09第3階層
最終章 ここまでのあらすじ
真なる創造主にして氷原の魔狼ヴァナルガンドは、この世界を自らの餌とする為に創りたもうた。
だが、ヴァナルガンドを仇と見るウォーデン老とその弟子ハリエットは、アルト隊を伴い、ついにはかの魔狼を追い詰めた。
ウォーデン老とハリエットは、大規模錬金術式『束縛機構』により、ヴァナルガンドを異次元へと閉じ込めようとするが、後一歩のところで邪魔が入る。
ヴァナルガンドの忠実なる僕・ギャリソンだ。
彼は主から授かった世界の創造力の一端を使い、また、『束縛機構』を利用して、ヴァナルガンドが逃げ込み時間稼ぎをする為のダンジョンを創り出した。
迷宮『グレイプニル』の誕生である。
ヴァナルガンドと共に大半の力を失ったウォーデン老に代わり、アルト隊はダンジョンアタックを開始する。
そしてアルト隊は、一意的にアルトの義兄弟たちであるルクス隊の力を借り、ついには第2階層を突破し、第3階層へと降り立った。
「ダンジョンの中にお外があるにゃ」
『迷宮グレイプニル』第3階層に降り立ったねこ耳童女マーベルが、まず発したのがそんな台詞だった。
それは正しく、今そこに立つアルト隊全員の心情を、一言で表した至言である。
第2階層の下り階段を降ったらそこは粗末で狭い木造部屋であり、扉から出てみればまるで常春の青空風景だ。
先頭切って歩み出たサムライ少年アルトが仲間を振り返り、今出てきた方を見てふと動きを止めた。
「おい、見てみろよ」
止まり、視線を斜め上に向けたまま言う。
「なんにゃ?」
青空と草原と遠くの石造りの遺構などを眺めていたマーベルが、すぐ怪訝そうに眉をひそめてアルトの視線を追い、また彼女も動きを止めた。
続いて他のメンバーも視線を追って振り返る。
見れば、今出てきた部屋は小屋であった。
草原にポツンと建った小さなログハウス風の平屋建築物だ。
「は? どういうこっちゃ?」
白い法衣の乙女神官モルトがポカンと口を開けて呟いた。
同時に、酒樽体型の割りに小回りを効かすレッドグースが数歩下がって部屋に戻る。
「ははぁ、これはまた」
そして感心気に何度か頷いて、また外に出てきた。
黒い『外套』を着込んだ『魔術師』然とした眼鏡の青年カリストは、すぐ彼の行動を見て問う。
「何か判ったのかい、おやっさん」
「いや判った訳ではないのですがの。まぁ見てみれば良いですな」
言われ、その通りに彼もまた部屋の中を除いて、俄かに笑った。
「これはまた、一転して今風というべきか」
「最近のファンタジーダンジョンにありがちな、理不尽系ですかな」
「おい、2人で分かり合ってないで、教えてくれ。何がどうなった?」
「そうにゃ。オッサン同士の共感シーンとか、美しくないにゃ」
そんなオッサン2人の様子を見て、高校生コンビは不満気に口を尖らせた。
カリストなどは、マーベルの「おっさん」発言に、少しばかりショックを受けたようだが、レッドグースは飄々としたもので、アルトとマーベルを手招きで呼び寄せる。
2人、そしてついでにその後ろからモルトも続き、同様に部屋を覗いて眉を寄せた。
何があったのか。
部屋の真ん中には第2階層から降ってくる階段がデンと鎮座している。
当然、天井があり、そこにぽっかりと開口部があり階段があるわけだ。
だが、外に出るとそれは小屋であり、屋根の上には空しかない。
つまり、中と外で辻褄が合わないのだ。
「ね? 理不尽ダンジョンでしょ?」
何故か得意げなカリストが、両手を広げてそうのたまった。
そうして感心半分、困惑半分とひとしきり感じ入ったところで、アルトはハッと周囲を見渡した。
「なんや、敵か?」
まだ幾分暢気そうにモルトが彼の行動に倣って周りを見る。
だが、見渡す限りに、怪物らしき影は見えなかった。
「ルクス達が、いない」
そう、アルト隊以外に誰もいないのだ。
第2階層の攻略に手を借り、小屋の中の階段を一緒に降りたはずのルクス隊の面々が、どこにも見当たらないのだ。
「神隠しにゃ」
「これは第3階層の探索に出る前に、一度戻った方が良さそうですな」
その意見に異を唱えるものはおらず、アルト隊は小屋の階段から第2階層へと戻ることにした。
