29捜索と殲滅
最終章 ここまでのあらすじ
真なる創造主にして氷原の魔狼ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。
だが、彼を追い異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる僕しもべである人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。
そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。
迷宮攻略の期限は3月21日。
それはこの世界を喰らうと決めたヴァナルガンドにとって、もっとも力が高まると思われる日だ。
途中、ウォーデン老が各地でスカウトしてきたアスカ隊、ドリー隊を加え、いくつもの敵や罠を破り先へ挑む。
そして彼らは第6階層へとたどり着いた。
第6階層のスタート地点は小さい島であり、数キロ先に大きな島があった。
第6階層の舞台となる島に上陸し探索を開始した一行は、威力偵察の為、何種類か見かけた怪物の中から最も弱そうな白ヤギに襲い掛かり、だが、あえなく敗退を喫した。
アスカの記憶からの推測によれば、この階層は『勇敢なるパーシアス』と言う古いゲームを模しているのではないか、との事。
このゲームでは敵集団を倒すべき順番があり、この順番を守らないと倒すことができないらしい。
地上に戻り、さらにルクス隊を加えた一行は、再び第6階層に挑む。
そしてアスカの記憶を頼りに、まず第一の敵『水色鎧』の殲滅に成功した。
この階層でなんとなく指揮を執っているルクス隊長兄の指示では、「出来るだけ最小の単位に別れて任務に当たれ」とあったが、アルト隊はほぼバラけずに他の隊と別れた。
砂浜より進み島中央部に見える小山脈を目指すと、また新たな敵集団が見え始める。
今度の敵は真っ赤な毛をなびかせた大きな牡牛だ。
それが適当な間隔を開けて、荒れた地をウロウロとしているのが見えた。
「レッドブ……」
「そこまで。言いたいことは判るがそこまでにしとけ」
見つけ次第、草むらに隠れるように息をひそめたところで、ねこ耳童女マーベルが目をランランとさせながら呟いた。
ただ、呟きかけたところでサムライ少年アルトから鋭い言葉が飛び、口を噤む。
「ほな打ち合わせ通り行こか」
そんな2人の短い会話に肩をすくめつつ白い法衣のモルトが声を掛けると、各員は緊張気味に表情を引き締めて動き出した。
まず、モルトとマーベルが2人で草むらからそっと出て右方へ駆け出す。
それを見送り、2人が定位置についたところを見計らって、アルトは単身で草むらより躍り出た。
手にはすでに抜き身である大太刀『蛍丸』が腰構えに据えられている。
荒れ地をザッザッと踏みしめ駆けるアルトの足に迷いも不安もない。
10秒とかからず一番手前にいた赤の牡牛へと駆け寄ったアルトは、迷いなく腰構えから逆袈裟へと『蛍丸』を滑る様に跳ね上げた。
淡い燐光を引きながら天へとかざされた大太刀の斬っ先。
「決まった!」
その綺麗な振りに、アルトは思わず自画自賛である。
が、その満悦の笑みはすぐに舌打ちの苦いものへと変わった。
『蛍丸』に斬り裂かれるはずの赤い牡牛の腹には傷一つなく、その癖に怒りに燃えた瞳がアルトへと向けられたからだ。
だがこれは想定内だ。
この牡牛を倒すのはまだ先の事、ただそれだけである。
「アルト君、撤退!」
「はい」
この様子に、草むらに残っていたカリストからの声が飛び、すぐさまアルトはバックステップで数歩の距離を取る。
そしてクルリと後ろを振り向いて、一目散に駆け出した。
当然、赤い牡牛は彼の背を追って駆け出す。
2本足と4本足、本気で走り合えば当然早いのは4足歩行の獣だ。
たった数歩のアドバンテージはたちまち消え、今まさにアルトの背へと牡牛の角が突き付けられようとした。
その時だ。
アルトを追う牡牛の左側面へと一筋の矢が飛来して当たった。
突き刺さりはしなかったが、それでも突然自らの身体を襲った軽い衝撃に、牡牛は何事かと足を止めて矢が来た方を見遣る。
すると、少し離れた場所に『小弓』を構えた小さな人影が見えた。
戦闘開始前にアルトたちと別れたマーベルだ。
そのすぐ後ろにはマーベルの護衛について共にいたモルトもいる。
アレか!
