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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#10_ぼくらのダンジョン生活(最終章)

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181/208

25蟹を食うなら手を汚せ

 最終章 ここまでのあらすじ


 真なる創造主にして氷原の魔狼ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。

 だが、彼を追い異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる(しもべ)である人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。

 そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。

 途中、ウォーデン老が各地でスカウトしてきたアスカ隊、ドリー隊を加え、いくつもの敵や罠を破り先へ挑む。

 そして彼らは第6階層へとたどり着いた。

 第6階層のスタート地点は小さい島であり、数キロ先に大きな陸が見える。

 ともかくこの海を渡るため、錬金師弟ウォーデン老とハリエット嬢から『瓶詰めの(ボトルシップ)』を預かり、そして船出した。

 その途端、彼らの進路に赤い巨大な塊が立ちふさがった。

 それは巨大な蟹であった。

 横幅3メートルはあろうかという真っ赤な巨躯に、長らく海中にいた証とばかりに藻や海藻を絡ませ、その蟹はザバァという音を立てて海面に現れた。

 距離は我らが合同隊(パーティ)を乗せた船から約30メートル。

 視界を遮るものがない海上であれば、それは至近と言っていい距離だ。

 蟹は、ミニチュア日本丸を目標値と定めたか、そのまま白波を立ててスイスイと進んでくる。

「おい、蟹だ。え、蟹って泳ぐの?」

 騒ぎを聞きつけいち早く舳先方向へ駆け出したサムライ少年アルトは、肩に担いだ『蛍丸』を抜きかけで目を見開いて止まった。

「知らんにゃ。それより今日はカニ鍋にゃ!」

 そう叫ぶのは、第一発見者のねこ耳童女マーベルだ。

 最初のインパクトが過ぎれば、彼女の脳裏にはもはや食欲しかないようである。

 また、そこへ他のメンバーも駆けつけ、各々が各々の戦闘スタイルに則って準備を始める。

 とはいえミニチュア日本丸の甲板では、全員が戦闘参加するにはいささか狭い。

 そのため、戦陣は真っ先に出たアルトと、鈍色の『板金鎧(プレートメイル)』に身を包んだ女偉丈夫アスカを先頭にした、縦長なものとなった。

「…茹でないでも赤い蟹っているんだな」

 迫りくる巨大な蟹に唖然としつつ大きな『凧型の(カイトシールド)』を構え、アスカはポツリと感想を漏らした。

 まぁ、ぶっちゃけいないこともないのである。

 ちなみにワタリガニの様な種類の蟹は泳ぎもする。

「『水の精霊(ウンディーネ)』召喚」

「おおっと、アタシも召喚にゃ。『水の精霊(ウンディーネ)』!」

 銀髪の『精霊使い(シャーマン)』ナトリが海から精霊を呼び、それを見たマーベルも慌てて倣った。

 彼女ら『精霊使い(シャーマン)』の異能は、侍る精霊あってこそなのである。

 2人の呼びかけに応え波間より呼び出したる大きなしずくの塊。それこそが『水の精霊(ウンディーネ)』だ。

 尾を引き宙でくるくる踊るように飛ぶそのしずくは、まるで勾玉のようでもある。


 ともかく、30メートルという距離は巨大ガニにとって大した距離でもなかったらしく、10秒もしないうちに船の前までやってきた。

