13レア沼
最終章 ここまでのあらすじ
真なる創造主にして氷原の魔狼ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。
だが、彼を追い異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる僕である人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。
そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。
さまざまな難関を乗り越え第3階層へと降り立ったアルト隊。
そこは地下迷宮でありながら空や大地が露見する理不尽な空間、『歪んだ妖精界』であった。
探索を開始した彼らは、そこで『妖精王国の王女アン』と名乗る女妖精に出会う。
アンは言う。
「滅亡に瀕した『妖精王国』を、大悪魔の手から救って欲しいのじゃ」
アルト隊はどうやらこれが第三階層を抜ける為の条件ミッションであろう、と判断し、アンの依頼を受けるのだった。
一方、拠点にてヴァナルガンドの目論見解析を進めていたウォーデン老は、ついに『ヴァナルガンドがこの世界を喰らう日』を突き止める。
それは3月21日、春分点と呼ばれる日だった。
アルト隊だけでは攻略が間に合わない、と判断したウォーデン老は、『転移術』を修める馬頭の悪魔オリュフェスを召喚し、迷宮攻略者をスカウトする為、まずはレギ帝国西方都市ボーウェンへと旅立った。
まず第一のスカウト目標は、ボーウェンを拠点とする冒険者隊、女戦士アスカが率いる『シュテルネンハオフェン』だ。
首尾よく『シュテルネンハオフェン』に出会えたウォーデン老だったが、さて。
ウォーデン老が新たなる探索隊を求めて旅立ったのが3月6日の夜。
あくる日、3月7日のアルト隊は、妖精王女アンに案内され、墓場にてゾンビと戯れて『力ある宝石』の一つ『イエローストーン』を手に入れた。
その翌々日。すなわち3月9日。昼。
地下への入り口が開く草原で、しかめ面のアルト隊は昼食の弁当を食んでいた。
「そもそも、迷宮内でさらにダンジョンっておかしくないか?」
「ほんな『そもそも論』を今更言うても、しゃーないやん」
眉の間に縦シワを作りながらボヤくサムライ少年アルトを、白い法衣の乙女神官モルトが苦笑い気味になだめる。
彼らの視界の隅にある地下への入り口。
これは、ここ『歪んだ妖精界』にあるダンジョンへの入り口である。
彼らアルト隊は、昨日からこのダンジョンへ入っているが、未だ目的を果たせずにいるのだ。
そんなアルトのボヤキを受けて、ねこ耳童女マーベルも首を傾げる。
「第3階層から地下に行くのに別のダンジョンって、変な感じにゃ?」
「まぁ、正確に言うとこの階段の下は第4階層みたいなんだけどね。第5階層に繋がっていないだけで」
そこへ『漆黒の外套』を着込んだ眼鏡の青年カリストが答える。
迷宮の外はまだ寒い季節だが、ここはうららかな陽気なので、彼の装いはいささか暑そうだ。
さて、アルト隊の面々が、なぜさらに下の階層へと繋がるわけでないこの階段下を攻略せねばならないのか。
その理由を明らかにする為に、話を昨日へ遡ろう。
「この地下ダンジョンに、『力ある宝石』の一つがある。さぁ、勇敢な若者たちよ、行くのじゃ」
3月8日。昼食時まであと1時間強という頃。
例の如く妖精王女アンの先導で連れてこられたのは、草原の中で唐突のポッカリと開いた、地下への入り口であった。
「え?」
アルト隊一同は呆気にとられて間抜けな声を上げる。
とは言え、もう理不尽な流れには慣れて来たのですぐ気を取り直し、酒樽紳士レッドグースが肩をすくめながら問いた。
「その『力ある宝石』とやらは、いったい何個あるのですかな?」
これには他の面々もいっせいに頷く。
