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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#09_ぼくらの従軍生活

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136/208

02錬金術の毒

これまでのあらすじ


TRPG「メリクルリングRPG」で遊ぶ為に集った面々は、謎の地震によって「メリクルリングRPG」の世界へと、ゲームキャラクターの身体で転移した。

生き残る為の様々な冒険の末、彼らアルト隊は、この世界の真実を知る。

ゲームルールに支配された歪んだこの世界は、異世界の邪神ヴァナルガンドによって創造された、邪神ヴァナルガンドの為の漁場であった。


異世界より邪神ヴァナルガンドを追って来た『錬金術(アルケニア)』の師弟、ウォーデン老とハリエットに邪神退治の協力を要請されつつ、アルト隊は内戦中のタキシン王国へ入る。

そしてアルト隊は、また様々な思惑に巻き込まれ、内戦への参加を余儀なくされるのであった。

「ベルガー将軍か。どこかで聞いた名だが、はて」

 白磁の少年参謀カインから出た敵軍の将の名を聞き、援軍の将たるジャム大佐は古傷だらけの顔を傾けた。

 同援軍の輜重の長であるメイプル男爵もまた同様に首を傾げる。

 タキシン王国側の首脳陣は誰もこの話に興味を示していないところを見ると、すでに周知なのだろう。

「ライナス傭兵団の元副団長だった男です」

 これに答えたのは、将としてカウンターパートとなるタキシン王国騎士団長ハーラスだった。

 とは言え、度重なる戦闘により騎士団人員もすっかり不足となっている為、彼が騎士団長となったのは単に繰り上がりの結果だった。

 つまり、経験、実力などを見て、真に同格者(カウンターパート)と呼べるかと言われれば、首を傾げざるを得ない。

「おお、ライナス傭兵団か。なるほど、ならば聞いた事があっても不思議では無いな」

 胃痛がありそうな騎士団長ハーラスの様子には触れず、ジャム大佐は納得気味に頷き、その上で顎を撫でた。

「だがライナス傭兵団といえば、王太子派が雇っていたのではないか?」

「それは、そうだったんですが」

 と、この問いには多少答えづらそうにハーラス団長は目を泳がす。

 見かねて言葉を継ごうとカイン参謀が口を開こうとした瞬間、声は意外な方向から飛び出した。

「ベルガーは『ライナス傭兵団』の裏切り者だ」

 皆が振り向けば、言葉の主は怒りに表情をゆがめた少年サムライ・アルトだった。

「おやアルトさんは『ライナス傭兵団』に縁がおありで?」

 突然の介入と彼の迫力に一同は少しばかり息をのみ、後にメイプル男爵が疑問を口にした。

 彼ら帝国勢からすれば、アルトは帝国内の港街ボーウェンで台頭した冒険者であり、その過去と言えばせいぜい「ニューガルズ公国から渡って来た」程度の認識だ。

 なので、主にタキシン王国内で活躍していた『ライナス傭兵団』に縁があるとは思ってもみなかった。

「オレは『ライナス傭兵団』団長の、養子の1人だ」

 そういう訳で彼のこの言葉には、皆一様に「ほう」と声を挙げた。

 アルト・ライナーと言う少年は、すでにアルセリア島においては指折りの剣士であり、それが英雄と名高い『ライナス傭兵団』団長の関係者だと言うから納得である。


 『ライナス傭兵団』はアルセリア島において当代随一と呼ばれた傭兵団だ。

 団員数は約20名だが、そのことごとくが騎士に匹敵する実力者であり、特に団長シュトルアイゼンと言えば、島内最強との呼び名が高い英雄であった。

 どれも過去形で語るのは、その『ライナス傭兵団』がすでに解散済みで、団長も各団員も殆どが行方知れずとなっているからだ。

 ちなみに『英雄』と呼ばれるのは、このメリクルリングRPGの世界においては、職業(クラス)レベル10を超えた者である。


「それについては我が王太子軍としても苦々しい記憶だな」

 溜め息混じりにそう呟いたのは、白磁の少年参謀カインだ。

 彼は続けて語った。

「初夏の頃にあった会戦にて『ライナス傭兵団』は我らが陣営から離反。王弟軍はそのまま副団長のベルガー氏を受け入れ将軍としました。お陰でかの会戦では我が騎士団もかなりのダメージを受けましてね」

