14第3階層の正体
最終章 ここまでのあらすじ
真なる創造主にして氷原の魔狼ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。
だが、彼を追い異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる僕である人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。
そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。
さまざまな難関を乗り越え第3階層へと降り立ったアルト隊。
そこは地下迷宮でありながら空や大地が露見する理不尽な空間、『歪んだ妖精界』であった。
どうやらこの歪んだ妖精界は大悪魔により窮地に立たされており、そこから救わなければ階層クリアとはならないようだった。
一方、ウォーデン老はさまざまな推測と計算から、ヴァナルガンドが『世界を喰らう日』は3月21日であると突き止める。
アルト隊だけでは攻略が間に合わない、と判断したウォーデン老は、『転移術』を修める馬頭の悪魔オリュフェスを召喚し、迷宮攻略者をスカウトする為、まずはレギ帝国西方都市ボーウェンへと旅立った。
スカウトの結果として迷宮探索に黒髪の戦乙女アスカ率いる『シュテルネンハオフェン』が加わるが、彼ら探索者たちは『妖精王国』を救う為に必要なアイテム『力ある宝石』の入手で行き詰っていた。
どうやら、ダンジョン内の『生きている鎧』のどれかが持っているらしいのだが。
そしてアルト達はこれを『レアドロップの沼』と呼んだ。
迷宮グレイプニルほ程近くにある教会風二階家。
アルト達が迷宮攻略の為の拠点として寝泊りしている建物である。
3月10日夜。
女戦士アスカ率いる『シュテルネンハオフェン』が迷宮攻略に加わった初日の晩だ。
拠点家食堂に所狭しと並んだメンバーたちは、皆一様に項垂れつつ進まぬ夕飯を口に運んでいる。
「疲れたにゃ」
ポツリと、ねこ耳童女マーベルが首を傾けながら呟いた。
食卓にいる誰もが同じ思いを抱いており、一同、思い思いに頷きあう。
彼らはこの世界で生きる者たちであるが、この世界は『メリクルリングRPG』と言うゲームのルール法則に縛られた歪な世界である。
従って、ルール上に規定された『疲労』以上に疲れる事はない。
ルールで『疲労』について明確に規定されているのは、戦闘や全力行動、たとえば短距離走のような行動で続けられるラウンド数に関わる部分だ。
つまり、全力で無い限りは何時間歩こうが身体に疲労は蓄積しない。
それでも彼らは今、疲れていた。
それは主に精神的疲労だった。
何に疲れているのか、と言えば、終わりの見えないダンジョン周回作業に、である。
「とは言え、やるしかないんだよな」
疲労を見せながらも、決意じみた表情で憮然と言い放つのはサムライ少年アルトだ。
これもまた、ここに集まった面々の、同じ思いでもあった。
彼らがなぜ、こんな面倒を押して終わりの見えない作業を続けているかと言えば、それをクリアしていかなければ、この世界が破滅するからだ。
「かといって、こんなに時間費やしいていては、この先もジリ貧ですな」
「ほな、どうすればええの。なんかレアドロップ確定する、ええチートでもあるん?」
酒樽紳士レッドグースの言葉に、白い法衣のモルトが胡乱な瞳を向ける。
チートとは、最近のラノベ界隈では『桁外れに強い能力』のような意味で使われているが、本来は『ズル』と言う意味である。
コンピュータゲームでは主に、自キャラの能力や状況を書き換える行為を呼ぶ。
モルトのチート発言に首をかしげるのは、『シュテルネンハオフェン』メンバーである金髪の魔法少女マリオンや、銀糸の刺繍に彩られた『長衣』の少女ナトリだ。
彼女たちはアルトたちやアスカと違い純粋にこの世界の住人なので、彼らのメタい発言は理解できないのだ。
ゆえにチートという言葉やそれにより引き起こされる現象について説明されると、偉く感心して「ほお」と声を上げた。
