20二十四時間
最終章 ここまでのあらすじ
真なる創造主にして氷原の魔狼ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。
だが、彼を追い異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる僕である人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。
そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。
いくつもの敵や罠を破り、アルト隊とアスカ隊は第5階層へとたどり着いた。
しかし第5階層ではスタート直後に『レッサーマミー』が大量に押し寄せ全滅する。
次の日は新たに『放蕩者たち』通称ドリー隊を加えて臨むが、『レッサーマミー』に代わり押し寄せた『ペディサウルス』により、やはり全滅を喫した。
だが彼らもタダで死んだわけではない。
偵察として送り出したシノビ少女ヒビキにより、第5階層のギミックはほぼ丸裸されるのであった。
そうして全員死に戻りし、3月14日の探索を終えた。
「今日も早かったネ」
拠点である白い教会風の二階家に戻った一同は、地味なパッチワークのワンピースを着たハリエットに出迎えられた。
「お、今日はいつもと服が違うやん。お洒落さん?」
いち早くその様子に気づいた白い法衣のモルトがにこやかに声を掛けるが、当のハリエットは少々苦笑い気味に、スカートを摘まんでくるりと回った。
「これは作業着ダヨ。家事が一通り終わったカラ、調合してたんダ」
そういうことらしい。
この金髪交じりの眼鏡少女は、世にも珍しい『錬金術師』である。
何が珍しいかと言えば、この世界にまともに技を修めた『錬金術師』は、彼女を含め2人しかいないという珍しさだ。
そのハリエットの本業に従事していた、という訳であった。
「今日は何を作ってたんですか?」
なるほど、と頷きながら、黒ずくめの『魔術師』カリストが問う。
するとハリエットはポケットからチャック袋に入った錠剤を取り出した。
「迷宮探索に役立ちそうな薬ダヨ」
見た目はまるで駄菓子のラムネのようだったが、彼女の薬がとても役立つことを知っている一同は、「おお」と感嘆の声を漏らした。
女戦士アスカや魔法少女マリオンは、この中でもハリエットと最も付き合いが長いだろうし、アルト隊の面々も彼女の作るアイテムには何度も助けられた。
そしてハリエットはタキシン王国の前国王の治療にも従事したので、ドリー隊の面々もその話は聞き及んでいたのだ。
皆、興味津々にそばによって眺めるが、まぁ見たからと言って薬効が判るわけで無し、結局、説明を求めて彼女を見た。
ハリエットは心得たと頷いて薄青色した錠剤を目の前に掲げる。
「これはMP回復薬ダヨ。一粒飲めば10ポイント回復するヨ」
「瞬時に?」
「そだネ」
「クールタイムは?」
「ないヨ」
端的な説明であったが、単純なだけに理解も早い。
日本出身であるゲーマーどもは「ほほう」と感心気に声を上げ、この世界出身の者たちは驚きに目を見開いた。
MPの存在は当然この世界の住人にも理解されているし、回復を早めるための滋養強壮剤はこの世界でも稀に話を聞く。
だが瞬時に回復するとなれば、話にも聞いたことがないレベルの品物だ。
価格をつけるとなれば想像もつかない。
「こっちの依頼で迷宮探索してもらってるし、これくらいはネ」
などと、ハリエットは軽く言うものだが、その価値を知る『放蕩者たち』たちなどは、恐れおののくのだった。
ともあれ、一同は場所を玄関から食堂広間に移して情報交換を始めた。
「上空を行くのはダメだな。あの『空飛ぶ庭箒』が便利なのは解るが、あの階層では役に立たないだろう」
「そうにゃ。あのお化けがいる限り、飛んでいくのはダメにゃ」
最初に報告を始めたのは、探索の為に空に出た白磁の美少年魔導士カインと、ねこ耳童女マーベルだ。
2人は飛び立った後に襲撃した『白シーツのお化け』との遭遇譚を語り、上記のように結んだ。
「ふむ」
話を聞き、アスカは考え込むように胸の前で腕を組む。
「ヒビキ君はどうだった?」
「ああ、こっちは探索成功だったといえるだろう」
続いてカリストから話が振られ、シノビ少女ヒビキが頷いて話を始めた。
話の内容はと言えば、無限湧きする怪物の原因となる謎の碑石と機能停止方法について、迷路内に落ちていた『空飛ぶ庭箒』や何種類かのアイテムの事。
そして最後に最奥と思われる場所にいた3つ首の竜種の話で結ばれた。
アルト隊の面々は彼女の話を聞きつつ、違和感を覚えていた。
それは迷宮に入るまでは感じていた敵意が消え去っていることだ。
