16放蕩者たちの再会
最終章 ここまでのあらすじ
真なる創造主にして氷原の魔狼ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。
だが、彼を追い異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる僕である人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。
そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。
いくつもの敵や罠を破り、アルト隊は第5階層へとたどり着き、またウォーデン老は新たな迷宮探索の手を求めてタキシン王に『世界の破滅』について語った。
「話は解った。しばし検討するので、隣室にて待つように」
タキシン王国新国王アムロドは、沸き起こる混乱と動揺を表に出すまいとこらえつつ、出来る限り鷹揚な態度でそう述べた。
ただ、その口元からは先ほど吹いた茶が滴ったままだ。傍から見れば、彼の感情はまったく隠せていなかった。
「うむ、仰せのままにするとしよう」
だが下命を受けたウォーデン老は特に気にする事も無く頷いて部屋から下がった。
当然、ウォーデン老と共にある馬頭の悪魔オリュフェスもまた、退出する。
扉の外に控えていた侍女の案内で程近い控えの間に入った。
「それで、国王殿は力ある兵児を出してくるか?」
手近に見つけたスツールに腰を下ろし、オリュフェスが赤い目を老人に向ける。
彼から見てもこの国は疲弊しており、また復興の真っ最中だ。
とてもじゃないが有能な人手を出せる状況ではないだろう。
「出さぬ訳にはイカンだろうよ。なにせ復興も何も、世界が終われば元も子もないのだからのう。それに、世界が喰われるか、ヴァナルガンドを喰うか、どちらにせよ2週間もせぬ間に決まるのよ」
この世界に迫った危機。
破壊の魔狼ヴァナルガンドによる蹂躙が始まるのは3月21日と推定される。
今この日が12日なので、もう残り10日を切っているのだ。
「なるほど。して、この国にいる強者とは、誰だ?」
オリュフェスは興味薄く頷き、続いて本当に訊きたかったことを口にする。
魔界と言う名の異界出身であるオリュフェスにとって、この人界が滅びる事などどうでもよく、ただただ、強者と出会うことのみが重要であった。
出来ればその強者とぶつかり合いたい、と言うのが本音ではあるが、そこはまぁ自制することを知っている。
ウォーデン老はそんな彼の想いを知ってか知らずか、特に気負い無く答えた。
「そうさな。見込みある騎士や兵はあらかた戦争で死んでしまったようじゃし、残っておるのは国王アムロド本人と、彼の参謀をしておるカインと言う少年かの」
白磁の魔導師カイン。
アムロドの甥であり、誰もが息を呑む美少年でありながら毒舌な『魔術師』だ。
元々は『放蕩者たち』と言う名の隊で冒険者をしていたこともある。
と言うか、アムロド自信も、若い時分に冒険者をしていたと言う放蕩者であった。
「くっそ、俺、なんか悪いことしたか!?」
ウォーデン老たちが去った王宮食堂。
アムロドは一人になったところで、テーブルに自らの額を打ち付けた。
混迷を極めた内乱もようやく終わり、苦労も多かろうがこれからは上を向くだけだ、と思った矢先に聞かされた『世界の危機』である。
当然、ボケ老人の戯言と切り捨てても良かったが、聞けば思い当たる事もあり、決して無視していい案件ではないと理解できた。
「とは言えそんな危地に送り込める腕っこきなど、なぁ」
手前味噌のなるが、おそらくこの国の所属者の中でもっとも腕の立つ戦士は自分であろう、とアムロドは顎鬚をなでる。
とは言え、王自ら、国の舵取りを放り出して冒険者の真似事をするわけにもいかない、と言うのも解っている。
なぜなら、もし自分が行く事で世界が救われたとしても、そこで命を落とすような事があれば、タキシン王国はまた乱れるからだ。
後継者たる息子王子はまだ幼い。
とてもじゃないがアムロドの後を継いで国を動かすなど出来ないだろう。
「すると後残るのは、あいつだけか」
あいつ、とは、アムロドの甥であり、近頃は国内で『小賢者』などと呼ばれ始めた『魔術師』カインだ。
「おい、誰かカインを呼べ」
アムロドがため息混じりに扉の外へ向けて声をかける。
そこには護衛の兵士と、御用聞きの為の侍従や侍女がいるはずなのだ。
ところが、彼の呼びかけに答えて入室してきたのは、白磁の様な肌を持つ人形のように美しい少年、カインその人だった。