なにせ、話を聞いた当初は『力ある宝石』とやらは唯一の存在であると思っていたのに、アンの口ぶりでは複数個存在するようなのだ。
そもそもすでに『イエローストーン』を手に入れているのに、この地下にもあると言うなら、最低でも2個は存在する事になる。
「うむ、3つじゃな」
果たして、妖精王女アンはあっさりと答えた。
何故かちんまい身体いっぱいに得意気である。
「そういうことは始めから言って欲しいですなぁ」
「いやスマンな。そこまで気が回らんかった」
レッドグースの愚痴に対しても、悪びれたところは一切無い。
アルト隊一同、これには苦い顔だ。
とはいえ、文句を言っても仕様がない。
なぜならこの第3階層は、どうやら妖精王国を『大悪魔』とやらから救ってやらなければ通り抜ける事ができないらしいからだ。
その為にも、たとえ小憎らしくとも妖精王女アンの言う事に従って、一つ一つミッションをクリアしていくしかないのだ。
つまり、今回はこのダンジョンに潜って、『力ある宝石』を手に入れてこなくてはならない訳だ。
「じゃ、行くか」
言いたい事のさまざまを飲み込んで、アルトが隊メンバーにそう声をかけると、各々はいかにもやる気半分の声で「おー」とコブシをあげた。
と、そんな具合でダンジョンへアタックを開始たわけである。
ところが、その日の南中時間頃にはあまり広くなかった地下の探索を終えたのに、アンの言う『力ある宝石』は見つからなかった。
地下には金色の全身鎧と赤色の全身鎧が多数徘徊しており、アルトたちを見つけると有無を言わさず襲って来る。
ちなみにこの鎧どもは『生きている鎧」という類の怪物で、倒しても中身は無かった。
分類は『不死の怪物』である。
生きているのに『不死の怪物』。
まぁ名称はあくまで見た目の印象で付けられたのだろう。
またこの鎧ども、攻撃力や打撃点は大したこと無いが、防御点が高いので倒すのに地味に苦労するのだ。
「金にゃ! 持って帰れば大金持ちにゃ?」
金色鎧を初めて倒した後、マーベルが瞳をドルマークにしてはしゃいだ。
だが現実は無情であった。
「ああ、それ。金色だけどただの真鍮だから」
マーベルが鎧に取り付くより早く『アナライズ』を果たしていたカリストの言である。
「真鍮…。削ってダイスでも作りますかな」
そんなレッドグースのたわ言は、誰の耳にも届かなかった。
ダンジョンの隅から隅まで歩き回り、何匹もの鎧を叩き潰し、そして出てきたアルト隊がアンへと詰め寄ったのは無理も無い。
「やい『のじゃ妖精』、宝石なんか無かったぞ!」
頭から湯気を出す勢いで怒鳴るアルトに、『のじゃ妖精』呼ばわりされたアンは飄々と答える。
「見落としたのでは、ないのかのう?」
「なんだとぅ」
このように言われてはさすがのアルトもさらにヒートアップだ。
まぁ暗いダンジョンでの事なので、宝石程度の物が入った小さな宝箱であれば見落とす可能性は大である。
が、頭に血が昇ったアルトではもう引っ込みがつかない。
「これでもオレたちゃ名の知れた冒険者だ。そうそう見落としなんかするものか!」
「そうにゃそうにゃ」
案外ケンカっ早いマーベルも尻馬に乗って気勢を上げる。
だが、そこへ冷静になったカリストが2人を抑えて眼鏡をクイと直した。
「ちょっと確認なのですが、『力ある宝石』は、ダンジョン内の『どこ』にあるのですか?」
「え、宝箱か何かなんじゃないの?」
その言葉に、アルトは怪訝そうに眉を寄せる。
だが、アンはアルトの態度に「してやったり」と言った風な表情を浮かべた。
「いつから、宝箱にあると錯覚しておった?」
「な、なんだって?」
「『力ある宝石』はダンジョン内を徘徊する鎧どもの誰かが持っておるのじゃ」
またもや、全身いっぱいのドヤっぷりで、そうのたまった。
「あの小虫、ちょっと潰してもいいにゃ?」
「うん、もうええかも知れんね」
冷たい目でそう呟くマーベルと、糸目で頷くモルトであった。
そんな訳でアルト隊は、地下へと降りてはひたすら鎧どもを倒し続けているのであった。