途端にアルトへの怒りが矛先を変えて塗り替えられる。
牡牛は足の向く方を変え、今度は矢を放ったマーベルへ猛然と駆け出した。
「ベルにゃん、撤収や」
「応にゃ」
そんな牡牛の行動を見て、今度はマーベルたちがクルリと振り返って一目散に駆け出す。
その隙をついてアルトが石を拾って牡牛へ投げて気を引く。
「はっ、こっちだウスノロ」
徐々に距離を取りつつ、これを繰り返す。
するとそのうちテリトリーを抜けたようで、牡牛は途端に気を静めて元の位置まで戻ってウロウロし始めた。
それを遠目に見ながら合流し、アルトは息をついて口を開いた。
「アホで助かるな」
「まぁ所詮はヘイト値など概念も存在しない古いゲームが元だからね」
「ほな次行こか」
「今度はあっちに見える羽馬行ってみるにゃ」
牡牛からのターゲットが外れたことですぐに気持ちを切り替えたアルトたちは、牡牛の群れを迂回しつつ、また先へと進んだ。
さて、アルト隊はほぼバラけていない、と述べたが、ここに足りないメンバーがいる。
そのメンバーはと言うと、ハリエットから借りっぱなしになっている『空飛ぶ庭箒』に乗って、島の上空にいた。
「さぁ、目を皿のようにして、それぞれの動きをよく見るのですぞ」
今回、箒係として急遽『ライディング』を取得した、酒樽紳士レッドグースだ。
そんな彼の呼びかけに返事する者がいる。
「了解であります」
「にゃ」
一人はレッドグースの帽子上で敬礼のポーズを取る人形少女ティラミス。
そしてもう一人、いや一匹は箒の房部分にちょこんと座って後方に目を向ける黒猫のヤマトである。
この3名が今回の作戦における各隊の行動把握及び連絡役だ。
「ふむ、それぞれの隊がまず初戦を終えたようですな。しかし未だ次の目標は発見できず。と言うところですか。はてさて」
遠くを見るように額に手をかざして呟くさまは、まさに物見の見物と言う雰囲気であった。
それから2時間ほどが経過した。
各隊が新しい敵を見つけては攻撃し、ダメージが通らないことを確認して逃げる。
この2時間はこの繰り返しばかりで、次に倒すべき目標を発見できずにいた。
それでも上空のレッドグースが各隊の当たった敵の種類を確認し、別々の隊が同じ種類の敵に当たった時などはあらかじめ決めていた曲を奏でることで知らせるなどの方策で、より効率的に情報を集めていく。
そうして各隊がそれぞれのルートで徐々に北上していく中、アスカ隊が新たな種の敵に遭遇した。
「次はアレかしらね。アスカ、確認をお願い」
岩陰に隠れつつ、金髪の魔法少女マリオンが仲間の女戦士に声をかける。
言葉を受けた鈍色の女偉丈夫アスカは、すぐさま上空のレッドグースを探して大きく手を振って呼び寄せた。
呼び寄せ、すぐ前方にいる新たな敵集団を指さして確認を乞う。
乞われた『空飛ぶ庭箒』に跨ったドワーフは、すぐさま敵集団の上空へと飛び、そして戻ってきた。
空の上からレッドグースの演奏による、勇ましい騎行曲が降り注ぐ。
これはあらかじめ決められていた「行って良し」の合図だ。
つまり、まだ他の隊が当たっていない敵と言うことになる。
「まるでバフォメットだな」
合図を受けて、アスカが呟きながら改めて敵を見据える。
大きさは人間サイズの二足歩行。
頭は曲がりくねった角を持つ山羊であり、上半身は人間。そして足はまた偶蹄目らしい形をしている。
メンデスのバフォメットから、翼や印をなくした外見と言えるだろう。
「よし、いつも通り行くぞ」
「了解」
決心してアスカが低く声を掛けると、各々が軽く頷いて散開した。
正面から『板金鎧』と『凧型の盾』で身を固めたアスカが。
そして左右にマリオンと、銀糸の刺繍が美しい灰色の『長衣』を着こんだ『精霊使い』ナトリが分かれて進む。
そしてアスカの鎧下についているフードの中に収まっていた2人の人形少女もまた、そこから飛び出して彼女の後ろに展開した。
そのうちの一人、インバネスコートに鹿追帽と言う出で立ちの『人工知能搭載型ゴーレム』クーヘンは、懐から取り出した『スリングショット』を構える。
「チェック! 目標を補足したデス」
これはクーヘンが持つスキル『ディスターブショット』の構えだ。
