08キャベツ畑で捕まえた
真なる創造主・ヴァナルガンドは、この世界を自らの餌とする為に創りたもうた。
だが、ヴァナルガンドを仇と見るウォーデン老とその弟子・ハリエットは、アルト隊を伴い、ついにはかの魔狼を追い詰めた。
ウォーデン老とハリエットは、大規模錬金術式『束縛機構』により、ヴァナルガンドを異次元へと閉じ込めようとするが、後一歩のところで邪魔が入る。
ヴァナルガンドの忠実なる僕・ギャリソンだ。
彼は主から授かった世界の創造力の一端を使い、また、『束縛機構』を利用して、ヴァナルガンドが逃げ込む為のダンジョンを創り出したのだ。
迷宮『グレイプニル』の誕生である。
ヴァナルガンドと共に大半の力を失ったウォーデン老に代わり、アルト隊はダンジョンアタックを開始した。
地下2階層では金の扉、銀の扉を同時攻略しなければ先に勧めないと言うギミックに当たり撤退を余儀なくされた。
アルト隊では分隊してしまうと戦力が足りず、同時攻略は不可能なのだ。
そうして拠点へ戻ったアルト隊を待っていたのは、良いタイミングでやって来たアルトの義兄弟たちであった。
「で、みんな何しに来たんだ?」
アルトがそんな話を切り出したのは、着替えを終えて各メンバーが本格的に夕食を始めた頃だった。
客人と言われた4人はすでに軽食を食べていたにも関わらず、夕食に出されたガッツリメニューにも物欲しそうな視線を向けていたので、最終的には同食事を用意してもらっていた。
美味そうに鶏肉のソテーにかぶりつきながら、赤毛の『魔術師』エイリークが答える。
「つーか、こっちはオマエがここに居たことの方が驚きだ。ここは一応、女王陛下の別邸だぞ」
言われ、アルト隊のメンバーの手が止まる。
ここで出た『女王陛下』とは、今、エイリークたちが所属する事となった『リルガ王国』の王の事だ。
王と言ってもまだ幼くて、国の舵取りはほとんど宰相を務めるタケムナという男が行っているらしい。
エイリークの話に寄れば、この建物は女王を含むリルガ王国要人である幼女たちが元住んでいた孤児院だったそうだ。
どうして孤児である幼女たちが国を興したのかなどは、アルト達の知るよしもない。
ともかく、放置された空き家だと思ったら誰かの持ち物だった。
コレだけでもマズイと言うのに、その持ち主がこの地の支配者というのでは、勝手に侵入して利用している事が下手に伝われば、大いにマズイ事になるだろう。
「とは言え、リルガ王国も今は余裕なんか無いからな。手持ちぶたさだった俺たちが様子見を承ってきたって言うわけだ」
「様子見、というと?」
「獣や魔物が住み着く場合もあるから」
「なるほど」
続けて飛蝗怪人ファルケからの説明にカリストが相槌を打った。
「そしたらお前らが住み着いていたと言うわけだ。次は駆除と言う段階なのだが」
と、その後に口を挟んだのは、それまで挨拶しか口にしていなかった長兄ルクスだ。
割といつも難しそうな表情の若者がその様な事を言い出すから、アルトはギョッとして椅子から半分尻を上げる。
が、すぐにルクスは口元だけ歪めた。
「冗談だ」
「冗談かよ」
それを聞きアルトも他のメンバーも、ホッとして食事を再開した。
そういう訳で、その後はこの建物を利用していた言い訳も含む、アルト隊による説明話が始まった。
こうなれば隠し立てする事も無かろう、とアルト達への依頼主であるウォーデン老の言葉もあり、この世界の真なる創造主ヴァナルガンドの話からかいつまんで伝えた。
小一時間もすると食事も説明も一通り終わる。
「ふむ、俄かには信じられんが、嘘を言っている様子も無いか」
ルクスは顎に手をやりながら静かに息を吐く。
向こうのリーダー格はやはり長兄たるルクスなのだろう。各員が無言で彼の顔を伺い見た。
それに気づき、ルクスはすぐに全員に向けて言う。
「最終判断は宰相閣下に任せるしかないだろう。話が大きすぎて俺たちでは手に余る」
「そうだな。正直言って、アルトが関わっているのがびっくりするくらいの話さ。身近すぎて嘘くさいわ」
