31第6層のラスボスは
最終章 ここまでのあらすじ
真なる創造主にして氷原の魔狼ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。
だが、彼を追い異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる僕しもべである人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。
そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。
迷宮攻略の期限は3月21日。
それはこの世界を喰らうと決めたヴァナルガンドにとって、もっとも力が高まると思われる日だ。
途中、ウォーデン老が各地でスカウトしてきたアスカ隊、ドリー隊を加え、いくつもの敵や罠を破り先へ挑む。
そして彼らは第6階層へとたどり着いた。
アスカの推測によれば、この階層は『勇敢なるパーシアス』というゲームを模しているらしい。
このゲームでは敵集団を倒すべき順番があり、この順番を守らないと倒すことができないということだ。
さらにルクス隊を加え合同4隊となった一行は、タイムリミットが近づいていることもあり迷宮内キャンプも視野に入れて第6階層に挑む。
そして第6階層に到達して3日目が終わり、残すは数種の敵とドラゴン、そして海原の覇者・化け蟹となった。
第6階層4日目の早朝。
第6層のメインステージである島、南の砂浜でキャンプしていた面々は、それぞれがもそもそと無言で保存食をはみながら朝日を眺めた。
「もう3月19日か。そろそろヤバいな」
ポツリとそう呟くのは、朝日に金緑色の『ミスリル銀の鎖帷子』が眩しい、サムライ少年アルトだ。
この言葉に一同はグッと喉を詰まらせたかのように呻く。
そもそも、彼ら合同隊がこの迷宮グレイプニルに挑むのは、3月21日に迫った世界の危機に挑むためだ。
世界の危機とはこの迷宮の第8層にいるはずの、氷原の魔狼、異世界の大神、ヴァナルガンドである。
ヴァナルガンドはこの世界を、3月21日、すなわちこの年の春分の日に喰らうらしいのだ。
世界を喰らう、などと言われても、この合同隊に所属する誰もが、その具体的な情景を思い浮かべることなどできない。
それでも、この世界が終わる、と断言されれば見過ごすわけにはいかない。
世界が終わる、ということは、もっとミクロの視点で言えば、自分自身の終わりにも繋がるからだ。
ともかく、19日である今日を入れればあと3日。
いや猶予を考えれば今日と明日でヴァナルガンドまで迫らなければならないだろう。
確かに、アルトの言の通りすでに「ヤバい」。
「今日中にはこの階層を抜けたいですなぁ」
「いや、第7層がどういう仕掛けか解らない以上は出来るだけ時間が欲しい。今日なるべく早いうちにここを抜けたい」
考えるように顎に手をかけ、酒樽紳士レッドグースがしみじみと呟き、それに黒衣の魔導士カリストが難しい顔で首を振った。
「そら、時間があるに越したことないやろ。けど行けるか?」
カリストの言に眉をしかめ問いかけるのは、白い法衣の乙女神官モルトだ。
「そうにゃ。まだこの島には何種類かの敵がいるにゃ。特に蟹。それと蟹」
よっぽど蟹の脅威を刷り込まれたか、ねこ耳童女マーベルが身を震わせながら言う。
これにはカリストもまた、頭が痛いと言った風に額に手を添えた。
ここまでアルト隊以外は黙って聞いていたが、気持ちは皆同じである。
特にこの世界で生まれ育った者たちからすれば、アルトやアスカなどよりこの世界への愛着は当然深いだろう。
元ライナス傭兵団の義兄弟たちもまた同じだ。
