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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#10_ぼくらのダンジョン生活(最終章)

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03迷宮グレイプニル

 真なる創造主にして破壊の魔狼ヴァナルガンドは、初老執事ギャリソンの命を賭した創造によって出来た大穴に逃げ込んだ。

 アルト隊は「それを追ってくれ」と頼まれたはいいが、と、ねこ耳童女マーベルは仲間たちを見回す。

「とりあえず、どうするにゃ?」

 力尽きて気を失ったウォーデン老。

 片ヒザを付いて老師匠を支える錬金少女ハリエットは、未だ『束縛機構(グレイプニル)』とやらのせいか微妙にいつもと違う正気の無い状態だ。

 いや、いつもが何かおかしいキャラなので、これが正気と言われればそれまでだが。

「ハリエットさん、ウォーデン老の様態はどうですか?」

「能力の98%を喪失した状態です。全盛期の力を取り戻すのは不可能でしょう。30%まで回復するのも、数年は必要かと」

 黒い『外套(マント)』の合いを寒そうに寄せたカリストの問いに、ハリエットはきりりとした顔で答える。

 いつもの眼鏡は『束縛機構(グレイプニル)』発動と同時に吹き飛んだので今は無く、表情と合わせて何か変な感じだ。

「『ハリーさんと呼んで』と言わない、だと?」

 そんなアルトたちの余計なドヨメキはともかく、カリストはあごをひと撫でして言葉を言い換えた。

「命に別状は無い、って事かな?」

「現状維持なら永の眠りにつく危機はありません」

 現状維持なら、と言う事は、再び襲撃があったら問題、と言う事でもあるのだろう。

「ひとまず、あそこに避難しましょうぞ。この大穴を探索するにしても、ベースキャンプが必要でしょう」

 そこのあたりを察したのだろう。

 酒樽紳士レッドグースが、少し離れた位置にある白い2階家を指差した。

 魔狼ヴァナルガンドが潜んでいた建物だ。

 地中海の風光明媚な土地に建った白い教会、と言えばしっくり来る例えだろう。

 ただ、その正門の大扉が枠ごと吹き飛んでいて、とても観光地にできる物ではないだろう。

 それはヴァナルガンドが飛び出した時に壊れた箇所だ。

「あのでかいワンコ、どっから入ったんやろ」

「謎にゃ」

 白い法衣のモルトがポソリと発した問いに、マーベルは一言もらして首を振った。



 入り口はともかく、白い教会風の建物の中は古いながらも良く手入れされていた。

 大小の魔狼が潜んでいたのだから、たいそう獣臭いのだろう、と警戒していただけに拍子抜けである。

 すでに亡きギャリソンと言う初老執事が、よほどやり手だったのだろうか。

「ここはどういう由来の場所なんだろうな?」

 しばし内部を探索し、アルトが不思議そうに首をかしげる。

 外見は教会風と言ったが、別に十字架が掛かっているわけではない。

 内部は1階に食堂らしい広間、2階に寝室が数部屋あるだけの、こじんまりとした建物だ。

 そんないくつかの寝室のうち、1部屋を除いて、どれもベッドが子供サイズで、また、食堂広間もテーブル以外の場所におもちゃや柔らかいマットが敷かれたキッズスペースがあり、まるで内部は幼稚園か保育園と言っても通りそうな様相である。

