表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#10_ぼくらのダンジョン生活(最終章)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

180/208

24船出

 最終章 ここまでのあらすじ


 真なる創造主にして氷原の魔狼ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。

 だが、彼を追い異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる(しもべ)である人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。

 そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。

 いくつもの敵や罠を破り、第5階層へとたどり着いたアルト隊は、ウォーデン老が各地でスカウトしてきたアスカ隊、ドリー隊を加えて先へ挑む。

 知恵と人数を頼って進み、合同(パーティ)はついに第5階層攻略を果たしたのだった。

 第5階層クリアとなったところで、例のごとく無味乾燥な英文が宙に現れ、そして紫色の禍々しい空は、一転して薄暗い石壁石天井のただ広い迷宮の一室に変わった。

 その広間にはこれまたいつものごとく、昇り階段と降り階段がある。

「『あんた、めっちゃすごい竜殺しや!』ってところやな」

「うん、間違ってないだろうけど、関西訛りだと変な感じだ」

 もうすでに消えてしまった宙の英文を反芻した白い法衣のモルトの呟きに、サムライ少年アルトは苦笑い気味に呟きで返した。

「というか、ドラゴンではなくヒドラでしたがな」

 そこへ仕様もないツッコみを入れる酒樽紳士レッドグースであった。

 ただ、この言葉にはねこ耳童女マーベルが首を傾げた。

「ヒドラはドラゴンの仲間にゃない…。にゃら何の仲間にゃ?」

 これには誰もが回答を出すことができずに沈黙するしかなかった。

 ただ一人、これまで強制的に沈黙を守らされていた黒の魔導士カリストだけが、したり顔で皆を見回し、そして口を開いた。

「ギリシャ神話のヒュドラは『水蛇』という意味だし、日本神話に出てくる類似の怪物・ヤマタノオロチも『大蛇』だ。つまり蛇の仲間だね」

「そやったら正しくは『YOU ARE THE GREATEST SERPENT SLYER !』やないの」

「蛇はスネークにゃ? さーぺんとってなんにゃ?」

「比較的大型の蛇が『serpent』と言われますな」

「勉強になったにゃ」

「いや、異世界に来てまで英語の勉強とかどうでもいいよ」

 と、これらはその後、アルト隊の間で交わされた他し事(あだしごと)である。


 さて、第5階層が消え去ったことで一息ほど気を抜いた彼らだったが、まだ迷宮は3階層を残している。

 すぐに気を取り直し、カリストが手を叩いて注目を集めた。

「ではこのまま第6階層の様子を見てみようか」

 それはこれまでも階層をクリアする度に行ってきたルーチンだったので、アルト隊もアスカ隊も自然にうなずき、出発の準備を始めた。

 だがこれに異を唱える者もいる。

 第5階層の攻略から加わったドリー隊の知恵者、白磁のような肌のクール系美少年魔導士カインだ。

「階層を降りたところで戻れなくなるということは無いのか?」

 その言葉を聞き、アルトたちはハッとした。

 これまでそんなことは全く考えず、とりあえず次階の様子を見て、進めそうなら進み、難しそうなら仕切りなおす、という手順でやってきていた。

 だが、言われてみればそういう(トラップ)が無いとは言い切れない。

「そ、そうか。なら一度帰った方がいいのかも?」

 影響を受けやすい素直な若者であるアルトが不安そうに仲間を振り返る。

 だが、アルト隊の表情は同様に不安な顔と、呆れたような顔と、そして思案顔があった。

 ちなみにアスカ隊は一様に目を点にしてアルト隊の動向を眺めている。

 これは考えることを放棄して、アルト隊に選択をゆだねるポーズだ。

 思案顔だったカリストが眼鏡のズレを直しながら言う。

「この迷宮の役目を考えると、それはないと思うんだけどね」

「ふむ、根拠は?」

 すぐにカインが訊ねる。

「そもそも迷宮の奥にいるヴァ様の目的は、僕たちの様なレベルの高い連中を食って、自分の能力を底上げする事にあるんだよね。ただ、食うには日が悪いから時間稼ぎをしている」

