04探索の第一歩
真なる創造主・ヴァナルガンドは、この世界を自らの餌とする為に創りたもうた。
だが、ヴァナルガンドを仇と見るウォーデン老とその弟子・ハリエットは、アルト隊を伴い、ついにはかの魔狼を追い詰めた。
ウォーデン老とハリエットは、大規模錬金術式『束縛機構』により、ヴァナルガンドを異次元へと閉じ込めようとするが、後一歩のところで邪魔が入る。
ヴァナルガンドの忠実なる僕・ギャリソンだ。
彼は主から授かった世界の創造力の一端を使い、また、『束縛機構』を利用して、ヴァナルガンドが逃げ込む為のダンジョンを創り出したのだ。
迷宮『グレイプニル』の誕生である。
ヴァナルガンドと共に大半の力を失ったウォーデン老に代わり、アルト隊によるダンジョンアタックが始まる。
魔狼ヴァナルガンド一行との戦いの翌日。
すなわちアルト隊による迷宮『グレイプニル』侵入初日となるその日は、朝からあいにくの小雨模様であった。
「雨なんて久しぶりにゃ?」
ダンジョン最寄宿泊所として利用している、白い教会風2階家の窓から暗い雲を見上げて、マーベルは嫌そうに自分のねこ耳をペタンと下げる。
「そうだね。この世界は明確に『雨季』と定められている季節以外は、あまり雨が降らないからね」
その背に続くようにやって来た黒衣の魔導師・カリストが首肯した。
彼もまた、猫らしい習性のマーベルと同じくらい、雨に対し憎々しい感情を持っているようだ。
「ベルにゃんは解るんやけど、カリストのにーちゃんも雨苦手なん?」
「これくらいの雨なら傘が無くとも、左程濡れないですぞ」
カリストの表情があまりに嫌そうだったので、食卓の片づけをしていた白衣の乙女神官・モルトや、食後のお茶を嗜んでいた自称『音楽家』・レッドグースが首をかしげた。
対して、カリストは肩をすくめて振り返る。
「小雨や霧雨って、眼鏡に細かい飛沫が付いて煩いんだよね。眼鏡かけてない人には理解できないと思うけど」
「解るナー」
と、その様なカリストの言にシミジミとうなずくのは、金髪混じりのショートカット少女・ハリエットだ。
アルト隊がいる食堂へ今しがた入ってきた彼女は、その手に奇妙な意匠の空き缶のような物を提げていた。
大きさは350mlビール缶程度だが、やけに堅牢そうなガードが多数付いている。
「それ、何にゃ?」
憂鬱な雨から気を移したマーベルが問うと、ハリエットはいつもの営業スマイル然とした笑みを浮かべた。
「『角灯』ダヨ。みんな、灯り持ってないって言うから、徹夜で用意してみたんダ」
一同、それを聞いてゴクリと固唾を飲む。
かの『錬金術師』が夜を徹して、普通の『角灯』を作るわけがないのだ。
「ちなみに、何か特殊な機能でもあるのですかな?」
お互いに冷や汗顔を見合わせて頷き合い、代表してレッドグースが言葉にした。
ハリエットは不思議そうに首を傾げつつ、答えを返す。
「大丈夫ダヨ。おかしな機能は何も無い。ただ、明かりが消えないだけカナ。シャッターが付いてるカラ、暗くしたい時は閉めればいいカナ」
それを聞き、ほぼ全員が揃ってホッとした顔をした。
ただレッドグースを除いては。
「ちなみに突っ込んだ事を訊きますが、燃料は何ですかな?」
「魔法結晶体のクズ欠片ダヨ」
「訊かねば良かった…」
その答えに、レッドグースは食卓にしばし突っ伏した。
「何を心配しているかとんと解らぬでありますが、魔法結晶体は極めてクリーンなエネルギーでありますよ?」
そんなレッドグースを怪訝そうな瞳で見つめつつ、そんな事を呟く人工知能搭載型ゴーレム、ティラミスであった。
そのように朝食後の時を和やかに過ごしていると、食堂とは隣接したキッチンスペースから当隊のリーダーたるサムライ少年・アルトが姿を現した。
すでに金緑色に輝く『ミスリル銀の鎖帷子』を着込んでいるが、その上から質素なエプロンを掛けている。
そう、彼は本日の当番として、朝食後の皿洗いなどをしていたのだ。
「さぁ、飯が終わったら、早速ダンジョンアタックだ。準備はいいか?」
少し張り切り気味にやって来た彼が見たものは、テーブルに突っ伏すレッドグースと、微妙な表情の他の面々だった。
各々、装備を整え、ハリエットからの贈り物である『角灯』を手に、一同は小雨が降り注ぐ中、件の大穴までやって来た。
ハリエットは何やかやと理由をつけて、2階家からの見送りである。
