13キラーシナリオ
メリクルリングRPGの住人であるキャラクターを表す基本パラメータは『筋力』『知力』『器用』『敏捷』『生命力』『精神力』の6つ。これらは最初にサイコロと種族特性ボーナスによって決定し、以降、レベルアップによって上昇する事はない。
また重要なサブパラメータとしてHPとMPがある。HPは生命力と同じ数字で決定されるが、前衛職である『傭兵』と『警護官』はボーナスとして倍の数値が与えられる。
MPは魔法やスキルを使用する際に消費する数値で、精神力と同じ数字となる。魔法職『魔術師』『精霊使い』『聖職者』はボーナスとして倍の数値が与えられる。
HPはゼロになると生死にかかわる事態となるが、MPがゼロになっても気絶状態になるだけで、生死にかかわる事はない。
「よろしいですぞ」
薄暗い通路の奥で、アルトがかざす松明の灯を頼りに扉を調べていたレッドグースが、額に浮かんだ汗を拭いながら道を譲る。
扉に貼られた金属板に書かれた文字は『宝物倉庫』。しかし誰もがその金属板の不自然さには気付かなかった。第一に真新しすぎると言う事、第二に研究施設に『宝物倉庫』があると言う事。
皆が数々の難関を越えた事で、『ご褒美』を得られると信じて疑わなかった。
その難関が何の為に備えられたものなのか、知ってはいたが理解していなかった。いや理解していたが、無意識に思考の端に追いやっていたのかもしれない。
「さぁ最後の扉を開けるぞ」
松明を後衛のマーベルに託し、アルトは両手で扉のノブを慎重に握る。一同、固唾を呑んで頷き、その扉の行く末を見守った。
ゆっくりと扉が開かれると、室内のひんやりとした空気が徐々に流れ出す。室内は廊下よりなお暗く、差し込むだけの光では『雑然としている』と言う以外の具体的な内容はわからなかった。
「マーベル、松明…」
先ほど渡した灯を取り戻そうと振り返るアルト。
その時、部屋の奥で小さな光がひとつ灯った。光はその周囲を照らし、光の根にある『魔術師の杖』と、その主を露わにした。
「待っていたよ」
光の主は部屋に雑然と置かれた何かに腰掛けていた。悠然と腰掛け、アルトたち侵入者に気付くと手にしていた書物を静かに閉じて顔を上げた。
細身に『漆黒の外套』のその男は、ふてぶてしく口元で笑い、人差し指で眼鏡のブリッジを押し上げる。
「カリストさん…」
困惑の中から呟いたアルトの言葉に、いかにも可笑そうに笑った男は立ち上がり、『魔術師の杖』に灯った光を頭上高くに掲げる。
「カリスト? くくく、そう私の名はカリスト。よく来たな、異界の精鋭たちよ」
彼の光で部屋が照らされる。雑然と積み上げられたのは、土くれで作られた数々の腕、足、そして力なく横たわる巨大人形の成れの果てだった。
「アンタ、ここで何しとるん?」
前衛としてアルトの隣に立つモルトが問う。その立ち居はすでに臨戦態勢だ。
「言っただろ? 君たちを待っていたんだよ」
「そんなバカなことがあるか!」
反射的に怒鳴るアルト。アルトたちの動向を知る者はあの屋敷で別れたゼニーだけだ。第一、この世界で彼らの行く先に興味を持つ者は他にいない筈だった。
なのに先回りされていた。その意味をアルトは解りたくなかった。
「ホントにそう思う? 君たちの持つ地図が誰の物かわかってる?」
アルトが発見したつもりの未調査遺跡に関する地図類。彼らがこの遺跡にやってきた由来となるものだ。誰の物かと問われれば、それは眼前の魔術師のものである。
すなわち、彼らはまんまとハメられたのだ。
「まぁええわ、アンタに会いたかったのはコッチもやし」
騙された、と言うより自分から罠に飛び込んだ悔しさに、歯噛みし、今にも飛び掛ろうとするアルトを制し、モルトは立ち居を崩さぬまま、油断なくカリストを名乗る黒衣の男の瞳を、刺すように見つめた。
「伺うよ」
「アンタ、操り人形が欲しいんやろ?」
モルトが自分たちが導き出した推理をぶつける。先日、みなで話していた疑問に対する解答のひとつだ。
ゴブリンに館を手配したウッドペック氏は、おそらく操られていた。操られていた、とはいえ、自分の罪に気付き自害したのではないか。
操っていた主は、今、カリストの身体を支配し、操っている。操り、自分の目的を果たそうとしている。
推論の域を出てはいないが、それでも彼らの出した回答の中では、最も辻褄が合う。
「ほう」
その言が正解である事を裏付けるように、男が短く感嘆の声を上げた。