そして、階段を登り風景が石造りのダンジョンに戻ると、すぐにルクス隊と出くわすのだった。
「は?」
「は?」
アルト隊、ルクス隊の両者は、互いに視線を交わして困惑気に声を上げる。
「えーと、なに? お前ら階段降りなかったの?」
まずアルトが不思議そうにそう問いた。
「いや、降りたが?」
だが虫形のファルケが即答する。
さらに困惑。そしてしばし沈黙。
各自、黙って状況を整理しているのだ。
一つ、第2階層から2隊が同時に第3階層へと進んだ。
二つ、第3階層では、お互いの隊がいなかった。
三つ、第2階層へ戻って見ると、そこでお互いの隊を発見した。
と、いうことである。
「つまり、第3階層は『インスタンスダンジョン』というヤツなのでしょうな」
「あー、『インスタンスダンジョン』。知ってる知ってる。アレな」
端的にレッドグースが名詞で表すと、どこかぎこちなくアルトが頷いた。
「知らないにゃら無理すんにゃ」
そしてすぐ、マーベルに肘でつつかれ、気まずそうに目を逸らした。
どうやら知ったか振りだったようだった。
「『インスタンスダンジョン』というのはMMORPGなんかでよく見る形式で、隊毎に、即席生成されるダンジョンのことだよ」
「どゆこと?」
TRPGはやるがネトゲはやらない女子大生モルト嬢が首を傾げる。
他のアルト隊メンバーはおおよそ意味を理解しているようではあった。
当然、ルクス隊は空気感を醸し出しつつ、説明に耳を傾けている。
「ええと、つまりね。簡単に言えば隊単位に即席生成されるから、同じダンジョンのようでも内部で他の隊には遭わないんだ」
「ほへー、よー出来とるんやな」
この説明で、モルトもルクス隊も、おおよその意味を納得した。
「『インスタントダンジョン』にゃ」
そして何故か誇らしげなねこ耳童女であった。
「インスタンスは日本語やと実例、実証とかいう意味やったような」
「いやたぶん、プログラム用語が由来じゃないかな。説明しづらいんだけど、設計図を具現化したもの、とかそういう感じの言葉だよ」
「わけわかめにゃ」
カリストによる解説は、結局、マーベルには理解していただけなかったようである。
「言葉の意味はともかく、『インスタンスダンジョン』がどういうものか解ればいいんだよ」
「まぁ、その通りですな」
結果、アルト隊の総意でそうなった。
どうせこのダンジョンが本当に『即席生成』されているのかはわからないのだ。
隊毎にしかアタックできない、と言う現象のみが、現状で判っている全てであり、必要な情報なのである。
さて、迷宮攻略9日目の今日であるが、ここまでは『短槍』を倒しただけであり、時間的にはまだ昼にもなっていない。
なので、アルト隊はここでルクス隊と別れ、再び第3階層へと進む事にした。
「ほな、まずどこ行こか?」
「うーん、それが問題だな」
進む事にしたは良いが、とアルト隊は階段小屋を出たところでまず考え込んだ。
階段小屋から出て正面の先には、遠くに古い街壁の遺構のような物やまばらに立つ木々が見える。
もっとも「そう見える」というだけで、本当に街なのかは行ってみないとわからない。 また、遺構遺跡らしいものは正面だけではない。右にも左にも後ろにも、多少の形は違えど人工物らしきものは見えるのだ。
ここまでのダンジョンと違い、前後左右、どちらにも自由自在に進めるので、むしろどう進むのか迷ってしまう。
「考えたってしょうがにゃい」
「古いCMを知ってますな」
「?」
ふと、マーベルがそんなことを言い出す。
レッドグースとのやり取りはともかく。
迷ったからといって、選択をするための根拠が何かあるわけではないので、彼女の言い分は一理ある。
「じゃぁ棒でも倒して行き先決めるか」
「TRPG的にはダイスを振って決めたいところだね」
とは、アルトとカリストの会話であった。
「ダイスなぁ。宝珠ならあるんやけど」
モルトが顎に人差し指を当てて考える仕草を見せる。
すると、マーベルのベルトポーチから声がした。
「私の事ですか。まぁ私なら内部スペースでダイスくらい振れますが」
それは彼らの元GMたる薄茶色の宝珠氏である。
元GM氏はアルト隊の要請を受け、ダイスを振ることなった。