その長兄である求道者然とした厳めしい表情の少年剣士ルクスは、食べ終わった保存食の包みをクシャリと握りつぶし、そして腰の『両手持ち大剣』をスラリと抜いて砂浜に突き刺した。
「憂鬱なのは皆同じだ。とにかく、今日は回転数上げて敵殲滅に励もう」
「よっしゃ。昼は蟹パーティーだ」
その横から、少しお道化た風に言って立ち上がったのは、異形のバッタ怪人。ルクス隊次兄のファルケだ。
この言葉はつまり、昼までに殲滅を終わろうという意気込みと共に、「もう保存食ないから」というアピールでもあった。
「よし、行こう!」
その後にアルトが、そして他の皆が続き、また今日も島へ散って探索と殲滅の戦いが始まった。
そして午前中も半ばを過ぎたころ、一同は再び砂浜へと集合した。
朝の話の通り、各隊、各員は行動を加速させてことに当たった。
戦闘自体はメリクルリングRPGの特性上、始まってしまえば長くても数分だが、やはり広い島の移動時間や、殲滅対象が判明した時の集合時間がネックとなる。
なのでそれぞれが少しずつ無理をして掛かった結果、半日と経たずにまたメンバーを数人失った。
また、無理したことも確かだが敵も少しずつ強くなっている。
初めは順番さえ守れば一撃で倒せたものだが、今日あたりになるとそうはいかなかった。
メンバーを失ったのも、これまでの様に順番を確かめる段での失敗だけではなく、反撃を集中的に受けた、などの被害もある。
では、残っているメンバーを紹介しよう。
アスカ隊からアスカ、マリオン、そして2体の人工知能搭載型ゴーレム姉妹。
ドリー隊からヒビキ。
ルクス隊からファルケ。
そしてアルト隊は奇跡的に全員生存である。
対して、大きな犠牲を払った結果、敵は残すところ化け蟹とドラゴンとなった。
化け蟹は前述の通り、赤く巨大な蟹である。
またドラゴンは多くの人がその名で想像する通り、デップリとした緑色の胴に長い首と鋭い爪を持つ手足、そして背には蝙蝠の様な翼がある。
まさしく魔獣の王と呼ぶにふさわしい姿だ。
「どちらが先だと思う?」
この階層の作戦においてはリーダーシップを取っていたルクスが没したので、現状で最大勢力となっているアルト隊が議長を務める。
すなわちアルトだ。
この問いに真っ先に反応したのは攻撃的魔法使いたち、カリスト、マーベル、マリオンの3名だ。
「化け蟹はおそらくラスボスだ」
「蟹はダメにゃ、蟹は」
「普段は海中にいる蟹よりは、ドラゴンの方が御しやすいのではないかしら」
また、初戦で大太刀『蛍丸』を折ったアルトもこれらには賛成の意を示した。
これに対し、他のメンバーはドラゴンをこそ忌避する意見を述べる。
「とはいえ、ドラゴンですぞ? おそらくモンスターレベルは最低でも10。場合によっては15ということもあり得るでしょうな」
「空を飛ばれたらさすがの俺でもジャンプが届かない」
つまり、この対立は海上戦隊と陸上戦隊の対立だった。
魔法使いたちやアルトの様に、直接化け蟹の恐ろしさを体験する者は蟹を嫌い、陸上で遠目ながらにその威容を眺めた者はドラゴンを避ける。
この議論はどう行っても平行線と思われた。
「アスカはどう思う?」
一縷の望みをかけ、アルトは女偉丈夫、鈍色の戦乙女アスカに問いを回す。
この階層について何か知っていそうなのは、元にされたと思われるゲーム『勇敢なるパーシアス』を知っているアスカのみだったからだ。
だが、アスカはゆっくりと首を振る。
「前にも言ったが、『勇敢なるパーシアス』はレビューを読んだことがあるだけで詳しくないんだ。ただ……」
「ただ?」
言い淀んだアスカに小柄なシノビ少女ヒビキが苛立つ様に先を促す。
その小さな圧を感じ、アスカは躊躇いがちに口を開いた。
「カリストの言葉を聞いて思い出したが、『蟹最強伝説』という言葉はレビューで読んだ気がする」
「やっぱり!」
「そうだろうと思ったにゃ!」
