01新たな軍旅の始まり
「さー、いらっさい、いらっさい。錬金印の『水薬』が安いでー」
冬の中でも特に寒さ真っ盛りの時期。
タキシン王国首都の市場通りに、まるで春の陽気の様なのほほんとした売り子の声が響いた。
声につられて見れば、粗末で小さな屋台で3人娘が口上の通り『水薬』を売っていた。
まず声を挙げて客寄せをしているのは、いかにも『聖職者』と言った真っ白な法衣とピルボックス帽を身に着けた、長く明るい茶色の髪の乙女・モルトだ。
寒さのあまり誰もが身を縮める中で、彼女だけは何やら暖かい雰囲気でほんのり頬を染めているのだが、その原因は左手に持つ木製のコップだ。
売り物の『水薬』では無い。
そう、酒である。
先日、ニューガルズ公国王家酒蔵から譲り受けた、12年物の果実蒸留酒を彼女はこうしてチビチビとやっているのだ。
「昼間から、ご機嫌ダネ」
「このお酒はウチに会うため、何年も酒蔵で待っとったんやでー。飲んだらな、可哀相やんか」
「じゃ、仕方ないネ」
そんなモルトに、いつもと代わらぬ営業スマイルを浮かべて話しかけるのは、金色混じりの髪を無造作に切り揃えた眼鏡の少女・ハリエットだ。
唯一、粗末な屋台のカウンター向こうに座っている彼女は、何を隠そうこの店の主である。
看板には『ハリーさんの工房出張所』と殴り書きしてあり、売り物の各種『水薬』もハリエットによる生産物だ。
「2人ともマジメに売り子するにゃ」
と、批難めいた声を挙げたのは、1人で並んだ客を捌いているねこ耳の童女だ。
長い金髪をポニーテイルに括り、草色のワンピースを身に着けた彼女の名はマーベル。3人娘の中で一番幼い形ながら、最も忙しそうにくるくる働いている。
「せやから、こうやって客引きやってるやんかー」
「ハリーさん作る人、ベル君売る人」
「ぐぬぬ」
そのようなやり取りを数回繰り返しつつ、彼女らは販売を続けるのだった。
さて、何ゆえ彼女らは露天商などを営んでいるかと言えば、路銀稼ぎ半分、ハリエットの気まぐれ半分である。
先月、ハリエットとその師匠を加えたアルト隊は、『天の支柱山脈』の端を越えてタキシン王国までやって来た。
その直後に、アルト隊は王太子アムロドの依頼を受けて、隣のニューガルズ公国へ出向いた訳だが、そこでハリエットたちはすっかり置いてけぼりとなっていた。
なので暇つぶしがてら、ハリエットは『錬金術』により作成した各種『水薬』販売などをして過ごしていたらしい。
その間、「よく効き過ぎる」と言う事で、王太子配下の官憲に眼をつけられたり、『エリクシル服用液』を始めとした『上位水薬』系統を王家のみに売るという契約を半ば強引に結ばされたりと、色々あったらしい。
その為、現在、屋台販売しているのは価格の低い胃薬・頭痛薬・熱冷ましと言った、一般人向けの薬ばかりだ。
それでも、1ヶ月もここで販売していると「良く効く」との評判が広がって、今では開店すると行列が出来る始末である。
そう言うわけで、ほったらかしにしたお詫びも兼ねてモルト・マーベル両名がお手伝いをしている次第である。
「おや、この様なところでお会いするとは。奇遇ですな」
しばらくして客行きが落ち着いた頃に、通りかかった老紳士がそう声をかけてきた。
綺麗に整えた白眉白髪白髭、そしてパリッとした仕立ての良いダークグレイの三つ揃いの背広。
そして尖った両耳は、彼が森の妖精族であることを物語っている。
レギ帝国騎士マーカス・マクランの家に古くから仕える執事、セバスティアだ。
ここで出会う可能性から完全に外れていた人物だけに、モルトたちは一瞬だが呆然とした。
呆然として、それから遠い旅先で親しい者との再会にホッとした気分になって声を弾ませる。
「あらあら、確かに奇遇やね。どうしてタキシン王国におるの?」
そう問いかけつつもセバスの様子を伺えば、その手には紳士の装いにはおおよそ似合わない買い物袋などを提げていた。
どうやら食材の買い物などをしていたようだ。
「もちろん、坊ちゃまの従僕を務める為に同行してまいりました。老いはしましたが、これでも昔は槍持ちなどしていたのですよ」
あくまでも上品にふふふと笑うセバスであった。
