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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#08_僕らの潜入生活

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17上位者

前回までのあらすじ

アルト隊が目指す、謎の『リルガ王国』の情報と引き換えに、タキシン王国王太子アムロドから命じられた任務は、敵である王弟軍へ援軍派遣を画策している、ニューガルズ公国の後方かく乱だった。

とりあえず色々あって任務成功したアルト隊は、別途潜入していた冒険者『放蕩者たち(プロディカラ)』と、公国王に返り咲くべく『帰還王軍』を率いてきたオットールと合流。首都ニューガルズ市へ凱旋した。

『帰還王軍』は、軍を2つに分けて王城と大聖堂へと攻めあがる。

『大聖堂制圧隊』へ参加したアルト隊は、奥礼拝堂でついに偽法王キャンベルと遭遇。戦闘へと突入するのであった。

 王城を守る12騎士の内の殆どが、公国王オットールの帰還を歓迎したこともあり、『帰還王軍』による王城奪還は特に波乱も無く終わった。

 『ラ・ガイン教会』法王にして逆徒であるキャンベルに付いた者は、すでに12騎士改め9騎士の手によりことごとく首をはねられていた。

 そのため、オットール陛下と代理司令官である黒髪の剣士ドリーが王座の間に入るまで、一度の戦闘もなかったと言う有様で、全く拍子抜けである。

 血で汚れた王座の間もすでに清められているので、これまでの経緯を知らぬ者が見たならば、全く平穏なニューガルズ公国よ、などと言ったかもしれない。

 さて、そうして公国王たるオットーが、数ヶ月の留守の後にやっと一息、と言う風で無造作に王座へと腰を下ろすと、何処からか小さな可愛らしい駆け足の音が聞えてきた。

「お従兄(にい)ちゃま! ドリーお従兄(にい)ちゃま!」

 足音の主は、王座の左奥にある小さな扉より駆けて来て、そのまま黒髪のドリーにぴょんと抱き付いた。

 それは仕立ての良い薄桃色のワンピースドレスを着た、10歳前後の女児であった。

 ドリーは一瞬だけ驚いたものの、そこは手練の剣士である。

 一度とも身を崩さずに女児を受け止め、そのまま両手で大事そうに持ち上げた。

 彼女こそ、公国王オットールの一粒種にして、逆徒キャンベルに担ぎ上げられていた御輿。王女アーデルハイトだ。

「元気そうで何よりだねアディ。だけど陛下へのご挨拶が先ではないかい?」

「うふふ、そうね。御免なさい。お従兄(にい)ちゃまがいたから、つい嬉しくなって」

「おいおい、父より従兄か? まったく、こんな時でもブレぬ娘よ」

 そこにあるのは幸せな一家の団欒にしか見えず、彼らを迎え入れた騎士たちも、共に攻め上がって来た兵たちも、ただ微笑ましく囲むだけであった。

「さて、こっちは終わったよ。アルト君、そっちはどうかな?」

 まだ幼い王女を抱き上げたまま、ドリーは王座の間の窓から、王城よりも高い尖塔を持つ『ラ・ガイン教会』大聖堂を臨み、そう呟いた。



 その「そちら側」である所の『ラ・ガイン教会』大聖堂では、すでに大詰めの段階を迎えていた。

 大聖堂正門から見て左側の第3礼拝堂から押し出ようとしたのは、法王キャンベル配下の『教会警護隊』2小隊。

 対するは『帰還王軍』から分派した『大聖堂制圧隊』の内、2小隊だ。

 ただ『大聖堂制圧隊』はその2小隊だけにあらず、背後からは予備兵力であったもう1小隊がすでに駆けつけつつあった。

 元『教会警護隊』の若手士官だった亜麻色の髪の少年剣士アッシュに率いられ、この騒動もすでに鎮圧されつつある。

 また、正面の大礼拝堂で『邪神の使い魔』と呼ばれる妖魔インプの集団と戦闘に及んでいた選抜突入小隊の方も、すでに大勢は決したと言って良いだろう。

 そして件の敵軍御大将と言えば逆徒・法王キャンベルだが、果たして彼は大聖堂奥の貴賓用礼拝堂にて、アルト隊と対峙していた。