『ディスターブショット』は定めた目標の戦闘行動を、一度だけ阻害することができる。
すなわち、これから戦いを挑むミニバフォメットが誰かを攻撃しようとしても、一度だけは攻撃を逸らすことができるのだ。
また、左右がある程度離れたところでアスカは腰に差した『両刃の長剣』を引き抜いた。
これは彼女がいつも使っていた『両刃の長剣』ではない。
第5階層で見つけたいわくありげな『両刃の長剣』だ。
持ち帰りウォーデン老やハリエット嬢の鑑定の結果、『竜殺し』という大層な銘を与えられた魔法の剣である。
その『竜殺し』を『凧型の盾』に軽く打ち付ける。
これは『警護官』がスキル『イージスシステム』を起動するためのスイッチ動作である。
『イージスシステム』はスキルランクの回数だけ、防衛対象とした者への物理攻撃を無条件で引き受けて防ぐという無敵スキルなのだ。
このスキルは回数以外に3ラウンドの効果時間もあり、つまり『ディスターブショット』の後に、さらなる攻撃が来た場合でも防ぐことが可能である。
そうして短い間の無敵状態を得たアスカは、『凧型の盾』をかざしながら、ミニバフォメットに向けて突っ込んだ。
「『シールドチャージ』」
アスカが叫びつつ、『凧型の盾』の前面をミニバフォに叩き込む。
その瞬間、盾で殴りつける通常攻撃の一種であるシールドアタックの衝撃と共に、目に見えぬ後押しの圧力が生まれてミニバフォを襲う。
「ヴォッ」
言葉にならぬ悲鳴が山羊の悪魔から上がり、そして彼はたまらず仰向けに転倒した。
『シールドチャージ』は『警護官』のスキルである。
名前の通り盾を装備した状態でしか使えず、その盾を使ったシールドアタックと共に使用する。
このスキルが使用された場合のシールドアタックでは、必ずノックバックが発生し、また一定の確率で転倒効果も発揮される。
「今だ!」
敵が地に倒れたことを確認し、アスカが叫ぶ。
それに呼応して、左右に展開していたうちの一人、銀髪のナトリがミニバフォを指さし肩の上に浮いていた光球に命じた。
「はじけろ」
2レベル精霊魔法『ウィスプグリッター』である。
光の精霊を召喚して灯りの代わりにしつつ、非常時には敵にぶつけて電撃に似た衝撃のダメージを与える魔法だ。
命じられた光の精霊はすぐさま宙を飛び、そして倒れたままのミニバフォに体当たりをし、そして爆ぜた。
「ギヤァ!」
悲鳴が上がる。
それは苦し気で、そして自分の身に起こった激痛に驚愕するような声だ。
「ダメージが通った!?」
ここまでアタリを引かなかったこともあり、「今回もどうせ」と思っていたアスカが、つい驚きに声を上げる。
が、それはアスカだけであり、金髪の魔法少女マリオンはすぐさま瞳に光を宿して魔法攻撃に参加する。
「じゃんじゃん行くわ。『魔法変化』『マギボルト』3連!」
マリオンがまるで弓を引くような仕草を取ると、その左右のコブシに光が宿り、3本の光矢が現れた。
1レベル緒元魔法にして、攻撃魔法の初歩の初歩。
魔法の矢を打ち出す『マギボルト』を、スキル『魔法変化』を使うことで3本に増やしての攻撃だ。
もちろん3倍の本数を出すことでMPは3倍消費するのだが、それでも高レベル『魔術師』である彼女にとっては、大した消費でもなかった。
そして3本の光の矢がまっすぐに飛び、倒れ伏したミニバフォとは違う個体にそれぞれ襲い掛かり、それぞれを貫いた。
「間違いない、セカンドエネミーだ。レッドグース! すぐに連絡を」
これで計4体を屠り、アスカが認めて声を上げる。
すると上空で様子を見ていたレッドグースが、愛用の『手風琴』に指を滑らせながら高らかに歌い始めた。
勇ましい旋律に力強い歌声。
困難に立ち向かい、戦士たちを戦へと駆り立てる。
聴いた者たちの各戦闘パラメーターに祝福を与える呪歌『マーシャルソング』だ。
これは島内に散った各隊へ、目標を発見したことを知らせるべく取り決められた曲であった。
ほどなくして、方々から集まった各員により、ミニバフォの群れはたちまち狩りつくされた。
「白ヤギさんより山羊の悪魔の方が弱いにゃんて、なんか変にゃ」
釈然としない表情でつぶやいたマーベルの言葉に、皆、同意しつつもそれ以上は何も語らなかった。
2番目の目標を殲滅したら、また初めからやり直しだ。
