03輜重隊のお仕事
第9章のここまでのあらすじ
タキシン王国の内戦に、王太子派としての参戦を余儀なくされたアルト隊は、ひとまずタキシン王国・レギ帝国混成軍にて、混成軍総司令であり、タキシン王国騎士団長でもあるハーラスの指揮下で動くこととなった。
病に臥せっているタキシン王の為の薬を研究することになったハリエットたちを、首都タキシン市へ残し、アルトたちを含む王太子派混成軍は、王弟派軍との取り決めに応じ会戦場であるエルデ平原へと向かうのだった。
タキシン王国首都から北東に向かう街道を軍列が進む。
およそ60名からなる騎馬隊と、90名ほどの歩兵隊。その後に続くのは小荷駄の列。タキシン王国王太子軍とレギ帝国遠征軍からなる王太子派混成軍である。
この集団の総司令はタキシン王国騎士団長ハーラス。
すでに幾多の戦闘から色がくすみ掛けた白銀の『板金鎧』に身を包んだ、青年騎士だ。
騎士士官としては叩き上げと言って良い経験を持つハーラスだが、先任の団長たちが戦に倒れた事で順次繰り上がり昇進したため、まだ最上位の司令官としては新米も良い所であり、まだまだ覚束ない印象を滲み出している。
そして、全隊列の中央部付近に位置取るハーラス団長の周囲を固める様に進むのは、直衛騎士ではない。
統一感の無いバラバラの武装に身を包んだ5人の冒険者、アルト隊である。
馬に騎乗してハーラス団長に並んで進むのは、一際目立つ、金緑色に輝く『ミスリル銀の鎖帷子』に『サーコート』を重ね着た少年サムライ・アルトだ。
彼の腰には、これまた目立つ大太刀が、反りを下に向ける形で提げられている。アルトの新たな佩刀『蛍丸』だ。
アルトもまた、ハーラス団長とは別の緊張感を漂わせながら馬上にある。
ハーラス団長はまだ慣れぬトップの地位の為。
アルトはまだ親しくもないハーラスの隣にいる為。
「あのハーラス団長」
その緊張感を何とか緩和しようと、アルトはできる限り和やかに口を開いた。
「む。なんでしょう、アルト殿」
一瞬、あっけに取られたような表情を晒したが、ハーラスもまた気を紛らせるのに丁度良いと感じて、直衛についてくれている若サムライに目を向けた。
この際、話題は何でも良かったのだが、アルトはあえて戦のことについて聞くことにした。
そもそも、共通の話題がなさ過ぎるので、それしか無いと言えば無い。
「ええと、会戦ってなんですか?」
「え?」
あまりに端的で大雑把な問いに、ハーラス団長は思わず拍子抜けた様子で口をポカンと開けた。
これからこの軍列が向かうのは首都タキシン市と王弟派本拠ロシアード市の中間地点に近いエルデ平原。そこで両軍が会戦を行う予定である。
その『会戦』という概念が、アルトには解らなかったのだ。
そもそも、元は平和ボケにボケまくった日本の一般市民である。
この世界の記憶が傭兵団で生まれ育ったものだったとはいえ、それも今より歳若い時代の話だ。
ゆえに、アルトには戦争そのものの知識が皆無だった。
「ああ、アルト殿は類まれなる『傭兵』であるとはいえ、冒険者でしたね。では戦の作法を知らなくても無理はない」
ハーラス団長もなにやら自己解釈の上で納得気味に頷いた。
「そうですね。会戦というのはその名の通り、両軍で会い並び戦う方法なのですが」
と、頷きながら言葉を選び、説明をはじめた。
アルトもさすがに「それはわかる」と頷きながら先を促し、そして次の説明文でぽかんと口を開けた。
「両軍が軍使を交わして、戦の場所、日時を決めてから行うのです」
「え?」
何それ、スポーツの試合か。
それがアルトの端的な感想であった。
もちろん、徒歩でこの2名の騎馬を囲んで進んでいたアルト隊の面々もアルト同様に首を傾げた。
いや傾げたのは全員ではない、特に若い女性である白い法衣のモルトとねこ耳童女マーベルだ。
「えらい暢気やね。戦争ってもっと泥沼やと思ったわ」