現代日本のサブカル界隈では、執事と言うと「メイドの男性版」などと思われがちだ。しかし、実際には使用人の長であり、メイドより格上の存在である。
その為、普通は一家に1人であり、それ以外の男性使用人は、召使い、従僕、または各専門職人だ。
そうした執事はだいたい貴族家の主人が若いうちから従僕を勤め上げ、充分に信頼を勝ち得た後に就任する。
従僕とは、主人に随行する召使いであり、戦においては槍持ちを努めて共に戦場に出る。
もっともマクラン家のセバスの場合は長寿のエルフ族なため、彼が純粋に従僕であったのは何代前の時代であったか定かでは無い。
ちなみにこうした従僕役を、軍が若い士官候補生などを当ててくる事もある。
この場合は従卒と呼ばれる。
他し事はさておき。
そんな和やかな世間話をしている最中、ねこ耳童女マーベルは、とある当たり前な事に気付き周囲を警戒した。
「どったのベルにゃん?」
「爺っちゃがいるなら、あの妹狂い騎士もいるはずにゃ?」
モルトの問いに対し、真剣な目で答えたマーベルに一同はつい苦笑いをもらす。
セバスの主人である所の帝国騎士マクラン卿といえば、地元では有名な、一風変わった妹狂いであり、マーベルも「我が妹にならないか」などと狙われた過去があったのだ。
当然、そう言った諸々の事情を知っている老執事セバスは、ねこ耳童女を安心させるよう、すぐ首を横に振って応えた。
「もちろん坊ちゃまはおりますが、今は勤務中でございます。ご安心下さい」
「勤務中にゃ?」
未だ警戒を解かぬマーベルは、隙なく辺りを見回してから首をかしげる。
セバスは続けて答えた。
「坊ちゃまも、派遣軍で隊を率いる身でありますから」
そこから少し離れた中央公園では、ブカブカと鳴る鍵盤楽器により楽しげな曲が響いていた。
見れば、大きな水枯れた噴水の畔で、深緑のベレー帽を被った大地の妖精族が、『手風琴』を奏でて唄っている。
また、彼の帽子の上では、人形サイズの少女がクルクルと踊っていた。
アルト隊最年長の『吟遊詩人』、酒樽紳士・レッドグースと、人工知能搭載型ゴーレム・ティラミス嬢だ。
さらに言えば、その隣ではまるで仙人の様な長い白髭の老人が、丸いザルに座って宙に浮き、何処からか寄って来た2匹の野犬に様々な芸をさせていた。
異世界の『錬金術師』にして、ハリエットの師。ウォーデン老だ。
こんな一座が居座っては、観客が集るのも無理はない。
水枯れた寂しい噴水は今や芸人によるステージと化し、ここのところ心休まらず沈み気味であったタキシン市民たちは大いに盛り上がった。
「やぁやぁご清聴ありがとうございました。ワタクシの拙き歌が、皆々様の慰めになったのならコレ幸いにございます」
数曲を歌い終え、帽子上の人形少女もピタリとダンスフィニッシュを決めた所で、レッドグースが聴衆へと深々とお辞儀する。
合わせて、ウォーデン老も野犬の芸をやめさせて、ちょこんとお座りさせた。
観客たちも芸の終了を悟り、偉大なる芸人たちに惜しみない拍手を送るのだった。
「やぁ、ウォーデン殿。なかなか見事な芸でしたな」
一通りアンコールなども受けてから解散となったステージで、心地よい汗を拭いながらレッドグースが白髭老を称える。
同様に帽子上で汗を拭ったティラミすもまた、大いに頷いた。
「まるで物語に聞く『獣使い』のようでありましたな」
「なに、実家でも犬を飼っておってな。ん? 狼じゃったか? まぁよい。そんなわけで犬の扱いには慣れておるのじゃよ」
ウォーデン老は野犬どもに干し肉をやりながら、ふぉっふぉっふぉ、と、いかにもな笑い声で髭を揺らした。
「その狼の名はゲーリとフレキと言うのではありませんか?」
と、そこへ会話に入ってきたのは、真っ黒な『外套』を羽織った眼鏡の青年エルフであった。
たいそう妖しげで禍々しい姿だが、別に悪組織の幹部とかではない。
そう、彼はアルト隊の『魔術師』、カリスト・カルディアだ。
「よお知っておるの? その通りじゃよ」
問われたウォーデン老は振り返りつつ、然程意外そうでもなく頷いた。
カリストは少しズレた眼鏡を満足げに指で押し上げると、「なるほど」と呟く。
「ウォーデンと言う名の『錬金術師』で引っかかっていたが、北欧神話に因んでいるのか、それともまさかご本人じゃないだろうね」