もっとも、夜になれば一度迷宮外へと出て拠点で休み、朝も早くから出勤してくるので、『続けて』と言うのは語弊があるかもしれないが。
ともかくそんなこんなで、3月9日昼現在、アルト隊は未だに『力ある宝石』を手に入れていないのである。
「そやけど、こんだけ倒して出んちゅーのは、ホントに持っとるんかね?」
白い法衣のモルトがハムのサンドイッチをモフモフしながら言う。
これまですでに赤金織り交ぜて50体ほどの鎧どもを倒している。
というのに、残るのは倒した全身鎧の残骸ばかりだ。
「とは言え、レアドロップと言うのはそういうものですからなぁ」
「ムラサマ出すのに、10階をどれだけ周回した事か、ってところですね」
モルトの言にシミジミと言い合うのは、レッドグースと薄茶色の宝珠、オッサン同盟の2人である。
若者たちにはいまいちわからない話題である。
「ムラサマってなんにゃ?」
「さぁ、ヨンサマの親戚かね?」
アルトとマーベルはその様に肩をすくめあって首をかしげた。
「ほな、ドロップ言うんやったら、運が悪かったらずっと出んちゅー事かいな。そりゃ『つらたん』やね」
「『つらたん』ってなんにゃ?」
「さぁ、『もえたん』の一種じゃね?」
考える事を放棄して、玉子サンドに集中するアルトであった。
「運がなくて出ない? 甘えたこと言ってんじゃねぇ。出るまで回るんだよ」
またこれは、まるでスマホゲー中毒者のようなカリストの発言である。
これには皆一様に嫌な顔をしながらも、黙って頷いた。
そして暗い気持ちで食事を終え、アルト隊は地下へと鎧狩りへ向かうのであった。
その日の夜。
あれからさらに30体ほどの鎧を倒し、なおかつ何の成果も無く外の拠点へと戻ったアルト隊である。
「もう鎧、嫌やわー」
モルトは夕食の準備が進む食卓に、頬をつけてグテーっと伸びた。
「お疲れ様ダネェ。ハリーさんに何か手伝える事は無いカナ?」
いまやアルト隊のおさんどん係と化した『錬金術師』の少女ハリエットが、手にスープ鍋を提げて言う。
その表情はいつも通りの偽物じみた笑顔だ。
「レア確定チケット下さい」
「言ってる意味がよく解らないヨ」
モルト同様にテーブルへ突っ伏したカリストがのたまうが、別世界の人間に通じるわけも無い。
「出るまで回れ」などと偉そうな事を言ったは良いが、カリストもまた精神的に参っているのである。
いや、カリストだけではない。
特に精神的にタフなはずのレッドグースを含め、アルト隊全員がテーブルに顔や額を付けている有様だ。
「え、何これ」
と、そこへ唐突にいるはずのない誰かの声が聞こえた。
それをかわぎりに、また別の声が次々に上がる。
「まぁだらしない格好ね」
「皆さん、お疲れの様です」
「はっはっはー机は美味しいデスか?」
「意外といける、のかも?」
ハリエット以外の誰もが顔を上げる元気など無い状況だったが、これにはさすがに驚いて、一同揃って顔を上げた。
そこにはスカウトの為に旅立ったウォーデン老、そして転移を司る馬頭の悪魔オリュフェス。そして彼らが引き連れる少女たちがいた。
黒髪の戦乙女の異名を持つ女戦士アスカ。
セミロング程度の金髪をシュリンプテイルに結わいた魔法少女マリオン。
作り物のような美しさを持つ銀髪の無表情少女ナトリ。
そしてアスカの肩に乗る人形サイズの2人。
一人は白いバフスリーブを着た聖職者というか白衣の天使風の少女エクレア。
もう一人はチェック柄のインバネスコートを着込んだわざとらしい程の探偵ルック少女クーヘン。
この5人が、アルト隊の去った港街ボーウェンでトップを張っていた冒険者隊『シュテルネンハオフェン』だ。
新しい人員を加え食卓は一気に賑やかになった。
「ところで、アスカたちはここに来ちゃって良かったのか?」
ふと、アルトがおずおずと言った調子で訊ねる。
一通り旧交を温めあうような当たり障りの無い会話が終わった頃の事だ。
