43定型無き者
最終章 ここまでのあらすじ
真なる創造主にして異世界の悪神ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。
だが、彼を追いやはり異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる僕である人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。
そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。
全8階層に及ぶ迷宮攻略を進め、迷宮攻略の期限である3月21日、アスカ隊、ドリー隊、ルクス隊を加えて合同4隊となった一行は、ついに最後の階層へと身を投じる。
どれかがヴァナルガンドに通じるとされる4つの扉を別れてくぐったそれぞれの隊は、その先でそれぞれが強敵たる怪物に出会った。
アルトたちが対峙する事となったのは、真っ赤なスライム状の『奇妙な動物』だ。
レベルは他と比べて8と低いのだが、どうにも一筋縄ではいかないようだ。
薄暗く何もない部屋で、アルト隊の面々は軽く肩で息をついた。
眼前には赤いゲル状のスライム『メッサージエロ』が、何やら体表をプルプルと蠢かせている。
まるで疲れた顔のアルト隊をあざ笑うかのようだ。
この赤スライムに遭遇し、たくさんの支援魔法を背負ったアルトの攻撃で戦闘を開始してからすでに5ラウンドが経過していた。
この間、アルトの攻撃は一切当たらず、カリストの攻撃魔法もあまり効いた様子が見られなかった。
ただ救いなのは『メッサージエロ』が積極攻勢に出てこず、アルトのように直接打撃を加えに来た者にだけ反撃するというスタイルだったことだ。
おかげで『キュアライズ』はアルトに集中すればよかったし、他の者は支援や遠距離攻撃、魔法攻撃を行えばよかったので戦線崩壊するようなことはなかった。
ただ、攻撃があまり効いていないのが問題なのだ。
「これ、どうすりゃいいの?」
ため息の後に困惑顔で振り向いたアルトが、誰に問うでもなく呟く。
視線こそ後方の仲間に向いているが、大太刀『蛍丸』は『メッサージエロ』に向けて構えたままだ。
「ふむ、何かパラダイムシフトが必要ですな」
「パラダイスロストがなんやて?」
「いえ、パラダイムシフト。考え方や方法論の転換とか、そんな意味ですね」
レッドグースの発言と元GM氏の説明で、一同は「その通りだ」と納得気にうなずいた。
が、頷いたはいいがその後が続かない。
「で、どうすりゃいいの?」
結局、初めの質問に戻るのだ。
「弱点攻め、というのが定番だろうけど」
ふむ、とアゴをひと撫でしたカリストが思案気に言葉を漏らす。
だがこれには各自、頭をひねりつつ眉を寄せた。
「定番の炎はダメでした」
カリストにだけはデスマス調の敬語というか丁寧語で話すアルトが答える。
その視線は燃え盛る『蛍丸』へと注がれた。
なぜ燃えているかと言えば、緒元魔法『ファイアアームズ』がかけられているからだ。
この魔法で強化された武器は打撃力の強化とともに、炎による追加ダメージも期待できる。
炎を弱点に持つ相手なら、特効武器になると言っても良いだろう。
ただ、今回の場合はこの炎があまり効いていないように感じるのだ。
「マギボルトやライトニングも効いてないようですから、純エネルギーや電撃も弱点ではなさそうですな」
レッドグースがそう続ける。
ここまでの攻撃でカリストが放った攻撃魔法だ。
スライムが強敵として登場した古典的RPGでは、それらはスライムの弱点であった。
いや、弱点というか、それらでなくては満足にダメージが与えられなかった。
「すると残ったのは『冷気系』か」
そこまで話題が進んだところでカリストが呟く。
確かに、まだ試していない系統の攻撃と言えばそれであった。
ただ、カリストはそう言いながらも少し渋い顔だ。
「バフを使いまくったから、そろそろMP温存しかったんだけどな」
「何言ってるにゃ。青タブがあるにゃ」
そんなカリストに、マーベルはとてもいい笑顔で青い錠剤薬の入った小瓶をカリストに押し付けた。
