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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#02_ぼくらの逃亡生活

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20/208

05さくらと謎の遺跡

 真っ暗だ。真っ暗すぎる。何も見えないし、本当に自分の目が開いているのかすら、わからない。

 アルトは初めて体験する真の闇に、身動きひとつとれずにいた。どこからか聞こえる、ゴウンゴウンという低い音がいっそう彼の不安を掻き立て、乾きかけていた冷や汗が再び噴出す。

 ここは何処なのだろう。あの銀髪の少女は言った。「とある遺跡。脱出不能」と。するとここは彼女の言うどこかの遺跡なのだろうか。

 しかし遺跡にもいろいろある。

 この世界で言えば、メジャーなのは『大魔法文明』時代の遺跡だろう。だがそれ以外に文明が無かったわけではないし、それらについて『傭兵(ファイター)』である彼には知識が無かった。

 いつまでもこうしてじっとしている訳にも行かないし、これからどうしたものだろう。アルトは何とか思案しようと試みたが、突然の出来事と、不安を掻き立てる音と闇と、ゆっくりとした大きな揺れに、まったく考えがまとまらなかった。

 と、その時だ。アルトの右の足首に、ひんやりとした何ががずるりと触れた。それは禍々しく、冒涜的で宇宙的な邪神の物語に出てくる、深淵からやってきた何かをアルトに想像させた。

「ひっ」

 小さくも高く短い悲鳴が上がる。おおよそ男らしいと言う形容詞とは正反対の声、もちろん、誰であろうアルトの上げた悲鳴だ。

 そんな悲痛な声を漏れ聞いてか、闇の中で地を這う何者かは、触れただけだったアルトの足首を、今度は意志を持ってガッシリとつかんだ。

 瞬時にアルトの脳裏に浮かぶのは、子供の頃に遊びに行った田舎の海。いたずら好きな祖父から聞かされた、海の亡霊の怪談だ。それは夕闇に紛れて、子供を海の奥底へと引きずり込むと言う。

 それを聞いた子供時分のアルトは、何日も暗い海の夢を見るほどに怯えたものだ。

「ぎゃー! ちょ、やめて、マジで、死ぬー!」

 邪神の物語から、連想されるスケールが著しく落ちたが、逆に恐怖が想像力の届く範疇までやってきたともいえる。アルトの心臓は止まらんまかりに跳ね上がり、喉はかき切れんばかりに声を上げた。

「アル君、おちつき。ウチやウチ」

 アルトの足をつかんだ主は、想定外の悲鳴を浴び、慌てて悲鳴の主に呼びかけた。が、すっかり恐慌状態に陥ったアルトの耳には、その耳慣れたはずの声は届かなかった。

「ふぅ、しゃーない。『キュアセイン』」

「承認します」

 この不可思議な世界がその声を受け入れる。するとアルトの足元に、闇を割って青白く輝く聖印(ホーリーシンボル)が浮かび上がった。

 そして聖印(ホーリーシンボル)の外縁から生まれた光り輝く理性の蛇は、スルスルとアルトを這い登り、恐怖に囚われ我を失う彼の額に噛み付き、そして光の粒子と共に闇に消えた。

「あ、あれ? もしかしてモルトさん?」

 瞬時に正気を取り戻したアルトが疑問符を浮かべる。まだ心臓は完全に治まってはいないが、それでもモルトの『神聖魔法』のおかげで、心は平静を取り戻した。そう『キュアセイン』は混乱や恐怖など、正気を失った心に作用する『神聖魔法』だ。

「遅かったですな」

「お、おっさんもいるのか?」

「アタシもいるにゃ」

 どうやらここには全員集合しているようだ。アルトの不安な心が、ようやく安心に和らいだ。そういえばナトリも「仲間は一足先に行っている」とか言っていた様な気がする。すっかり忘れてちょっと恥じかいた。と、いまさらに顔が熱くなるアルトだった。