 壮年の聖職者とは思えぬ隆々とした身体に煌びやかな法衣を纏い、その顔には邪悪な戦化粧を浮かべ、いかにも邪神に仕える悪魔神官と言う態である。

 それ以上に「いかにも」なのが、彼を守るように前に立つ紺の全身装束を纏った小柄な少女だ。

 露出するのは目だけと言う周到な着こなし。右手に小太刀、左手にクナイ。

 白い法衣のモルトに言わせれば「あからさまに忍者」である。

 対するはご存知アルト隊の面々。

 まず先頭で対峙するは金緑に輝く『ミスリル銀の鎖帷子(チェインメイル)』を纏った少年サムライ・アルト。

 その後ろに白い法衣のモルトと、黒衣の魔道士カリストが並び、最後衛がねこ耳童女マーベルと酒樽紳士レッドグースと言う背丈半分(ハーフリング)コンビだ。

「ティラミス君、ヤマトと一緒に下がっていたまえ」

 ふと、戦闘開始直前に思い出し、カリストは『外套(マント)』のポケットに潜んでいた人形サイズの人工知能搭載型(インテリジェンス)ゴーレムに呼びかける。

「ハイであります」

 すぐさま鼻に掛かった様な甘い声で返事があり、正しく少女の姿をした小さなゴーレムが姿を現した。

 彼女はすぐさま、カリストの使い魔である黒猫のヤマトの背に乗ってアルト隊の後方へと移動する。

 騎獣の役を果たすヤマトの表情と言えば、何時に無くキリリとしたナイトの様だ。

 これで準備は全て整った。

 ここから、奥礼拝堂は戦いの気をはらむ戦闘フェイズへと移行する。もうここからは、互いに容易に逃げられぬ空間となるのだ。


 開幕一番で声をあげるのは、敏捷度23を誇る『草原の妖精族(ケットシー)』マーベルだ。

「『アインヘリアル』にゃぁ」

「承認します」

 言葉と共に彼女の影から飛び出すのは、コブシ大の蜂蜜の姿をした『勇気の精霊(ブレイビー)』。

 すでに事前召喚スキル『プレサモン』よって影に控えていたかの精霊は、小さな昆虫の羽を震わせてアルト隊の頭上を飛び回り、黄金の燐粉を撒き散らす。

 戦いに臨む勇気を灯す『精霊魔法』だ。

「よし、いいぞ。テンション上がって来た」

 最もこの効果の恩恵を受けるのは、常に先頭に立つ恐怖と戦っている『傭兵(ファイター)』アルトだ。

 アルトは正眼に構えていた『無銘の打刀』を身に寄せて八相に構えなおす。だが、彼の行動より先に動く者がいる。

 いつもならここで敏捷度19のカリストが続く所だが、今回はそれより早い者がいたのだ。

 敏捷度20。

 そのカリストが評する所の『忍者ビルド(シノビルド)』の少女、ヒビキだ。

 彼女は緩慢な動作からアルトの前へと躍り出た。

「『セイバーアクセル』」

 そして紺装束の口元が微かに呟くと、その小柄な身体が何の前触れも無く霞んだ。

「なんっ!」

 攻撃が来るのはわかる。が、その動きを目で追えなかった焦りの声が思わず漏れた。

 と刹那、脳裏に浮かぶのは、かつて共闘した、レギ帝国西部方面軍騎士連隊隊長ジャム大佐の妙技だ。

 だが細かく思い浮かべる間もなく、ヒビキの刃がアルトを襲う。

 振り上げられた小太刀からの斬撃が一閃、ニ閃。

 続いてさらに左手のクナイが一突き、ニ突き。

 目にも留まらぬ早業で繰り出されたそれらの攻撃は、左右併せて八連撃に及んだ。

 7レベルと言うアルセリア島屈指のサムライであるアルトも、ここまでの連撃はさすがにたまらない。

 幾つかの攻撃こそかわし、そして跳ね上げたが、それでも半分はその身に浴びた。

 クリティカルヒットも含む合計4ヒット。高い値を持つアルトのHP(ヒットポイント)も、これはたまらず半分の数値を持っていかれた。

 『セイバーアクセル』は『片手剣修練』を前提とする連撃スキルで、そのスキルランクに1を足した回数の連撃を浴びせる事ができる。

 また、併せて『二刀流(ツインソード)』のスキルを持つと、左右分として倍の連撃となるのだ。

 欠点と言えば、『二刀流(ツインソード)』で使えるのは、軽量武器までと言う事だろうか。

 だが『セイバーアクセル』3ランク(インターミドル)ともなれば八連撃。これだけロール回数が増えれば、それだけクリティカルの確率も高まるわけで、それだけでも恐るべき攻撃と言えるだろう。