モルトのそんな感想に、ハーラス団長は怪訝な表情で彼女を振り返り、ふむ、と顎をなでて考え込んだ。
ハーラス団長はアルト隊のこの態度に、「どうやらお互い知る常識が違うようだが、どう説明したら理解してもらえるだろうか」と思案を巡らせる。
その隙を見かねて、黒い『外套』を着込んだ眼鏡のカリストが口を開いた。
「広大な土地に圧倒的に少ない軍兵数だからね」
「兵隊少ないと、仲良しスポーツ合戦になるにゃ?」
「そこは『スタイリッシュIKUSA』とでも呼んでほしいですな」
「なんでやねん」
すかさず、マーベルが教育番組の聞き役マスコットの如き即質問を返すと、合いの手のように茶化し発言をはさむレッドグースであった。
ひとしきり苦笑いをもらし、カリストは再び語る。
「互いの兵数が少ないと、当然偵察に割ける人数も少ないよね?」
「ま、そうやね」
「だというのに、互いにバレない様に出撃なんかしてたら、索敵もうまくいかず疲弊するばかりで、しかも場合によっちゃ知らないうちに敵とはすれ違ってて拠点が襲われてた、なんてことになりかねないわけ。だから今回の様な『会戦』が必要になってくるのさ」
そうカリストの解説がひとまず終わると、一堂はそろって感心した。
「もっとも、すべての戦がそうであるわけではありませんがね」
と、これはカリストの言い回しにえらく感心して相槌を打っていたハーラス団長の、捕捉の言葉だ。
そもそも我々の住む世界においても『会戦』という状況は今と昔で様相が違う。
たとえば索敵方法が高度に電子化された現代では、互いにいつどこで戦おう、などと示し合わせる必要はない。
なぜなら、たいがいの場合は進軍途中でどちらかが見つけるからだ。
その為、現代においての『会戦』とは、索敵の結果や偶発的に互いの軍が一堂に会してぶつかり合うものである。
「日本でも、源平合戦の頃はそんな戦争形態が主だったようですな」
「互いに軍列を向かい合わせて『やあやあ我こそは』から始める戦争ですね。那須与一のエピソードなど、確かに現代戦争から見れば暢気もはなはだしい限りでしょう」
こんなことを言い出したのは、酒樽紳士ことレッドグースと、意思ある無機物ことGM氏だ。
「そやけど九郎判官はんが奇襲電撃戦やっとらんかったっけ?」
九郎判官とは、源義経の事である。
源平合戦にピンと来なくても、源義経と言えば知ってる人も多いだろう。平氏軍との戦いにおいて奇襲戦、機動戦を多用して活躍した人物だ。
「まぁ、戦にも作法が大事だった時代に奇襲をやりまくったから勝ちまくった、という説もありますからな」
つまりその説に則れば、義経は時代の破壊者にして先駆者だったと言えるだろう。
ちなみに源平合戦の頃までは重要視されていた『お作法』も、元寇の頃にはすっかり廃れていたそうな。
後半はハーラス団長からすれば異世界の話であり、もはや何がなにやら、だったが、遠い国の歴史の話だ、と煙に巻いて語れば逆に興味深く耳を傾けた。
興に乗ったレッドグースの講談がいよいよ織田信長公の登場に差し掛かった頃、後方の小荷駄、つまり輜重隊から伝令騎馬が寄って来た。
「総司令閣下に後方支援隊総長より伝令。『そろそろ野営準備にかかってはいかがか』であります」
「おっと、もうそんな時間か」
楽しい軍記講談が中断され、たいそう名残惜しそうに口元を歪めたハーラス団長だったが、すぐに気を取り直して伝令に向き直った。
「ではこの先の林で野営としよう。各隊にも伝令を頼む」
「了解しました」
ハーラス団長からの追加命令を受け馬上で略礼を示した伝令は、すぐに踵を返してそのまま軍列前方へと向かった。
「さて、今日の直衛はここまでで結構です。明日の昼ごろには戦場となるエルデ平原に着くでしょうから、今晩はゆっくり休んでください」
また、ハーラス団長はそう言い置くと、伝令に続いて駆け出した。