それは錬金少女ハリエットから魔法使いたちに配られた、MP回復薬である。
ちなみに一人一瓶配られているので、その小瓶はマーベルの分だ。
しばし、嫌そうな顔でその小瓶を眺め、のちに諦観の表情でカリストはため息をついた。
「仕方がない」
マーベルの小瓶を丁重に断り、カリストは魔法を使うべく両手を広げて突き出す。
右の中指には『魔術師』が魔法を使うために必要な補助媒体として機能する、銀色の指輪がはまっている。
「吹き荒れろ凍てつく息吹、『ブリザード』!」
「承認します」
魔法の言葉とカリストのマナが虚空へと霧散し、呼びかけに答えるように風と氷が宙に舞う。
その名の通り、氷の嵐を呼ぶ攻撃魔法である。
「あの枕詞、必要にゃ?」
「いえ、気分を盛り上げているだけでしょう」
マーベルが少し寒そうにしていたのは、何も荒れる吹雪だけが原因ではあるまい。
ともかく、薄暗い広間に突如現れた極寒の白い嵐は、猛然と真っ赤なスライムへと躍りかかり、そして飲み込んだ。
アルトたちの場所から見れば、マギライトやウィスプグリッターの淡い明りに照らされた、キラキラとした幻想的な風景ですらあった。
あまりに濃い氷の密度に、瞬間、スライムが彼らの視界から消える。
「やったか」
「だからフラグはやめるにゃ」
思わずつぶやいたアルトの言葉にマーベルがツッコんだ。
果たして、フラグだったのか必然だったのか、しばし吹き荒れた氷の刃が晴れると、そこに件の赤いスライムはいなかった。
かわりに小柄で白黒ツートンカラーの縦に細長い奇妙な動物が立っていた。
見た目、完全にペンギンである。
頭から首にかけてオレンジ色の斑紋があるので、種類としてはキングペンギンだろう。
「ちょ、アレかわいいんやけど。怪物?」
「お持ち帰り不可避にゃ」
途端に色めくモルトとマーベルだった。
ここで現れるからには当然怪物だろう。
カリストは『ブリザード』の結果であるこの状況に対する動揺を抑え、急ぎ、視線を向ける。
「GM、『ズールジー』使うよ」
「承認します」
とにかく、詳細を知るのが先決である。
ところが、だ。
このスキル使用は結果として彼の眉をへの字に変えた。
「カリスト殿、どうかしましたかな?」
「いや、それが……」
言い淀み、もう一度脳裏に降りた情報を精査し、そして皆に伝えるように言葉を紡いだ。
「あれも『メッサージエロ』だ。つまり、あれは『メッサージエロ』が変身した姿という事になるだろうか?」
いまいち確信が持てなかったが、スキルが嘘を言う訳はない。
すなわち、そう情報が下りてきたからにはあのペンギンが『メッサージエロ』で間違いはないはずなのだ。
「げー、あん中、赤いドロドロかいな。あかんあかん、途端にかわいく見えんようなったわー」
カリストの困惑と裏腹に、非常に素直な感想のモルトであった。
「おそらくスライム形態の弱点が冷気系だったから変身したんだろ。いかにも冷気系に強そうな格好だし」
改めて『蛍丸』を構えなおし、アルトがその瞳に光を宿す。
『ブリザード』が効かなかったカリストには悪いが、まだスライムより物理が効きそうな姿なので、アルトのやる気も少し戻ったのだ。
「アっくん冴えてるにゃ。病気にゃ?」
「何でだよ。健康だよ」
答え、アルトはキングペンギンを切り裂くべく駆け出した。
「ちょえぃ……」
そして掛け声とともに大太刀を振りかぶり、今まさに斬り下ろそうとした時だ。
眼前のペンギンが鋭角的な二等辺三角形のような手を横に薙いだ。
いやペンギンは鳥なのであれは手なく翼だ。
ともかく、薙がれた小さな翼の後に吹雪が起こった。
目には目を、ブリザードにはブリザードを、という事だろうか。
生まれた魔の猛吹雪がアルトを襲う。
不運にも、というべきか。
駆け出し、振りかぶった瞬間であったために重心が高かったせいで、アルトはこの氷の礫を含んだ突風に吹き飛ばされ転がされた。
もちろんその転倒はおまけであり、氷牙礫によるダメージこそが本番である。
不幸中の幸いか、この吹雪は突出していたアルトだけに降りかかった。
おかげでアルトはHPの半分を失う大ダメージを負った。