アスカから出たそのあやふやな言葉に、マリオンとマーベルは自分たちの考えが正しかったとばかりにコブシを振り上げた。
こうなると陸戦隊側の者たちも頷かざるを得ない。
「ドラゴン、か……」
渋々と覚悟を決める。
その覚悟は魔獣の王を倒すためのものか、泉下へ旅立つためのものか。
と、その時、漆黒の『外套』に身を包んだ青年魔導士が、眼鏡に怪しい光を湛えながら、悪魔が囁くかのように言葉を紡いだ。
「僕にいい考えがある。……ただし、これを使うと、僕はしばらく役に立たなくなるけどね」
それを聞き、アルト隊の面々は思い当たることがあるのかため息交じりに呟いた。
「魔術式」
と。
島の中央部から少し東にずれた場所にある荒れた台地に、ドラゴンは堂々と鎮座していた。
手が届くほどの街道を通れば攻撃してくるが、少し離れてしまえばこちらに興味すら示さない。
これはこれまで戦ってきた他の敵と同じ様にルーチンが与えられているのか、それとも強者ゆえの余裕なのか。
おそらく正しくは前者なのだろうが、その威風堂々とした寝姿を見ると、後者である様にしか思えなかった。
前の階層でも別種ではあるが竜種とは戦った。
だが、あれは狭い迷路内でのことであり、キングヒドラと言う名の竜種は、その能力を十全に出し切ったとは言えないだろう。
むしろその能力の殆どを封じられていたからこそ、勝ちを治めることが出来たのだと言える。
さて、ではその能力を十全に発揮できるであろうフィールドにいるドラゴンに、この眼鏡男子はいったい何をする気なのか。
半分は解っているアルト隊と、まったく解っていない他のメンバーは、ドラゴンから少し離れた岩の上に立つカリストに視線を注いだ。
カリストがポケットから対角サイズ5インチ程度の薄い石板を取り出す。
「1000-10-0、と。あー、もしもし僕だ」
そんな気の抜けた言葉を石板に話しかけると、石板からは若い女性の声が返ってきているようだった。
離れている為に石板の声は聞こえない。
が、ここにいるメンバーもすでにこの石板が何であるかを知っているため、特に不思議には思わなかった。
この石板は500年前まで大陸で栄えていた大魔法帝国カステーラの魔導士によって作り出された子供のおもちゃ。
長距離間通信デバイス『ファンファンフォン』である。
しばしの挨拶らしいやり取りを経て、カリストは確かに石板へと語り掛けた。
「では『理力の塔』を」
「わかったよ。任せておくれ兄君」
石板からの返事は、かすかにそう聞こえた。
その返事をよこした人形サイズの少女は、遥か遠くの砂漠にそびえ建つ魔力収集装置『理力の塔』を起動した。
通話を切り石板をポケットにしまうと、カリストは漆黒の『外套』の下に着ていたグレイシャツのボタンをいくつか外して筋肉の少ない薄い胸板をはだける。
そこにはコブシほどの大きさの真っ赤な宝玉が、痛々しい様子で埋め込まれている。
しばらくすると、この宝玉が急に光を帯びて輝き出した。
いや、魔法を扱うことに長けた者は、この光が魔力の源であることを瞬時に理解する。
それもただの魔力の源ではない。
驚くほどに純度と密度が高い魔力の源の光だ。
例えばMPに換算すれば、それは人間の持つ数字をはるかに凌駕した、数倍という値になるだろう。
「こんなの、本当に扱いきれるの!?」
金髪の魔法少女マリオンが、驚愕につい声を上げ、すぐに口をふさぐ。
扱えたとしてもこれだけの魔力だ。
想像もつかない極度の集中が必要になるだろう。
それを阻害してはならないという気持ちと、そして敵手であるドラゴンを刺激しない様にとの思惑からである。
ともかく、カリストはその宝玉にあふれ出す魔力をコントロールして全身にみなぎらせ、そして魔力を開放する。
「『極大魔法強化』『プロスクリスィ』」