「ええと、選択肢は前後左右の4つでいいかな」
「ほなら8面ダイスやね。1、2が前。3、4が後ろ。5、6が左。7、8が右。ちゅーところやろか」
早速カリストが進行方向を選定すれば、モルトがサイコロの種類を考える。
「4面ダイスというのもありますぞ」
「え、なにそれ立体として成り立つの?」
まぁ、変則的だが、そういうのもあるのである。
ともかく、そうして元GM氏の内部空間にて、ダイスが振るわれ、結局は正面に見える遺構へと向かう事に相成った。
草原を行く。
ダンジョンの外はまだ肌寒い冬の名残を感じる季節だが、ここはすでに春の陽気であり、歩いていると多少汗ばむくらいですらある。
ただ太陽はない。
空は青いが、雲もひとつとない。
今、目に見えている空は、所詮はダンジョン内に作られた幻想なのだろう。
その割には、不思議と肺を満たす空気には淀んだ気配はなく、むしろ爽やかさすら感じるほどだった。
「この空間には覚えがあるにゃ」
と、唐突にマーベルがねこ耳をピンと立てて言う。
皆一様に「彼女が何に気づいたのか」興味があり、黙って言葉の先を待った。
「あの引きこもりエルフが最初に引きこもっていたところにゃ」
言われ、カリスト以外の面々は「ああ」と頷いた。
アルメニカは500年前に、ここアルセリア島で静かに暮らしていた古エルフ族の生き残りの少女である。
年齢で言うとまさに500歳以上ではあるが、見た目も精神性も少女であるといって過言ではない。
彼女は当時にあった人族によるアルセリア島侵略を機に、自ら設えた歪んだ妖精界に、メイドのリノアと共に引きこもっていた人物だ。
今はその妖精界も解放され、アルメニカ自身はレギ帝国の西にある港湾都市でひっそり引きこもって暮らしている。
ちなみにカリストがその件にピンとこなかったのは、まだキヨタの呪縛に囚われていた時期の事であり、隊にいなかったからだ。
少し説明が長くなったが、つまりこのダインジョン内の野外フィールドは、あれと同じく歪んだ異界である、と、『精霊使い』であるマーベルは感じたのだ。
「なら、あのリンゴの木もあるかな」
「『妖精樹』やったっけ?」
そも、アルト達がその歪んだ妖精界に入ったきっかけは、あるアイテムの材料として、『妖精樹の葉っぱ』を採取に行ったのがきっかけだ。
ともかく、ここがあの『歪んだ妖精界』と同じ様な場所なら、あってもおかしくはない。と言うアルトの発想だった。
まぁ、ただの思いつきであり、有っても無くても今は関係無いのだが。
などと何気ない会話をしている間に歩は進み、遠くに見えていた遺構はかなり大きくなってきた。
それは街というよりは、レンガ造りの平城のようだ。
また、その平城の手前には、林と言うにはまばらに立つ、10数本の木々があった。
「噂をすればナンとやら、ですなぁ」
そしてその木々の正体と言えば、今ちょうど話に出ていた『妖精樹』であった。
実は生っていないが、葉は青々と茂っている。
「まぁ、ついでだし葉っぱを採取しておくか。ハリエットさんが何かに役立てるかもしれないし」
と、気軽に言って、アルトは足元も軽やかに手近な『妖精樹』へと駆け寄った。
駆け寄り、その勢いのままひょいと跳んで幹に取り付き、スルスルと登る。
他のアルト隊の面々はそれを咎めるでもなく、何かほのぼのしいものを見る目で眺めていた。
だが、直後に起こった事件は、とてもほのぼのでは済まなかった。
「ヤバッ!」
アルトが登っていた途中で木を放棄して飛び降り、すぐに駆け戻ってくる。
何が起きたのか、と最初は暢気に首をかしげていた面々も、アルトが近くなるにつれてその原因に気づく。
なぜならその原因が群れを成してアルトの後を追いかけているからだ。
それは蜂だ。
それも大きく細長い、美しささえ感じさせる形状の種である。
スズメバチ、あるいはアシナガバチなどの類種と思われる。
また、先に「大きい」と言ったが、その大きさが尋常ではない。
どれほどかと言えば、体が大人の腕の長さほどもあるのだ。
それが10数匹、激しく羽音を立てて飛来するのだ。
「こわっ!」
思わずモルトは叫び、そして回れ右して一目散に逃げ出した。
当然、他のメンバーも後に続く。