 ここまでは、アルト隊の皆がウォーデン老から聞いた話であったので、一同、思い出しながら頷いた。

 アスカ隊もボンヤリ訊いていたので、点目のまま「ふんふん」と相槌を打つ。

 ところがドリー隊は「へー」とか「ほー」とか感心しきりであった。

 なぜなら、彼らはウォーデン老からスカウトされる時、大まかに言えば「この迷宮を攻略し、世界を滅ぼす災禍であるヴァナルガンドを倒せ」というようなことしか言われてなかったのだ。

 後の基礎知識としては、タイムリミットがある、ということくらいか。

 したがって、ヴァナルガンドなる神性を持つ魔狼の恐ろしさは聞いていても、細かい目的までは初耳だったのだ。

 ともかく、この時点でそれに気づいたカリストは、少し時間を割いて経緯を説明することにした。

 カリストが『ヴァ様』などと揶揄するヴァナルガンドが、ウォーデン老の世界の邪神であること。

 ウォーデン老たちに負わされた傷を癒し、さらなる力を得る餌場としてこの世界を創造したこと。

 そしてもうすぐ、この世界のすべてを食いつくす為の良日が迫っていること。

 などなど。

 聞いたドリー隊の3人は深刻な表情で説明を聞き、そして後にカインはカリストへと話の先を促した。

「で、戻ることができなくなる罠はない。という考えの根拠は?」

「つまりね、時間稼ぎたいんだから、先へ進まざるを得なくなるような罠はないと思うんだ」

「なるほどな。迷宮製作者に少しでも知性があればそんなことはしないか」

 納得気に頷いたカインだったが、その迷宮製作者(ギャリソン氏)の知性とやらに、不安を抱かずにいられないアルト隊の面々であった。


 そんな経緯で一同は階段を下り第6階層へと進む。

 降り立つと、そこはもはやお馴染みとなりつつある粗末な木造小屋の中だった。

「またこのパターンか」

「ギャリソン氏も地下8階のダンジョンを、即興で正統迷宮造りにするのは難しかった、ということでしょうかな」

 『迷宮とは聞いて呆れる』とでも言わんばかりに呆れ顔のアルトだが、レッドグースはなだめる様にそう答えた。

 もっとも、呆れたからと言ってダンジョンの攻略の足しになるわけでもなし。また、ギャリソン氏の心情を慮ったとしても何もない。

 この会話は、まぁちょっとした軽口の類である。

 ともかく、『警護官(ガード)』である鈍色の戦乙女アスカが大きな『凧型の盾(カイトシールド)』を構えつつ小屋の戸から外をうかがう。

 外の様子に眉を顰めつつ、敵らしき姿が無いことを見止めて、一同は小屋を出た。

 そこは小屋だけが建つ、本当に小さな島だった。

 島の周りといえば当然、海だ。

 また空はとても蒼い。

 そして海の向こうに大きな陸が見えた。

「見えるってことは4~5キロメートル以内ですな。もっとも、ここが地球と同じ節理が通じれば、という前提ですがの」

 レッドグースが言う。

 これは地球の半径を利用した三平方の定理から導き出した距離の話だ。

 そこが地球であれば、高さのない砂浜などに人が立って見える水平線までの距離はおおよそ4~5キロメートルである。

 まぁこの数値は海抜標高やその人の身長によって変わるので、「おおよそ」で考えていただきたい。

「どうやら向こうへ上陸しないと話にならんな。船、が必要か」

 白磁の魔導士カインが思案する。

 真っ当に考えればこの距離の海を渡るのに船が必要なのは明らかだ。

 この小さな島を見る限り船などは存在せず、筏を作るにも材料といえば精々粗末な木造小屋を解体して使うくらいしかないだろう。

 一度戻って、何か準備するべきか?