「お呼びですか陛下」
言葉面では敬う態だが、その口元は皮肉気に歪んでいる。
すでに話は解っているのだろう。
「まったく、お前は話が早くて助かるな」
呆れ、感心して頷き、そして命ずる。
「迫った危機より世界を救う為、ウォーデン老と共に行け」
「承りましてございます。さて、せっかくのパーティーだ。あいつらにも誘いをかけるか」
慇懃に頭を下げ、カインは悪い顔でニヤリと笑った。
その小一時間後。
白磁の魔導師カインを加えたウォーデン老の一行は、タキシン王国から西隣のニューガルズ公国にいた。
普通に旅すれば数日かかるところだが、『転移術』を修める馬頭の悪魔オリュフェスがいれば、この程度の距離は物の数ではない。
そして彼らはニューガルズ公国は中奥の王城にて、公国王オットールと謁見していた。
本来なら王との謁見ともなれば繁雑な手順があるものだが、タキシン王国もニューガルズ公国もつい先頃、国内の混乱があったばかりなので緊急を掲げればあらゆる手順はすっ飛ばすだけの下地があるのだ。
「なんと…」
ニューガルズ公国王オットールは、話しを聞き絶句した。
ウォーデンと言う名の老人は知らぬが、隣国の『小賢者』と呼ばれるカインは知っている。
その彼が言うのだから間違いは無いだろう、などと無邪気に信じる事はできないが、それでも彼を信じさせる危機があることは察する事が出来る。
「世界を危機から救う為、ヴァナルガンドなる魔獣を討伐せねばならぬ、か。その協力を我がニューガルズ公国にせよ、と言うわけだな?」
話の大きさに眩暈を覚えつつも気を取り直し、いったいどれだけの兵と軍資が掛かるのかと頭を巡らせ、そしてため息混じりに言う。
だが、カインから戻ってきた返答は彼の予想を外すものだった。
「より正確に言えば、貴国より一人、手を貸していただければ良いのです」
「それで、良いのか?」
拍子抜けである。
世界を喰らうほどの魔獣退治と言うからには、それこそ連合軍を派遣する必要があるかと思えば、という話である。
カインに継いで、ウォーデン老が口を開く。
「ヴァナルガンドは迷宮に潜み時を待っておる。数の力で押し切れる場所ではないのじゃよ。それに、軍を整える時間もないしの」
言われ、冷静になってみれば、それは自明であった。
彼らの語ることに寄れば、ヴァナルガンドが暴れだすまで10日も無い。
いくらこの国の軍兵が少ないとは言え、軍が動くには編成から訓練など時間が掛かるものなのだ。
「して、いったい誰を連れて行くのか」
王も薄々解っていた。
少数精鋭で挑むというのだ。
その精鋭たる者がこの国に今、どれだけいるのか。
さらに言えば、来たのがカインであったと言うのが、もうその答えだった。
それでいて苦々しげに聞く。
「そりゃ、俺が行くしかないでしょ」
答えたのは、この間にいる誰でもなかった。
言いながらバンと扉を開き入ってきたのは、黒髪の少年だった。
彼はこの私的な謁見の間に相応しくないフル装備の出で立ちである。
『ミスリル銀の鎖帷子』に青のサーコート。そして腰には魔法を帯びた『両手持ち大剣』が差されている。
「おにいちゃま、かっこいい!」
また、彼に着いて来たのだろう、幼い王女が楽しげに彼の姿を褒め称えた。
「ドリーか。お前を死地にやるなど」
元王たるオットールの兄フルート公爵の一人息子である。
また、暗殺の危地にあったオットールを助けてニューガルズ公国を救ったのも、彼を含む冒険者隊『放蕩者たち』であった。
「俺は冒険者だよ。危険に挑まずして、何が冒険か。ってね」
黒い髪をさっと翻し、気障なポーズを決めてみせる。
ただ生来の天真爛漫さからかまったく嫌味を感じない。それどころか微笑ましさを感じさせるくらいだ。
「さすがおにいちゃま!」
またこれに王女がいちいち褒め言葉を投げるものだから、そこだけ何か雰囲気が明るいのだ。
「さぁ、後はあいつを迎えに行くんだろ?」
そして黒髪の少年剣士ドリーは、こぶしを握り締めて突き出した。
カインは彼に歩み寄り、自らも握ったこぶしをコツンと当て、ニヤリと笑いながらオットール達を振り返る。
「では、コイツ借りていきますんで。あと、もう一人迎えに行ってきます」
そう言って二人はその間から連れ立って退出した。
そのもう一人は、王城のすぐ近くに立つ『ラ・ガイン教会』の総本部たる大聖堂は小礼拝堂にいた。
彼、『教会警護隊』の要職に着いたばかりの少年剣士アッシュは、これまた法王の座に着いたばかりの髭の痩せた男ヒメネス卿に呼ばれてここへ来たのだ。
「『教会警護隊』本部隊長アッシュ、法王猊下のお呼びと伺い参上しました」