駆け出し、少し先で止まって、恥ずかしそうにこっそりと振り向いた。
「レッドグース殿、続きはまた今度聞かせてください」
そうして、ハーラス団長もまた軍列先頭へと去っていった。
「オレたちはどうすりゃいいんだ?」
悪い言い方をすれば置き去りにされた形のアルトは、とりあえず馬上から仲間を見渡し意見を求める。
当然ながら隊の誰も従軍経験がないので、こんな時の立ち振る舞いなどわからず、殆どの者が無言で首を振った。
仕方ないので、そのまま無難に行軍に合わせて進むことにした。
しばらく進んで件の林に入ると、先行していた兵士たちがテキパキと野営準備を行っていた。
早い話が林間キャンプだが、輜重隊も入れれば総勢で約200人を越える数がいれば、天幕の数も大変なものだ。
当然、全部まとまって建てられる広い空き地はないので、なるべく近くで、木々を挟む形でバラバラに建てる。
そうなれば都合のいい場所など限られて来るため、兵士たちが手分けして地道に下生えの草木や柴を刈っているのだ。
「ほな、ウチらもチャッチャと建ててまお」
林に足を踏み入れた途端にそんな光景を目の当たりにし、モルトが仲間たちを促すように振り向く。
アルト隊の面々も同意して頷き、各々の背負った荷物を適当な場所に降ろした。
彼らにしても野営はすでに慣れたものである。
いつも通り、男性陣女性陣に分かれて計2幕のテントを建てる。
ちなみに彼らの持っているテントと言えば、冒険者たちには一般的に使われている3人用だが、実は3人用テントに3人が入ると、とても狭い。
3人用とは「詰めれば3人がギリギリ寝られる」という事なのだ。
であるから、モルト・マーベルのコンビは普段から2人で悠々と寝ているのだが、男性陣テントはまさに地獄絵図である。
まぁ今は冬であり気温が低く、蒸し暑さが無いだけマシだろう。
そうした違いがあるからだろうか、女性陣の楽しげな雰囲気と違い、男性陣の設営はなにやらドンヨリとした雰囲気があるようにも見えた。
さて、アルト隊のテントが無事に建ち終えた頃には、後続の輜重隊もやはりそれぞれが設営を始めていた。
時間はまだ夕方だが、200人以上の食事をまとめて作るのも彼らの仕事であり、やはり係りの者たちがテキパキと料理準備を始めていた。
「さすが帝国軍ですね」
「え、何がですか?」
そんな輜重隊の様子を見て感心したように頷いたのはカリストだったが、その発言の意味がわからず、アルトは首をかしげてカリストを見た。
カリストはすぐ帝国軍輜重隊を指差して語り始めた。
「まず、戦で必要な物資をまとめて管理するところだね」
「その為の輜重隊にゃ。当たり前にゃ」
「そう、当たり前と言えば当たり前だけど、前時代的な軍隊では、そもそも輜重隊というものが存在しない場合も多々あるんだ。あってもごく小規模だったりね」
彼の言葉は、アルトやマーベル、モルトにとっては、ちょっとした衝撃だった。
「ほな、おさけ…ご飯はどうするんや?」
「兵糧や武器矢玉といった物資は、貴族階級なら個人に従う僕が、一般兵士ならそれぞれ自分で担いで持ってくる。なので、そういう形態だと、戦争に参加するというのは、個人的にも大変お金がかかるものだったんだよ」
「にゃんでまた、好き好んでお金出して参戦するにゃ」
マーベルは思わず眉をしかめる。
戦争は忌み嫌うものである、と教えられてきた日本の現代っ子にしてみれば当然な反応といえるだろう。
「兵役は義務でもありますが、参戦して手柄を立てれば地位、名誉、褒賞が得られますからな。いわばその為の掛け金みたいなものですな」
と、レッドグースはマーベルの疑問に答えた。
「そこへいくと兵士は給料を払って雇い、兵糧物資はすべて一括管理、というやり方は近代的であり、また効率的でもある。このやり方は僕らの世界でも古くからあるやり方だけど、常識として徹底されたのは割りと後だからね」