 そもそも人里は慣れたこんな場所で、いったい誰の子供を預かるのか。

「謎ではありますが今は無人のようですし、まぁありがたく使わせてもらいましょう」

 ただ、このカリストの一言で、各人はこの建物についての詮索をやめることにした。

 ひとまず、まだ目覚めないウォーデン老を唯一の大人用寝室のベッドへ寝かせる。

「看病はハリエットさんに任せてよろしいですな?」

「『束縛機構(グレイプニル)』モードが解除されます」

 と、レッドグースの問いに、まったく答えになっていない言葉が返ってきた。

 これには一同、ギョッとして彼女へ視線を集める。

 すると、その直後にプシューという音でも立てそうな感じでハリエットの表情が和らいだ。

 いつもの営業スマイルだが、若干疲労が混じっている。

「はー『束縛機構(グレイプニル)』を使うと、ホント、疲れるネェ」

 そんな様子に、一同の緊張感も途端に吹き飛んだ。

 眼鏡はかけていないが、これはいつものハリエットだ。

 本人もその事に気付いたのか、「おっと、メガネメガネ」などと言いながらワザとらしく床を探す始末だ。

「眼鏡もそうだけど、一度、大穴まで戻ってちょっと調べようか」

「そうですね」

 ホッと一息ついたところでカリストがそう提案し、アルトを筆頭にした一同は肩をすくめながら首肯した。



 結局、眼鏡を探す必要もあり、寝室にはウォーデン老を一人残して全員で大穴の位置まで戻った。

 さて、大穴がある場所の周りと言えば、芝のような背の低い雑草が薄く広がる中、あちこちが雷撃や大雹によって焦げたり抉れたりしている。

 そんな地面の一部に、直径5メートルはあるだろう穴がぽっかりと開いているのだ。

 初老執事ギャリソンが開け、魔狼ヴァナルガンドが逃げ込んだ大穴だ。

「どれくらいの深さがあるんだ?」

「『松明(トーチ)』でも落としてみるにゃ?」

「中に原油でも湧いとったら地獄やで」

「確かに。油田火災など、一度火が付いたら延々と燃え続けますからな」

 淵から恐る恐る覗き込みつつ、アルト達はそんな会話を交わす。

 だが、ただ一人、そんな彼らを後ろから眺めていたカリストが、自らの眼鏡をクイと上げてドヤ顔を晒す。

「君たち、そうは言うが誰か『松明(トーチ)』を持っているのかい?」

「あ」

 言われて、皆一様に声を上げた。

「そういやオレたち、ダンジョンってあまり入ってないものな」

「にゅ? あまり? ダンジョンなんか入ったこと、あったかにゃ?」

「ほら、アレや。ティラミスに遭ったあの遺跡はダンジョン言うてええんちゃう?」

「今やもう懐かしいね。僕、いやキヨタ氏と戦ったあそこだね」

「キヨタ氏と言えば、氏との最終決戦だった『理力の塔』もダンジョンですな」

 昔のファンタジーRPGと言えば、ダンジョンがすべてだったといえる。

 だが、いつからか、冒険の舞台はダンジョンのみならず、ドラマを求めて街へ、フィールドへと広がって行った。

 結果、ダンジョンアタックの機会は減ったと言ってもいい。

 特にTRPGでは顕著だった。

 そんな世相を反映するかのように、アルト隊もまた、あまりダンジョンアタックの経験は少ない。

 ゆえに『角灯(ランタン)』も『松明(トーチ)』も、誰も持っていなかった。

「おお、ダンジョンと言えば10フィート棒も必要ですな」

「もう、それはええわ」


 ともかく。

 まだ眼鏡を探しているハリエットはさておき、まずは大き目の石を括りつけたロープを穴に降ろしてみる事にする。

 ロープはちゃんとレッドグースが持っていた。

「『音楽家(ミュージシャン)』のたしなみですからな」

「いや『盗賊(スカウト)』の方だろ」

 手っ取り早く結論から言うと、底まで約10メートルであった。

 レッドグースのロープ長ギリギリである。

 たかが10メートルと言えど、平行距離と高さでは、同じ距離でも感じ方が変わってくる。

 高さが10メートルと言うと、ちょうど3、4階建ビルの屋上くらいの高さだ。

 それを聞いて一同は、ウォーデン老の眠る白い2階家を振り「アレより高いのか」と固唾を呑む。

 すると、白い2階家と彼らの間には、やっと眼鏡を見つけて装着したハリエット女史が立ちはだかった。

 壊れかけの眼鏡をクイと上げて、ハリエットはニヤリと笑う。

「底がスタート地点なのダネ。ようこそ『迷宮グレイプニル』へ、と言うところカナ」

「え、あの人狼が創ったんだから『迷宮ギャリソン』とかじゃないの?」

「まぁそれでもいいケド。あの執事君、『束縛機構(グレイプニル)』のエネルギーを吸い取りながら一部を応用改変しているんだヨネ。だから、このダンジョン自体が『束縛機構(グレイプニル)』と言えないこともナイ」

