22快進撃?
最終章 ここまでのあらすじ
真なる創造主にして氷原の魔狼ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。
だが、彼を追い異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる僕である人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。
そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。
いくつもの敵や罠を破り、第5階層へとたどり着いたアルト隊は、ウォーデン老が各地でスカウトしてきたアスカ隊、ドリー隊を加えて先へ挑む。
第5階層では初端から50体以上の怪物襲撃、しかも倒した先から無限湧き補充という洗礼を受け苦戦するが、3隊で交代して戦う継続戦闘戦術と、無限湧きの装置をシノビ少女ヒビキが単独で止めに走る首狩り戦術を同時に行うことで突破した。
総計300ラウンド以上の長い戦いを終え、アルト隊、アスカ隊、ドリー隊、それぞれのメンバーは、小屋の外で思い思いの位置にぐったりと座を求めた。
各位が手にするのは、水だけが入った木製カップだ。
「300ラウンドって何分よ?」
誰にともなく、サムライ少年アルトが吐き出すと、程近い位置に横座りしていた白い法衣のモルトがため息をつきながら指折り数える。
「確か1ラウンド10秒やったから、ええと、50分やろか。まぁそれ以上のラウンド数やから、おおよそ1時間ちゅーところやね」
「たった1時間にゃ。その割に疲れすぎにゃ」
それを聞いて、目を見開く様に驚きを現すのは、ねこ耳童女マーベルだ。
もっとも彼女の場合は、作戦の為に精霊魔法『スピリトゥスパリエス』を数ラウンド毎に使って壁を維持していただけなので、「何を言っとるんだお前は?」という視線を各所から浴びた。
とはいえ、そこかしこでうなだれるどの身体も実際には疲労していない。
なぜならメリクルリングRPGのルールがそうなっているからだ。
メリクルリングRPGのルールがそうあるならば、斯様になるのがこの世界の法則なのだ。
ではなぜ皆うなだれて居るかというと、それは気持ちの問題である。
「…お前ら、怠けている時間はあるのか?」
と、そこへ奥の通路から小柄な黒装束が現れた。
それはシノビスキル『シャドウダイブ』で単身先へと進み、怪物無限湧きの原因を止めてくるというミッションをこなしてきたヒビキだった。
呆れ気味に、かつ厳しい視線をそれぞれに向け、ヒビキはため息をつく。
ゆっくりと首をもたげて返事の為に口を開くのは、黒髪の少年剣士ドリーだ。
「そうは言うけどさ。大仕事一つ終えたところだし、ヒビキも一休みしなよ」
言いつつ、ほら、と彼女の為に用意してあったカップを差し出す。
ヒビキもそれは素直に受け取りつつも、懸念を言葉にした。
「それがお前たちの総意なら構わないが、碑石がいつ機能を復活させるかわからないんだ。早く動くに越したことはないと思うがな」
どちらにせよ、自分の任務を果たした以上は責任はない。といった風で、まるで他人事のような口ぶりだった。
それだけに、聞いた各員は、責任が自分の胸にのしかかるような気がして慌てて立ち上がる。
「苦労して片付けたのに、またやり直しなんてまっぴらだわ。さぁ、先へ進みましょう」
アスカ隊の魔法少女マリオンが、皆の気持ちを代弁するように声を上げた。
当然、誰も反論せず、それぞれの隊ごとに列を組みつつ、先へと進み始めるのた。
「この階層で残った大きなヤマは、『三つ首のドラゴン』を倒すこと、だろうね」
ヒビキのナビゲートに従って通路を進みながら、雑談とばかりに黒尽くめの魔導士カリストが言う。
