。
「『セイバーアクセル』」
静かな吐息とともに出たその言葉で、彼女の身体が残影を引きながら加速する。
反りの深い小太刀から一閃二閃。
闇から墨を磨ったような漆黒のクナイからまた一閃二閃。
踊るように繰り返される連続斬が左右合計一〇閃だ。
これぞ必殺、と決めてかかっていたヒビキであった。
だが、そうや問屋が卸さない。
ヒビキが迫り、『セイバーアクセル』が閃いたその時、『スケリトルファルチェ』はスッと振り向いた。
表情のないしゃれこうべが笑ったように見えた。
……しまった。騙された。
ヒビキはこの時に悟った。
とは言え、すでに発動したスキルをここでキャンセルするわけにはいかない。
10連撃はすべてが『スケリトルファルチェ』へと吸い込まれ、確実にダメージを積み重ねた。
それは間違いなかった。
だが背後からの攻撃を逃したヒビキの軽い斬撃は、『スケリトルファルチェ』を滅殺するには足りなかった。
悔やんでも悔やみきれぬ、とヒビキは表情を歪める。
そして『スケリトルファルチェ』の反撃である。
これまでと同じように、かの鎌が襲い来るかと思ったが、そうはならなかった。
『スケリトルファルチェ』はヒビキに対し、またもや雷撃の網『ブリッツカヴァーテ』を吐き出してきた。
「何が何でも捕まえようって腹か。くっ」
ただ今度は防御専念していたわけではない。
そうなれば高レベル魔法を使う『ブリッツカヴァーテ』の魔力にはそうそう敵うものではない。
ヒビキはたちまち、網状に伸びた自在の雷に絡めとられた。
電撃による継続ダメージがヒビキを襲う。
満足そうに捉えられたヒビキを数秒眺め、そして『スケリトルファルチェ』はヒビキへとそっと鎌の腕を伸ばした。
やはり殺す気は無いようで、差し伸ばされた鎌はヒビキを傷つけぬよう掬い上げ、肩へと担いだ。
こうなると雷撃の網に絡めとられたヒビキは、しゃれこうべの真横だ。
「甘く見過ぎだバカモノめ」
網に捉えられていようと手足が縛られたわけではない。
激痛に耐えながら、ヒビキは『小太刀』をしゃれこうべへと刺し込んだ。
キラキラとした水晶の塵と化していく『スケリトルファルチェ』を見送りつつ振り返ると、入り口ドア前の平地部に3体の躯が横たわっている。
どれも鎌で斬られた傷だらけである。
「3名死亡か。激闘と呼んでよかろうな」
幾ばくかの寂寥を含む表情でそれらを眺め、ヒビキはどうしたものかと思案する。
そしてふと、おかしいことに気づいた。
「死体が、消えない?」
そう、死したドリーたちの遺体が、そのままそこに残っているのだ。
この世界においても死は当たり前に我らが知る死と同じである。
が、この迷宮においての死は普通ではなかったはずだ。
つまり、この迷宮で死すれば遺体は光の粒となって消え、その後に迷宮入り口の門前で復活するのだ。
これまでそうだったので当たり前にそうなると思いきや、ドリーたちは物言わぬ躯としてその身を晒していた。
「最後の階層だからか?」
眉を寄せ、ヒビキが少しばかり考察していると、不意に死体が動いた。
「あー」
ダミ声に近い何とも言えない声をあげながら、3つの死体は徐に立ち上がったのだ。
「ひっ」
ヒビキはたまらず声を上げ、急ぎ水晶の森まで退避する。
「ぞぞぞ、ゾンビか? しかしこんな早くゾンビ化するなど……」
ゾンビでないとしても、死体が声を上げて立ち上がるなど、いずれにしても尋常ではない。
一転、嫌な脂汗をにじませながら、ヒビキは水晶の影から様子をうかがった。
しまった、逃げる方向を間違えた。
とも思った。
出口はゾンビーズがいる方向なのだ。
そんなことをグルグル考えていると、当のゾンビたちは暢気に首をコキコキならしたりストレッチをして、それから一斉にヒビキに振り返った。
「いや、ゾンビじゃないからな?」
代表するようにドリーがそう言う。
確かに顔色は生者のそれだ。
とは言え、到底信じられる根拠がない。
「ゾンビはみんな、そう言うんだ」
震え声で反論するヒビキに、3人は苦笑いで顔を見合わせて肩をすくめた。
そしてカインが服の下から何か首飾りを引っ張り出した。
ひし形のキラキラした首飾りだ。
遠目でハッキリしないが、どうやら破損しているようだった。
「今日死んで復活しても、もう時間切れだからな。ハリエット嬢からこれを貰ってきたんだ」
それは『石英の護符改』と呼ばれる錬金アイテムであった。
死した時、身代わりになって冥府へ行き、持ち主の生を守るという逸品である。
そのちょっと後、3人はヒビキから力いっぱいのゲンコツを落とされた。




