12それぞれの意気込み
第9章のここまでのあらすじ
タキシン王国の内戦において、アルト隊は『王太子派軍』の協力者として参戦することとなった。
『王太子派軍』は王太子下のタキシン王国軍とレギ帝国からの派遣軍の混成軍だ。
病に臥せっているタキシン王の為の薬を研究することになったハリエットたちを首都タキシン市へ残し、アルトたちは戦場へと向かう。
ところが『エルデ平原会戦』『ロイデ山攻略戦』と、負けるはずの無い戦に『王太子派軍』は立て続けで敗北した。
また、その敗戦により、『王太子派軍』は多数の王国兵と総司令である騎士団長ハーラスを永遠に失い、首都タキシン市へと戻った。
そして王城へと戦の報告へと赴いた代理司令官である帝国軍ジャム大佐は、新たな作戦を申し渡される。
その作戦とは、本隊にて『ロイデ山』の敵を引きつけつつ、アルト隊による敵本拠地『ロシアード市』にて敵首脳を討つというものであった。
『エルデ平原会戦』および『ロイデ山地攻略戦』の敗戦で首都タキシン市へ戻った『王太子派軍』は、ひとまず市外にて陣を張って待機していた。
いつもであれば帰ってきた軍勢は、勝敗を別にしてひとまず解散となるところだったのだが、ハーラス団長に変わって仮に司令官となったジャム大佐は他国人であり、「勝手なことはせずに指示を仰ぐほうが良かろう」という判断があったからだ。
そのジャム大佐は半日前に王城へと報告へ向かっており、現在はそれぞれが規律を守りつつ、ひと時の休息を取っているところだ。
アルト隊もそんな市外の陣にいた。
「今回は一緒に行かなくて良かったのですかな?」
いくつも張られた休息用のタープとテーブルのひとつに陣取ったアルト隊の中で、そう問いを上げたのは酒樽紳士の異名を欲しい侭にする、ドワーフ音楽家・レッドグースだ。
一緒に、とは帝国軍ジャム大佐と、と言う意味である。
訊ねられた少年サムライ・アルトは着苦しい『ミスリル銀の鎖帷子』をはずしながら、嫌そうな顔を中年ドワーフに向けた。
「良いに決まってる。なんで一介の冒険者がそんな大仰な場に行かなくちゃならないんだよ」
アルトのそんな不満気な言葉に、一同は揃って頷く。
そもそもが彼の言う通りなのだ。
会戦前の軍議において、実力が高いとはいえ冒険者風情を参加させるのが間違いである。
冒険者とは、呼び名こそ勇ましく格好いいが、所詮は世間からはみ出したアウトローでしかない。
「そやなぁ。あんまり深入りすると、内戦終わっても離れられんかもしれんし。別に仕官するつもりはないんやろ?」
白い法衣を纏った乙女・モルトの言葉に、またもや一同は揃って頷く。
冒険者にはさまざまな『末路』をたどる者がいる。
多くは危険の中で命を落とすが、財を成す者もいれば、街の名士になる者もいる。
そんな中には実力を買われて、国や貴族に仕官する者も少なくは無い。
だが、アルト隊の面々は、今のところ誰もそういった望みを持っていなかった。
特に安定している帝国ならいざ知らず、混乱続くニューガルズ公国や、内乱中のタキシン王国では、仕官しても面倒ごとしか想像できない。
それに、と、ねこ耳童女マーベルが口を開く。
「就職にゃんかしたら、アっくんの用事が出来なくなるにゃ?」
これもまた彼らの意識にある本音であった。
アルトの用事、とは、彼の傭兵団時代の義兄弟であるエイリークに関わる話である。
彼は今、『リルガ王国』と言う都市国家にいるらしく、アルト隊もまたそこを目指しているところだ。
「用事か。はぁ、エイリークの奴、何してんだろ」
レギ帝国にいたアルトの元に始めに届けられた赤毛の少年魔導師エイリークの手紙は、『養父の情報を入手したからタキシン王国で自分に合流せよ』と言うものだったが、後に受け取ったのは『リルガ王国で待つ』だ。
時間の経過で状況が変化したのだろう、とは容易に想像できるが、かといって説明不足過ぎて判らない事だらけだった。
ちなみに『リルガ王国』とは、ここ『タキシン王国』のある半島の先に現れた新興の都市国家だそうだ。
そこに行くのが、とりあえず『アルトの用事』と言うことになる。
「ただまぁ、そこに行く為にもタキシン王国の内乱が邪魔なんだよね。だから『王太子派軍』に協力してるのだけど」
「国の大事を『邪魔』の一言で済ますのも、豪気ですなぁ」
などと『漆黒の外套』を纏った『魔術師』カリストが肩をすくめて言えば、皆同様にため息をついた。