「そやったら、もっと強いヤツにしたらええやん、ウチらなんか全然低レベルやで」
ウッドペックを操り人形にしたのはわかる。彼は実力的にも、社会的地位にしても、さぞ利用価値が高かったろう。
また『魔術師』の身体が欲しかったとしても、ゲームを始めたばかりの彼らは低レベルすぎる。何も『魔術師』はカリストだけではないはずだし、高レベルの『魔術師』はいくらでもこの世界にはいるはずだ。
「おいおい、君は酷いことを言うな。自分の仲間を助ける為に、他人を売るような真似をしているのがわかっているのかい?」
男はおどけたように手を広げて笑い、視線の変わらぬモルトに気付くと肩をすくめた。
「いや、私はカリスト君を選んだんだよ。無作為じゃないよ?」
まるで教師が、出来の悪い生徒を回答に導くような言い回しだ。少し直情径行のあるアルトには、限りなく不快な仕草だった。
しかし、腹は立つがその回答はわからなかった。それが余計腹立たしかった。
彼らはただ偶然にカリストが囚われたのだと思っていた。まだこの世界の住人となって日が浅い彼らの利用価値などあるとは思えなかったからだ。
「もうひとつヒントを貰いたいですな」
予想外の話の方向に絶句してしまったモルトをレッドグースが継ぐ。
「さっき興味深い台詞を言いましたな。『異界の精鋭』でしたか。あなた、知っていますな?」
言葉足りなくはあるが、そこにいた誰もが彼の言いたい事を察した。
アルトたち5人の秘密。それはあえて秘密にしたわけではないが、かといって説明のしようもない事実。
彼らは『メリクルリングRPGの世界の外から来た』。その男が欲したのは『異世界から来た彼ら』の身体だったのだと、その言葉から推測できる。
「なにが違うにょ?」
交渉も知恵も得意とはしないことを自覚していたマーベルだが、さすがに話が見えなくなってきたのか、モルトの袖を引いて訊ねる。アルトもまた実のところ判っていなかったので耳を傾けた。
「基本は変わらんはずや。でもひとつ、思い当たる点があるねん」
アルトとマーベル、図らずも2人の高校生コンビが息を呑む。
「『生死判定』ロール、ですな」
*******
HPがゼロになると死ぬ、これはこの世界の法則ではあるが、プレイヤーの操るキャラクターには優遇措置が与えられている。それが『生死判定』ロール。
PCは、HPがゼロになっても、このロールに成功する限りは、仮死状態とされ、傷の自然回復かHP回復魔法にて復活する事が可能なのだ。
つまり、彼らはこの世界において、少しだけ『死ににくい』特性を持っていると言えるだろう。
*******
「ご名答」
男は大仰に手を叩き賞賛する。だがどこか空々しい。
「私は危険にさらされる事が多くてね。カリストの身体はいかにも都合が良い」
「どこでそれを…」
アルトの疑問は尽きない。なぜ知っているのか、何処で知ったのか、まさか彼らをこの世界に連れて来た者、あるいは現象を知っているのか。
だが言いかけてすぐに男の振り上げた手に制された。
「さてお立会い。私にはこの身体が必要で、色々知っているあなた方が目障りだ。選択肢は2つ。『私を倒して奪う』か、それか『ここで死ぬ』か」
「選択肢、とは…まるでゲームですな」
あくまでおどけた『魔術師』の言に、レッドグースが皮肉めいて呟く。しかしそんな皮肉も男の笑いに飲み込まれた。
「知っているよ、ゲームなんだろ? この世界は君たちにとっては娯楽だったんだろ? 可笑しいね、可笑しいだろ?」
いったい何を知っているのか、どれだけ知っているのか。疑問を植えつけては身を翻す道化のようだ。もはや問答で得られる答えがあるとは思えない。
「どーする?」
「カリストのにーちゃんは助けなあかんと思うんやけどな」
考える時間を与えてくれているようだが油断は出来ない。
戦闘隊列を崩さぬままに会議の口火を切ったのはマーベルで、モルトは応えながら先日の戦いを思い出す。夜の教会で彼らは同じ相手から命からがら逃げたのだ。
「オレは、3レベルになったぜ」
答えが出ない沈黙の中、得物に手をかけたままのアルトが呟く。それだけの呟きだが、彼の言わんとしている事は一同にも伝わった。
教会の戦いで、あのカリストの顔をした黒衣の魔術師は3レベル魔法『ライトニング』を使った。すなわち、敵は推定3レベルの『魔術師』。
「同じ3レベル。しかもアル君は前衛職、あっちは後衛職やな。それなら…」