「遅かったところを見ると、アルト殿はワタクシ達よりナトリ殿に抵抗できた、と言う事ですかな?」

「いや、そうでもないんだけど」

 遅かったのは食堂で決断できなかった優柔不断のせいであって、まったく抵抗どころの話じゃなかった訳で、気まずさについ目を泳がせるアルトだが、よく考えたら未だに闇の中なので、視線も何もあったものじゃない。

「そんな事より、アっくん、明かりをつけるにゃ。松明(トーチ)持ってるにゃ?」

 おお、とアルトは手を打った。何故だかこの闇は永遠に続くように感じていたが、ただどこからも光が入ってきていないだけであり、無ければ灯せばいいだけの話だ。

 アルトはナップサックを探り、中から取り出した火打石で、慣れた手つきで松明(トーチ)に火を灯した。小さくも柔らかい炎の光が広がり、深淵と思われたまっさらな闇を消し去る。

「やっぱ、みんなの顔が見える方が落ち着くわー」

 床に這いずる様にしてアルトの足首をつかんでいたモルトが、その暖かな光にホッと息をつく。かれこれ、少なくとも30分以上は闇の中だったのだろう。アルトからすればその不安を推し量る術もない。

「まぁワタクシも松明(トーチ)持ってますがの」

 レッドグースの一言で、松明(トーチ)の光に見入っていたモルトとマーベルの目が一瞬にして逆三角になったのを見て、アルトは黙ってため息をついた。


 松明(トーチ)の灯に照らされてみれば、そこは直径10メートルほどの円形の広間だった。荷物も家具も無く、ただ赤茶けた石畳に囲まれた、殺風景この上ない部屋だ。当然、窓はひとつも無く、中央に太い柱と、その柱に捲き付くように設えられた細い螺旋階段があるのみだった。

「で、ここは結局なんなん?」

 ひとまず状況の確認を、と言う事で、4人と薄茶色の宝珠(オーブ)は車座になって切り出した。

「ナトリさんの言う事には、とある遺跡、らしい」

 どうも皆の様子から、情報らしい情報を持っているのは自分だけの様だったので、アルトはそこから話し始めることにした。

「脱出不可能な遺跡、だって言ってた」

「遺跡…嫌な予感がしますなぁ」

 アルトの言にレッドグースがしみじみと頷く。とはいえ、脱出不能な遺跡に閉じ込められた時点で、予感も何も無く嫌なわけだが。

 一同、そう思ったようで、うろんな者を見るような目線をレッドグースに向ける。だがこの酒樽紳士はそんな突き刺さる視線をものともせず、いつもの偽者めいた笑みを浮かべた。

「おっさん、何か心当たりでもあるのか?」

 勿体つけているようにも見えたので、アルトは焦れて床を強く踏んだ。だがついさっきの臆病な醜態を全員が知っているので、誰一人として迫力も押し強さも感じない。

「屋敷で我々を飲み込んだあの魔方陣…おっと、これはプレイヤー知識ですな」

「抵触事項ですね」

 言いかけてレッドグースは口をつぐみ、薄茶色の宝珠(オーブ)がその真意を付け足した。

 この世界はメリクルリングRPGと言うTRPGのルールに縛られている。例えばレッドグースはあくまでこの世界で生まれた人物であり、その経歴上、知り得ないはずの知識を語ることが許されない。たとえ、元の世界で知りえた知識であったとしても、である。

 しかし、と元GMである薄茶色の宝珠(オーブ)が言葉を付け足す。

「名前を出さなければ、アレがどういったものか話しても大丈夫そうですよ」

 そんな言葉にレッドグースは満足げに頷き、話の内容をまだ知らない後の3人は首をかしげた。

「あー、コホン。あの魔方陣の模様はですな、とある悪魔を表すものなのです」

「あ、悪魔…」

 アルトは絶句した。悪魔など実際に見たことはないが、どんな伝説でもゲームでも、飛びきり高レベルな存在である。その名だけでもう絶望的な響きを持っている。

「GM、ち、ちなみに何レベルくらい?」

 ギギギと音がしそうなほどぎこちなく首を捻り、アルトが薄茶色の宝珠(オーブ)を振り向く。宝珠(オーブ)は無機物らしく、湛える輝きを寸分も変えずに返答する。

「最低でも5レベル。魔神、魔人クラスになると、英雄が命を賭して挑むレベルですね。これ以上の具体的な話は抵触事項です」

 メリクルリングRPGにおける人のレベル上限は15レベル。このレベルに達した英雄が命を賭けるといえば、相対的に言って軽く15レベルは超えるだろう。アルトなど束になって掛かっても鼻息にもならない。