彼女の意識にどんな変革があったのか興味深くもあったが、まぁ藪をつつく必要もないだろうと、各位頷き合って口を噤むことにした。
「あの台座に収めるコインはどこにあるんだろう」
話を吟味する少々の時間を経て、サムライ少年アルトが考える風に言う。
台座とは、スタートの小屋にあった4つの窪みのあるテーブルの事であり、コインとはその窪みに収めると思われるアイテムの事だ。
そもそも、それが何なのか不明なので、皆「コイン」の仮称で理解した。
「ヒビキさんの話ではそれらしい物が出ていません。これは厄介ですね」
「まさか草の根かき分ける必要があるのか。考えただけで大変そうだ」
そうもらすのは、亜麻色の髪の少年剣士アッシュと、黒髪長身の細マッチョ戦士ドリーだ。
だが、これまで考え込んでいたアスカがここで口を開いた。
「いや、その必要はない。おそらくそのアイテムは、最後に出てくる3つ首が持っているはずだ」
「何か知っているのですかな?」
その確信めいた言い様に、酒樽紳士レッドグースがすぐに訊ねる。
アスカは真剣な面持ちで頷いた。
「細かいところが違うけど、この階層の元ネタが判った。おそらく『ドラスレ』だ」
『ドラスレ』とは、1984年に発売された『国産三大パソコンRPG』とも評される傑作である。
古いパソコンゲーム作品ではあるが、その後も何度かコンシューマ機や携帯ゲーム機に移植されているため、プレイしたことがある者も多いだろう。
彼女の言葉に「なるほど」と感心気に頷く者と、「何が何やら」と首を傾げる者がいたが、ともかく階層攻略のめどがついたと、詳しい話を進めるのだった。
「さて、大まかな進行についてはこれでいいが、まだ越えねばならない難関があるな」
「なんにゃ?」
一通りの話が終わったところで、供されたハーブ茶に、優雅に口をつけながらカインが切り出すと、すぐにマーベルが首を傾げた。
カインはその合いの手に満足したようで口元をニヤリと歪めて口を開く。
「怪物軍団の撃退についてだ」
スタートの小屋を出た所で襲い来る怪物たちを退けないと、先へ進むことができない。
ヒビキの探索によって、その無限湧きを止める方法は判明したものの、止められるのは『シャドウダイブ』で軍団をすり抜けられる彼女だけであり、3か所にある碑石すべての機能停止させるまでには時間がかかる。
今回のアタックではどうやらヒビキが一つ目を停止させるまでの時間で合同隊は全滅したようなので、さらなる継戦能力が求められるわけだ。
「それについては考えがある」
そう切り出したのは黒衣の魔導士カリストだ。
彼は後衛だったため、戦いを冷静に観察しつつ、作戦を考える時間もあった。
「ポイントは『増えた全員で戦闘にあたる』のは間違いだった。ってところかな」
そしてカリストの考えと作戦の説明、必要なスキルや魔法の確認などが、夕飯までの時間に振り当てられた。
そして最後にカリストが、思い出したようにハリエットへと声を掛ける。
「そうそうハリエットさん、この階層攻略のために作って欲しいアイテムがあるんだ」
「ふふふ、ハリーさんに任せるといいヨ」
ハリエットは快諾し、明日の朝までに作ることを約束した。
3月15日。
この日もまた早朝から出発し、午前のうちに第5階層のスタート小屋までたどり着いた一行は、最終確認を行う。
行い、準備を整えて小屋の戸を開け放つ。
最初に飛び出すのは、謎の碑石停止に向かうシノビ少女ヒビキだ。
「『シャドウダイブ』」
彼女はすぐさま、自らのスキルで影の中に身を隠し去る。
そして次に飛び出したのはねこ耳童女マーベルと、銀髪の薄幸少女ナトリだ。
なぜ後衛職である彼女たちが出るのかと言えば、2人が『精霊使い』だからである。
「行くにゃ。『スピリトゥスパリエス』、土の精霊!」
「同じく、『スピリトゥスパリエス』、土の精霊」
「承認します」
2人の『精霊使い』の祈りが精なる御霊に訴えかける。
呼びかけに答えて地の底より土をかき分けてモコりと現れるのは、黄色いヘルメットにサングラスという出で立ちのモグラが2頭。
いや当然ながらそれがただの獣であるわけがない。
彼らこそが大地へ無数に宿る土の精霊である。
「へいハニー、壁が入用かい?」
「オイラに任せな!」
「ハニーちゃうにゃ」
マーベルは精霊の言語で紡がれる軽口にうんざりとした顔で答えるが、ナトリなどは慣れたものでいつも通りの無表情を貫く。
片や可笑しそうに、片やつまらなそうにしてから、土の精霊たちは仮初の主より願われた仕事へと取り掛かった。
彼らに課せられた仕事とは、主の願う場所に壁を築くことである。
『スピリトゥスパリエス』とは6レベルの『精霊使い』習得する精霊魔法である。
精霊の壁という意味の名を持つその魔法は、その名の通りあらゆる精霊に壁を作らせることができる。