「くは、こいつは効く」

 連撃の終了と共に一定の間合いを空け、傷だらけになった身体を軽く撫でる。『ミスリル銀の鎖帷子(チェインメイル)』には傷一つないが、それでもダメージは大きい。

 だがアルトの背後には頼もしい仲間がいる。

「アルト君、お返しを叩き込め。『ファイアアームズ』!」

「そや、まだ始まったばかりやで。『キュアライズ』」

「どちらも承認します」

 そう、声があがったと共に、『無銘の打刀』には魔法の炎が、ダメージを負った身体には聖なる癒しの光が覆った。

 敏捷度19、『魔術師(メイジ)』カリストからの武器強化魔法と、敏捷度14、『聖職者(クレリック)』モルトからのHP(ヒットポイント)回復魔法だ。

 負った傷がたちまち癒える。

 だが、アルトが反撃を始めるより早く、敏捷度13の悪魔神官キャンベルが自らに魔法を放った。

母なる女神(アプリナ)よ、忠実なる(しもべ)の身を守る暗黒の光を与えたまえ。『コッズギア』」

 天に向けて右手をかざし、祈りを奉ずる。

 すると礼拝堂の採光用ステンドグラスから、太陽の光を遮る黒い霧が現われたかと思うと、渦巻くようにキャンベルの身体を覆い始めた。

 それは瞬く間に欲望の女神アプリナの使徒・キャンベルを守る漆黒の鎧となり、また漆黒なる『聖槌(メイス)』となった。

「『コッズギア』ということは、キャンベルは7レベル『聖職者(クレリック)』って事ですかな」

 最後尾で一連の魔法を観察していた酒樽紳士レッドグースが呟くと、耳にしたカリストがその言葉を拾った。

「いや、その前に大礼拝堂で遭遇した妖魔(インプ)を召喚している筈。『コールサーバンツ』は8レベルだよおやっさん」




 『コッズギア』『コールサーバンツ』は、彼らの言う通り、それぞれ『聖職者(クレリック)』の7レベル、8レベルの『神聖魔法』だ。

 『コッズギア』は信徒の求めに応じて、身を守る神の武具を6ラウンド間だけ顕現させる。

 『コールサーバンツ』は神に所縁ある小動物や妖魔、場合によっては神獣を召喚し使役する。

 どちらも特性や種類は信仰する神によって違う。

 また、RT(リキャストタイム)は24時間と長いのが特徴だ。




 8レベル。これはレベルだけで言えばレッドグースが相当する。他のメンバーはまだ未到達の領域である。

 とは言え、到達しているレッドグースも、その職業(クラス)は取得に掛かる経験点が少ない『吟遊詩人(バード)』であり、比較になるものではない。

 つまり、レベル不明の女忍ヒビキと共に、決して侮る事のできぬ相手という事だ。

「ヒビキよ、俺も前に出よう。この後はしばし好きに暴れるが良い」

「は、(あるじ)の仰せがままに」

 そして、顕現した禍々しき武具を纏ったキャンベルが、数歩進み出てヒビキに並ぶ。

 その威風は堂々たるものであり、さすが、偽りと言えど法者の王としての風格だ。

 しかしアルトもすでに多くの死線を潜り抜けた猛者であり、また『勇気の精霊(ブレイビー)』の鼓舞を得ている。

 この程度で下がる者ではない。

「来たか手柄首め。お前さえ討てばこっちの勝ちだ!」

 アルトは偽法王キャンベルの前進に舌をなめずりながらほくそ笑む。

 受けて、キャンベルもまた悪辣な笑みを浮かべる。いかにも「やれるものならやってみろ」と言わんばかりだ。

「いいぜ、一撃で屠ってやるよ。くらえ、『ツバメ返し』」

「承認します」

 八相の構えから大上段へと『無銘の打刀』が跳ね上がり、すぐさまキャンベルの頭上へと降り注いだ。

 『コッズギア』を纏っているとは言え、7レベルの『傭兵(ファイター)』、それも攻撃に特化されたサムライの一撃を避けられるものではない。

 偽法王キャンベルはアルトの狙い通り、その左肩から袈裟懸けに刀の一閃を浴びた。

 そして下段まで振り切れた『無銘の打刀』が斬り替えされ跳ね上がる。

 秘剣『ツバメ返し』の復路が襲ったのだ。

 この一撃、いやニ連撃は、『コッズギア』越しにキャンベルのHP(ヒットポイント)の約半分を奪った。

 それはまるで「仕返し」と言わんばかりのダメージ比率だった。

 だが、アルトはこの手ごたえに一瞬だけ眉をひそめた。

 純粋な戦闘職であるサムライの大撃スキルを以ってしてなお、純粋な後衛職のHP(ヒットポイント)を半分しか削れなかったのだ。

 これは驚愕に値する防御力だ。

 なぜなら、割合で言えば同等の「半数」だが、『傭兵(ファイター)』や『警護官(ガード)』とその他の職業(クラス)では、根本的なHP(ヒットポイント)上限が違うのだ。

 具体的な話をすれば、前者は能力値(パラメータ)「生命力」の2倍がHP(ヒットポイント)最大値となり、後者は能力値(パラメータ)「生命力」がそのままHP(ヒットポイント)となるのである。