「でも、世界の法則に干渉して現実を捻じ曲げるって、限定的な意味では魔法もそうじゃない?」
感心しつつ、金髪の魔法少女マリオンが言う。
彼女にとって見ればここしかない現実世界で聞くそれは、ズルなどとは感じない。
むしろそれは彼女が修める『緒元魔法』に近い概念だ。
『緒元魔法』は『魔術師』が使う魔法の事である。
神、人、あらゆる自然物に宿る根源的なエネルギー『マナ』。これを利用して世界の法則に干渉し、方程式をなぞらえる事でさまざまな現象を引き起こすのが『緒元魔法』なのだ。
マリオンの言を聞き、日本出身者の記憶を持つ面々は視界が開かれたような気持ちで小さく拍手した。
拍手して、その視線を一点に集中した。
その先は、日本出身者の記憶を持ち、その記憶が職業的プログラマーであり、かつこの世界においては『魔術師』であり、さらにこの世界のデザイナーである『キヨタヒロム』の記憶を垣間見たことがあり、そしてそれらの知識から新たな『緒元魔法』をいくつか創造した経験を持つ男。
黒衣の魔導師カリストだ。
もしこの世界で『チート』を実現させるなら、この場ではこの男しかいないだろう。と言う期待の視線である。
「いや、期待させて申し訳ないけど、そこまでの事はさすがに出来ないよ?」
残念ながら即答であった。
それはそうだろう。
いくら世界創造の記憶があろうと、世界創造の力の根源は神の一柱でもあるヴァナルガンドなのである。
その力抜きで、本当の意味での『チート』を成すなど、さすがにカリストでも無理なのであった。
もちろん、彼に注視した一同もその事はわかった上で一縷の望みをかけただけだったので、その落胆の程は大きくは無かった。
「あのさ」
と、一通り話に区切りがついたところで、黒髪の凛々しき女戦士アスカが箸を置いて口を開いた。
また明日から続くレアドロ発掘作業を憂鬱に思いながら、各位はゆっくりと視線を彼女に向ける。
アスカは皆が話を聞く状態になるのを待つように持ってから、続く言葉を吐き出した。
「もしかして、これウィズ方式じゃなくて、ドル塔方式なんじゃないかなって思うんだけど」
「え?」
「え!」
怪訝な声と、驚きの声が上がった。
大半の者は前者だったが、カリストやレッドグース、そして彼らの元GM、薄茶色の宝珠氏が後者であった。
つまり、比較的年齢の高い層である。
「つまり、どういうこと?」
怪訝な声、つまり困惑と疑問の声なわけだが、それを上げた代表として、アルトがオズオズと手を上げつつ問う。
それに対し、アスカはなんと答えるべきか迷う素振りで再び口を開いた。
「ええと、だから確率の問題じゃなくて、手順の問題っていうか」
ただその返答は、上手くと伝えようとしたせいか一足飛びの結論の話になっており、まったく事情のわからないアルト達にとっては、余計に困惑を呼び起こす結果でしかなかった。
補足する様に薄茶色の宝珠が言葉を継ぐ。
「アスカさんの言う『ウィズ』も『ドル塔』も、アルトさんたちから見ればどちらも古典ゲームですからね。ピンとこないのも無理はありません」
「いや『ウィズ』は知ってんねん」
と、これはモルトの相槌だ。
アルトやマーベルもまた、これには揃って頷いた。
古典RPG『ウィズ』とは、RPGファンなら誰もが知るダンジョンRPGと言えるだろう。
初出こそ1981年だが、その後もあらゆる媒体に何度も移植がされているし、続編や外伝作も数多く出ている。
なのでアルト達も1度くらいはプレイした事が、またはプレイ風景、画面写真を見たことがあった。
「では『ドル塔』の方ですな」
肩をすくめ、レッドグースがそれについて解説を始める。
ここで言う『ドル塔』とは1984年に登場した、当時は大人気だったアクションRPGだ。
こちらもいくつかの媒体に移植されているが、『ウィズ』に比べれば近年ではお見限りである。
ゆえに若い世代であるアルト達には馴染みが無かった。
「なるほど、つまりアスカは年齢サバ読んでるにゃ?」
そこまで理解が及んだところで、納得気にマーベルは数度頷いた。