「なんにゃアっくんその態度。恥ずかしいにゃ?」
「う、うるさいよ」
そんなアルトの姿をニヤニヤと見つつ、マーベルが脇をつつく。
アルトは今でこそ腕の立つ物怖じしない手練剣士と見られることもしばしばだが、元は非モテ系男子高校生だ。
同じ年代の女子と話すのは未だに慣れないものがある。
ちなみにマーベルも同じ年代の女子だが、見た目が小学生並みなので彼女に対する気負いは全然無い。
「何が?」
対するアスカはと言えば出されたパンを頬張りながら首を傾げる。
彼女もアルト同様に非モテ系女子高校生であり、特に図書館の主と呼ばれがちな、もの静かな少女だったが、この世界で心機一転と振舞ううちにすっかりガサツが身につき始めてしまったのだった。
まだこの世界に来た時は凛々しい振る舞いなどを心がけていたが、今では「黙って立っていれば美しい女騎士のようなのにね」などと街で噂される、残念系少女となっている。
人間、なかなか自分が思い描く理想にはなれないという実例だろう。
「いやほら、オレたちが街を出るに当たって、仕事を引き継いでもらってたじゃん?」
ここでアルトが言う「仕事」とは、港街ボーウェンの治安に関する下請けの事だ。
タキシン王国の内乱に対して、港街ボーウェンからは騎士連隊と、マクラン卿が率いる治安維持隊の一部が出兵した。
その穴埋めの為、ボーウェン太守であるベーカー侯爵はアルト隊に臨時捜査官と言った仕事を依頼した。
ところが諸所の事情でアルト隊は港街ボーウェンから出立したので、その仕事はアスカたちが引き継いだのであった。
「ああ、あれね。なんか引退した軍人が下町にいるとかで、一時的に復帰してもらうって言ってた」
「確かパン屋のご隠居さんだと聞きました」
そんなアスカと、彼女の傍らで小さくちぎったパンを上品に食んでいた小さなエクレア嬢の返答に、アルト隊はそろって怪訝そうに首を傾げる。
「そんなご老人で役に立つんかいな」
モルトの言葉が、彼ら一同の心情そのものだった。
ただ、タキシン王国の内戦も終わり、出兵していた派遣軍もじきに戻るだろうと言う見込みもあるので、アルト達も肩をすくめて納得した。
「ベーカー閣下の胃痛も、じきに治まるといいですな」
「胃腸強化剤を調合しておいてやったから、大丈夫じゃろ」
最終的にポツリと呟かれたウォーデン老の言葉に、全員、別の不安を思い浮かべて首を振るのだった。
それからは食後のお茶などを飲みつつ、こちらの現状について話すことになった。
8階層あると思われる迷宮グレイプニルを攻略する必要があること。
その最深部にいると思われる悪名高き魔狼ヴァナルガンドを討伐すること。
などから始まり、現在、第3階層攻略中であることや、この階層がインスタンスダンジョン化されていること。
そしてアルト隊は赤と金の『生きている鎧』がドロップするはずの『力ある宝石』が出ずに詰まっていることなどを話した。
「そうか。よし、明日からは私たちも攻略に掛かろう。なに、レアドロップと言え、人数が増えればおのずと出る確率も上がるはずだ」
アスカが力強く言うと、小さなクーヘンもまた頷いて追従する。
「出るまで周回すれば、入手率は100%デース」
食事とお茶と話を終え、その日は各々部屋割りを決めて休み、次の日は早朝から全員で迷宮へと出かけた。
第2階層までは解除済みのギミックや、毎回解除すべきギミックなどを現地説明しつつ全員で進み、第3階層からは別れての攻略となる。
昨日までの攻略情報もすでに伝えてあるので、『シュテルネンハオフェン』が『生きている鎧』の地下ダンジョンまでたどり着くのにそう時間は掛からないだろう。
こうして各々の隊は第3階層への階段を、意気揚々といった風に降りていった。
迷宮攻略13日目 3月10日のことである。
そしてその夜。
アルト隊に続いて『シュテルネンハオフェン』もまた、そろって食卓に頬や額をつけるのだった。
「はー、テーブル美味しいデース」