「おお、よく来たアッシュよ」
法王ヒメネスはよく言えば気さくな様子で、悪く言えば威厳無く少年に歩み寄り細い腕を伸ばして歓迎の意を示す。
彼が着ているのは伝統的に法王が着る品良く仕立てられたベージュの法衣ではなく、法王就任前から愛用している赤い法衣だ。
「先ほど、始祖ガインより神託を賜った」
「なんと!」
法王ヒメネスはアッシュが驚きの反応を見せたことに満足しつつ、先を続ける。
「この世界に『危機』が迫っている。そなたは仲間と共に、これを救う為の旅に出よ」
「仲間、ですか?」
話の内容に驚き、そして困惑しつつ、アッシュは亜麻色の髪をかく。
と、そこへ礼拝堂の扉が勢い良く開く。
「それは俺たちさ」
開かれた扉の向こうにいたのは黒髪の少年剣士と、白磁の魔導師。
アッシュが一時、教会を追放された頃に、冒険者として共に歩んだ仲間たちだ。
「アッシュよ、そして世界の危機に立ち向かう勇者たちよ。そなたらに祝福と共にこれを贈ろう!」
そして旅立とうとする3人の背に向かって、ヒメネス卿が大声を上げる。
3人が振り向けば、そこにはいつの間にか後2人の赤法衣が加わっていた。
「我ら『ラ・ガイン教会』の目的は三つ!」
呆気に取られたアッシュたちを気にも留めず、3人の赤法衣は何やら声を上げ始める。が、ハッと我に返ったアッシュは合流した仲間たちの背を押して、そそくさと小礼拝堂を後にした。
「え、なんか重要な話じゃないの? いいのか?」
「いいんだ。法王猊下の、いつもの病気だから」
慌てたドリーの問いに、アッシュは軽い頭痛を覚えつつ、そう答えた。
「戦士、神官戦士、魔法使い、か。迷宮探索にはもうひとつじゃの」
黒髪の少年剣士ドリー、敬虔な神の信徒にして尖兵たるアッシュ、そして小賢者カイン。
ニューガルズ公国首都の冒険者酒場『宵の月』亭にて彼らを前に並べたウォーデン老は、長い白髭を撫でながら片眉を上げた。
「欲しいのは『盗賊』か。ドリー、当てはないか? あるだろ」
整った顔に縦ジワを入れてジロリと仲間に視線を向けるのはカインだ。
「なぜあると思った」
対し、ドリーは「せっかくの美少年なのだから微笑でも湛えていればよっぽどモテるだろうに」と苦笑いをこぼしながら、首を振りつつ聞き返した。
「我々の中で、お前が一番、育ちが悪そうだからだ」
「おー、なるほどなるほど……え?」
あまりにも当然と言った風でカインが返すものだから、ドリーも思わず大きく頷き、それからコテンと首を曲げた。
カインはタキシン王の血族で、間違いなく高貴な生まれだ。
またドリーもドリーでニューガルズ公王家に連なるフルート公爵家の嫡男であり、これまた高貴と言えるだろう。
当然育ちは悪くない。
「育ちの良し悪しで言えば、僕が一番下だと思うけど」
そう、朗らかな笑みを浮かべながら言葉を挟むのは、『教会警護隊』の制式装備を身につけたアッシュだ。
アッシュは元々教会付きの孤児院出身であり、物心ついたころから信徒として育てられた。
出自で言えば一番卑しいのは彼だろう。
ところが、と、王の血族出身の2人は、その亜麻色の髪の少年をマジマジと見つめる。
「多少知恵が回るものが見れば、君が一番素性が良いと思うだろう」
「激しく同感だな」
ため息混じりのそんな言に、アッシュは困ったように眉を八の字に寄せた。
「僕をおだてたって何も無いよ……いや、案外そうでもないかな?」
言いかけ、アッシュはふと思いついた顔で虚空を見つめる。
「お、アテがあるのかい?」
すかさず、ドリーが彼の意を拾って問いた。
だが、アッシュはまだ考える態をしながら、独り言のような小声を出した。
「『盗賊』じゃないけど、彼女なら僕らよりは『斥候』寄りじゃ無いかな」
「彼女?」
女の影など微塵も見せなかった仲間の言葉に、2人は困惑の声を上げた。
そんな彼らの困惑など気にもせず、アッシュは言葉を続ける。
「実は南門の孤児院に出戻って来た人がいてね。詳しくは語らないんだけど冒険者だったみたいなんだ」
「南門の孤児院?」
その出戻り女が探索向き技能持ちだというわけか、と納得しつつ、カインは一つ気になった部分を呟いてみる。とは言え、その興味はごくごく薄いのだが。
「ああ、首都には教会運営の孤児院がいくつかあるんだ。その一つさ。確かキャンベル卿が管轄してた」
ドリーがその疑問に答えると、「ああ」と納得した風に頷く。
「よし、ではその女人をスカウトに行くかの」
話が纏ったと見て、ウォーデン老が酒場の粗末な椅子から立ち上がり、手にしたジョッキの酒を飲み干した。