アスカは慌てて首を振った。
アスカもまた、日本ではマーベルやアルトと同様の女子高校生だったはずだ。
「私は、その、秋葉原で中古ゲームをよく買ってたから」
「なんと、アスカ殿はまさかのレゲエマニアでしたか」
それはともかく。
「つまり『力ある宝石』のドロップが確率によるものじゃなくて、特定の手順を踏む事でドロップするのではないか、と言いたいわけだね。アスカ君は」
と、カリストが総括し、アスカは頷いた。
「具体的に言うとどういうこと?」
それでも理解が及ばず、アルトは再び問う。
これにはカリストがそのまま答えた。
「たとえば塔の5階で手に入る『ホワイトソード』は、『メイジ』と言う敵キャラの魔法を歩きながら3回受けるとドロップされるんだ」
「へぇ」
つまり特定の行動をすることで手に入ると言うわけか、と、アルトは理解して頷いた。
「裏5階だと『同じ場所で止まったまま5回受けるとドロップ』に変わりますな」
「へ、へぇ」
ここで結構面倒そうだな、と、少し引いた。
「そんな感じで各階、違う宝物が違う方法でドロップされます。だいたい58階まで、裏表合わせると126の方法があるわけです」
そして薄茶色の宝珠氏がそう結ぶと、アルトはもうドン引きだった。
「そんなん、どうやって方法見つけるんや」
「僕はもう情報が出揃ってる時点でプレイしたからなぁ。どっかの記事で見たんだと思う」
「ワタクシも似た様なものですな。初見は確か少年誌の袋とじ記事でしたかな?」
ともかく、明日は食卓で交換されたゲーム情報を元に、鎧どもを倒しつつ、色々試す事になった。
そして3月11日。
「で、出た」
何体目かの『生きている鎧』を叩き伏せたアルトの前に、宝箱が忽然と現われたのだった。
「今、何をしたにゃ? どうしたら出たにゃ?」
宝箱が出たことも重要だが、本当に重要なのは方法論である。
どうやったら出るかと言う再現が出来なければ、他の方法を試している『シュテルネンハオフェン』に伝える事もできない。
言われて付近に視線を送る。
倒れているのは今しがた降した、赤い『生きている鎧』だ。
「たぶん『赤だけを何体か続けて倒す』だね」
方法を管理誘導していたのは黒の魔導師カリストで、その彼が思案顔でそう言った。
「では2個目の『力ある宝石』にご対面と行きますかの」
宝箱を前に指をワキワキさせつつ、レッドグースが秘密道具を展開する。
さまざまなサイズの針金やカギ爪を束ねた、『盗賊の道具』である。
目的はもちろん、宝箱の罠サーチやカギ開けだ。
そしてこれは、数分と待たずに終わる。
アルト隊の面々が注目する中、宝箱から現われたのは1枚の『騎士の盾』だった。
これには一同、落胆を隠せなかった。
「まぁ方法論は間違っていない事が証明されたよね」
最後に出たこのカリストの言葉で、アルト達はやる気をいくらか取り戻すのだった。
さて、未鑑定の『騎士の盾』を手に入れた時点で昼食時となった。
アルト隊は第2階層に戻って『シュテルネンハオフェン』と合流する。
外まで出てしまうと、その日はもう迷宮には入れなくなるので、インスタンスダンジョン化していない第2階層で昼食がてら情報交換しようと、始めから打ち合わせ済みだったからだ。
「2個目の『力ある宝石』が出たわ。『ブルーストーン』だって」
金髪の魔法少女マリオンが取り出したのは、名前の通りの青い宝石だった。
出す方法は、金の『生きている鎧』を連続で数体倒す、と言うものらしい。
アルト隊はニアミスだったわけだ。
「まぁ方法さえわかれば、後は簡単だな」
ともあれ、長い時間かけた沼から抜けたような爽快さで、アルトはホッと息を付く。
だが、この後に続く『シュテルネンハオフェン』からの、いや、アスカの発言は、さらに先を行くものだった。
「あの、私、もしかするとこの階層の攻略法、わかったかもしれない」
「ほほう?」
レッドグースが瞳にキラリと光を湛え、先を促す。
アスカは自分の発言の正しさを疑いつつも、ためらい気味に話を続けた。
「昨日は『ドル塔』って言ったけど、この階層、実は『ハイドランド』なんじゃないかと思って」