そしてカリストはそう総括し、アルトたちもまた感心した様子で「へー」と声をもらした。
声をもらしつつ、アルトは視線の端に留まった妙な物体に首を傾げた。
「あれは何です?」
指差して何でも知ってる風なカリストに問う。ところが当のカリストもまた、それを見て首を傾げた。
「…何だろうね?」
どうやら何でもは知らない、知ってることだけ、という事だったようだ。
さて、その妙な物体とはどのような物であるかと言えば、端的に言えば馬が引く荷車である。
ただこの世界でよく見る木製の台車や幌車ではなく、四角い鉄製の塊であったから、特に目を引いたのだ。
「戦車…ですかな?」
大砲を撃つタンクではなく、古代ギリシャなどでも見られるチャリオットの事だ。
とはいえ、誰もその実物を見たことが無い為、「そうかな? そうかも」と曖昧にうなずくだけだった。
「はっはっは、あれはそんなものではありませんよ」
と、そこへ現れたのは、ちょっと戦場には似合わない、小太りで人の良さそうな紳士だった。
彼こそは、この混成軍にて輜重隊の長を任されているメイプル男爵である。
レギ帝国西部方面軍・後方支援隊総長と呼んだ方が判る方も多いかもしれない。
今日は背広姿でも、船長姿でもなく、動きやすそうに裾や袖を纏めた、野戦仕官風の出で立ちだ。
「で、あれは何にゃ?」
「あれは『焼成釜』です」
疑問にすぐ答えてくれる、解説者の鏡ではあったが、残念なことにアルト隊にしてみれば、名前だけでは何もわからないのも同然だった。
ただ、その反応はメイプル男爵の予想通りだったようで、アルトたちを見回して満足そうに頷いた。
「見たところ、今日はもうアルトさんたちの仕事は無いようですし、よろしければ我が後方支援隊を少しばかりご案内しましょう」
かくして、そういうことに相成った。
初めに案内されたのは『焼成釜』と呼ばれた四角い鉄の車両だ。
よく見ればその車両が2台並び、周りでは6名の隊員がせわしなく働いていた。
『焼成釜』の横に長い折りたたみ可能なテーブルを広げ、薄茶色の柔らかそうな物体を広げ、捏ね、そして打ち付けている。
「あれ、パン生地やろ」
いち早く気づいたモルトの回答に、メイプル男爵は大きく頷いた。
「その通り。彼らは我が後方支援隊が誇る『製パン小隊』です。どの隊員も帝国西部で評判の良いパン屋にて修行経験がある一流のパン職人ですよ」
いかにも誇らしげに胸を張るメイプル男爵だったが、あまりの饒舌さに、一同は少々引き気味であった。
「なにも行軍中の食事にそこまでしなくても」
そして彼らの思いを、つい声にもらしたのはアルトだった。
すぐさま、にこやかではあるが妙に迫力を醸し出したメイプル男爵がアルトに迫る。
「たかが食事、されど食事ですぞ。アルトさん。特に我が帝国国民はパンには並々ならぬ情感を持っています。行軍中のパンの味は戦闘隊の士気に、大いに影響するのです。なればこそ、『補給中隊』の中では『製パン小隊』こそが花形なのです」
「へー、そうなんだー」
大いに語るメイプル男爵に、感情を失った虚ろな目で言葉を返すアルトだった。
「輸送船『タンホイザー号』の船長だった彼を見た時も思ったけど、人の良さそうな姿とは裏腹にかなり熱い男だよね」
「そうやんなー」
アルト隊の苦笑交じりのつぶやきを聞き流し、メイプル男爵はさらに語る。
「ちなみに『補給中隊』にはパン以外の料理を作る『糧食小隊』と、武器などの管理を行う『需品小隊』があります。彼らがそれぞれの軍需品の調達と管理、そして『輸送中隊』と協力して戦場へ運びます」
「2/3が飯に関する部隊って、どうなのさ?」
「まぁ、『兵隊は胃袋で行進する』と言いますからなぁ」
呆れ交じりのアルトのボヤキには、レッドグースが宥める様に答える。
このやり取りにはメイプル男爵もニッコリとして大いに頷いた。
