04開戦
第9章のここまでのあらすじ
タキシン王国の内戦に、王太子派としての参戦を余儀なくされたアルト隊は、『王太子派軍』総司令官であり、タキシン王国騎士団長でもあるハーラスの指揮下で動くこととなった。
病に臥せっているタキシン王の為の薬を研究することになったハリエットたちを、首都タキシン市へ残し、アルトたちを含む王太子派混成軍は、王弟派軍との取り決めに応じ会戦場であるエルデ平原へと向かうのだった。
時は少しだけ遡る。
おおよそ2週間ほど前の、ちょうどアルトが円卓会議の末席にて頭を抱えている頃の話だ。
首都タキシン市より北東、徒歩でおよそ1週間強という場所に芸術都市ロシアードと言う街がある。
そう、アルト隊が参軍する『王太子派軍』の敵軍、『王弟派軍』の本拠地である。
街並みはと言えば、さすが芸術都市というだけあり華やかだ。
立ち並ぶ建物はセンス良く配置され、数件に1件くらいはなにやら前衛的な色形の物が散見される。
また、戦時中とは思えないほど清掃が行き届いている。
ただ、代わりといっては何だが、市民の疲弊した様子は、タキシン市よりひどい有様のように見えた。
そんな華やかでありつつも辛気臭さが滲み出るアンバランスな街を、一人の剛健な男がノシノシと歩いている。
裾の長い赤いビロードの上着に何本かの金モールを這わせたた男は、その気品あるはずの衣装に似合わぬ傷だらけの顔を乗せ、とにかく頭から蒸気でも出さんばかりに苛立ちながら進んでいた。
この男、現在『王弟派軍』の最上位指揮官・ベルガー将軍である。
ベルガー将軍はしばし進んで軍司令部に当てられた建物のドアを乱暴に開け、廊下のそこかしこに積まれた邪魔な物資を蹴り飛ばしながら執務室へと入った。
もちろん軍施設であるから、この建物の中では何人もの『王弟派軍』の従軍者たちが働いているが、ベルガー将軍のあまりの機嫌悪さに、誰もが声もかけずに自分の仕事にまい進することにしている。
ただ一人だけ他とは違う動きの者もいる。
ため息をつきながらもベルガー将軍の後を追い執務室へと入るのは、背は低いが頭が小さい為に等身が高く見えるエルフ族の男だった。
この、いかにも狡そうな顔の小男はと言えば、『王弟派軍』内では地位のそこそこ高い貴族の次男坊であり、ベルガー将軍につけられた副官だ。
名をティリオンと言う。
タキシン王国は元々が古エルフ族の国だったため、こうしたエルフの貴族と言うのも珍しくない。
「将軍閣下におかれましては、大層ご機嫌麗しいご様子で」
副官ティリオンは皮肉めいた様子で慇懃に腰を折る。
執務室に入るなり、設えられた席にドカリと腰を下ろしたベルガー将軍は、大きく鼻を鳴らしてジロリとティリオンを睨む。
「会戦だとよ」
睨みつつ、その不機嫌を窓の外へと向けなおしたベルガー将軍は、ただ一言だけ、そう吐き捨てた。
「は?」
さすがにそれを聞いたエルフの男も、それだけではわからず首を傾げる。いや、薄々わかってはいるが、ただ「そんな馬鹿な」という気持ちが即座に出てしまった。
ベルガー将軍はなお不機嫌に舌打ちすると、仕方なしにともう一度口を開いた。
「2週間後、エルデ平原にて会戦を申し込んだとさ」
「はぁ?」
再び、今度は驚嘆の声を上げたエルフの副官に、ベルガー将軍は少しばかり溜飲を下げてニヤリと自嘲的に笑った。
「援軍が合流したからな。これで勝利も間違いなし、だとさ」
「なんとまぁ。援軍と言えば聞こえは良いですが、政変に失敗して追い出された敗残兵の様な何かではありませんか」
「ああ」
「しかも、何とか陣容を整えたとしても、我が陣営は敵軍の2/3しかおりません。それで雁首並べて会戦ですか。寝言ですか? 発案者の頭をノックして叩き起こしてさしあげたいですな」