攻撃的な種であるスズメバチ系の蜂に対する恐怖は、怪物に対するそれとは根本的に違う。
現代日本において人を殺しうる虫と言えば、正しくスズメバチの事であり、彼らの深層意識に深く恐怖を刻み付けていたのだ。
走りながら、カリストが叫ぶ。
「アルト君、少しだけでいいから足止めをしてくれ。魔法で一気になぎ払うから!」
「嫌だ!」
だが、アルトの方も即答だった。
あんな巨大な蜂に刺されたら、アナフィラキシーショックどころではなくショック死しそうである。
「ええい、つべこべ言わずやるにゃ!」
業を煮やしたのは高い素早さのおかげで、いつの間にか逃亡集団のトップに躍り出ていたマーベルだ。
彼女は迫力なく怒鳴り、そして立ち止まって振り向いた。
「あ、戦闘フェイズ開始です」
ここで、マーベルのベルトポーチから、そのような宣言が飛んだ。
マーベルが敵に相対したことにより、世界が「これは戦闘である」と判断したのだ。
隊の先頭に立つ、というのを僅かに誇りとしているアルトとしては、このマーベルの行為は言わば『人質』であった。
「おまそれっ! ちぃ『防御専念』だコノヤロウ」
ゆえにアルトも言いたい文句を飲み込んで立ち止まり、背負った大太刀を抜きもせず身構えた。
「それでこそ男の子にゃ。行くにゃ『勇気の精霊』。『アインヘリアル』」
「承認します」
マーベルの言葉に応え、コブシ大のミツバチが空を舞い、黄金の燐粉を振りまく。
勇気の精霊による鼓舞の魔法だ。
仲間に勇気を与え、攻撃に恩恵を、そして回避にペナルティを負う。
「おいィ!」
つまり、今まさに蜂の攻撃をかわしまくろうとしているアルトにとっては災厄であった。
「ドンマイにゃ」
マーベルも今更ながらに気づき、気まずそうに呟いた。
そしてそれを機に、と言うわけでもないが、10数匹の巨大な蜂どもがアルトに襲い掛かる。
前後左右、さらに上から下からと、さすが虫だけあり自由自在だ。
「うおぉっ、オレのライフが、ライフがぁっ!」
蜂のように刺す。蜂のように刺す! いやむしろ蜂だった!
そんな混乱した事を考えながら、アルトはひたすら耐えた。
半分は回避に成功した。
つまり半分は刺されたわけで、レベルの高いアルトにはダメージこそ少なかったが、鋭い針による攻撃は、ダメージ以上にアルトの心のライフを蝕んだ。
「吹き荒れてなぎ払え『ブリザード』!」
「承認します」
そこへ黒の魔導師カリストが『外套』を翻して魔法を放つ。
それは広範囲に戦闘領域に吹き荒れる魔の氷嵐だ。
たちまち緒元魔法『ブリザード』がアルトを囲みいたぶるスズメバチどもを嵐に巻き込んだ。
氷の刃が風と共に何度も回転し、次々と恐怖の昆虫を斬り裂いて叩き落す。
ついでに範囲内に当然いるアルトも斬り裂いた。
そして嵐が過ぎた数秒後には、死屍累々の蜂と、傷だらけで佇む若サムライの姿があった。
「オレの不幸が有頂天だよチクショウ」
最後にそう呟き、アルトはどぅと音を立てて地に伏した。
生きてはいるが、正に満身創痍というべき残骸である。
一難去り、アルト隊は集まって回復魔法などの事後処理を行う。
その時、さらに『妖精樹』の方から、なにやら小さな影が跳んでくるのが目の端に映った。
「また敵にゃ?」
マーベルが尻尾を膨らませてファイティングポーズをとると、従っている『勇気の精霊』もまた、彼女の頭上で羽音を立てる。
だが、今度の飛来者は蜂ではなく、蝶の羽を生やした小さな小さな人型の生き物だった。
大きさで言えば『人形姉妹』と同じくらいだ。
小さいながらに良く整えられた顔。
そして高貴なドレスを纏ったその少女は、アルト隊の前で飛翔の進みを止め、威厳を示すように腕を組んだ。
「よくぞあの蜂どもからわらわを解放してくれた。大儀である」
あまりに居丈高な態度ではあるが、サイズがサイズなだけに可愛らしくもある。
そんな彼女をポカンと見つめ、モルトの魔法で回復を果たしたアルトがおもむろに口を開いた。
「え、どちら様で?」
「うむ、わらわは妖精王国の王女。アンである。よきにはからえ」
どやぁ、と言う音が聞こえてきそうなふんぞり返りっぷりで、そうのたまった。
どうやら、そういうことらしい。