その言を補うようにと言うか茶化すように、昆虫面のファルケが肩をすくめつつ言い放った。
「オレだって嫌だよこんな案件」
アルトもまた誰に向けてでもなく、そうボヤいた。
「そういう訳で、報告と判断はその様にして貰ったらいいんですけどね、喫緊で少し手伝って欲しいんですがどうでしょう?」
お互いのコメントも終わってしばし沈黙となったところで、そんなことを切り出したのは黒衣の魔導師カリストだった。
アルト隊の面々は、この日のさっきまでいた迷宮内のギミックを思い出し、事の成り行きを見守っている。
つまりは、金と銀の扉の話であり、どちらかの攻略を誰かにしてもらう必要性を感じたわけだ。
この話もまた一通りカリストから説明して協力を求めると、ルクスはメンバーを見回してから頷き、そしてエイリークに向けて顎を杓った。
長兄のサインを正確に読み取り、末弟エイリークが口を開く。
「受けてもいい。だが、俺たちゃ安くは無いぜ」
そう言い、彼は指で小さな輪っかを作った。
すなわち、報酬の催促である。
そこからはエイリークと、スポンサーの片割れであるハリエットの交渉となり、結果的には妥当な価格でルクスたちの単発アルバイトが決まった。
翌日、簡単に打ち合わせを行った後、人形姉妹も含むと総勢10名になるメンバーでダンジョンへと赴いた。
そして2時間もすると、一行は例の扉の前までたどり着く。
ここまでの罠やギミックについてはすでにアルト隊が攻略済みなので、一度ダンジョンを出たことで復活してしまった物の解除などに時間を食うだけなのだ。
「こいつが件の仕掛け扉か。俺たちは打ち合わせどおり、その『盾』と戦えばいいんだな?」
確認とばかりにルクスが言う。
昨晩の打ち合わせではその様に決まっていた。
ルクス側のメンバーは、両手剣使いの『傭兵』ルクス、異形と化して無手での打撃力が尋常ではないファルケ、サムライに順ずるスキルを使いこなす『魔操兵士』のプレツエル。
この3名を前衛に、後衛には『ミスリルの魔導師』エイリークが控えている。
どう見ても火力偏重型の隊だ。
なので、防御力が高く『回復魔法』を使いこなす『命を吹き込まれた盾』にはうってつけと言えた。
本音を言えば、アルトとしては一度倒した『盾』をアルト隊で担当したかったが、ルクス隊はあくまでお手伝いなので、と言うことでこのような陣容となった。
そして各々は背を向けながら、それぞれの扉を同時に開けて飛び込んだ。
そこは10メートル×6メートル程度の、長方形の部屋であった。
向かいにあった銀プレートの扉の部屋と同じ構造だ。
そしてその中央には、怪しい紫のオーラを纏った『短槍』が浮いていた。
『短槍』とは名前の通り短い槍なわけだが、明確に何メートルあるものなのか、と言う定義があるわけではない。
『メリクルリングRPG』では、1~2メートル程度が『短槍』。
それ以上を『長槍』と呼んでいる。
目前の『短槍』はおよそ2メートル弱のものだ。
「いや、アレは『槍』と言うよりは『矛』と呼んだ方が良さそうですな」
そんな『短槍』を眼前にして薀蓄を垂れるのは、中年ドワーフ、レッドグースだ。
「それ、何が違うにゃ?」
問い返すのはねこ耳童女マーベルだが、いつもこうして素直に反応してくれるから、レッドグースとしても解説の甲斐があるというものだ。
「構造上の分類ですな。刃の付け根を刀のように柄で挟み込んで固定するのが『槍』。付け根が筒状で柄を差し込むのが『矛』なのですな。まぁ、用途は同じですが」
と言う事らしい。と、アルト隊の面々は納得して頷いた。
あらためて見れば、その構造は言う通りになっている。
「『矛盾』と言うわけか。ふざけたギミックだ」
それに対し、大太刀『蛍丸』を構え、アルトは苛立ちながら吐き捨てる。
昨日の苦戦した戦闘は結局やり直しとなり無駄に終わったので、矢面に立つアルトとしては憎々しげに思うのも無理は無い。