同レベルで互角の勝負、とはいえ、後衛職である『魔術師』には、『傭兵』の剣打を簡単に避けることは出来ない。しかもHPは俄然低いはずだ。
おまけにこちらはレベルが劣るとはいえ、回復役も魔法職もいる。
戦いを避けたがるアルトでもこの戦いの勝利を予感していた。
「うん、いけるいける。完璧にゃ」
あの夜、ライトニングで重傷を負ったマーベルが、その恐れも見せずに声を上げた。能天気なその声が彼らの重い腰に蹴りを入れる。
「ほな、覚悟を決めるか」
「やるにょ」
「やれやれ、仕方ありませんな」
それぞれが不敵な笑みを浮かべ一様に頷く。
痛いのは嫌だ。だが男は言った『倒して奪う』か『ここで死ぬ』か、と。どちらにしろ争いは避けられない選択肢だ。
それにカリストをあのままにして置く訳にはいかない。なら、いつかはやらねばならぬ一戦なのだ。勝機を逃してはならない。
元の世界に帰りたいのか、帰れるのかも判らない。しかし、どうせこの世界を旅するなら、同じ世界の仲間がいい。
「決まったようだね」
彼らが出す結論を待っていた黒衣の男が、『魔術師の杖』を床に付く。その口元は禍々しくゆがんでいた。
「では、はじめようか、殺し合いと言う名の遊戯を」
黒衣の男が高らかに宣言し、かくして彼らの戦いの火蓋は切って落とされた。
「召還・勇気の精霊!」
「承認します」
真っ先に叫ぶのは猫の耳をピンと立てた少女・マーベルだ。
猫のようにしなやかで素早いケットシー。敏捷性においてもっとも高い特性を持つ種族である。
彼女の呼びかけに応じ、虚空に六角形の紋様が描き出されたかと思うと、空間を割ってコブシほどもあるミツバチが生まれ出でる。
勇気を司る精神の精霊『ブレイビー』。戦う者の心を鼓舞し、死した魂を約束された大地へ誘う先導となる。2レベルの『精霊使い』が召還できる精霊である。
「ふん、まずは準備か。……!」
「しょ、承認します」
黒衣の魔術師は不満げに呟く。おそらく何らかの魔法詠唱だろう。またGMはその役目に束縛されているのか、いつもの機械的なコールを行う。
「ちなみに今、何使いましたかな?」
「抵触制限がかかりました。残念ながらお答えできません」
レッドグースの問いはすげなく却下されるが、その答えは直後にわかる事になる。
「ほなウチの番や、『キュアセイン』」
本来は「正気を取り戻す」為の聖なる魔法。前の戦いにおいては、苦し紛れだったこの魔法で、一瞬だがカリストの意識を呼び起こした。あの教会の戦いで唯一つかんだ必勝法だと言えよう。
黒衣の男の足元に浮かび上がった光の聖印から、輝く蛇が生まれ出でる。蛇は螺旋を描きながら男を這い登ると、その額に噛み付いた。
だが世界はそれほど甘くはなかった。
輝く蛇は牙を立てた途端に瞬き、そして霧散した。黒衣の男が呟いた詠唱による魔法の効果である。
「むぅ、『マギシールド』ですな」
*******
『マギシールド』は2レベルの緒元魔法。
発動前に1時間の儀式を要する魔法だが、儀式後はいつでも短詠唱で発動し、あらゆる魔法を1度だけ無効化する。『魔術師』に許された絶対魔法防御である。
*******
「なんども同じ手は食わないよ」
「なら、たたき起こすまで!」
入れ替わり走りこむのは『傭兵』アルト。得物である『無銘の打刀』はすでに抜刀済みだ。
構え八双から袈裟に斬り下ろす。まだ一人前とは言えずとも、その剣速は相手が『魔術師』なら簡単に避けられるものではない。
さらにインパクトの瞬間、アルトは咆哮を上げる。
「当たれ、『木の葉打ち』!」
*******
『サムライ』のスキルを持つ者が習得を許される攻撃用スキル『木の葉打ち』。関節や経絡を狙い打つ事で、通常のダメージに『麻痺』の効果を与える。
3レベル『傭兵』となった時に新規に取得した、アルトの新しいスキルである。
*******
「承認します」
GMのコールと共に刀は着打する。が、その瞬間に魔術師の『漆黒の外套』が禍々しく光った。
ヒットした手ごたえはあった。しかし『木の葉打ち』の効果は発揮されなかったし、切り裂いたはずのカリストの身体は傷ひとつ負っていなかった。
「な、なんでだっ」
アルトの頬が驚愕にゆがむ。彼の目論見では『魔術師』の紙装甲など問題ではなかったはずだ。
「ふう、危ない危ない、死ぬかと思ったよ」
台詞の内容とは裏腹に、その声は余裕の笑みが入り混じっていた。
「そんな…」
一同は背筋にそら寒いものを感じた。