 これはもう戦闘距離だ。

「まずは私に任せろ。『ワーニングロア』!」

 盾を構えたアスカの咆哮が海上に響き、聞きつけた巨大蟹がどこを見ているか判らない黒い瞳で彼女をぎろりと睨んだ。

 途端、蟹の頭上に逆三角のマーカーが浮かぶ。

 『警護官(ガード)』のスキル『ワーキングロア』は、敵の意識を引き付けて攻撃を一身に集中させるタウントスキルだ。

 これで巨大蟹はアスカが退場するか効果時間が過ぎるまで、彼女以外を攻撃することは無くなったのである。

 また、敏捷順で言えば中盤あたりに位置するはずのアスカであったが、今回は仲間たちの順番を抜かすことで先制のスキル使用と相成った。

 つまり順番を抜かされたマーベルたちは、これでラウンド最後まで行動順を回されることとなる。

 そういう訳でラウンド最初の短い時間、アスカと蟹はまるで一騎打ちのごとく正面から対峙し合った。

「おお、まるで勇者ヘラクレスと、友の窮地に勇ましく立った化け(カルキノス)もかくや、といった風景ですな」

 そんな両雄の姿を見て、感心したように言うのは最後衛、というか後ろの高いところで見物体制の酒樽紳士レッドグースだ。

 すぐに神話の情景を思い浮かべる感性は、さすがに『吟遊詩人(バード)』と言ったところであろうか。

 もっとも、口にした神話はこの世界の物ではなくギリシャ神話なのだが。

「化け(カルキノス)やと、ヘラクレスに踏まれてあっちゅー間の退場なんやけど」

 と、このように小さく白け視線を向けるのは、いつでも『回復魔法(キュアライズ)』を飛ばせるよう戦況を見つめていた、白い神官乙女モルトであった。


 そんな外野の呟きを他所に、巨大蟹は大きな身体をさらに大きく見せるかのように広げ、そして体躯の大きさに見合った巨大鋏を横薙ぎに振り抜いた。

 もちろん狙いは鉄の乙女アスカだ。

「ぐっ」

 真っ赤な巨大蟹の鋏。

 それはもはや巨大な鈍器である。

 あらゆる攻撃をものともしない重戦車然とした『板金鎧(プレートメイル)』のアスカをして、純粋な重量エネルギーを殺しきることは難しい。

 そのスイングを受け止め、一瞬苦し気な声を漏らしつつも堪えたに見えたアスカであったが、結果として、彼女の両足は甲板から浮いた。

 すなわち、横薙ぎの鋏により吹き飛ばされたのだ。

「アスカ!」

 彼女と(パーティ)を組む金髪の魔法少女マリオンが、心配げに宙を飛ぶ鉄の塊を視線で追う。

 魔法を使うでもない純粋な前衛職であるアスカは、当然ながら地に足がない状態で勢いにあらがう術は持たなかった。

 そしてその結果、アスカは海面に柱を立てて着水し、そして鉄の塊として沈んでいった。

「『ラペルスタ……」

 すかさず、銀のナトリが仲間の窮地を救うため、精霊魔法を投げかけようとする。が、これまた素早く彼女の魔法使用を押し止める者がいた。

 ねこ耳童女マーベルだ。

「待つにゃ! 『ラペルスタンド』じゃ届かないにゃ」

 これを聞いてナトリもハッとする。

 『ラペルスタンド』は『水の精霊(ウンディーネ)』の力を借りて対象者を水と反発させる魔法だ。

 つまりこの魔法をアスカに届けさえすれば、すぐにでも海面へと跳ね上げられるはずである。

 ただ魔法には効果範囲があり、マーベルの言う通り『ラペルスタンド』では沈みゆくアスカへは効果が届かない可能性が高かった。

「でも、届かせる」

 いつも通りの無感情そうな表情に、見慣れた者だけに判る一瞬の動揺と決意の色を見せつつ、ナトリは腕を振るった。

「『フルコントロール』! 『水の精霊(ウンディーネ)』、あの(アスカ)を水の中から助けて」

 了承、とばかりにひと回転したし(・)ず(・)く(・)は、すぐさま水面から消えたアスカへと飛び、そして鉄の塊然とした戦乙女はプカリと音を立てそうな勢いで海面へと浮かび上がった。