「コイツは、長期戦を覚悟しなきゃな」

 それでもアルトは踏みとどまり、無理にでも笑みを浮かべ呟いた。

 心の中では、キャンベルの手にする『コッズギア』による『聖槌(メイス)』のまだ見ぬ威力に冷や汗をかきながらではあるが。

 こうして各人が行動し終わると、やっと敏捷度5であるレッドグースの手番だ。

 『吟遊詩人(バード)』レッドグースもまた、アルト同様に長期戦への布石として、愛用の『手風琴(アコーディオン)』に手をかけた。

 『大地の妖精族(ドワーフ)』の野太い声が、『手風琴(アコーディオン)』調和する。

 勇壮な旋律に力強い歌声。困難へ立ち向かう勇気を与えてくれるこの『呪歌』の名は『マーシャルソング』という。




 『マーシャルソング』は他の『呪歌』同様、聴く者に効果を波及するが、一つ、違う所がある。

 それは「戦士の心を持つ者だけに」という所だ。

 すなわち、此度の戦いにおいては、『傭兵(ファイター)』アルト、ヒビキ、また『警護官(ガード)』のレベルを持つモルトの3人にのみ、効果があるということになる。

 詩は古代の英雄をたたえ、道を目指す者を励まし、そして勇敢な者の死の先にある喜びの野を描いている。

 古くから騎士と騎士のぶつかり合う戦場で好まれた『呪歌』である。

 その効果は『各攻撃パラメーターに微量のボーナス』だ。




 演奏者レッドグースとしては、女忍ヒビキの攻撃力が上がってしまうことより、アルトがより早く偽法王キャンベルを打ち倒すよう優先したわけだ。

 まぁ、どうせ直接相手取るのは、前衛アルトだ、という意識が根底に無かったとは言えないのであった。


 さて、一通り行動が一巡すれば次のラウンドである。

 各人、例外を除いて1ラウンド1行動と言うのがこの世界の掟である。こればかりは誰がどれだけレベルを上げようと変わらない、普遍の法則なのだ。

 創造主ヴァナルガンドが、設計者キヨタヒロムにそそのかされた結果だが、ここでそれは余談である。

 そう言うわけで2ラウンド目が開幕すると、トップを切るのはやはりねこ耳童女マーベルだ。

 マーベルは、自分には効果ないはずの『マーシャルソング』に合せて拳を振り上げ、頭上の『勇気の精霊(ブレイビー)』に命を放つ。

「『アインヘリアル』にゃ」

「了承します」

 再び、コブシ大サイズの蜜蜂から、黄金の燐粉が撒き散らされる。

 精霊魔法『アインヘリアル』は、重ねがけ可能な強化魔法だ。ゆえに、1枚前衛のアルトを支える、重要なファクターとなるのだ。

 果たして、強く心に加護を受けたアルトからは、すでに恐れは消え去った。

 強敵2人を前にして、勝利を確信するように雄叫びを上げるほどであった。

 しかして、その雄叫びを受けたうちの1人、女忍ヒビキが手にした小太刀を腰の鞘に納めて膝をついた。

 よもやアルトの雄叫びに臆したわけではあるまい、と各人の怪訝なる視線の前で、ヒビキは自らの落とす影に手をつく。