「気を付けろ、こいつ強いぞ!」
「おっとテンドンはそこまでにゃ」
せっかく警告を伝えたのに、厳しい突込みにさらされるアルトであった。
「ぼぇーえっえっえっ」
そんな様子に、勝ち誇ったようにまるで笑いのような鳴き声を上げるキングペンギン。
それはまるで吹き飛ばされたアルトへの追い打ちのようですらあった。
「キモい声出しやがって」
結果、その煽り笑いがアルトを奮起させた。
マーベルのツッコみなどもう気にすらならない。
「もう一度、今度はスキル全開で行くぜ」
そろそろRR開けで『ツバメ返し』が使えるころだ。
まだ物理攻撃が効くか試していないが、あの姿で無効という事はないだろう。
アルトは立ち上がり、『蛍丸』を八相に構えなおした。
「待ってアルト君。先に僕の番だ」
と、そんな様子に待ったをかけたのは黒の魔導士カリストだ。
アルトが攻撃し、立ち上がったことでラウンドはすでに次へと変わっていた。
そうなると他のメンバーはすっかり行動を飛ばしに飛ばされていることになる。
この戦闘では相手が積極攻勢に出てこないこともあり、もう敏捷順とラウンドカウントが滅茶苦茶だった。
「何か考えがあるにゃ?」
少し自信が見えるカリストの表情を酌み、マーベルがニヤリと振り向く。
カリストは応えてニヤリと笑い返した。
「何、少し考えれば能ある者ならすぐわかることさ」
「それ、カイン殿の真似ですかな」
「似てない?」
「似てない」
そんなやり取りで少しだけ消沈したカリストだったが、すぐ気を取り直して魔法の準備を始める。
「単純な話だよ。冷気系が得意な氷属性なら、炎特効に違いない、ってだけさ」
そう言い放ち、続いて彼は銀の指輪を装備した手を掲げた。
「劫火に焼かれて燃え尽きろ。『ファイアボール』!」
「承認します」
「うーん、3点にゃ」
さっきからやけに厳しいマーベルだった。
ともかく、魔法の言葉とともにカリストの掲げた手の上に、燃え盛る火の玉が生まれた。
その火球を見て満足そうにうなずいたカリストは、気安くコントロールするように指を回してから、投げる仕草でペンギン姿の『メッサージエロ』を指さす。
魔法の火球はその指示に従うように螺旋を描いて飛翔した。
そして、『メッサージエロ』にぶつかるや否や爆発四散した。
氷嵐の影響で少し残っていた湿気と爆発の熱が反応し、激しい蒸気が辺りを包む。
そのせいで、またもや『メッサージエロ』はアルトたちの視線から隠された。
「またか、またなのか?」
思わず漏れたアルトのそんな言葉に、各々はハッとして蒸気の向こうを注視する。
そして次第に晴れる湿気含みの雲の影から、ペンギンとは似ても似つかぬ大きな黒い影が見え始めた。
「あれやったら見たことあるわ」
いち早く気付いたモルトが呟くと、カリストを除く3人が同意に頷いた。
そうしている間に蒸気はすっかり晴れ、そして姿を現したのは、地獄の番犬、三頭の巨大犬、ケルベロスであった。
「ああ、以前キヨタ氏が召喚したんだっけ」
カリストの呟きに一同再び首肯する。
あれはカリストを取り戻すための、キヨタ氏との最終決戦の時だ。
だがあの時、ケルベロスの相手はアスカ隊が一手に引き受けてくれたので、対戦するのは初めてである。
「確かに炎耐性は高そうにゃ。んで、わんわんおの弱点はなんにゃ?」
それでもこれまで数々の修羅場を切り抜けてきた彼らはもう動じない。
そしてマーベルが余裕の表情で隊の知恵袋であるカリストへと視線を向けた。
彼女の傾注に従い、他のメンバーの視線もカリストへと集まる。
一同かたずをのむ中、カリストは思案気に目を瞑り、そして徐に首を傾げた。
「いや、なんだろね?」
ゲーム的なセオリーで言えば、炎耐性なら冷気弱点という事もあるだろうが、メリクルリングRPG的に言えばケルベロスの弱点などルールブックにはなかったと思う。
ゆえにカリストはどうしたものかと頭を悩ませた。
「特効が無いなら正攻法しかないだろ」
皆が思考にとらわれ停滞しかけたところで、アルトが声を上げた。
一同が一瞬でその言葉に顔を上げ、ここからが仕切り直しだといわんばかりに口元を引き締めた。