「そうかにゃ?」

「そうかも」

「あとネ、『束縛機構(グレイプニル)』の目的は、ヴァナルガンドを繋ぎ止める事。だからこの迷宮もその目的を果たしている。と言えるんじゃ無いカナ」

 酷いこじ付けである。

 そんなハリエットの説明に、何か釈然としないまでも頷くアルトとマーベルだった。

「ひとまず、底の状態を確認して、本格的な探索は明日からが良いと思うんだけど、どうだいアルト君」

 『回復魔法(キュアライズ)』により傷は癒えているとは言え、初老執事風人狼のギャリソンとの戦闘によりアルト隊の全員はヘトヘトだった。

 故にカリストはそう提案し、決定アルトへと投げた。

「え、オレ?」

「アっくん、一応リーダーにゃ」

「一応言うなし」

 投げられたアルトと言えば一瞬うろたえはしたが、マーベルに突っ込まれておのれを取り戻す。

「コホン。じゃぁ、その様にしよう」

 一度咳払いをして場を取り繕い、皆を見回してその様になった。


「『マギライト』」

 漆黒の『魔術師(メイジ)』カリストが、銀の指輪を嵌めた手の平をアルトの頭へとかざす。

 狙いは彼が額に巻いた『鉢金』だ。

 『鉢金』とは鉢巻の額部分に金属板を取り付けた簡易防具である。

 途端に、魔法の力が集まったかと思うと、『鉢金』の金属板が煌々と光を放った。

 初歩的な『緒元魔法』の一つである。

 『マギライト』は特定の無機物に、2時間持続する魔法の明かりを灯す魔法だ。

 ちなみにこの『鉢金』、以前にモルトが手ずから縫った物であり、彼女曰く「何となく気分出るやろ」と言う代物だ。

 システム的に言うと防御力は無い。

「よし、降りるか。援護よろしく」

「おっけー」

「任せるにゃ」

 まるでヘッドライトよろしく照る額の明かりを確認し、アルトは仲間達を振り返る。

 軽い感じで返事を戻すのは、モルトとマーベルだ。

 そんな様子に緊張気味に頷いたアルトは、いよいよ意を決して、大穴にかけられたロープを降りる。

 これが『盗賊(スカウト)』であれば『登攀』と言う基本スキルでスルスルと行くところだが、アルトはメインに『傭兵(ファイター)』、サブに『学者(ワイズマン)』と言う『職業(クラス)』構成なので、多少ぎこちない。

 まぁ、スキルの補正がないと言うだけで、普通の運動能力と腕力があれば、ロープの上り下りが出来ないという事はない。

 それでも小学生の頃に遊んだ『昇り棒』よりは難しく、アルトは慎重にゆっくりと降りていった。

 アルトが降りるにしたがって、『マギライト』を帯びた『鉢金』の明かりが次第に穴底を照らしていく。

 やがてロープの端から1メートルほど下に地面が見た。

 10メートルのロープで10メートル降りようとすれば、上部でロープ固定する分、足りなくなるのでこれは仕方ない。

 アルトは軽く飛び降りて底へ到達した。

「ふむ?」

 底へ降り立ち、ロープに集中していた意識がやっと穴の床、そして壁へと移り、アルトは怪訝そうに首をかしげる。

「アル君、下の様子はどうやー?」

 と、ちょうどその時、頭上からモルトの声が降り注ぐ。

 アルトはしばし考えて周囲の状況をそのまま口にする事にした。

「広さは穴の入り口と同じくらいですが、ここは正方形です。床は石畳状、壁も石のブロックを積み上げた様に整えられています。北に、鉄製? とにかく大仰な扉、いや門が一つあります。扉には、えーと、何か文字が書いてあるな」

 これを聞き、様子を頭に浮かべて仲間たちもまたアルト同様に怪訝そうな表情を浮かべた。

 穴の入り口はいかにも突貫で穿つだけ穿った自然土であるのに、降りてみるとそこは明らかな人工建造物然としている。

 だが後ろでアルト隊の様子を見ていた金髪混じりの錬金少女ハリエットは、ニコニコとした表情で言葉を投げかける。

「何もおかしくは無いカナ。これはあの人狼が『創造力』を使って作り出した『迷宮(ダンジョン)』なのだからネ」

 そういうものなのか? と疑問に思わなくも無いが、現物がある以上は、納得せざるを得ないだろう。

「ともかく、これは合理性とか常識で考えてはいけないのかも知れないね」

 一つため息を漏らし、カリストはそう呟くのだった。

「扉の文字はなんて書いてあるにゃ?」

「待ってくれ、すぐ読んでみるから。GM、スキル『言語学』を使用する」

「承認します」

 『学者(ワイズマン)』のスキル『言語学』は、成功すればあらゆる未習得言語で会話したり、文字を解読することが出来る。

 過去にアルトが、(パーティ)メンバーに強いられて取得したスキルだ。

「『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』か。ビビらせやがる」

「『地獄の門』という訳ですな」

 いよいよ明日から、アルト隊によるダンジョンアタックが開始される。

ウォーデン老の様態は「状態異常」では無く「能力喪失」なので『エリクシル服用液』では回復しません。

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