「そういや、アレはなんやったの?」
話が堂々巡りになりそうだったので、モルトは話題転換にと、そう疑問符を上げた。
「アレってなんにゃ?」
ただ内容が語られていなかったので、すぐにマーベルがねこ耳をちょこんと横に揺らして首を傾げる。
モルトはすぐに頷いて続きを話し始めた。
「アレや。『アル君怒りの大暴走』のことや」
「あー」
先の『ロイデ山地攻略戦』においてアルト隊は『空飛ぶ庭箒』を利用した爆撃任務に当たったのだが、そこで敵将ベルガーを見たアルトが激昂し、あまつさえ突撃を敢行しようとしたのだ。
「アレか。オレにも何でああなったか解らないんだ」
「解らない。『ついカッとなってやった』って事かな?」
そんな回答に一同は釈然としない風に首をかしげ、カリストは少しばかり茶化すように訊ねる。
アルトは言葉を探す様にしばし沈黙してから、改めて口を開いた。
「正確に言うと理由はわかる。『この世界』でのオレ。つまり傭兵団で育った『アルト・ライナー』の気持ちが先行したんだ」
この話には頷くものと、やはり首を傾げるものに分かれた。
と言うか、頷いたのは意外にもマーベル一人だ。
「あの時はオレがオレじゃなかった。今迄も『アルト・ライナー』の幼少の記憶が流れ込んできたり、感情が揺さぶられることはあったけど、あんな風に主導を取られたのは初めてだ」
この時、アルトの心を支配していたのは恐怖だ。
日本で生まれ育った記憶が名前以外で消えた、と言う自覚は無いが、一部、薄れているような気もするし、逆に『アルト・ライナー』の記憶は、多く流れ込んできている。
このままでは今自覚している自分は消え去り、いつしか完全にこの世界で生まれ育った『アルト・ライナー』になってしまうのではないか、と言う漠然とした不安から来る恐怖だ。
「解るにゃぁ。アタシも最近、猫っぽい行動が増えた気がするにゃ」
「そういうの、ウチはないなぁ」
「ワタクシもありませんな」
何度も頷いて賛同するのはマーベルのみ。後は皆、首を横に振るばかりだ。
そこへ、ふと沈考していたカリストが顔を上げる。
「その症状は、キャラ作成時に、どれだけ『キャラ設定』を明確に、または自分とはかけ離れたイメージを持っていたかに左右されているんじゃないかな?」
「ああ、なるほど。心当たりがありますな」
このカリストの考察と呼ぶにはあまりにも材料がなさ過ぎる意見は、それでもモルトやレッドグースにすんなり理解された。
「アタシは別に設定とか考えてなかったにゃ?」
「その代わり、容姿が向こうとではかけ離れてるね」
「おお、にゃるほど」
言われてみれば、とマーベルは自分の胸をペタペタと押さえた。
このメンバーは『メリクルリングRPG』で遊ぼうと集まったあの日以前は、互いに顔を合わせたことの無かったのだが、それでもマーベルの変化は皆が明確に憶えている。
日本でのマーベルは女子高生で、年齢平均からすれば少し小柄かもしれないが、それでも小学生と見間違えることは絶対にない。
おまけに髪は間違いなく黒髪だった。
対して今はと言えば、見紛うことなく女児然とした姿であり、ねこ耳にしっぽ、そして髪は美しい金色だ。
つまりカリストの言うところの『自分とはかけ離れたイメージ』と言うことになる。
「どうかなこの話、GMはどう見る?」
「いえ、さすがにそれはGMの司ることの出来る範疇を越えています。私では正しいのかどうか判りません」
この世界のあらゆることを知っている、または情報にアクセスできるGMだが、さすがにこれは知る由もない。
つまり、アルトやマーベルの行く末は、誰にもわからないということだ。
とは言え、その理屈で納得してしまったアルトとしては、もういつ自分が消えてしまうのかという不安が、次から次へと襲ってくる。
比べて、マーベルは泰然としたものだ。
「マーベルは何でそんなに平然としていられるんだ?」
自分と同じ立場なのに、と、少しばかり妬ましく思いつつも、アルトは縋る様にねこ耳童女に視線を向けた。
マーベルは何事でもない、と言った風でわざとらしく肩をすくめて見せた。
「考えてもどうしようも無い事は、考えたってどうししようも無いにゃ」
その、あまりにもあんまりな答えに、アルトだけでなく、一同は皆、目を点にして、その後、盛大に頷いた。
「そうだよな。なぜこうなったか理屈も確定していないのに、怯えてたって仕方ない。マーベルにしては良いこと言うじゃないか」