 そう考え、口を開こうと皆を振り返った時、小さな背のねこ耳童女が首を傾げつつ呟いた。

「海の上を歩いて行ったらいいにゃ」

 そう、精霊魔法の『ラペルスタンド』を使えば、水上歩行が可能となるのだ。

 仲間に『精霊使い(シャーマン)』がいなかったカインの盲点であった。

 ちなみに『魔術師(メイジ)』たちも単独であれば『パリオート』で空を飛べるので、行けないこともないのである。

 いやしかし、と三隊の頭脳たちは首を捻る。

 海の向こうの陸には、どうせまた敵もいるはずであり、罠もあるかもしれない。

 そうなれば出来る限りMP(マナポイント)は温存すべきと考える。

 ならばやはり、とカインは皆に告げた。

「一度戻って、海を渡る方法を検討した方がいいだろう」

 これに反対する者はいなかった。



 迷宮(グレイプニル)を脱し拠点へと戻った一行は、出迎えた錬金師弟・ウォーデン老とハリエット嬢に要求を伝えた。

「船が欲しいじゃと?」

 言われ、ウォーデン老は長い白髭を軽く撫でつけながら首を傾げた。

 まぁ、この反応も当然だろうと、代表して伝えた白磁のカインも小さく頷く。

 彼ら一行がいるのは地下迷宮なので疑問に思うのも不思議はないだろう。

 強いて考えるなら「地底湖でも見つけたか?」という認識だ。

「あの筏でいいんじゃないカナ?」

 金髪交じりのハリエットが考える風に眼鏡を整えながら、自らの師へ言う。

 ウォーデン老は考えながら腕を組んだ。

 ブツブツ言いながら思考へ沈む老人と固唾をのんで見守る一同をよそに、ねこ耳童女マーベルはハリエット嬢へと歩み寄る。

「何かいいモノあるにゃ?」

「空気を入れると膨らむ筏があるんダナ」

 言われ、思い浮かべるのは海水浴でよく見るようなビニール製の品だ。

 さすがに4~5キロメートル先まで3隊が渡るには心もとないように思う。

「ちょっとした水たまりでも想像してるのかもしれんが、渡るのは海だ」

 見かねてカインが口を挟めば、ハリエットはいつもの笑顔のまま困惑気に眉を動かした。

「なぜ迷宮に海があるのカナ?」

 至極もっともな疑問である。

 カインも思わず下唇を引き上げて沈黙するしかなかった。

 まぁ、あるんだから仕様がない。

「ならばアレなら丁度よいかもしれん」

 ふと、思い出したように顔を上げたウォーデン老が椅子から立ち、部屋の隅に置いてあった道具袋をあさる。

 あさって、取り出したのはウィスキーなどを売るような、瓶ボトルであった。

「お酒は夕飯の後にゃ!」

「えー」

 少しばかり喜色を見せた呑兵衛乙女モルトに、マーベルは「めっ」と人差し指を立ててたしなめた。

 ともかく、瓶のボトルである。

 食卓に使われているテーブルまで運ばれ横にして置かれたのは、800ミリリットルサイズのボトルだ。

 酒は入っていない。

 代わりに、船の模型が中に納まっていた。

 いわゆる『瓶詰めの船(ボトルシップ)』である。

 素人からするといかにして瓶の中で模型を組み立てたのか不思議な一品であるが、日本からやってきた各位からすれば、物珍しさはあれど驚くほどの物でもない。

 とはいえ、皆一様に視線を寄せて、模型の精巧さに感心の溜息をついた。

 船は日本丸もかくや、と言わんばかりの、堂々たる威容の帆船だ。

「…って、おもちゃじゃないか」

 ハッとして、アルトがツッコむ。

 確かに船が欲しいと言ったが、それに対して模型を出されては如何ともしがたい。

 海を渡るのにこれでどうしろと言うのか。

「最悪、ペットボトル1本が遭難時の命綱になることもありますぞ」

 そんなアルトに、暢気な素振りで言うのはレッドグースだ。

 海で遭難した時、空のペットボトルを浮きに使って難をしのぐ、という例の事を言っているのだろう。

 聞いて、アルトは先ほど見た地下海の真ん中で、『瓶詰めの船(ボトルシップ)』に掴まって泳ぐ自分の姿を思い浮かべ、何とも言えぬもの悲しさを感じた。

「何を言っておる。これは当然、錬金の秘術で生み出した優れモノであるぞ」

 それらのやり取りを可笑し気に見ていたウォーデン老が、髭を揺らして笑う。

 笑いながら口にした言葉に、一同は「さもありなん」と頷くのだった。



 さて、翌日3月16日。

 午前中のうちに第6階層の小島までやってきた彼らは、小さな砂浜で『瓶詰めの船(ボトルシップ)』を水に浮かべた。