2番目を倒さないと3番目にダメージが通らないのだから、これは仕方がない。
まぁ、徐々に敵の種類は減っていくのだから、だんだん楽になるはずではある。
ともあれ、全員一度砂浜に戻って一休みしながら、『空飛ぶ庭箒』で飛び立つカリストを見送る。
スタート島から渡って来る時、海には化け蟹の他に魚型の怪物が2種類ほど確認されている。
これらが3番目だったことを考えて、上空からカリストの魔法爆撃によって確認して回るのだ。
まぁ3種に1回ずつ爆撃していくだけなので、これは左程時間はかからない。
そんな確認と休憩もはさみつつ、捜索と殲滅を続ける。
その日は夜半まで戦いを続け、6種類の敵を殲滅することに成功する。
そして時間節約の為、彼らはこの島での野営に入った。
3月18日。
第6階層に駐留する魔法使いたちの朝は早い。
まだ夜が明ける前に起き出し支度を終え、日の出直前には波打ち際に集合した。
集ったメンバーは次の通り。
アルト隊より、ねこ耳童女マーベル、黒衣の魔導士カリスト。
アスカ隊より、金髪の魔法少女マリオン、銀髪の精霊使いナトリ。
ドリー隊より、白磁の少年魔導士カイン。
ルクス隊より、ミスリル義肢の魔導士エイリーク。
計6名である。
それらより代表してカリストが前に出ると、残った者たちへと声を掛ける。
「僕たちの任務は、日の出とともにこの浜から飛び立ち、上空からの攻撃で呼称名『赤魚』を殲滅することにある。この任務が終わらないと、次の標的を探しに行けないので速やかに完遂することが望まれる」
そう、昨晩6種類目の敵集団を殲滅した後に確認したところ、海に存在する3種の魔物、赤い魚、緑のウツボ、化け蟹のうち、赤い魚が次の標的と判明した。
それゆえ、安全な上空からの攻撃が、早朝から立案されたのだ。
「はい、カーさん質問にゃ」
「どうぞ、マーベル君」
さっと手を挙げたのはねこ耳童女マーベルだ。
「カーさんは空飛べるからいいにゃ。あたしはどうしたらいいにゃ?」
カリスト達『魔導士』は5レベルから『パリオート』と言う飛行魔法が使えるようになる。
なので『精霊使い』である彼女はどうすべきかと首を傾げる。
「『精霊使い』にも『ソアリング』がある」
この質問にいち早く声を上げたのは、同じく『精霊使い』のナトリだった。
『ソアリング』は6レベルの『精霊魔法』だが、これは『パリオート』と違って滑空魔法と呼ばれる。
能動的な飛行が可能な『パリオート』とは違い、『ソアリング』は風に乗り舞い上がる魔法なのだ。
「『ソアリング』でもいいけど、『空飛ぶ庭箒』が2本あるから使ってもいいよ」
片をすくめたカリストはそう答え、『精霊使い』の2人を見た。
どちらも頷いて『空飛ぶ庭箒』を使うことを決めた。
「ちょっと待て、確かに『パリオート』は使えるが、緒元魔法の二重起動はできないだろ? どうするんだ?」
困ったように眉をひそめて不満げにもらすのは、片腕と片足をミスリルの特製義肢で補う赤毛の魔導士エイリークだ。
カリストの作戦において『魔術師』は、『パリオート』で飛翔しながら魔法爆撃で海の魔物を倒すことになる。
ところがエイリークの言う通り、魔法は一部の例外を除いて2つ以上同時に使用することは出来ないのだ。
だがカリストはこの質問を想定していたようで不敵に笑った。
「簡単だよ。目標を見つけたら一度高度を上げ『パリオート』を打ち切ればいい。自由落下中に攻撃魔法を放ち、後に『パリオート』を再起動だ」
これは実際にカリストが港街ボーウェンにいた頃実戦使用している方法だ。
したがってやってやれないことは無い。
しかし、タイミングを誤ればそのまま落下することになるので危険な方法とも言える。
これを聞き、『魔術師』たちは蒼ざめ、そして真剣に思考を巡らせた。
「いや、さすがにそれは」
カインが美しい顔を歪めて言いかけたところで、カリストはかぶせ気味に、そして挑発的に言い放つ。
「簡単だろ? 僕は出来るよ。……出来ないかな?」
「できらぁ!」
エイリークは反射的にこのケンカを買い、そして他の『魔術師』たちは文句を飲み込む羽目となった。
かくして、合同魔法使い飛行攻撃隊は、暁の水平線に向かって飛び立った。
「勝利を刻むにゃ!」