例えば炎の精霊に願うなら、燃え盛る炎の壁。
例えば氷の精霊に願うなら、凍てつく氷の壁。
効果は18ラウンドであり、バニッシュなどの精霊を強制送還する方法を使わない限りは消えずに持続する。
2人の『精霊使い』の願いにより築かれたのは、小屋の入り口から通路のように伸びる左右の土壁。
幅は約3メートル程度だ。
たかが土で出来た物であっても、それが精霊によるものであれば強固に進路を妨害する盾となる。
と、そのタイミングで広場向こうから、例のごとく怪物の群れが現れ始める。
今度は猛禽類の頭と翼を持つ、人型の化け物だ。
腕の代わりに翼が生え、胸や下半身が人のそれという、非常にアンバランスで気色の悪い姿である。
「2人とも下がるんだ。GM、『ズールジー』使う」
「承認します」
言いながら今度はカリストが前に出る。
視界が左右の壁によって狭められたので、敵を視界に収めるためにも前に出るしかない。
そうしてカリストの脳裏にスキルの恩恵たる知識が流れ込む。
「確定名『ウェアコンドル』。HPは低いが攻撃力が意外と高い。レベルは3か。翼はあるが飛ばないらしい」
「順調に強くなっておりますな」
「そうだねおやっさん。これはタモリが出てくる前にこの階層を突破しないと」
「タモリってなんやねん」
一部意味不明な会話もはさんだが、それらの情報を聞いて通路へと飛び出したのはドリー隊こと『放蕩者たち』の面々だ。
黒髪の剣士ドリーを先頭に、ちょうど三角形を作るような隊列でカインとアッシュが付き従う。
「まだここに来てから大した活躍してないからな。まずは一発カマして行こう!」
言いながら、ドリーは背負った『両手持ち大剣』を抜き放って片足を一歩引くような中段に構えた。
中段とは、あらゆる剣術において基本中の基本であり、その中でも特徴的なこの構えは大張一刀流と呼ばれる。こともある。
さて、そうして戦闘準備を整えた彼らの元に、『ウェアコンドル』の群れが押し寄せる。
いや押し寄せるとは言うが、精霊魔法『スピリトゥスパリエス』により築かれた土壁の通路が障害となり、その大群はほぼ一列である。
通路幅は3メートルを確保するため、所々列が乱れてはいるが、それが逆に怪物の行動をさらに阻む結果となった。
「は、こいつは良い。サインが欲しいか? それとも握手か? だがくれてやるのはコイツだ。『バンディッドストライク』!」
『両手武器修練』を修める『傭兵』の攻撃スキルだ。
先頭に立つドリーが気合十分に叫び上げ、そして雷鳴纏う剣身から嵐の様な斬撃を繰り出した。
こんな必殺の一撃を食らっては、さすがの化け物もたまらない。
本来ならノックバック効果を受けて吹き飛ぶところだが、先頭の『ウェアコンドル』は後が詰まっているせいで下がることも出来ずに前のめりに倒れ、そして絶命した。
まさに必殺の一撃である。
「ドリー、先は長いぞ。あまり飛ばすな」
「はいよ。そうカッカすんなよカイン」
ひと攻撃を終えて軽口をたたき、舌を嘗めずり次の獲物の到来を待つ。
いや、待つまでもない。
怪物どもは文字通り列をなして押し寄せているのだ。
「さて、何匹行けるか、競争だぜ?」
ドリーは誰に聞こえるでもない声で呟き、再び剣を構えるのだった。
さて、小屋を出て戦闘を繰り広げるのはドリー隊だけであった。
では他の面々は何をしているかと言えば、未だに小屋の中で観戦しながらくつろいでいる。
「これぞ三交代戦術。題して『二四時間戦えますん』作戦」
「戦えるのか戦えんのか、難しい作戦名ですな」
と、これは作戦立案者であるカリストと、たまたま隣にいたレッドグースの会話だった。
つまり、ルールによる継続戦闘ラウンドの枠を掻い潜るための作戦である。
この世界を司るメリクルリングRPGのルールにより、人は長くても20ラウンド程度しか戦闘し続けることができないと決まっている。
このラウンド数は個人差があるが、おおよそ20ラウンド程度になっている。
さて、では「戦闘から一度離れるとどれだけでこのラウンド制限は回復するのか」という問題だが、実はこれは定められていない。
定められていないなら、少しでも戦闘離脱すればまた20ラウンド戦えるのではないか。
そんなカリストの疑問がこの作戦の骨子であった。
そして昨日時間を取って試した結果、是であった。
これを受けて実行されたのが今回の『二四時間戦えますん』作戦である。
具体的に言えば、3隊いるのだから三交代で戦う、という単純なものだ。
それを可能とするために『スピリトゥスパリエス』で、一度に襲い来る|怪物数を制限するのだ。
ちなみに、この壁を維持するため、『精霊使い』の2人は実戦闘から外れることになっている。
こうして彼らの、長い戦いは始まった。