「まずは穴下の門まで、全員でロープ降下だな。順番はどうする?」
「ちゅーかね、昨日の夜に思い出したんやけど、『緒元魔法』には『フリーフォール』ちゅー魔法があるやんか」
アルトが穴のふちで仲間を見回したところで、ふと、恨みがましい目をしたモルトがそんな事を言い出した。
視線の先は『緒元魔法』を使う『魔術師』カリストだ。
『フリーフォール』は、落下速度を操る事が出来る魔法だ。
このような穴を降りる時に使えば、ロープなど無くとも安全に降下することが可能である。
カリストはツイと視線を逸らしながら口を開く。
「いやまぁ、確かにあるけど、これからダンジョンで何があるか判らないし、MPは温存すべきじゃ無いかな?」
「むう、正論やな」
言う事は確かにその通りなので、モルトはぐうの音も出ず、仕方なく先頭切ってロープを降った。
次にマーベルが降り、カリスト、レッドグース、アルトの順で、全員が穴の底へと着いた。
不思議と雨はここまで降り注ぐことは無かった。
穴の底は、昨日アルトが見た通り5メートル四方の正方形の部屋で、床も壁もすべて石造り。
そして北側には、凝った意匠の鉄製大扉がある。
「『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』やったっけ」
『角灯』をかざしつつ大扉を見上げ、そこに書かれたメッセージについてモルトが呟く。
彼女にとっては読めない文字だが、その内容に関しては先日、アルトが述べた通りである。
「ダンテの『神曲』ネタだね。この迷宮を創ったギャリソン氏も、芸が細かいというか何と言うか」
「でも『神曲』は私たちの世界のモノですよね? 果たして、本当にこの迷宮はすべてギャリソン氏の意向で創られているのでしょうか?」
呆れ気味なカリストの言葉にそんな疑問を挟んだのは、マーベルのベルトポーチに収まった薄茶色の宝珠だった。
彼はアルト隊の案内役、TRPGにおいてGMだった者の成れの果てである。
彼の疑問に、アルトもまた小首を傾げる。
「確かに。知識についてもおかしいし、あの短い瞬間に、そんなに凝ったものを創れるものかな? 創れたとしたら、そんな創造、いや想像力豊かな人材がいるなら、そもそもキヨタヒロムとか必要なかったんじゃないか?」
と、アルトの言葉に一同は感心して頷いた。
「アっくんが冴えてるにゃ。おかしいにゃ」
「うっさいわ」
そんなやり取りはともかく。
真なる創造主ヴァナルガンドは、創造する力はあったが、想像力が悲しいほどに欠けていた。
ゆえに、世界の創造の為に『メリクルリングRPG』のメインデザイナーであったキヨタヒロムを利用したのだ。
だからこそ、この世界は『メリクルリングRPG』のルールに縛られた、歪な世界となった。
だが、アルトが言うように、仮にこの迷宮のデザインをしたギャリソンと言う忠臣がいるなら、キヨタの存在は無駄と言う事になりかねない。
「ま、そもそもキヨタ氏とギャリソン氏、どちらが先にヴァ様と出会っていたか、と言う話が欠けているので、いくら話してもどうしようもありませんがな」
結局、肩をすくめるレッドグースのそんな言葉で、各々は迷宮の作者に関する疑問を胸の内に仕舞う事にした。
重要なのはこのダンジョンを攻略する事で、作者を考察する事ではないのだ。
「んじゃ、サクサク行くか」
アルトは一つ大きなため息を付いて仲間を振り返る。
これまで余計なやり取りをしていたせいで、このダンジョンを攻略する前の緊張感など吹き飛んでしまった。
「おっと待ちなされ待ちなされ」
「ん? まだ何かあるのか?」
しかし、先頭を切って扉に手をかけようとしたところで、後続のレッドグースに止められた。
怪訝そうに首を傾げるアルトを他所に、レッドグースは彼を押しのけて扉に取り付く。
「こんな大仰な門にどうかとは思うのですが、やはりダンジョン攻略と言えばこれが基本ですからな」
などと言いながら、レッドグースは扉に耳を当て、後に軽く叩いたり、稼動部を慎重に確認しだす。
「解ったにゃ。『盗賊三点セット』にゃ」
「何だそれ」
そんな中年紳士の背を見ながらマーベルがポンと手を叩き、そしてアルトが胡乱な目を向ける。
答えたのはカリストだった。
「ダンジョン探索で『盗賊』がやる基本のお仕事だね。すなわち『聞き耳』『罠解除』『開錠』の事」