最初は『楽勝』とは言えないまでも、負ける勝負ではないと思っていた。人数で押していけば勝てると見込んでいたはずだ。
なのにこの惨状はどうだ。魔法は無効化され、剣打は傷を与えるに適わず。いったいこの差は何なのか。見えていたはずの『勝機』は急速に彼らの目前から失われているように思えた。
「さて、じゃぁそろそろ死んでもらおうか」
カリストの仮面を被った『魔術師』が『魔術師の杖』を高々と掲げる。目に見えない緒元の力が集うのが感じられた。
「バカな、まだ2ラウンド目じゃありませんぞ!」
レッドグースが叫ぶ、確かに、鈍足で戦闘行動が最後になりがちなドワーフは、未だ行動宣言をしていない。さらに言えばこの黒衣の男はすでに『マギシールド』を使用してるのだ。
なのに件の『魔術師』は魔法の力を解き放った。
「ブリザード」
今度はGMの承認なく、魔法が部屋に吹き荒れた。
美しくも無慈悲な氷の刃が渦を捲く。凍える暴風は廃棄されたゴーレムたちの手足も巻き上げ、そして切り裂いた。
「うきゅっ」
頭を隠すように身構えるアルトの後ろで、小動物のような鳴き声があがる。だがアルトにも他を気にしている余裕はない。
数秒でしかない吹雪。しかしその破壊力は絶大だった。
『36』である『傭兵』アルトのHPは、その一陣の吹雪で約半分を失った。『鎖帷子』のおかげで、外観の傷こそ軽く見えるが、それはただ隠れているだけの事だ。隣を見ればアルトに継ぐ高HPの『警護官』モルトも同様に大きな傷を負っているようだった。
苦しい戦いだ、自分がこの有様では他の者は堪らないだろう。通常に倍する前衛職のHPの半分、それはそれ以外の職にとっては致命傷を意味する。
そこまで思いを馳せ、ハッとした。背後にいる少女は、その通常よりさらに生命力が低いケットシーだ。そういえば、さっき嫌な悲鳴を聞いた。
アルトはおそるおそると頭半分だけで自分の背後を窺った。
そこにはすでに血溜まりに伏す少女の小さな身体があった。
「マーベル!」
アルトの顔面から音を立てて血の気が下がる。
HPがいくら減っても、ゼロにさえならなければ身体は動く。それがこの世界の仕様である。
重傷ともなれば苦しいし、激痛に心が折れそうになるが、それでもどうやら関節や腱、筋肉に対する異常は出ないようで、意思さえあればいつも通りに跳躍も出来るし、詠唱も出来る。
だが、マーベルが動かない。
コレは何だ、プレイヤーが死ににくい? それは『不死身』と言う意味ではない。後ろで倒れるケットシーは大丈夫なのか? 死んだらどうなるんだ? ゲームなんだろ?
嫌な予感と、言い訳にも似た考えがぐるぐるとアルトの脳裏をめぐる。そしてひとつの結論じみた考えが徐々に染み渡る。
この選択は間違いだったんじゃないのか? 自分がこの戦いに対して持っていたのは、自信じゃなくて慢心だったのではないのか?
「さすがに戦士職を1発轟沈とは行きませんか」
緊迫したアルトたちの空気をものともせず、黒衣の男は悠然とため息を付いた。その場違いとも言える調子のおかげか、暗黒に墜ちかけたアルトにもまともな思考が戻った。
「マーベル! 返事をしろ!」
アルトの膝は恐怖に震える。だがその恐怖が何処に向いているのかわからなかった。それが恐るべき敵に対するものなのか、仲間が倒れた事に対するのか、それとも、自分の死に対する恐怖によるものなのか。
「『生死判定』ロール、成功。生きています!」
マーベルの手から離れて、共に血溜りに転がっていた薄茶色の宝珠から声が上がる。その報告はアルトたちにひとまずの安堵を与える。けして安心できる状況ではなかったが、最悪ではない事が救いだった。
「どうやらワタクシたちは相手を見誤ったようですな」
苦痛に頬をゆがめて、膝をついたレッドグースが呻く。
レッドグースはその精神力の高さで、魔法に対する抵抗ロールに成功したようだった。しかし攻撃魔法に対する抵抗ロール成功は、ダメージ軽減の効果しかない。
「おっちゃん。『ブリザード』て何レベルや」
同じく苦痛から息を荒くするモルトが問う。それは出来れば訊きたくない、未来を決定付ける問いだった。
「5レベルの緒元魔法ですぞ」
*******
『ブリザード』。5レベルの緒元魔法。半径5メートル内にいる者に、氷の刃の暴風で大ダメージを与える範囲攻撃魔法である。
*******
「あかん、詰んだわ」
ゲームなら手にしたサイコロを放り出すところだったろう。