完全に不安が拭える訳ではないが、それでもいくらか心が軽くなり、虚勢を張れるだけの元気は戻ってきた。
アルトは震える手をギュッと握り、すぐにマーベルの頭をガシガシと撫でた。
「やーめーるーにゃー」
マーベルの表情は、いくらか嫌そうだが、満更でもなさそうだった。
そんな和やかとは言いがたい話題を終え、何てこと無い世間話に移りしばらくすると、王城へ行っていたジャム大佐たちが戻ってきた。
『たち』と言うのはジャム大佐だけでなく、他にも後方支援担当の長・メイプル男爵や護衛の為についていた数名の帝国騎士もいるからだ。
また、彼ら帝国軍以外にも、数名のタキシン王国人が同行していた。
その筆頭は白磁の様な肌を持つ少年魔導師・カインだ。
『王太子の参謀』閣下が一緒、と言うところにいくらかのキナ臭さを感じつつも、アルト隊の面々はこちらに向かってくるジャム大佐一行に一応の敬意を示し、各々が腰掛に使っていた折り畳みの簡易床几から立ち上がった。
「ずいぶんと報告に時間がかかったようですね、大佐殿?」
まず、そう声をかけたのはカリストだった。
ジャム大佐は少しばかり憂鬱そうなため息で応え、立ち上がったアルト隊に『座るように』と手で示し、自らもまた手近な床几に腰を下ろした。
すかさず、担当の帝国軍人がジャム大佐を始めとした各々に白湯を配る。
「まったく、帝国と違いこちらは寒くてかなわん」
白湯から立ち上る湯気を愛おしそうに頬に当てから、ジャム大佐は極上の茶を喫するかの様にすする。
台詞はいかにも雑談だが、まっすぐこちらにやってきたことからしても、何か厄介ごとを持って来たに違いない。
アルト隊の面々は幾分表情をしかめて、誰からか次の言葉が出てくるのを待った。
「今後の作戦と陣容が決まった。まず『王太子派軍』の指揮は、このまま俺が執ることになった」
まず、そんな話が飛び出した。
アルト隊も、たまたま言葉が耳に入った兵士たちも、驚きの顔を隠せない。
『王太子派軍』はタキシン王国の正規軍だ。
実際には大半をレギ帝国からの援軍が占めているが、それでも体裁と言うのは大事である。
これまでは王国側の国人が総司令官の任を請け負っていたので、そうした体裁も辛うじて取り繕えていた。
だがここで帝国騎士のジャム大佐がその任についてしまっては、もう『タキシン王国正規軍』と言うにはあまりにも外聞が悪い。
だからこそ、ハーラス団長亡き今、継いでまた次席の騎士なり、武官寄りの高官がその地位に着くと誰もが思っていたのだ。
ゆえの驚きである。
「それでよろしいのですかな?」
そんな驚きと疑問を抱えた者たちを代表するように、レッドグースが問う。
問いが端的過ぎるが、それでもその言葉の孕む内容は、殆どのものが理解していたので問題にならなかった。
いかにも建前や形式を重視しない王太子アムロド殿下らしい采配とも言える。
だがそれにしても呆れるほど思い切った人事だ。
さすがにアムロド殿下の意に近い者が残っているとは言え、反発も少なくなかったのではないだろうか。
ジャム大佐が難しい顔で押し黙ると、代わって白磁の少年カインが答えた。
「要するに我が陣営に、もうこの規模の指揮を執れる人材がいない。いないなら仕方の無いことだ」
誰もが「ああ」と声をもらした。
すでに前任者のハーラス団長ですら繰り上がり人事であり、適任者とは言いがたい若者だった。
そこへ来てこの度の痛い敗北ではいたしかたがないのかも知れない。
と、誰もが納得してしまったのだ。
ただ、これではもう帝国の属国と言われても反論できないではないか、と数少なくなった王国兵たちは少しばかり暗鬱な気持ちになった。
あえて、なのか、元々そういう性質なのか、カインはそんな周囲の雰囲気など知った風でもなく、スッと右手を上げた。
すると付き従っていた数人の王国兵が、周りで聞き耳を立てていたその他の兵や騎士達を丁寧に追い払う。
人払いの合図だったのだろう。
「では作戦を告げる」
充分な空間ができたのを見計らい、カインは静かに口を開いた。
「軍主力集団で再び『ロイデ山地』を攻める。ただこれは防御にウエイトを置き、必ずしも攻め落とす必要は無い。そしてその隙に、少数の精鋭部隊が反乱軍本拠地である『ロシアード市』に潜入、敵首脳を叩く」
「なるほど、首狩り作戦ということですな。して、その精鋭部隊とはいずこに?」
薄々わかっていながらも、白々しく髭を撫で付けながらレッドグースが問う。