「なんと、傭兵団が離反とは。重大な契約違反では無いか。傭兵にとって、契約とは神聖なものではなかったのか?」

 これにジャム大佐は驚きの声を挙げた。


 私たちの世界においても傭兵と言う職業はある。

 しかし一様に傭兵と呼んでも、その形態や性格は様々だ。また、誠実な者もいるだろうし、不誠実な者もいる。

 メリクルリングRPGの世界においてもそれは同様だが、一つだけ共通点がある。

 それが「契約」に対する真摯さだ。

 彼らは仕事を請け負ったからには全力を尽くすし、降伏する事はあっても裏切る事は無い。

 これがこの世界の常識だ。

 故に、その常識破りであるベルガーに、誰もが嫌悪感を示した。

 その中で、特に怒りを露わにしていたのがアルトだった。

「ベルガーは傭兵契約を破っただけじゃない。家族ともいえる『ライナス傭兵団』を売り渡したんだ」

 そう、アルトが義兄弟エイリークから聞いた話に寄れば、団長が熱病に倒れた隙に団を掌握したベルガーが、傭兵団ごと王弟軍に文字通り売り渡し、自分は将軍に取り立てられたと言う。

 売られた団員は、ある者は処刑され、ある者は悪の錬金術師(マッドアルケミスト)ドクター・アビスの実験台にされ、ごく少数が逃げおおせた。

 戦災孤児であるアルト・ライナー少年の家族であった『ライナス傭兵団』はこうして消滅したわけだが、ここまで記憶を巡らせ怒りを募らせたアルトは、ふと、裏腹に冷静な自分にも気付いた。

 戦災孤児にて『ライナス傭兵団』の養子(やしないご)アルト・ライナーは確かにこの世界で生まれた住人であったが、対して、彼の意識は現代日本で生まれ育った、ごく普通の高校生でもあった。

 この不思議な二重性こそ、メリクルリングRPGのプレイヤーとしてこの世界に降り立った彼らの特長とも言えるだろう。


「そのアルト隊だが、このまま我が派遣軍の軍属に戻ると言う事でいいな?」

 と、揺れ動く2つの感情にモヤモヤしていたアルトに声をかけたのは、ジャム大佐だった。

「あ、え?」

 急な事だったので頭が真っ白になったアルトは、何を言われたかわからず目を瞬く。

 見れば、得意満面にニヤリとするジャム大佐と、大きく頷くメイプル男爵がいる。

 これに慌てたのはアルトだけでなく、王太子軍司令とも言えるハーラス団長だった。

「ちょっと待って下さい。彼らアルト隊は我がアムロド殿下に雇われております。従軍するなら我が騎士団と轡を並べるべきでしょう」

「何をおっしゃる。そもそもアルト隊は帝国軍軍属だぞ」

 険悪と言うほどでもないが、両軍のトップが火花散る様な鋭い眼を付き合わせた。

「軍属契約はセナトール王子を送り届けた所で終了している筈です」

「なら王太子殿下との契約だって、潜入任務を果たしたことで終わっておるだろう」

 お互い、一歩も引かぬと言わんばかりにひとしきり睨み合い、そして仲良く同時にその視線をアルトへと向けた。

「こうなればアルト本人に決めてもらおう」

「いいでしょう。さ、アルト殿。どっちに従軍するのですか?」

「ひえぇ」

 出来れば従軍したくありません、などと、とても言える雰囲気ではない。

 アルトは、小刻みに視線を左右に揺らしながら「こんなモテ期はいらない」と心の中で呟いた。



 王城での会議も終わった頃、城下の街では薬売り娘となっていたモルトたちの露店も店じまいをする時間だった。

「それにしても、この戦争はいつになったら終わるんだろうねぇ」

 それは市場を通りかかった主婦たちの、何気ない世間話だった。

 もちろん、この言葉自体がモルトたちに語りかけたものではなく、ただ、道行く者たち同士のやりとりだ。

 それでも、なぜかその話は、モルトの耳に鮮明に飛び込んできた。

「モル姐さん、どうしたにゃ?」

「んや、なんでもあらせんよ」

 怪訝に思ったねこ耳マーベルがクリっと首を傾げるが、モルトは弱く笑みを浮かべて首を横に振った。

 通り過ぎていく彼女らの視線を追えば、レギ帝国から援軍として駆けつけた派遣軍の兵士たちがそこかしこに見えた。

「この内乱って、何が原因やったっけ?」

 ふと、色々と思い出しながらと言う風で、モルトが口を開く。

 この言葉に、マーベルだけでなく、錬金薬ショップの店長たるハリエットもまた、片付けの手を止めた。

アムロド王太子(筋肉のおっちゃん)と、王弟アラグディア(王様のおとーと)が喧嘩してるにゃ?」

 何が疑問なのか、と逆に問いかけるかの様にマーベルが答える。だが、白い法衣の『聖職者(クレリック)』たるモルトの求めたものとは違ったようで、ただ小さく首を振るに留まった。