 ただ、この沈没で気を失ったらしく、目を回している。

 まぁ、生きているのであればひと安心である。




 『フルコントロール』は7レベル精霊魔法だ。

 『水の精霊(ウンディーネ)』など下位に分類される精霊に、一つ、命令を与えて実行させることの出来る魔法である。

 ただし精霊術者から半径50メートル以内において、18ラウンドの間だ。

 実行できる命令の範囲は「精霊が消滅しない程度のものまで」であり、かなり自由度の高いことをさせることができる。

 ただし物質界において精霊が出来ることには制約も多く、また精神性の全く違う精霊には理解できないことも少なくはないので注意が必要だ。




 ここまで当然ながら数秒の出来事である。

 1ラウンドは10秒であり、その10秒の間にすべての者が1度ずつ行動するのだ。

 そんな数秒の出来事で、アルトはすっかり怖気づいた。

「ちょ、あの鉄女が一撃で吹っ飛ぶとか! え、ノックバック? いや横に吹っ飛んだからサイドバックか?」

 怖気づいて、少し混乱気味のアルトであった。

「サイドバックて。サッカーの話かい?」

 これには少し呆れ気味の後衛たちだった。

 ちなみにルール的には『ノックバック』の変種で『薙ぎ払い』というところだろうか。

「逃げ…らんないよねぇ」

 矢面に立つ恐怖、だが船上であるため逃げることも出来ない。

 そもそも彼が逃げるならさらに壁が一枚減るわけで、後衛の危険はさらに高まるだろう。

 なら、と、彼はいつも通りに心を決めて大太刀『蛍丸』を八相に構えなおした。

 構えれば震えは止まる。

 このスイッチこそが『傭兵(ファイター)』たる彼らの特性なのだ。

 脇を絞め大太刀がぶれない様に身を固め、アルトは船上を舳先へとむけて駆け出す。

 巨大蟹はと言えば、アスカを『薙ぎ払い』出来るほどに至近へ迫っている。

 つまり、アルトの『蛍丸』もまた届く範囲だということだ。

 また、駆けるアルトの背に向けて魔法を放つ者がいる。

「『エナジーアームズ』!」

「承認します」

 緒元魔法の使い手である黒衣の『魔術師(メイジ)』、カリストだ。

 長丁場になることを考えて『魔法使い(マジックユーザー)』系の諸君はMP(マナポイント)節約に努めているところではある。

 が、6レベルの『魔術師(メイジ)』であるカリストにとって、1レベル魔法である『エナジーアームズ』は、ほとんどMP(マナポイント)を消費せずに使える魔法でもある。

 これは、いかにも防御点が高そうな甲殻類怪物(モンスター)に向かうアルトに対しての、援護射撃だ。

 元の特殊能力で淡く光る『蛍丸』の刀身に、青白い魔法の刃が宿る。

「行くぜ、斬り裂け! 『ツバメ返し』」

「承認します」

 光を纏った大太刀の切っ先が、ヒュッという風切り音を生み出しながら真っ赤な甲羅に迫りキンッという硬質な音を立てた。

 袈裟懸けに振り下ろされ、そして高速で反転し、逆袈裟に大太刀が返される。

 ここでもまたキンッという甲高い音があたりに響いた。

 いや、今度の音はもっと激しく聞こえた。

「そんな」

 この瞬間、この斬撃の様を見ていた者たちは悲痛な叫びを漏らした。

 アルトの必殺の一撃とも言えるスキル『ツバメ返し』。

 この技で屠ってきた敵は数知れず、また倒せぬまでも頼りになる大技であり続けたこのスキルで、巨大蟹は無傷だった。

「しかも『致命的失敗(ファンブル)』ですか…」

 そしてマーベルのベルトポーチに納まる薄茶色の宝珠(オーブ)からの言葉に、一同は固唾をのんで歯を食いしばった。

 アルトの振るった大太刀『蛍丸』は、巨大蟹を傷つけることができなかったばかりか、その長い刀身を真ん中からポキリと折ってしまったのだ。