「ああ、なるほど」
これでアルトも納得して頷いた。
そんな会話の間にレッドグースも仕事を終えてアルトへ場を譲る。
「罠も錠も無いようですな。ささ、ここからはアルト殿が先頭でどうぞ」
譲られたアルトは再び先頭で門の前に立ち、おもむろに背負った大太刀『蛍丸』を抜き放つ。
そして構えつつも慎重に、アルトは門を蹴り開けた。
「行儀悪いなぁ」
「そうは言うけど、これもダンジョンの基本だろ?」
苦笑いをもらすモルトに、片眉を上げて振り返りつつ、そう答えるアルトだった。
大扉の向こうには、正面と右、すなわち北と東へ進む通路がある。
道幅は綺麗に約3メートルと揃っており、通路の奥は未だ灯りが届かず、闇に閉ざされていた。
「『角灯』だけじゃ暗いにゃ。『光の精霊』召喚。『ウィスプグリッター』にゃ」
「承認します」
外は雨とは言え、やはり地下の暗さは外に比べるべくも無い。
その暗さに辟易したマーベルは、すぐさま『光の精霊』召喚へと踏み切った。
『ウィスプグリッター』は2レベルの『精霊魔法』であり当然MPも消費するが、そこはカリストと違い我慢しないマーベルであった。
ただ、淡い光がもう一つ増えたところで、やはり通路の先は未だ見えない。
「で、どっちに進む?」
「左手で行くか、右手で行くか。それが問題にゃ」
「どっちでもええがな」
「マップ作成はワタクシにお任せですぞ」
マーベルが言うのは迷路の必勝法として知られる『右手法』または『左手法』のことである。
ようは迷路の壁に沿って迷わずに1周する為の方法なので、右手でも左手でも、途中で変えなければいいのだ。
隊の誰もそれ以上発言しないので、アルトは仕方なしに両通路をしばし眺めてから右へと進むことにした。
その右の通路だが、しばし進むとすぐに突き当たりとなる。
ただ、代わりといっては何だが、突き当たり手前の左壁に扉があった。
ここまでの探索、と言うか、まだ入って数分だが、またすぐ『盗賊』レッドグースの出番である。
「古きよき時代のダンジョンRPGのようですな。これで壁がワイヤーフレームだったら完璧だったでしょうに」
何やら楽しそうなレッドグースだが、その発言は隊の一部だけ、主に高年齢層にのみ首肯された。
「何言ってるのか解んねー」
もちろん、アルトなどは眉を寄せて、そう吐き捨てた。
結局今回の扉も罠や錠は無く、前回同様にアルトが先頭で蹴り開けた。
蹴り開け、その瞬間に空気が変わったのが誰の肌にも感じられた。
「これは、戦闘フェイズの開始です!」
隊内の無機物筆頭、薄茶色の宝珠が叫ぶ。
彼の言うとおり、それは戦闘の開始を意味している。
「敵は! どこだ?」
先頭で大太刀『蛍丸』を中段に構えたアルトは、素早く視線を巡らせた。
『蛍丸』の刀身は淡い燐光を発しているので、『角灯』持ちが後ろにいても戦闘行動に困るほどのことは無い。
だがしかし、敵の姿が一向に見えてこなかった。
扉の向こうはおおよそ10メートル四方の部屋だ。
まだダンジョンが生成されて間もないはずなのに、どこか湿った空気が苔臭い。
「まさかハイド系モンスターか?」
後衛からカリストのそんな声が聞こえ、アルトは頷きながら足音などにも気を配り始める。
しかし、仲間の息遣い以外はとんと聞こえてこなかった。
と、その時、突然、アルトの目の前に何か小さな粒が飛び出した。
そしてそれが何か判別されるより早く、小さな粒は炎に包まれた。
否、その小さな粒が炎を吹いたのだ。
「『炎の息吹』です!」
元GM氏が叫ぶ。
アルト達が敵を見つけられなかったせいもあり、敵側の先制攻撃となったわけだ。
2つの小さな粒から吹き上がった炎がアルトの身を撫でるように焼く。
「ちぃ、うっとおしい」
咄嗟に身をかがめて防御しようとするアルトに、小さな炎によるダメージが入る。
具体的に言えばそれぞれ1点ずつ。計2点のダメージだ。
「こんな攻撃、屁でもねぇ!」
アルトはすかさず反撃に入ろうと『蛍丸』を振りかざそうとするが、その身は途端に何かの強制力によりピタリと止まる。
その強制力とは、この世界のシステムだ。
この世界においての戦闘とはラウンド制バトルであり、この先制攻撃を受けた10秒間は、アルト達に行動権が無いのである。
そして2ラウンド目となり、各自はやっと行動が出来るようになる。