「『忍法・影潜り(シャドウダイブ)』」

 言葉と共にカリストへ、そして事が起こって見る者全てに理解が及んだ。

 すなわち、ヒビキがズブズブと自らの影の中に消えていったのだ。




 『忍法・影潜り(シャドウダイブ)』は10周年記念で発売された「メリクルリングRPG」のアドバンスドルールにて追加された『傭兵(ファイター)』のスキルだ。

 そのスキルを体得する為には、『忍ビルド(シノビルド)』と呼ばれる長い苦難のスキルツリーを辿る必要があるが、会得してしまえばその効果は絶大だ。

 その名の通り、影に潜り、誰にも知られずに戦場内を移動し、易々と敵の背後を取ることができる。

 正に『忍法』の名に相応しいスキルである。




「逃げた、わけじゃないよな?」

「アルト君、『背後からの攻撃(バックアタック)』に気をつけるんだ」

「はい。解かってますとも」

 少しだけ視線で床を探し、ゴクリと唾を飲んだアルトだが、すぐさま飛んだカリストからの警告で気を引き締めて前に臨んだ。

 そして警告と共に黒魔道士カリストからは、また強化魔法が浴びせられた。

「『フィズフォージ』『ストレングス』をアルト君に」

「承認します」

 瞬間、アルトの全身が緑の光を湛え、両の拳に力が漲った。

 任意の能力値を一時的に上昇、または下降させる『緒元魔法』だ。

 『アインヘリアル』、『ファイアアームズ』、『マーシャルソング』、そして『フィズフォージ』。

 これだけ強化に強化を重ねられれば、もう、どうあっても負ける気はしない。

 そんな気分でアルトは『無銘の打刀』を正眼に構えた。

 さぁこい悪魔神官キャンベルめ。『コッズギア(神の武具)』で武装したニワカ前衛如きに負けるかよ。

 そんな気分であった。

 そして、回復魔法に備えて待機する白い法衣のモルトをスルーし、禍々しくも聖なる神気を纏ったキャンベルがアルトに正対する。

 正対し、手にした『聖槌(メイス)』を高々と掲げ、振り下ろすかと思ったところで咆哮した。

 そう、咆哮である。

 まるで最強の魔獣が放つかのごとき咆哮だ。

 空気が、聖堂が激しく震え、採光用のステンドグラスに一部ヒビが入った。

 それほどの声がアルト隊の面々に何の作用もしないわけが無い。いや、この叫びこそが邪神に仕える『聖職者(クレリック)』にのみ使用できる『暗黒魔法』の一つであった。

 ちなみに『暗黒魔法』はプレイヤーキャラクターにはシステム的に習得許可されていない。つまりは『敵専用』というわけだ。

 こうしたシステムが邪神の信徒や黒エルフは「プレイヤーキャラクターの上位互換じゃないか」と揶揄される要因である。




 ここでキャンベルが放った『暗黒魔法』は『デモンスクリーム』という、邪神に仕える6レベル『聖職者(クレリック)』が使える魔法だ。