「そうなんやけどね。そのもっと根っこの原因やねん」

「じゃぁ、王様が寝込んでるって話カナ?」

「そう、それや」

 そも、タキシン王国の現国王が熱病に倒れ、ほとんど目覚めない昏睡状態になってしまったのがこの内乱の発端と言えるだろう。

 国王が倒れ、王位継承の宣言も出せぬ状態であり、かといって生存している以上は王太子が勝手に継ぐわけにも行かず。

 そういった政治的空白の隙に王位を簒奪しようと乗り出したのが、王弟アラグディアである。

 もちろん、王弟サイドにも彼なりの言い分はあるだろうが、この際、その話は別に置いておこう。

 そう、モルトが求めていた回答とは「国王が熱病で寝込んでいる」という部分だ。

「なんちゅう病気かわからんけど、『メディカライズ』で治らんやろか」

「お、それ(にゃ)

 神聖魔法『メディカライズ』は5レベルの『聖職者(クレリック)』が使用できる、病気治療の魔法だ。

 この魔法に掛かれば一般的な病気であればたちどころに治るし、重病であっても数日から数週間定期的にかける事で治癒が見込めるという、我らの世界の常識から考えると大変大雑把ですばらしい魔法だ。

「ハリーさん、この世界の魔法に詳しくないんケド、その魔法はどんな病気でも治るのカナ?」

 と、俄かに盛り上がる2人に疑問を投げかけるのは、やはり別の異世界からやって来た『錬金術師(アルケミスト)』のハリエットだ。

「そこのところどうやったろ?」

 問われ、モルトはすぐにマーベルへと視線を移す。

 いや、正確に言えば相手はマーベルのベルトポーチに収まっている薄茶色の宝珠(オーブ)だ。

 見た目からして無機物であるこの宝珠(オーブ)は、メリクルリングRPGの森羅万象に通じたGM(ゲームマスター)の魂が封じられている。

「はい、治らない病気もありますよ。ただ、今回の場合は大丈夫だと思いますが」

「にゃして?」

「ええと、『メディカライズ』で治らないのは、病魔の進行が『メディカライズ』の治癒力を上回るような病気です。つまり、それほど進行が早いなら、タキシン王国の国王陛下はとっくに亡くなっていてもおかしくは無いわけです」

 つまり、現在の昏睡状態を続けるような病状とはいえ、生きている以上は見た目ほど深刻な病ではないのではないか、と言うのが、メリクルリンクRPGのシステム上から推察した、GM氏の所見だった。