 二重にショックだった。

 アルトはさすがにハッと我に返り、すぐ身構えつつ折れた刀身から手を放し、脇差拵えとしていた『胴田貫』を抜き放った。

 身幅の厚さは昔のままだが、刀身の短さがいかにも心細い。

「アルトの『ツバメ返し』が効かないんじゃ、ちょっとキツイな」

「これは、もしや『キングヒドラ』より強いかもしれません」

 アルトのすぐ後ろで「いつでも前衛スイッチ出来るよう」にと控えていた黒髪の少年剣士ドリー、そしてその相棒である亜麻色の髪の神官剣士アッシュが呟き合う。

 ドリーは『両手武器修練』を習得しているので、純粋な瞬間攻撃力ならアルトを上回ることも出来る。

 だがそれでダメージを入れられたとして、彼だけでは火力が足りな過ぎて勝ちを拾うのが難しいだろう。

 とはいえ、このままでは蟹に蹂躙されるだけで終わってしまう。

 各員、どう攻略するかが悩みどころだった。

「アタシに任せるにゃ」

 と、そこへ希望の光さすいかにも頼もしいセリフが高らかに上がった。

 口調で明々白々ではあるがあえて紹介しよう。

 我らがねこ耳童女マーベルだ。

「何か策があるのかい?」

 訊ねるカリストに、マーベルは自信ありげに頷く。

 その瞳は見えぬモノを見通す金色に光り輝いていた。

「では任せた」

 自信満々な彼女に、一同は思い思いの感情を乗せて頷いた。

「次のラウンドにゃ」

「全員が『防御専念』または『待機』なのでどうぞ」

 そしてそのように時間が巡り、本来敏捷度においてトップであるマーベルが小さなか細い腕を蟹に向けてビシッと突き出した。

「『バニッシュめんと・でぃす・わーるど』にゃ!」

「『バニッシュ』だけでいいです」

 元GMからのツッコみなど無かったかのように、その言葉が発せられるとマーベルの手から白い閃光が放たれた。

 ほんの一瞬だ。

 それは例えるなら高出力のカメラフラッシュの様な。

 遠くに落ちた雷の様な。

 ともかくそんな光の瞬きが過ぎると、海上に()っ(・)て(・)いた巨大蟹が、足場を失ったかのようにワタワタと動きながら沈み始めた。

「え、どういうこと?」

 不思議そうに振り向いたアルトに、得意満面のマーベルが頷く。

「アイツ、『ラペルスタンド』使ってたにゃ。蟹のくせに生意気にゃ」

 つまり、あの巨大蟹はただ泳いでいたわけでなく、『精霊魔法』をも使う怪物(モンスター)であった、ということだ。

 そこへ『精霊使い(シャーマン)』のスキル、『バニッシュ(精霊送還)』でかの蟹が使役していた『水の精霊(ウンディーネ)』を消し去ったというわけだ。

 結果、『ラペルスタンド』の効果を失った蟹は、自重とともに海中に沈むのだった。


 巨大蟹の海中消失により戦闘は終了した。

 波間に漂うように浮いていたアスカは回収され、ミニチュア日本丸は急ぎ対岸へと上陸した。

「あの蟹、海を渡るたびに出てくるのか?」

「対策はあるとはいえ、出来れば遠慮したいね」

 白磁の少年魔導士カインの、うんざりとしたような良い様に、亜麻色の髪の神官剣士カインは、疲れた苦笑いを浮かべて返すのだった。

「しかし、蟹は儲かりますぞ?」

「マジか。うーむ」

 だが、レッドグースのそんな言葉に、目の色を変えるカインでもあった。

 彼の悩みの一つは「タキシン王国の財政難」であったから。

「でも、出来れば捕まえたいにゃ」

「カニ鍋、逃してもうたね」

 そして、こっちは別の欲望丸出しの乙女コンビであった。

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