 この悪魔の咆哮を聞き、精神力による抵抗に失敗した者は、たちまちバッドステータス『混乱』状態になる。

 『混乱』に陥った者は、そのステータスが解除されるまで、敵味方が解からなくなり、また自分が誰なのか、何を目的としているかなどを、判断できなくなる。




 混乱、混乱、混乱。アルトが、モルトが、マーベルが、カリストが、とにかく4人が途端に『混乱』状態となった。

 辛うじて抵抗に成功した精神力モンスター『大地の妖精族(ドワーフ)』のレッドグースでさえ、あまりのことについ、演奏の手を止めてしまった。

「これはマズいですよ。レッドグースさん」

「いやはや、参りましたな」

 マーベルのウエストポーチに収まっている薄茶色の宝珠(オーブ)と、いかにも暢気そうなやり取りを交わすが、すぐに上手い考えが浮かぶわけでなし、レッドグースはホトホト困り顔で周囲を見回した。

 とにかく、何か挽回のチャンスはないか、という訳だ。

 そうしているうちに第2ラウンドの10秒は経過し、酒樽紳士が何も思いつかぬうちに第3ラウンドへ突入した。


 そう、その第3ラウンドの始め、偽法王キャンベルが、とんでもない事を叫んだ。

「何を呆けておるか、残る怨敵はその『大地の妖精族(ドワーフ)』のみ。さっさと片付けよ!」

「なん、だと?」

 アルトが、モルトが、マーベルが、カリストが、その声を聞き、虚ろな瞳をグルリとレッドグースに向ける。

 混乱中であるがゆえ、その言葉がおかしい事など疑えないのだ。疑えないから、冒険者の本能が、緊急的に危険回避を行おうと『敵』に殺到した。

 「どうせ直接相手取るのは、前衛アルトだ」などとおざなり考えていたツケが早々に回ってきた態のレッドグースだ。

 そして誰よりも敏捷度が低いレッドグースだからこそ、このラウンドは仲間達から成す術も無く袋叩きにされた。

 けしかけたキャンベルはと言うと、先ほどアルトの『ツバメ返し』で斬られた傷に、ニヤニヤとしながら『回復魔法(キュアライズ)』をかけていた。

 危うし酒樽中年の星。

 ようやく自分が行動可能になるころには、すでにHP(ヒットポイント)が風前の灯となっていたのは言うまでもない。

 むしろ尽きなかったのが不思議なくらいだが、そこはそれ、『混乱』のお陰で各人の攻撃はスキルや魔法無く、得物で叩くのみであったのが不幸中の幸いだった。

「くふう、しこたま殴られて、ようやく対策が浮かびましたぞ」

 包囲まれつつも、死にさえしなければラウンド中の行動が補償される世界の法則(システム)に感謝しつつ、レッドグースは転がった愛器『手風琴(アコーディオン)』を手元に引き寄せた。

2018.1.19

セイバーアクセルの仕様を間違えていた為、少し修正しました。

セイバーアクセルの攻撃回数はランク+1回でした。

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