『三つ首ドラゴン』と言っているが、もちろんそれは仮称である。
実際には対峙して『学者』のスキル『ズールジー』に成功しなければ確定名称も能力も解らないのだ。
とはいえ、それが事実竜種だったとしても、竜種に似た何かだったとしても、その姿の怪物が弱い訳がないだろう。
と、言うのがこの世界に連なる人類に共通した認識だったので、カリストの言葉を聞いた一同は緊張から固唾をのんだ。
「例のギザコインもそいつが持っているのだったな?」
例外的に冷静な表情のままだった数人のうちの一人である白磁の少年魔導士カインが、確認するように訊ねる。
問いの先は鈍色の戦乙女アスカだ。
「間違いない、とは言わない。私の知識は所詮、この階層に似た別の物語の話だから。でもここまでの傾向からして、大きく外れているとは思えないけど」
この女偉丈夫がいくらか自信なさげに答えると、彼女の鎧下のフードに収まっていた人形サイズの少女たちは不安そうにアスカの頬に触れる。
アスカはそれに応えて小さく微笑んだ。
この『迷宮』を造ったと目されるのはギャリソンという人狼だが、どうもここまでのネタを見る限り、アスカたちの元いた世界、つまり我らが住む日本の世界を知る人物のように思われる。
もっと言えば、我らが日本のゲーム文化を知る者、である。
そしてこの階層は、アスカの知る古い人気ゲーム『ドラスレ』と符合するように思われるのだ。
もちろん全てではない。
そこが彼女の自信なさげな部分である。
「まぁいい。その似非ドラゴンを倒せばわかることだ」
そんな彼女の様子にため息をつき、カインはそう結んで口を噤んだ。
ちなみにカイン以外で冷静な表情の数人とは、銀髪の『精霊使い』ナトリと、ねこ耳童女マーベル、そして黒衣の魔導士カリストである。
ナトリはいつも通りの感情薄い表情のまま、マーベルはただ何も考えてないだけ。
ではカリストはというと。
「ウォーデン老からカラータイマー返して貰ったからね。『三つ首ドラゴン』とやらも、僕の極大術式で吹き飛ばしてあげるよ」
などと、とにかくすごい自信であった。
ちなみに、彼の言う「カラータイマー」とは、再起動した魔法文明の遺跡『理力の塔』から無限の魔力を受け取るために彼の胸に埋め込まれた、赤い宝玉の事である。
口数少なく一行は迷路を進む。
進みながら、そこかしこに落ちているモノを拾うことも忘れない。
何が落ちているのかと言えば、最も回収すべきものは『空飛ぶ庭箒』だ。
ドリー隊が加わった初めの作戦時に、『白シーツのお化け』に奪われたものである。
他には、何か効果があるのか不明な黒い綺麗な石や、この世界のどこで流通しているのか不明な、ドルマークが書かれた金貨などが落ちていた。
皆、ダンジョン攻略の依頼報酬以外の収入になるので、荷物に入るだけ拾っていく。
何かいわくが有りそうな『両刃の長剣』もあった。
どうやら魔法の物品のようだったが、『アナライズ』スキルのあるメンバー全てが失敗したため、とりあえず持ち出すのみとした。
そうして『三つ首ドラゴン』がいる玄室へ向けてしばらく彷徨っていると、一つの宝箱を見つけた。
「むほほ、どうやらワタクシの出番ですな」
手揉みして嬌声を上げるのは酒樽紳士レッドグースだ。
3隊合同の大人数にもかかわらず、このメンバ内で『盗賊』職を持っているのは、なんと彼だけだ。
一応、準ずる技能を持つ者として、シノビビルドの『傭兵』であるヒビキや、ユニーク職業『探索者』であるクーヘンがいるが、両職ともフィールドワークの方が得意なスキル構成なのだ。
さて、独壇場にレッドグースが上がる。
赤銅色のボディに真鍮色のフレーム補強が入ったいかにも頑強そうな宝箱である。
破壊するのは困難だろうし、出来たとして内容物が壊れては意味がない。
が、ためにレッドグースは罠外しと錠前外しに取り掛かった。