「ああ、そうだな」
副官ティリオンの大げさな驚きと一気にまくし立てる毒舌に、ベルガー将軍は憮然としながらも冷静になった。
「本当なら奇策に奇襲と行きたい所だがな。しかしスポンサーの意向に逆らうわけにもいかん。ティリオン、すぐ出陣の準備を整えさせろ」
「了解いたしました将軍閣下」
と、今までの驚愕や毒口は演技か、とでも疑いたくなるほどにコロッと態度を変えた副官ティリオンは、ゆっくりと敬礼で命に応え、すぐに踵を返して部屋を出て行った。
そんな様子にベルガー将軍は、またも不機嫌そうに鼻を鳴らしてから頭をかきむしるのだった。
「まったく、やっとうるさい上役がいなくなったと思えば」
ベルガーがこの軍の将として迎えられたのは約半年前。暑い夏の頃だ。
とはいえ、それまでこの軍を率いていた将軍がいなくなったわけでもなく、彼はあくまで次席の将であった。
当時の総司令官であった将軍は、『王弟派』において至上の存在である王弟アラグディアに古くから付き従っていた貴族だ。
それだけに王弟殿下の信任厚く、また、やたらと気位高く威勢が良い御仁だった。
その貴族将軍がやっと戦死したのが、ニューガルズ公国宰相との間に軍事同盟が締結された直後であり、やっとベルガーが軍の全権を握ったと言うわけだ。
ところが王弟殿下の周りには、軍人ではないくせに威勢の良いことばかり言う側近がまだまだ多く、結果、此度の会戦が整えられてしまったと言うわけだ。
「仕方ない。とりあえずひと当てして、王弟殿下にはそれで納得してもらうか」
何度目になるかもわからないため息を吐き、ベルガー将軍はノロノロと、出兵にかかわる書類の作成などに取り掛かった。
数日後。
ロシアード市近郊の空き地に、『王弟派軍』約100名が参集した。
内約は王弟派についた王国騎士20名、義勇兵という名の農兵20名、小荷駄として雇われた20名、それから『ラ・ガイン教会』の元『教会警護隊』の逃亡兵が約40名。
最後に整列する彼らの前に立つのが、頑健なる益荒男・ベルガー将軍だ。
もちろん将軍の横には控えめな副官ティリオンもいる。
「将軍よりお言葉がある。全員傾注せよ」
そのティリオンが声を張り上げて言うと、整列した各員は踵をそろえて敬礼の姿勢をとった。
「野郎ども、待ちに待った出撃だ。
ここしばらくは小競り合いばかりでつまらん日々を送っていたが、我らが王弟殿下の元に、新たにはせ参じてくれた勇士達がいる。
彼らと共にクソ王子派の連中を叩き潰すため、王弟殿下からチャンスをいただいた。
会戦である」
ここで一度、息を継ぐと、聞いていた兵士たちにわずかな動揺が走った。
会戦と言えば、互いに姿をさらしてぶつかり合うのが常であり、そうなれば数が少ない方が圧倒的不利であるのは自明の理である。
しかも、『王弟派軍』に元『教会警護隊』が合流したとはいえ、『王太子派軍』にはレギ帝国からの援軍が合流しているのだ。
そうして俄かにザワついたところで、ベルガー将軍は咳ばらいをして話を続ける。
「残念なことに、俺たちは総兵数で劣っている。つまりは正面から馬鹿正直にぶつかれば負けるということだ。
だがな、愛すべき野郎ども、何も正々堂々戦う必要はない。
騎士道? クソ食らえだ。
騙せ。賺せ。そして横から、背後から食らい付け。危なくなったら全力で逃げろ。
卑怯? 馬鹿を言うな。
そんなお奇麗な戦争ごっこは、名誉ある騎士諸君に任せればいい。
王弟殿下が欲しているのは栄誉ではなく勝利だ。
勝利のために何をやっても許される。などとは言わん。
言わんが、では「許す」とはいったい誰が「許す」のか?