先頭打者はもちろんこの人だ。
「召喚済みの『光の精霊』をぶつけるにゃ。行くにゃ!」
「承認します」
先に灯りの足しにと使われていた『精霊魔法』『ウィスプグリッター』の使用目的は何も明り取りだけにあらず。
もちろん1時間の持続時間内なら灯りとして活用できるが、その間に浮遊する『光の精霊』へと命ずれば、敵へ特攻してダメージを与える事も出来るのだ。
ただしこれをさせると『光の精霊』は特攻後に精霊界へと帰還するので、灯りが欲しければ再度魔法を行使する必要があるのだが。
さて、命じられた『光の精霊』が飛翔する。
「やー」
何やら小さなかわいらしい声をあげ、『光の精霊』は小さな粒の一つと衝突してはじけた。
「ギッ」
ジュッという焼けるような音と共に、鳴き声だろうか、そんな声のような何かが上がって、小さな粒の一つは墜落を果たす。
だが、今はまだそれが何かを確認するような暇は無い。
すぐに、残った小さな粒が再びアルトへと『炎の息吹』を浴びせかけた。
「また1ダメージか。大したこと無いけど、蓄積すると面倒だな」
「ウチらは行動温存するから、アル君やっちゃって」
「よっしゃ」
小さなダメージを受けつつも、後衛からのそんな言葉を受けてアルトは『蛍丸』を八相に構えなおす。
室内とは言え、ここは天井も高く大太刀を振り回すだけのスペースはある。
アルトは一呼吸だけ集中に費やし、そして一気に振り下ろす。
生き残った小さな粒は、難なく一刀の元に真っ二つにされた。
戦闘の終了である。
「ふう。始めはちょっとビビッたけど大したこと無かったな」
アルトは残心後に『蛍丸』を背の鞘に収め、額の汗を拭う。
拭いながらも、興味深げに、地に落ちた小さな粒の死骸に視線をやった。
もちろん、アルト隊のほかの面々もまた除きこむ。
そこには、『光の精霊』に焼かれたものと、真っ二つにされたもの、2つの金貨が落ちていた。
「この金貨がさっきの怪物やったん?」
モルトが不可思議そうに首をかしげ、マーベルが恐る恐る、と言う態で片方の金貨をひっくり返した。
金貨の裏には、昆虫のような節くれだった足が8本生えていた。
「うわ、キモイにゃ」
「GM、『ズールジー』使うよ」
「承認します」
と、そこでカリストが『学者』のスキルを宣言し、しばしのロール時間が過ぎ、そして知識がカリストへと流れ込む。
「ふむふむ。確定名『這い寄る金貨』。HP1点、『炎の息吹』ダメージ固定1点か。これ、ルールブックにはない怪物だよね?」
「そうですね。10周年で発売したはずの追加ルールにもありません」
「すると、このダンジョンのオリジナルモンスターというわけですな」
メリクルリングRPGのルールブックを熟読している層がその様に会話を繰り広げると、アルトやマーベルなどのライト層は不思議そうに首をかしげた。
「そんな事ってあるのか?」
「あるのですよ」
そんな端的な疑問は、すぐに元GMにより肯定された。
そもそも、TRPGのルールブックと言う物は絶対ではない。
この世界の特殊性から、その絶対性が高まってはいるが、おおよそは遊ぶ側によって解釈されたり、グループによるローカルルールが制定される物である。
怪物等は際たるもので、GMがシナリオの都合でオリジナルモンスターを作成するなど、それこそ日常茶飯事なのだ。
「と言うか、ですな。この『這い寄る金貨』とやら、おそらく有名RPGのパクリモンスターですぞ」
「ああ、アレか。するとやはり、このダンジョンのデザイナーはキヨタ氏で確定かな。ギャリソン氏が僕らの世界から来た古参ゲーマー、という事がない限りは」
「そうですね」
そういう経緯で、彼らの中ではその様に結論付けられることと、相成った。
「ところで、アレなんやけど」
と、そんな益体も無い戦闘後の会話を続けていると、モルトが会話の輪の外を指差して呟いた。
みな、その指示に従って視線を向ける。
そこには、いつの間にか現われた宝箱が鎮座していた。
そう、それは誰が見ても答えを1とするほどに紛れも無い宝箱だった。
怪物を倒した途端に、忽然と現われたのだ。
「こんな演出。絶対キヨタ氏だ。間違いない」
カリストは半眼を晒しつつ、そうのたまった。
探索始めなのでゆっくり進行ですが、次第にテンポを早くしたいですね。
そうしないと、いつまでも話が進まない。