カインはそのまま淡々と目をカッと見開き、アルトの相貌に視線を注いだ。
「拠点進入部隊の任は、アルト隊に負って貰う」
迫力に押され、かつ、言われたことが脳に染み入るまでしばしの時間がかかったアルトは、俄かに頭を抱えてうずくまった。
「何でこうなるかなぁ」
「これも『探偵効果』にゃ。諦めるにゃ」
何の慰めにもならないマーベルの言葉に、アルトは一段と肩を落とすだけだった。
これまでの流れからも、「まぁそうなるわな」と納得しかけた各々だったが、ここで敢然と立ち向かう者もいた。
「だが、断る」
漆黒の『外套』をバサリと翻し、ワザとらしい下目使いでカリストは言い放った。
「で、あろうな」
その言葉にフッと笑みを僅かに漏らして頷いたのは、帝国騎士ジャム大佐だった。
場がザワついたので、収まるまで少し間を空けて、カインは苦々しく口を開く。
「お前たちの目的は『リルガ王国』にあり、その為にも路上の『王弟派軍』との戦いには協力する、という話だったが?」
問われ、カリストは涼しい顔で答える。
「確かに君の言う通りだけどね、『敵地潜入。敵首魁討伐』となると、さすがに『協力』の範囲を超えている。ここまで来ると『協力』ではなく『主戦力』といってもいい」
「そもそも彼らは冒険者であって、王国、帝国、どちらの軍人でもない。ならば命令されても訊く謂れがないな」
継いで愉快そうにほほを揺らし、ジャム大佐が言う。
カインとて忘れていたわけではないが、アルト隊のこれまでを見てきた上で、流れで引き受けるだろう、くらいに思っていた。
断るにしてもここまで明確に拒絶してくるとは思わなかった。
さすが日本人の性質をそれと知らずに分析していたわけだ。確かにアルトはそうした性質が強い人物であった。
だが、カリストはそうではなかった。それだけの話である。
「つまり報酬が必要と?」
「依頼に見合う規模の、ね」
ますます苦い顔を晒すカインと、飄々と涼しい顔でそれを受け流すカリストと、対照的な2人の対峙で話は終わった。
とりあえず出撃の準備が整う前に、お互いに『依頼につりあう報酬』とやらを提示するということになった。
ところは『ロイデ山』山頂。
『王太子派軍』に痛手を負わせて撤退へ追いやった『王弟派軍』は、将軍副官であるティリオンと合流を果たした。
彼は『ロイデ山防衛戦』前に別れて、首都へ追加の物資を無心しに行っていたのだ。
つまり彼が合流したということは、アルト隊によって焼かれた兵糧は、この時点で回復済みということだ。
「なんとまぁ、見事に劣勢を覆しましたねぇ」
その副官ティリオンが半ば呆れたような声でそうのたまう。
彼が伺候するのは、もちろん『王弟派軍』においては唯一の上官といえる、威丈夫将軍・ベルガーだ。
「で、これからどうするんで? 勝ったので一度『ロシアード市』へ戻ります?」
続けて問う副官ティリオンに、ベルガー将軍はフンと短く鼻を鳴らした。
「せっかく補給物資が来たのに帰るかよ。このままここで防衛線を張るさ。長々とダラダラとな」
「ダラダラと、ですか?」
おおよそ軍隊や戦争のイメージには似つかわしくない言葉が飛び出したので、副官ティリオンは怪訝そうに眉を寄せた。
いつも飄々とした副官のそんな様子に、ベルガー将軍は僅かに口元だけで笑う。
「そうだ。戦争は長引いてくれる方がいい。どうせ俺はコレしか能がないからな。出来るだけ長く続けるのが長生きのコツさ」
「そんなことも無いでしょうに」
理解できない、いった風で、副官ティリオンは首を振る。
自らの将軍閣下が強いのは良く知っているし、これまでで戦上手ということも解っている。
だが、いくら強くても『万が一』は起こるものだ。
特に戦場のように常に死が隣にある環境ならばなおのこと。
だというのに、当のベルガー将軍は「戦争が長引く方が長生きできる」などという。
「ふん、解らん、という顔だな? いいか、俺のような戦争の得意な犬は、戦争が終わればお払い箱だ。良くて放逐、悪ければ毒殺ってな」
「そんな、勝てば王国の英雄でしょ?」
「平時の英雄ってのは死んだ方が役に立つのさ」
一応、王国貴族にして武門の生まれであるティリオンにとって、それは驚くべき意見ではあったが、確かに納得できる内容であった。
「戦争は腹が減るから、あまり好きじゃないんだけどなぁ」
部門の生まれのわりに武官らしくないティリオンは、大きなため息をつきながら誰に言うでもなくボヤキをもらした。