そんなのは所詮、生き残った者の心の中の道徳論であり、今、死に瀕した俺たちが考えることじゃあない。
良いか、俺たちは生き残らねばならん。すなわち、勝たねばならん。
プロパガンダ上では「われらが正義、敵が邪悪」などと言うが、そんなものは後からいくらでも、何とでもなる。
野郎ども、勝ちに行くぞ!」
そう締めくくると、整列した兵士たちは拳を突き上げ、将軍を称えた。
もう誰も動揺などしていない。
続いて前に出た副官ティリオンが指示を出し、各員はいよいよ行軍を開始した。
「良い訓話でした」
「ふん、柄じゃねーよ」
その様子を力強い視線で見送ったベルガー将軍は、副官ティリオンのほめ言葉に鼻を鳴らすと、最後尾について騎乗した。
さらに約10日を経て、エルデ平原には『王太子派軍』、『王弟派軍』の両雄が向き合い並び立った。
エルデ平原は、ここタキシン王国のある半島の、ちょうど中ほどにあり、西に海、東に山脈を望む。
そして平原の南側に陣を張るのが『王太子派軍』だ。
アルト隊を加えると140を超える兵馬が並ぶ中から、1騎が歩み出る。
幾多の戦闘から色がくすみ掛けた白銀の『板金鎧』に身を包んだ、『王太子派軍』の総司令官。ハーラス団長だ。
タイミングを合わせて北側に陣を張る約80名の『王弟派軍』からも、やはり1騎が進み出た。
赤いビロードのサーコートの下には鈍色の『鎖帷子』を着込む剛健なる男。『王弟派軍』の総司令官、ベルガー将軍である。
「タキシン王の正統なる後継者、王太子アムロド殿下の名代として申し上げる」
両者、馬を駆けさせれば一息で激突するほどの距離に近づいたところで足を止めると、まずハーラス団長が声を上げた。
「国を騒がす反乱の徒は直ちに矛を収め、殿下に対して首を垂れよ。さもなくば、この場で屍を晒すことになろう」
続けてそう非難声明を上げるが、対峙する『王弟派軍』には何の動揺も見られない。その上で、ベルガー将軍が口を開いた。
「タキシン王が弟殿下、アラグディア公の名代として申し上げる。
天下の放蕩者と名高いアムロド殿下に政の舵など任せては、王国の没落は必至である。そちらこそ理を悟り、すぐに矛を収めよ」
しばしそうした反論合戦が続き、陣内の兵たちはおとなしくしていたが、黙って待てなかったのは、戦争など初めてだったアルト隊の面々だった。
「で、なんなんこれ?」
そう、疑問を口にしたのは、白い法衣のモルト。肩をすくめて答えるのは酒樽紳士レッドグースだ。
「『戦争のお作法』だと思ってくだされ。戦闘前に、お互いの正当性や相手の行いを非難する。つまり大義名分の確認ですな」
「普通はこの後、鏑矢を使って矢合わせしてから、互いに突撃、ってところだね」
補足して黒魔導士カリストがそう言うと、アルトたちは「へぇ」と気の抜けた返事をした。
どうにも、想像していた戦争と違い、現実感が妙に湧いてこなかった。
などとアルトたちが話している間に、予定調和な舌戦が進む。
「ならばこれ以上は双方、剣槍にて理非を天に問おう」
ハーラス団長がそのように、決着がつくわけがない論戦の終了を宣言し、陣列へと戻るために踵を返した。
この後、互いの将が互いの陣へ戻った後、ようやく開戦となる。
はずであった。
ハーラス団長が自陣へと馬を駆けさせ始めた時、対するベルガー将軍はゆっくりと左へと馬を歩かせる。
そしてゆっくりと右手を挙げて振り下ろした。
「放て!」
彼の声と共に『王弟派軍』の前列がしゃがみ、後列にいた20人が『十字弓』から矢の一撃を放つ。
狙いはすべてが陣へ帰りつつあったハーラス団長だ。
「危ない!」
誰かの叫びが上がり、ハーラス団長も何かを悟って振り向く。
しかしそれではすでに遅かった。
一般の兵たちよりも格段に強い指揮官たるハーラス団長だが、それでも『背後からの攻撃』としての矢が、総数20である。
およそ半数強の矢が命中し、そしてハーラス団長は落馬した。
『王太子派軍』は一瞬、呆けた。何が起こったのか、判断しかねたのだ。
「よし今だ。お前ら、掛かれ!」
その隙を逃さず、ベルガー将軍は自陣へ声を張り上げ、そして自らも『両手持ち大剣』を片手で抜いて駆けだす。
こうして、エルデ平原会戦が幕を開けた。
今回は少し短いです。GW前後はちょっと忙しいので、という言い訳で。