さらに誰にも聞えないような声でそう独り言を続けた。
「黒の兄貴殿はどこに行ってたでありますか?」
ちょっとした問答の後に沈黙となったところで、小さなティラミス嬢が世間話程度に訊ねると、カリストはいつもの柔らかい笑顔に戻った。
「ああ、ちょっとこの街の『魔術師ギルド』に挨拶に。しばらくはここにいる事になりそうだからね」
『魔術師ギルド』はその名の通り、『魔術師』の為の互助組織だ。
それは知識、書物などの集積所であり、『緒元魔法』の研究所であり、『魔術師』の育成機関でもある。
各地の『魔術師ギルド』は一応、同一の組織の支部と言う事になるが、それでも新たな土地で活動するなら、一度は挨拶するのが道理と言うわけだ。
ちなみにアルトたちのような冒険者が所属するべきギルドと言えば、他には『盗賊』の為の『盗賊ギルド』がある。
こちらは各地でそれぞれ別組織になるので、『盗賊』は『魔術師』以上に念入りな挨拶が必要だろう。
「なるほど。ワタクシも後で挨拶に行かねばなりませぬな」
などと、自称・生涯いち『音楽家』であるレッドグースは、カリストの言葉を聞いて大いに頷いた。
「ところでアルト君は?」
ふと、カリストは見当たらないもう一人の仲間、アルト隊の隊長である若サムライを視線で探した。
特に用がある訳ではないが、仲間ゆえ、いないならそれはそれで心配なのだ。
だが、それに対する答えは簡潔で、特に心配に及ばぬものだった。
「ああ、アルト殿なら、ほれアッチですぞ」
酒樽紳士の指差した先を一同が追えば、そこにはタキシン市のシンボルでもある、古びたタキシン王国王城がそびえていた。
タキシン王国王城は評定の間にアルトはいた。
大きな広間に8人の席がある円卓が設えられ、最も奥座におわすのは王国の王太子たるアムロド殿下だ。
王子という言葉のイメージにそぐわぬ筋骨隆々とした大男。ちなみに三十路、一子の父でもある。
続いて左には、常に何か不満そうに眉をしかめている少年。
彼はアムロド殿下の親類筋にあたる、白磁のような肌の魔導士、カインだ。
すでに解散した冒険者隊『プロディカラ』の一員で、今やアムロド殿下の参謀役をさせられている。
殿下の右にいるのは、まだ年若き優しい面差しの青年剣士。
この物語では初登場となる、タキシン王国騎士団長ハーラスだ。
とはいえ、彼が団長職を拝したのは本当につい最近であり、また、彼が率いるべき王太子配下の軍勢はたったの42名と言うありさまで、しかもその約半数は傭兵である。
本人も「名前ばかりの団長だ」といつも周囲に洩らしていた。
この辺りの事情については、また後に譲る。
さらにその左右に援軍としてレギ帝国からやってきた派遣軍の首脳、つまりジャム大佐やメイプル男爵がいて、それから王国の財務をつかさどる大臣などが続く。
そして奇しくもアムロド殿下の正面たる手前座に少年サムライのアルトが、いかにも座りが悪そうに収まっている。
座は、戦を今後どう進めるかと言う評定の場である。
再三にわたり述べるが、なぜかそんな場所にアルトはいた。
アルトは今にも泣きそうな顔で頭を抱えてつぶやいた。
「ああ、なんでこんなことに」
さて、タキシン王国とは何であるか。
端的に言うならば、ここアルセリア島の北東部に伸びた半島国家だ。
半島の南西寄り、つまり付け根側に首都タキシン市があり、アルトたちがいる王城もまた同市にある。
いわゆる『王太子軍』の拠点もここである。
そして半島の北東寄り、つまり先端側に第二都市ロシアードがある。
こちらが王弟アラグディアが軍を率いて拠点とする地域だ。
タキシン王国はこの二つの勢力により、ここしばらく内戦が続いている。先に述べた『戦』とは、この内戦の事だ。
元々は両陣営に約100名ずついた軍兵は、長引く戦でジリジリと減り、今や半数以下という有様だった。
我々の住む世界を知る者からすれば、この兵数はあまりにも少なく感じるだろう。
だがこのタキシン王国の人口は約7万人。日本で言えば多くも少なくもない市の人口程度だ。
元の兵数、合計約200名と言うのは、タキシン王国人口の約0.3%。この数字は日本における自衛隊の人口比率より微妙に多いくらいである。
兵農分離が果たされたこの世界だと、割と常識的な人数なのだ。