「つまりあの階段の上は悪魔の巣、ちゅーことやな」

「その可能性は大、と言う事ですな」

 とある悪魔を表す魔方陣をくぐってやってきた以上、その場所がそのとある悪魔にちなんだ場所であるという推理は難しくない。

「はー、がちょさんは何でも知ってるにゃ?」

「何でもは知りませんな。知っていることだけ、でずぞ」

 アルトとは裏腹に、深刻そうな影をひとつも落とさないマーベルが感心したように頷き、また同様なレッドグースも共に頷く。

「暢気なやっちゃ」

 モルトはそんな二人の様子に、呆れてため息をついた。

「それはともかく、今後の行動を決めなければなりませんよ」

 どうも雑談じみてきた一同に、薄茶色の宝珠(オーブ)が話を促す。脱線し始めればいつまでたっても脱線し続けるのが雑談の楽しいところであり、困った事でもある。テーブル上でゲームに興じている時ならそれでもいいが、今は出来るだけ早く、次の行動や今後の対策を決めねばならない。なぜならそれは。

「食料と…お酒の問題やね」

「いや酒はこの際、関係な…いやスンマセン」

 突っ込み待ちかと思ってアルトが突っ込んでみたら睨まれた。

 それはいいとして、そう食料問題だ。数時間前にナトリの荷物を食い散らかしたとはいえ、その後、保存食の補充をしていない。つまり彼らの持つ食料は、ほぼゼロである。

「お腹ぺこぺこは嫌にゃー!」

 悪魔と聞いても動じなかったマーベルが叫びを上げた。彼女の優先順位は命より食事らしい。以前はもう少し闇を恐れていたはずだが、なんとも図太くなったものである。表面上たくましくなったようで、結局臆病を払拭しきれないアルトとは、まったく正反対の成長っぷりである。

「でも、さすがに悪魔を相手にするのは無理すぎるだろ」

 例えるならば、未だ『はがねのつるぎ』すら手に入れていない低レベル勇者が、海の向う、山の向うの城におわす魔王に挑むようなものだ。少なくともアルトはそう認識した。

「んー、このままここにいても餓死確定やで?」

 引くも地獄、進むも地獄とはこの事だ。どちらも死の結末を予感せざるを得ない。アルトは顔面どころか全身蒼白になる思いだった。

「大丈夫、悪魔って肉にゃ?」

 そして恐ろしいことを言うマーベルだった。

 どうにも手詰まりである。残れば餓死、進めば推定惨殺。この世界の神はいったいどこにおわすのか。アルトは震える両手で頭を抱えて呟いた。

「ああ、どうしてこうなった」

 それはこの世界に来て呟いたアルトの台詞の中で、最も多い台詞であった。

「『やるしかないなら、躊躇せずに思いっきりやれ』と昔の偉い人も言っておりますぞ。どうです、ここはひとつ、上へ行ってみようではありませんか」

「よ、よかろう」

 考えに考え、もう進むしか道がないことはよくわかった。アルトは揺らぐ決心に鞭を打ち、その重い腰をゆっくりと上げた。

「なに、悪魔と言えば『魂と引き換えに願い事』なんて事もありますからの。いざとなれば誰かの魂を犠牲にして…」

 気休めの軽口にレッドグースが陽気にのたまったが、その視線は真っ直ぐにアルトを捕らえてる。アルトは、やっとあがった重い腰を支える目に見えぬ杖が、ずぶずぶと崩れていくような気がしてならなかった。




 中央の柱に沿う螺旋階段はとても細く、みなが一列に並び、さらには横這いになってようやく進めるほどのものだった。またその骨子は華奢で、4人が一度に進めばミシミシという不吉な音を盛んに立てた。