「では次に『補給中隊』と共に戦場後方支援の要と言えます、『輸送中隊』をご案内しましょう」
そう言って、メイプル男爵は『焼成釜』から少し離れた。
案内されてついていくと、今度は見慣れた荷馬車の群れと、それをキビキビとした姿勢で見張る帝国兵たちが見えてきた。
先ほどの『補給中隊』に比べると、こちらの方が軍人らしい風体だ。
「こちらが『輸送中隊』。主に輸送のための車両や馬の調達管理、それから荷駄の護衛が仕事です」
言われて、アルト隊の面々はなるほど、と、つぶやいた。
そして満足げにアルト隊の様子を確認してから、案内する列から一歩進み出たメイプル男爵が一転、威厳と張りのある声を上げた。
「『輸送中隊』整列!」
もちろん、言葉の向きは仕事中の『輸送中隊』に向けられたものだ。
命を受けた中隊各位は、以下にも規律ある帝国軍人らしく、すぐさま駆け足でメイプル男爵の眼前へ整列した。
「後ろにいるのは、貴様らも知っているだろう『南海の勇者』アルト隊の皆さんだ。勇者諸兄に我らが誇りある『輸送中隊』の魂を示せ!」
「了解しました!」
そう応えて列から一歩進み出たのは、『輸送中隊』の中隊長・アッサム兵長。いかにも叩き上げの戦士然とした初老の男だ。
ちなみに帝国軍では戦闘中隊ならば中隊長職には尉官以上が当てられるが、後方支援部隊は基本的に隊員が平民なので、曹長以下の下士官であることが殆どだ。
平民で尉官以上に昇進するのは稀有なのである。
閑話休題。
進み出たアッサム兵長はきれいに回れ右を決めて隊員の列に向き直ると、大きな声を張り上げた。
「『輸送中隊』血の鉄則三条!」
各隊員、肩幅に広げていた足を、踵を慣らして揃えた。アッサム曹長は続ける。
「公平さに誇りを持て。士官だろうと兵卒だろうと横領には血の裁きを!」
「血の裁きを!」
「ギンバイ野郎は人間ではない、汚いハエだ、蛆虫だ。見つけたら踏み潰せ!」
「踏み潰せ!」
「我らが忠誠を捧げよ。パンに、槍に、最後に皇帝陛下に!」
「ハイル! ハイル! ハイル!」
「以上」
「よし、各自、任務に戻り精勤せよ」
最後にメイプル男爵がそう言うと、隊員たちはサッと散開して元の荷馬車へと掛けて行った。
「えっと、こういうときどんな顔すればいいかわからないよ」
「笑えばいいにゃ」
とは、呆然としたアルトとマーベルのやり取りだった。
ひとしきり余韻をかみ締めるかのごとく呆気にとられたアルト隊は、最後に、ひときわ白く脱色された天幕に案内された。
「こちらは?」
他の後方支援部隊とは違い、天幕の外には誰もいなかった為、カリストは怪訝な表情で問いかける。
先頭に立つメイプル男爵はニコニコとしたまま進み、天幕の入り口を軽く上げた。
「こちらは傷病者を収容して治療、看護する『衛生中隊』です」
ほお、と感心して声を上げたモルトの脳裏には、いかにもな細身の医者や天使のような看護婦が浮かんだ。
だがしかし。
「おや総長閣下ではありませんか。急病者ですか?」
「いえいえ、ちょっと案内しているだけです。お気になさらず」
そう、メイプル男爵と言葉を交わしながら出てきたのは、医者らしい白衣こそ着ているが、顔に大きな向こう傷のある厳つい男だった。
「紹介しましょう。彼がこの『衛生中隊』の隊長であり、従軍司祭でもあるディンブラ軍曹です」
「『光と闇の眷属』は善神アジュラ様旗下、勇気を司るヴァーガン様に仕える『聖職者』ディンブラです。よろしく」
握手を求められたので、代表してアルトが握り返したが、その手は『誰かを助ける』と言うより『殴り殺す』のがお似合いと言えるほど、分厚い拳だった。
そんなメイプル男爵と、後方支援隊の面々と親交を深めつつ、アルト隊の野営の夜は更けていくのであった。
作中には書きませんでしたが、食料調達の方法は他に「略奪」があります。