 するとどうだ。

 帆船模型を囲むボトルはまるではじける風船のように消え失せ、見る見るうちに人が乗るサイズの船へと変化していく。

 その変化を見届け、皆一様に唖然と、いや呆れたようにマストを見上げた。

「想像より小さくない?」

 アルトのコメントに、全員一斉に頷く。

 そう、前述で「日本丸もかくや」という通り、全長100メートル級の大帆船を想像してたのに、目の前に浮かぶのは15メートル程度の大きさだ。

 このサイズに3本マストが立っていると、ミニチュアとは言えむしろ邪魔である。

「まぁ、僕らが乗れればいいんだから、これで充分なんだけどね」

 カリストの言に納得しながらも、どこか納得できない表情の面々であった。

 どちらにしろ、港もない小島なので、フルサイズ日本丸に登場されると、深さが足りず途端に横転である。

 まぁ実のところ砂浜なのでミニチュアでも船底がめり込んでいるのではあるが。

「ほんで、これどうやって動かすん?」

 ひとしきりミニチュア帆船を眺め、飽きたところでモルトが問う。

 当然、昨日はその説明もあったが、カリストやカイン、あとはレッドグースあたりが熱心に聞いていただけで、後のメンバーは早々に食事の支度や拠点の些事に掛かっていたので知らないのだ。

 カインが頷く。

「魔力を使ったコントロールだから、『船員(セイラー)』の技能は必要ない。ただ、使う魔力がかなり大きいらしい」

 言われ、アルト隊の皆の視線がカリストに集まる。

 正確に言えば、彼のシャツの下に納まっている胸の赤い玉石だ。

「まぁ、そうなるよね」

 あきらめた表情で吐き捨てるカリストだった。



「あばばばばばば!」

 ミニチュア帆船の船橋室にカリストの悲鳴が響き渡る。

 船橋室の高い位置、すなわち船長の為に設えられた席に納まった黒の魔導士カリストは、椅子に手足を縛りつけられた状態で、ひたすら魔力を吸われるバッテリー役にされていた。

 当然、はるか南西方面にある『理力の塔』は起動済みであり、彼には塔の機構から胸の玉石を通して無限の魔力が供給されている。

 が、船から吸い上げられる魔力も強大であり、その経路とされるカリストの身体に掛かる負荷も高い。

 しかし、船を動かすには必要な事なので、皆、憐れなモノを見る様に押し黙って控えめな視線を送るのみだ。

 カインなどは冷たく「うるさいな」などという始末である。

 そうして、ミニチュア日本丸が小島から出港した。


 航海は順調だった。

 海とは言え、所詮は迷宮内に造られた紛い物である。

 波もあるにはあるが、怪獣特撮モノの撮影プールの様な程度で穏やかなものだ。

 しかも航海距離も精々5キロメートルとなれば、ものの小一時間もかからない航海なのである。

「いっそ、目的地を船でぐるっと見てみるのもいいんじゃないか?」

 ミニチュア日本丸の舳先に立った黒髪の長身剣士ドリーが心地よい風に吹かれながらに言う。

 彼の表情は晴れ晴れとしたもので、この短い航海を心底楽しんでいるのが判る。

「アレが持てばな」

 ただ、そう答えたカインの指差す船橋を見ると、気分も盛り下がるのは仕方ない。

 当然、そこからは絶えず魔力電池と化したカリスト氏の悲鳴が漏れ聞こえるのだ。


 そうして、カリストを除く各メンバーは小さい船内で思い思いに過ごし、ごく短い航海はもうじき終わろうとしていた。

 今、舳先に立つのはドリーと交代したねこ耳童女マーベルだ。

 そんな彼女の視線に、波間の変化が飛び込んできた。

「なにか来るにゃ」

 呟き、目を凝らしてその変化のすべてを捕えようと集中した時、海面が大きく盛り上がる。

 現れるのは赤く巨大な塊だ。

「てきしゅーてきしゅー! スクランブルにゃ!」

 慌てて叫び、船橋へ向けて駆け出したマーベル。

 彼女に気づき、にわかに騒がしくなる船上。

 そして大太刀『蛍丸』を担いで前線へやってきたアルトが叫ぶ。

「前は任せろ。で、何が出た?」

 答えてマーベルは驚愕の中にわずかな喜色を織り交ぜつつ、口角を上げた。

「きゃにー!」

 だがその回答を理解するより早く、アルトもまたその赤き巨魁を目にするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