もっとも、このギミックを解く為の情報収集であったと思えば、あながち無駄だったとも言い切れないのだが。
ともあれ、アルト隊各員は戦闘に入た。
「『ブレイブレッシング』にゃぁ!」
「承認します」
8歳児然としたねこ耳童女に命ぜられ、彼女の傍らから飛び出した『勇気の精霊』が、前衛アルトの周りをグルグルと旋回する。
するとどうだ、アルトが身に纏う金緑色の『ミスリル銀の鎖帷子』が輝きを増し金色へと変わった。
『勇気の精霊』が防具へと祝福を授け、50点分のダメージを無効化する『精霊使い』の魔法だ。
今回は「おそらく剣などの武具が敵だろう」と言う予測は付いていたので、始めから打ち合わせ済みだったのだ。
「よし来い。『槍』だか『矛』だか知らねーが、これで怖いものなんか無いぜ」
調子付き、アルトは中段構えから半歩前に出た。
通称『勇者立ち』の構えである。
そんな挑発じみたアルトの言葉に反応したのか、『短槍』が宙を舞い襲い来る。
どうやら敏捷度的にはマーベルに次ぐ素早さのようだ。
咄嗟、アルトは身を引き締めたが、結果から言えばそれは無駄に終わった。
『短槍』の穂先が一文字にアルトの首筋を薙ぎ、キンという冴えた音が聞こえた気がした。
「あ」
この感覚には覚えがある。
などと考えた次の瞬間、アルトの意識は暗転した。
『リパーウィゼル』同様の一撃必殺のクリティカルだ。
クリティカルが発生すれば『必殺』であるがゆえに、HPやダメージ軽減関係なく即死なのだった。
アルト、2回目の首チョンぱ。通算3度目の『死に戻り』であった。
「|I'M FINISHED!《ヤラレチャッタ》」
例の如くアルトが目覚めると、ダンジョンの門前で初老執事の幽霊がうれしそうにそうのたまった。
「またオマエか」
アルトももうお馴染みの展開なのでため息混じりに半身を起こす。
ちなみにフィニッシュしたのはアルトであり、それに対してギャリソン氏が「I'm」と述べるのはおかしいのではないか、という英訳の問題については、アルトは全く気づいていない。
また、今回は少しばかり事情が違った。
その会話を交わした約10秒後に、今度はモルトが、その後は続々と順番にアルト隊の面々が『地獄の門』の前に現われたのだ。
「全滅したのか」
次々に目覚めた各人も、なんともいえない表情だった。
1時間もすると『盾』に挑んでいたルクス隊が戻った。
「すんません、全滅しました」
「…そうか」
同時攻略ならず、ミッション失敗と言うわけだ。
ルクスはそれ以上何も言わず、今日の探索はここまでとなった。
次の日。
つまり迷宮探索に乗り出して9日目。
金銀の扉へ3度目のアタックだ。
皆で順番にロープでスルスルと縦穴を降り、迷宮入り口である『地獄の門』に来る。
と、そこでアルトはマーベルがこの場に似つかわしくない物体を持っている事に気づいた。
それは瑞々しい薄緑色の丸い物体だ。
「何だそれ」
「キャベツにゃ」
いや、さすがにそれは見て判った。
判ったが解らない。
つまり、なぜダンジョンにキャベツを丸々ひとつ持ってきたのか、と言う話である。
「孤児院の裏手の畑に生えてたにゃ」
まぁそれも判った。
「いやだから、何でキャベツ?」
「採りたてにゃ?」
話が通じないので、さすがのアルトもここで諦める事にした。
さて、そこから前日と同じ様に2時間ほどかけて三度金銀の扉までやって来た。
マーベルの手にしたキャベツは未だ瑞々しい輝きを放っている。
「採りたてとは、凄いもんだな」
ふと、アルトはそんな場違いな感心をキャベツに浴びせるのだった。
そして、各員気合を入れて扉の中へと飛び込む。
ルクス隊が銀プレートの扉、アルト隊が金プレートの扉だ。
すると、アルト隊の眼前には、やはり昨日と同様に怪しい紫のオーラを纏った『短槍』が浮いていた。
「リベンジ行くぜ」
「おうにゃ」
アルトが大太刀『蛍丸』を構えて言えば、応えてマーベルがキャベツを掲げた。
「戦闘フェイズ開始です」
そこで、GMの淡々とした声が上がり、戦いの火蓋が切って落とされた。