「ふむ、全員集ったようだな。ではこれより評定を始める」
まず評定の間の最奥座のタキシン王国王太子アムロドがその様に開会の儀を述べた。続き口を開く。
「まずレギ帝国から馳せ参じていただいた援軍諸兄に感謝を述べておこう。それで、貴君らは現在の状況をいかほど把握しているかな?」
これに応えて立ち上がったのは、いかにも歴戦の勇士と言った感じの、顔中が古傷だらけの中年騎士。
彼は帝国軍大佐にして、この度の派遣軍の総司令を拝命しているジャム大佐だ。
「王太子殿下の軍が優勢であった、と聞いておる。ただ敵軍が隣国へ助けを求めたが為、アムロド殿下は対抗手段として我らが帝国へと援軍を要請した、と」
「大まかに言えばその通りだ。参謀、もう少し詳しく説明してくれ」
「はっ」
援軍の将の言を肯定しつつ、王太子アムロドは隣の少年へ声をかけた。
白磁の様な白い肌に優雅な物腰。それでいて不釣合いなほど不機嫌そうに口をへの字に結んだ美少年。
王太子アムロドの親類であり、現在は参謀として使われている『魔術師』カインだ。
「大まかな成り行きはご存知のとおりです。具体的に我が陣営の戦力を申し上げますと、正規兵が1中隊20名、傭兵隊が20名、これを率いる連隊長として王国騎士団長ハーラス殿、その副官殿。合計42名」
ここで彼が一旦言葉を切ると、評定に列席している各々が深い溜め息をついた。
特にここで名前が挙がった騎士団長ハーラスは、その優しい面差しを悩ましげにゆがめる。
参謀カインが言葉を続ける。
「対する敵軍、王弟閣下の陣営もほぼ同数のようです。違うのは傭兵隊ではなく、義勇兵使っている事。ただ、建前上は志願兵ですが、実態は農民の強制徴募のようです」
この言葉には、レギ帝国から来たジャム大佐とメイプル男爵が眉をしかめた。
そもそも、メリクルリングRPGの世界では、軍隊と言えばすべてが職業軍人なのが常識であった。
これは『職業』や『レベル』が明確にある世界なので、戦闘職以外を強制的に集めても、あまり役に立たないからだ。
役に立つのはせいぜい兵糧運びの人足代わりだろう。
言わば兵農分離が完全に果たされている世界なのである。
だからこそ、農民の強制徴募を行ったという敵軍に対し、ジャム大佐たちは不快感を示したわけだ。
「と言うかだな、農兵など、役に立つのか?」
不機嫌そうに眉をしかめたまま、ジャム大佐はそう問う。
前述した理由の通り、この世界で戦闘職でない者が、戦闘職にある者に勝つのは、ほぼ不可能なのだ。
だが白磁の参謀カインは首をゆっくり横に振った。
「現在残っている約20名はなかなかに侮れません。なにせ数百集めた農民の生き残りですからね」
そう言って、カインは口元を冷笑的にゆがめる。
その言葉から、ジャム大佐たちはすでにおびただしい農民の血が流れた事を悟った。戦いの中で運良く生き残り、戦闘職のレベルを得た者。それがその20名なのだろう。
「さて、続けましょう」
忌々しげなレギ帝国勢の心境など一切考慮もせず、カインはさらに淡々と口を開く。
「我が陣営とほぼ同数の敵軍ですが、そこへ援軍としておよそ2中隊が合流したと、先日報告を受けたところです」
「それはニューガルズ公国からの援軍だな? 話には聞いている」
農兵が育ったとは言え、敵・王弟軍はそれでも劣勢であったので、隣国へと援軍を要請した。その話は、すでに周知の事実だったため、ジャム大佐も頷いた。
頷きつつも、僅かに首を傾げる。
「しかし、幾らか少なくは無いか? 我々は100名からなる公国軍が送られてくる、と聞いておったのだが」
「正確には公国軍ではなく、教会軍ですね。いや、今や『ラ・ガイン教会』からも破門にされた、野盗のような集団ですね」
そのような何か含む説明をされても解からぬ、とばかりに、ジャム大佐はメイプル男爵と顔を見合わせ、すぐに追加説明を求める視線を参謀カインへと向けた。
カインは慌てもせず、肩をすくめる。
「それにつきましては、私よりも彼の方が詳しいでしょう」
と、いきなり水を向けられたのが、緊張しつつも発言の場が無いことにホッとしていた少年サムライ、すなわちアルト・ライナーだった。
「え、オレェ?」
素っ頓狂な声をあげつつ、アルトは急ぎ席を立った。