背負っていた鞄から道具をいくつか取り出す。
慎重に鍵穴を探り、隙間に薄い刃物を差し入れる。
そうしたいくつの動作を経て、レッドグースは小さく安堵の息を吐いた。
「罠と錠前を外すことに成功しましたぞ。ささ、では誰か開けてくだされ」
誰か、と言いながら押し出すのは、彼らが前衛、少年アルトだ。
「ええ、オレ?」
嫌そうに返事をしながらも、おずおずと宝箱へと進み寄る。
こういう素直なところが彼の良いところでもあり、受難の原因でもあるのだろう。
ともあれ、アルトはゆっくりと宝箱のふたを開けた。
開けて、唖然とした。
中に入っていたのは、あらゆる形の、数々の骨だ。
「は?」
思わず、ふたを閉めてまた開けてみる。
当然、内容物は変わらずに骨だ。
そしてアルトが困惑している隙に、骨がカタカタと騒ぎだす。
騒ぎ出し、骨どもは宝箱から飛び出した。
いや、その直後の挙動を見れば飛び出したのとは違うことが判る。
すなわち、宝箱から出た骨たちは、その一瞬の短い時間に組みあがり、いったいの骸骨へと変貌したのだ。
「スケルトンか!」
後退ったアルトが背中の大太刀に手をかけて躊躇なく引き抜く。
淡い黄金の光の軌道を残しつつ、美しい刀身が姿を現した。
伝説の大太刀『蛍丸』だ。
最近の擬人化ムーブではなぜかかわいい男の子に例えられることが多い『蛍丸』であるがとんでもない。
大太刀と言えば歴とした戦場刀であり、その長大な姿は美しくも威風堂々である。
だが、そんな勇ましい刀とアルトを無視するように、現れた骸骨は彼の後方へと目を向けた。
骸骨の視線が『魔術師』を走査し、そして黒尽くめの青年に狙いが定められる。
ここまで秒とかかっていない。
骸骨がカリストへと躍りかかる。
「くっ、オレがいるのになんですり抜けられるんだ」
アルトは焦り、斬っ先を空に滑らせて骸骨を追うが、スピードが追いつかない。
骸骨は瞬く間にカリストへと迫り、そして小さな鎌のような鉤爪で彼の顔面をバツの字に薙いだ。
「うわっ」
カリストもカリストで、突然のことに何も反応できず、ただ悲鳴を上げ目を瞑った。
だがどうだろう。
鉤爪で斬りつけられたと思ったのに、痛みはいつまで経っても襲ってこない。
数秒の後、カリストがおそるおそるゆっくりと目を開けると、呆然とした仲間たちの姿だけが見えた。
「ん?」
そう、颯爽と迫った骸骨が、忽然と消えてしまったのだ。
何が起こったのか、そう訊ねようとして異変に気付く。
「んー、んんん?」
声が、出ないのだ。
そして、またしばしの秒が過ぎ、沈黙を破る笑い声が上がった。
「なんにゃそれ!」
笑いの主はマーベルだった。
指をさされて笑われたカリストは困惑しきりだが、続いてマーベルの他の面々を見れば、笑いをこらえる者、吹き出す者が散見された。
「んんん、んんっんんん?」
何が起こったんだ? と言ったつもりだったのに、やはり声が出ない。
その様を他から見れば、カリストはバツ印入りのマスクを掛けられた状態であった。
まるでバラエティクイズ番組のグッズの様なアレである。
「そうか、あの骸骨、怪物じゃなくて仕掛けだったんですね」
一部始終を客観視していた薄茶色の宝珠氏がそうのたまった。
各位が注目する中、元GMたる宝珠氏は、自分の所見を述べる。
「骸骨が襲ってきた時、なぜ戦闘フェイズが開始しないのか不思議だったんです。ですがアレが怪物じゃないなら納得です。怪物じゃないし、戦闘フェイズじゃなかったから、アルトさんの脇をすり抜けることも出来たのでしょう」
メリクルリングRPGの戦闘ルールでは、前衛の横をすり抜けて後衛に接近攻撃することは出来ないのだ。
つまり、これを行使したこと一件をとっても、かの骸骨は怪物ではありえなかったのだ。
「ではあれは『罠』の一種だったと?」