『ハイドランド』とは『ドル塔』と同じく1984年に登場したアクションRPGの元祖と言われる、事もある作品である。
これもまた『ドル塔』と同じく、攻略記事でも読まない限りは作品中にヒントらしいヒントの無いタイプのゲームであった。
皆、困惑顔でアスカの話しを聞くが、その話が進むにつれ開いた口が塞がらない、といった表情に変っていく。
アスカの話に寄れば、妖精王女の語るストーリー、アイテム、マップと、この階層は『ハイドランド』と言うゲームに酷似しているというのだ。
「うすうすそうじゃないかと思ったのですが、ワタクシ、『ハイドランド』は未プレイだったので」
とは、レッドグースの言である。
「なんでドマニアのがちょさんは、そのゲームやってなかったにゃ?」
「ドマニアて」
歯に衣を着せぬマーベルの言葉に苦笑いしつつ、レッドグースは答える。
「『ハイドランド』の初出はパソコンですからな。当時小学生のワタクシには手の届くものでは無かったのですぞ」
そんな言葉にアルトやマーベルは揃って首をかしげた。
彼らにとってパソコンは「自分専用は無なくとも、家に1台はある」程度の物だったからだ。
これには時代事情を何故か知っているアスカが言葉を挟む。
「当時のパソコンって今の何倍もの値段がする高級品だったんだよ」
今では当たり前の窓OSなど、まだ無い時代の話である。
彼女の言うように、その頃のパソコンと言えば趣味で買おうなどと言う人は少数派であった。
ゆえに、まだ小学生だったと言うレッドグースは『ハイドランド』はノータッチだったのである。
「ほな、なんでアスカはんはプレイしてるん? それも秋葉原で買ったん?」
「まぁ、そんなところ」
アスカは少し恥ずかしそうにしながらそう答えた。
ゲームに関しては意外とレッドグース以上のドマニアだったのかもしれない。
ともかく、そういう訳で、その後は昼食時間をいくらか延長することが決まった。
女戦士アスカを講師にお招きした、緊急『ハイドランド』攻略情報講座の始まりであった。
ここまで酷似しているなら、少なくともこの後も近い情報で乗り越えられるのではないか、という推測からの情報交換だ。
そして午後、アスカから受けた知識を元に進んでみれば、あれよあれよと言ううちにさまざまな仕掛けが簡単に解けた。
そのおかげもあり、その日は攻略時間もいくらか延長し、何とか『妖精王国』を煩わせる大悪魔『ヴァラリース』を打ち倒す事ができた。
すなわち、『妖精王国』を破滅から救ったのである。
いかにも「魔王の城」と言わんばかりのオドロオドロしい城の奥に鎮座する魔王然とした容姿の悪魔が倒れると、攻略の途中で増えた妖精がクルクルと踊り出した。
そして口々に「コングラッチュレーション!」などと言うのである。
「いやそこは『ありがとう』じゃねーのかよ」
アルトは何か釈然としないものを感じつつ、これにて第3階層はクリアとなった。
一通り妖精たちのダンスが終わると、まるで画面が消えるかのような「ブツン」と言う音と共に、今までの光景が消え、途端に薄暗い石造りの迷宮風景になる。
この光景はお馴染みといえる1、2階層のものと変わりない。
そしてそこには下階層へと向かう階段と、上階層へ戻る階段があった。
「それにしても」
この変りように皆が唖然としている時、いち早く我に返ったカリストが呆れたように口を開く。
「1、2階層はまだ『ウィズ』なんかのパロディと言えるだろうけど、第3階層は酷い。もはやこれはただの盗作だ」
「まぁそれが、この迷宮の創造者、ギャリソン氏の限界だったのでしょうな」
相槌をうったのはレッドグースだ。
彼の表情もまた、同様に呆れたようなものだった。
「創造者か。いや、ギャリソン氏はキヨタ氏とは違って『創造者』では無いね」
「と、言うと?」
カリストのそんな言葉を拾い、アルトが首を傾げる。
彼は口元をシニカルに歪めて嘲笑を浮かべアルトの問いに答えた。
「ヤツはただの『模倣者』さ」
「K島はただの『模倣者』さ」
「どきっ」