「ほう、さすがはアルトさん。南海の勇者は伊達では無いですね」
幾分楽しげに囃し立てるのは、派遣軍後方支援隊総長メイプル男爵だ。
アルトにとっては割りと知った顔なので、この声掛けはむしろ彼をホッとさせた。
「ええと、その。アムロド殿下のご依頼により、色々ありまして」
だが、結局は自らの活躍について、アルトは詳しく述べる事ができなかった。
考えてみれば簡潔に語るには、少々事情が入りこみすぎている。
なのでアルトの反応をひとしきり笑った白磁の参謀カインが、再び主導を握った。
「詳しくは省きますが、彼らの活躍もあり、ニューガルズ公国と『ラ・ガイン教会』は正常な形に戻りました」
「なんと、では黒い噂の絶えぬ偽法王は」
「ええ、そちらのサムライ殿が討ち果たしました」
「えへー」
とりあえず、賞賛の視線を受けたので、アルトは照れながら頭をかいた。
つまり、王弟陣営への援軍が100名から約40名まで減った経緯はこうだ。
そもそも、王弟アラグディアと軍事同盟を結んだのは、偽法王キャンベルであり、その差配で『教会警護隊』から100の援軍が出された。
ところがその法王にして公国宰相であったキャンベルはアルトたちに討たれ、バタバタと新法王の座に就いたヒメネス卿は、すぐさま派遣軍へ帰還命令を下した。
多くは単に善良なる『ラ・ガイン教会』の信徒であった『教会警護隊』の者たちは、この命に従いニューガルズ公国へと舞い戻った。
もちろん、追加で送られる筈だった兵糧が届かなかったと言うのも理由の一つではあった。
ところが、偽法王キャンベルと共に、かの治世で美味い生き血をすすってしまった隊員もおり、キャンベルが失脚した今となっては、彼らはいつ「犯罪者」として裁かれるか判らない身であった。
したがって、約40名からなる彼らは、国許へ帰還せずそのまま逃亡し、最終的には王弟軍へと合流した。という訳だ。
「なるほどな」
一通りの話を聞き、ジャム大佐も納得して大きく頷いた。
「それで、援軍諸兄に訊ねる。そなたらの兵は具体的に何人が戦列に加われるのだ?」
と、状況についての話がひと区切りついた事を見て、王太子アムロドが疑問を口に出した。
レギ帝国からやって来た人員の総数は、約200名である。
が、全てが全て、戦闘人員ではないのだった。
ジャム大佐に促され、後方支援隊総長のメイプル男爵がこれに答える。
「戦列に加わるのは、ジャム大佐率いる帝国騎士39名と、歩兵隊が58名。計97名です。残りは補給、輸送、衛生などに従事する、非戦闘部隊です」
「すると我が陣営とあわせ、約140の戦力と言うわけか。対するアラグディア閣下の陣営が援軍合せて約80。1.5倍以上という訳だ。これは、勝ちましたな」
単純に、戦いは数である。
当然ながら各々のレベル差で覆る事も多少はあるが、それでも100前後の職業軍人を集めた場合は、平均すれば大体同レベルになるものだ。
で、あるならば、数が多い方が勝つのが道理である。
だからこそ、メイプル男爵の言葉を聞いて王国陣営は大いに緩んだ。
「油断するのは早い。まずはひと当てしてからでなければ、判りませんよ」
と、これは白磁の少年参謀・カインがピシャリと言い放った。美少年ゆえ、眼光鋭く睨みつけられると、いやに迫力があるものだ。
彼の言葉に、緩みかけた各員はバツが悪そうに口をつぐんだ。
「ま、カインの言う通りだな。大原則では勝つだろうが、何事にも例外がある。して、近々会戦の予定はどうだ?」
事の成り行きを眺めていた王太子アムロドが参謀に同意し、続けて同者に問いた。
「2週間後にエルデ平原にて、との通達が届いております」
「では、我らが勝利を決める為にも、各自、エルデ会戦に向けて準備を行うように」
最後にアムロド殿下のこうした言葉で、此度の評定は閉会となった。
後は実務者達による打ち合わせや、実際の行動となる。
そうしてそれぞれが席を立つ中、ふと思い出したジャム大佐が白磁の参謀カインを呼び止めた。
「そうそう、敵軍の将の名を聞き忘れたな。知っておるか?」
「ふむ、夏ごろ新たな将に代わったと聞きましたが。確かベルガー将軍とか」
この話を傍で耳にしたアルトの顔色が変わった瞬間であった。