最初に動くのは、お馴染み最速童女マーベルだ。
「『木々の精霊』解放。『ドリュアスバインド』にゃ!」
「承認します」
マーベルの命令が淀んだ迷宮の空気に融ける。
すると彼女の手にしたキャベツから、美しい緑髪の乙女がするりと現われた。
『森の乙女』とも呼ばれる『木々の精霊』だ。
そして『木々の精霊』の出現と同時に、マーベルが『短槍』の直下へとキャベツを転がし、『森の乙女』が呼応してキャベツへ寄って息を吹きかけた。
するとどうだ。
直後にキャベツの葉が開きだし、中央から黄色い花が咲く。
そこからの光景はさらに異常だった。
広がった葉が、花を支える茎がスルスルと伸びて、怪しい『短槍』を包み込んだ。
『ドリュアスバインド』は3レベル『精霊魔法』で、『木々の精霊』の力を借り植物を異常成長させ敵を絡め取る魔法だ。
また『プレサモン』は精霊を1種類、使役状態にしておくスキルだ。
精神に関わる精霊の場合は生者がいれば問題ないが、火水風土や今回のような『木々の精霊』の場合、縁あるアイテムを用意して依り代にする必要がある。
「え、『木々の精霊』さんの依り代、キャベツでいいの?」
「朝採りでまだ野菜は生きてるにゃ」
アルトはマーベルのあまりに力強い言い草に、一瞬だけ唖然とした。
「ほな行くで、ふぁいなるおぺれーしょんや!」
そして『盾』との戦いの時と同様に、ここから2ラウンドかけた総攻撃の始まりだ。
とは言え、『矛』は『盾』ほど回避力もHP高くないようで、2ラウンド目の攻撃もそこそこの内に力尽きた。
こうしてようやく、金銀プレートの付いた扉の同時攻略は成ったのであった。
「これで開かなかったらさすがに怒りますぞ」
ルクス隊、アルト隊が勢ぞろいの中、レッドグースがドワーフらしい太い指を器用に動かして正面の両扉を調べる。
「…ふむ、良さそうですな。ではアルト殿、どうぞ」
しばしかかり、罠も鍵も無い事を確かめ、レッドグースはアルトへと場を譲る。
アルトは皆が見守る中、『蛍丸』を構えたままゆっくりと扉を肩で押した。
見えてくるのは小さな部屋。
そして部屋の中央には、第3階層へと続くと思われる下り階段があった。
「ふう、どうやら無事、第2階層の攻略は済んだようだな」
「無事、やったかなぁ」
階段室に敵がいないことを確認し、アルトが額の脂汗を拭いながら呟くと、モルトは肩をすくめながら、そう呟き返した。
確かにアルト隊のメンバーは全員ここに生きて立っているが、すでに最低1回ずつ死んでいるのだ。
無事と言えば無事だが、言い切るのも変な気がした。
「ま、とにかく進むしかないよ」
モヤモヤしつつも、カリストのそんな言葉で気持ちを飲み込み、アルト隊は階段へと向かう。
「俺たちの仕事はここまでだが、せっかくだから第3階層とやらを拝んでから帰るか」
そして、虫形の次兄ファルケが両手を頭の後ろに乗せて暢気に言と、ルクス隊の面々も特に意義は無い様で、階段へと向かうアルト隊の後に続いた。
階段を下りると、そこはこれまでとは少々様子が違った。
これまでの2階層は薄暗い石壁石畳の、古式ゆかしい地下迷宮だった。
比べてそこは、木造床に木造壁であり、天井だけは上層の名残なのか石造りだった。
そして最大の不自然が窓だ。
この部屋には窓があり、そこからはいかにも明るい光が差し込んでいる。
例えるならこの部屋は、まるで外界にポツンと建った小屋か何かの1室のように思われた。
もちろん、部屋を出るための木製ドアもある。
「なんだ、ここ」
呆気にとられ、アルトは何気なく歩を進め、そしてドアに手をかける。
「アルト殿! 危険ですぞ!」
ここまでならドアがあればまずレッドグースが調べ、それからアルトが開ける手はずだったが、あまりの様子変化に気を取られ、アルトはつい、そのまま進んでしまったのだ。
幸いにも罠は無く、木製の扉は抵抗無く開いた。
「え?」
そして扉の向こうにアルトが見たのは、青い空と広大な草原、その向こうに見える森や古い街か何かの遺構であった。