「ほんなら、王太子はんに言うて、ウチが王様を治療したら戦争も解決やね」

「イザとなればハリーさんの『エリクシル服用液』もあるカラね」

「れっつらごーにゃ」

 そう言う訳で、薬売りの3人娘と宝珠(オーブ)は、意気揚々と王城へと向かった。

「まぁ、戦争はそう簡単に行かないと思いますけど」

 もちろん、GM氏の呟きを聞く者はいなかった。



 タキシン王国王城の奥に設えられた国王の病室に聖なる光が満る。

 そしてその光は白い法衣の乙女に掲げられた聖印(ホーリーシンボル)を通して、古くも豪奢なベッドに横たえられた老人に注ぎ込まれる。

「おお、これが『聖職者(クレリック)』の起す奇跡の業か」

 思わず、と言った態で声をもらすのは、筋骨隆々とした中年王太子アムロドだ。

「筋肉殿下は『神聖魔法』見たのはじめてにゃ?」

 振り返って怪訝な目を向けるねこ耳童女だが、その大変失礼な筋肉呼ばわりなど気にも留めた様子は無く、王太子アムロドは厳かに首肯した。

「いや、うむ。『キュアライズ』程度なら見たことあるが、病魔を癒すほどの高レベルな使い手には初めて会ったのでな」

「にゅーん」

 いまいち納得できない風だが、マーベルは取り合えずと肩をすくめて頷く。

 『メディカライズ』と言えば先にも述べたが5レベルの『神聖魔法』だ。

 それを一国を担う王族ほどの者が見たこと無いと言うのは、マーベルの視点からするといかにも不可解だったのだ。

「マーベルさん、プレイヤー視点から言ったら5レベルはありふれたものかもしれませんが、この世界の住人からしたらなかなかのものなんですよ」

 と、それに横から注釈を入れるのは、彼女の荷物の一部となっている薄茶色の宝珠(オーブ)だ。

 果たして5レベル以上の『聖職者(クレリック)』なら、『ラ・ガイン教会』で言えば司教クラスだ。

 しかも全ての司教が5レベルという訳で無く、ごく数人が、という程度である。

 さらに言えば、先日の事件のために急遽新法王の地位に就いたヒメネス卿ですらようやく6レベルと言う境地である。

 元々、神への信仰を持たなかった古エルフ族を祖にするタキシン王国では、高レベルの『聖職者(クレリック)』を見なかったのも無理はない。

「ちなみにモル姐さん何レベルにゃ?」

「『聖職者(クレリック)』7レベルや」

 これらのやりとりを傍で聞いていた王太子や御典医はたまらず「おお」と声をあげるのだった。


 しかし、だ。

 そんな徳高き白の乙女による『メディカライズ』でも、タキシン王の病は多少改善に至った、と言う程度に終わった。

「どうや?」

 密かに問いかけるモルトに、GM氏はやはり密かに答えた。

「私からタキシン王のステータス状態を見るに、根幹の症状は変化していません。モルトさんの『メディカライズ』で治癒されたのは、根幹の症状により引き起こされていた幾つかの合併症ですね。つまりこれはただの病気じゃなく…」

 言いかけ、言い澱んだ。

 あらゆるデータを閲覧できる彼が言えないとなるとそれは、システム上、プレイヤーに教えてはいけない『抵触事項』か、とモルトとマーベルが納得しかけた時、その言葉を継ぐ者が現われた。

 アルト隊の間で密かに『不可能(ならぬこと)なし』と認識される『錬金術(アルケニア)』を操る少女、ハリエットだ。

「これはハリーさんの分野ダネ。つまり、原因は『錬金術(アルケニア)』の毒。おそらく『インフェルヌフェブル』の変種カナ」

「それにゃら『エリクシル内服液』で治るにゃ?」

 諦めかけた所で光明が見えたと、マーベルはパッと表情を明るくして振り向いた。が、見えたハリエットの表情は珍しくも浮かぬものだった。

「ようするに、治るのか? 治らんのか?」

 これまでこれらのやりとりを黙って見守っていたアムロド殿下は、ついに耐え切れず口を挟む事にする。

 なんだかんだ言って、横たわるタキシン王とは彼の父だ。

 病に苦しむ父を解放できるのならそれに越した事が無いのだが、いかんせん、3人娘の会話は彼には不明瞭すぎてよくわからなかった。

 故に、端的な回答を求めた。

 応えて、ハリエットが振り返る。

「モルト君の魔法で症状は和らいだケド、解毒には薬が必要ダネ」

「ふむ、なるほど。薬があれば治るのだな。して、その薬は作れるのか?」

 しばし考え、しばし躊躇いつつ、ハリエットは言葉を選んで口を開いた。

「たぶんこの毒の調合者はアビス老。彼のレシピが手に入れば可能、カナ」

 アビス老。ドクター・アビス。またの名を『悪の錬金術師(マッドアルケミスト)』。

 ハリエットの兄弟子であり、この世界の真なる創造主ヴァナルガンドの協力者であり、彼はアルト隊に追い詰められ、ハリエットの手で爆殺され、すでにこの世にいない。

「後は、師匠とハリーさんで時間をかければ、あるいは解析可能カモ」

 この言葉を受け、王太子アムロドはすぐに典医たちに彼女らの為の研究室を設えさせ、ウォーデン師とハリエットはこの後、缶詰となった。


 そしてその数日後、編成を終えた王太子軍と帝国からの派遣軍の混成軍は、一路、会戦予定地である『エルデ平原』へ進軍を開始した。

 その中でアルト隊は、ひとまずハーラス団長旗下にて列に加わる事となった。

※『インフェルヌフェブル』はラテン語の変形で「地獄の熱病」とかそんな意味です。

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