 それでも壊れずに終点まで上り詰めてみれば、天井に作られた丸い扉があった。いや扉という表現は正確ではない。それはすなわち蓋であった。

 マンホールの蓋を想像させる、黒い金属のその扉には、一応取っ手が着いていたが、ちょっと揺すった位ではビクともしない。そもそも押すものなのか引くものなのかも不明である。

「マンホールやったら、ここはやっぱり押すんやないかな?」

 階段なので、アルトから頭2、3個分低い位置からモルトが声をかける。そもそもマンホールを根拠とするのはどうかとも思ったが、その言葉に促されて松明(トーチ)をかざしてよく見れば、円の縁が引っかかって下には落ちないような構造になっていた。

「よし、じゃあ力いっぱい押してみる」

 単純に筋力を比べれば、やはり戦士職であるアルトが4人の中ではトップである。そのアルトが脚を肩幅に広げ、両手で頭上の黒い蓋の取っ手をつかんだ。

「せーの、ふんぬーっ」

 気合に漏れる激しい鼻息、込めた力で一際膨らむ筋肉。さっきまで蒼白となっっていたアルトの顔は、見る見るうちに赤く染まった。

「おりゃ、せい、ほい、ぬふぅ!」

 途切れずに押し続けてもビクともしないので、一度力を緩めては勢いをつけて断続的に押してみる。だがそれでもマンホールの蓋は一向に動かなかった。

 よく漫画やアニメでは、地下の下水を逃げる怪盗が、やすやすとマンホールの蓋を持ち上げるが、現実には簡単じゃないんだなぁ、などとアルトは妙な感心を覚えた。もっとも、ここにあるのはマンホールではないわけだが。

「ダメそうにゃ?」

「いや、ちょっと、休ませて」

 確かにダメそうだったが、そこで素直に返事してしまうのもなんだか悔しかったので、アルトは乱れた息を整えて再挑戦するつもりになった。そうだ、ここが開かなければ、結局待っているのは餓死なのだ。

「開けて、しんぜようか?」

 その時だった。頭上から、低く、それでいてよく響く声が降り注いだ。

「誰か、何か、言いました?」

 往生際悪く、アルトは固まった表情のまま、背後に整列する仲間たちを見回した。だが、誰もが無言で首を横に振った。

「開けて、しんぜようか?」

 もう一度、よく響く低い声が頭上から降り注ぐ。血が上って赤くなっていたアルトの顔が、再び青白く変色していった。忙しい事である。

「ででででででででで、でたーっ!」

 声の重圧に弾き飛ばされたかのように、アルトが階段を駆け下りようとする。しかし彼の後ろには仲間たちがひしめいていて、途端にわやくちゃな押し合いとなった。

「ちょ、押すなや、アル君、落ち着き」

「逃げても無駄ですぞ、もう我々の存在はバレてますぞ」

「もう、アッくんのヘタレに付き合ってたら、ちっとも先に進まないにゃ」

 筋力が一番高いとはいえ多勢に無勢。さすがに3人の合力には叶わず、アルトは持ち上がらないマンホールの蓋に押し付けられる結果となった。

「痛い痛い、マジ痛いって」

 ぎゅうぎゅうと押し付けられつつも、アルトはなんとか態勢を立てようと蓋についた取っ手を再び握る。どうあっても持ち上がらないなら、これを基点に押し返してやる、というつもりだった。

 だが残念ながら、事は彼の思うように進まなかった。

 あれほど重かった蓋は難なく上から持ち上げられ、アルトたちは蓋にぶら下がるように、縦一列に連結した状態で吊り上げられた。

 上階にて彼らを一本釣りした主は、隆々とした胸と腕の筋肉を露にした、2メートルを越える巨身だった。ただやはりと言うか、それは人間ではありえなかった。

 その首には長く美しく、そして恐ろしい馬の頭が据えられていた。

「さくら肉は初めてにゃ…」

 ゴクリと喉を鳴らし、目を見開くマーベルの呟きは、緊張と恐怖のあまり白目をむいていたアルトの耳には届いていなかった。

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