「あれ、『魔術式』じゃない?」
その声が聞こえたところで、アルトが呟いた。
この言葉に頷くのは、他のアルト隊の面々だ。
彼らが以前、カリストから聞いた『理力の塔』の魔力を活用した方法は、『魔術式』と呼ばれる新形態の極大魔法だ。
カリストがかつてこれを使った時は、一つの都市に築かれた街門を、流星を召喚することで吹き飛ばしたことがある。
だが今聞こえてきたのは歴とした緒元魔法の一つだ。
ただそれはアルト隊の面々がかつて目にしたルールブックには載っていない。
メリクルリングRPG10周年記念で発売したとされるアドバンストルールに記されているという上級魔法だ。
これは一度だけ、キヨタヒロムと戦った時、かの狂った魔導士が使ったところを見ただけである。
それを、そのキヨタに身体を奪われていたカリストが今、再現しているのだ。
しかも『理力の塔』から無限に送られてくる魔力を、『魔法強化』のスキルを改変利用することで注ぎ込んで、である。
『プロスクリスィ』は魔獣召喚の魔法だ。
キヨタヒロムが使った時は、地獄の番犬ケルベロスが召喚された。
これはアスカ隊の面々が戦ったので、彼女らも憶えているだろう。
果たして、今回は何が召喚されるのか。
各位はさらなる集中的な注目をもってカリストの魔法行使を見守った。
カリストの立つ岩の下に、黒い円形の大きな穴が開いていく。
いや現実として物理的な本物の穴ではない。
これは異界へと繋がる闇のゲートである。
ここから、召喚に応じた、あるいは無理に応じさせられた魔獣が現れるはずである。
皆、固唾をのんで見守る中、その影が形を現し始めた。
その影とは、とにかく巨大だ。
ともすれば対する予定のドラゴンをも一回り以上超える。
初めに長い鼻部を大きく裂いたかのような口を持つ恐ろしげな頭部。
それを支える長い首。
そして蝙蝠の翼を思わせる巨大な翼で包んだ太ましい胴体。
最後に幾本もの棘をはやした厳つい尻尾。
そう、それは真っ赤な灼熱の色を持つドラゴンであった。
「出でよ汝、最強の古竜シャイニングスター!」
カリストが現れた巨竜にそう呼び掛け、そして力をすべて失ったように岩から落ちた。
慌ててアルトたちはカリスト回収に向かう。
ただ、竜の名を聞いた他の者たちは、それだけで硬直をきたして動き出すことが出来なかった。
古より生きる竜、火竜シャイニングスター。
それはアルセリア島の伝説にして最悪の災厄。
『天の支柱山脈』を居とし、古代より今まで、誰一人として、巨神ガインですら傷をつけること叶わなかった最強の暴れ竜だ。
その性質は知恵高き古竜なのに粗暴にして短気。
その古竜シャイニングスターが今、カリストの召喚でこの第6階層に現れた。
「おい、コントロール出来るんだろうな?」
さすがの怪人ファルケもこれには大慌てで、力はいらずアルト隊に抱えられたカリストに詰め寄った。
が、カリストは弱々しく笑って首を振った。
「出来る訳ないじゃないか」
「じゃぁ、どうするってんだ。ドラゴン1匹で困ってんのに、シャイニングスターなんて呼びやがって」
胸倉掴んでゆすられ、カリストはされるがままにガックンガックン目を回しながら、再び弱々しく答える。
「どうするって、決まってるじゃないか」
皆、一様に彼の発言を待ち、シンと静まり返った。
カリストはじっくりと為を作ってからニヤリと口元を歪める。
「逃げるんだよ!」
この声にはじかれるように、アルト隊はカリストを抱えたまま一目散に逃げだした。
他の面々も戸惑い、一瞬置いて行かれたが、すぐ我に返って彼らを追う。
そして放置された火竜シャイニングスターは、矮小なる人間など気にもせず、少し離れた台地に悠々と身を横たえる緑のドラゴンに、爛々と燃える瞳を向け楽し気に咆哮を上げた。
怪獣大決戦の始まりである。