理解し、冷ややかな目を酒樽紳士に向けるのは、白磁の高慢少年カインだ。
それを受け流すように目を逸らし、レッドグースはシレっとのたまった。
「ワタクシの『盗賊』職は、所詮、1レベルですからのう」
つまり、彼が解除し損ねたということだった。
さて、そうした一幕を経て彼らはさらに進む。
「カリストが魔法を封じられた」という不都合は生じたが、かと言って引き返せば今日の攻略は終了である。
ともかく進むしか彼らの選択肢はないのだ。
「『ドラスレ』なら、十字架で解除できるはずなんだけど」
「残念だが、それらしいものは見かけなかったな」
とは、レトロゲームマニアの汚名を着るアスカと、昨日この迷路を隅々まで偵察したヒビキの会話であった。
道中、魔法的アプローチで解除を試みたが、結局のところ、このマスクを外す方法は見つからなかった。
ともかく、彼の誇る『極大術式』とやらは、これで封じられたことになる。
そして、一行は『三つ首ドラゴン』の玄室へとたどり着いた。
その階層中央の広間は、彼ら3隊が展開するに充分なほどの場所であった。
それでもそこに鎮座する巨大な怪物には窮屈そうに見える。
緑色の鱗に覆われた巨大な爬虫類生物。
デップリと太った胴体に、蝙蝠の様な翼と尻尾。そして3つの首長の頭を持つ。
ヒビキが見つけた、いわゆる『三つ首ドラゴン』である。
それが、こちらに尻を向けて横たわっていた。
「んんーん」
カリストが「ひらめいた」とでも言いたげな顔で皆を見回すが、言葉を封じられているせいで何を言っているかわからない。
それでも雰囲気は察したのか、ヒビキが忠告を口にする。
「背後からの奇襲は無理だ。近付けばあの尻尾に吹き飛ばされる」
文字通り、先日吹き飛ばされたヒビキの言葉は、聞く者に確かな説得力という重圧を感じさせた。
ゆえに、一同は重々しく頷き、そしてソロリソロリと『三つ首ドラゴン』の前方へと移動した。
彼らの侵入に気づいていたのだろう。
『三つ首ドラゴン』はアルトたちが視界に入ってっも驚かず、ただ睥睨するのみであった。
「『ズールジー』を使う」
白磁の魔導士カインが言い、視線に光が宿す。
同時に、金髪の魔法少女マリオンもまた、同様にスキルを使う。
カリストは慌てて言葉にならない声で彼らがGM氏にスキルの使用を伝え、何とか「承認します」との言葉を引き出した。
まぁおかげで数歩出遅れたのだが。
スキルの試みに成功したのは、マリオンであった。
「怪物名は『キングヒドラ』ね。レベルは10。再生能力はないわ」
それを聞き、またカリストが唸る。
「んー、んーんーんんん」
「何言ってんのかわからんわ」
苦笑いのモルトから軽い突っ込みを入れられ、カリストはさっと後ろを向いて懐から出した何かをしばらく操作する。
すると直後、ヒビキのポケットから「ピロリロリロ」という高く短いアラームが鳴った。
「あ、1UPだ」
日本出身の何人かが反応し注目する。
嫌そうな顔でヒビキが黒装束のポケットから取り出したのは、単独任務の際にカリストから持たされた魔法の通信端末『ファンファンフォン』であった。
見れば、画面に文字が表示されていた。
「『キングのくせに並ヒドラより弱いのかよ』?」
それはカリストの持つ端末から送られたメッセージだった。
ヒビキは黙って端末をアルトに押し付けた。
ともかく、レベル10の怪物である。
巷で遭遇すれば災害ともされる猛威を振るうこと間違いなし、であるが、この迷宮のこの広間では、『キングヒドラ』には狭すぎてその力も十全に発揮できない。
それに対するは、二桁に届かぬレベル帯ばかりではあるが、それでも屈指の精鋭ぞろい、合同3隊だ。
結局、数えて18フルラウンド戦いきり、彼らは死の危機を感じることなく勝利した。
後の感想を聞けば、誰もが「初めの無限湧きの方がよっぽどきつかった」と述べるであろう。