16悪魔神官
前回までのあらすじ
アルト隊が目指す、謎の『リルガ王国』の情報と引き換えに、タキシン王国王太子アムロドから命じられた任務は、敵である王弟軍へ援軍派遣を画策している、ニューガルズ公国の後方かく乱だった。
ニューガルズ公国は今、行方不明となった公国王オットールに代わり、『ラ・ガイン教会』法王キャンベルによって実権を握られていた。
そんなニューガルズ公国へ潜入したアルト隊は、派遣軍の兵糧調達を失敗に追い込み『後方かく乱』の任を果たした。
また同時期に潜入した王太子側近の冒険者『放蕩者たち』の活躍で、行方不明であった公国王オットールは公国北部より挙兵。首都ニューガルズ市へ進軍を開始した。
ニューガルズ市へ無血で凱旋を果たした『帰還王軍』は、軍を2つに分けて王城と大聖堂へと攻めあがる。
褒美めあてで戦功を求めるアルト隊は、このうち大聖堂攻略へと参加。軍勢が大聖堂を包囲している隙に大聖堂へと突入を果たした。
ニューガルズ公国の王城『中奥の城』は古城である。
大きさはと言えば、レギ帝国の帝城に比べれば犬小屋のようなものだが、それでもこの首都ニューガルズ市においては大聖堂の次に大きな建物だ。
ただその古さゆえ、様々な防御施設に綻びが見えている。
例えば城壁。
一部が崩れ、その補修を木組みの柵で補修している有様だ。
ただ偏に、長く攻められていない歴史を持つがゆえの暢気さと言えよう。
そんな暢気な古城の高い所から、とても暢気でいられない、と言う態の騎士が、城を包囲する『帰還王軍』を見下ろして冷や汗を垂らした。
「お、おいダッシャー、どうするんだ? マジで陛下が帰ってきちまったぞ」
「マズいわね。どうするの?」
便乗して言葉を重ねるのは、この地方では珍しく日に焼けた肌の女騎士だ。
「落ち着けドンナー。それにダンサも。もうこうなっては今更どうしようもない。後は宰相閣下と一蓮托生だ」
『帰還王軍』にうろたえた騎士がドンナー、日焼け肌の女騎士がダンサ、「落ち着け」と言いながらも、どこかオロオロとしている騎士がダッシャー。
この3人こそ、公国最精鋭を誇る12騎士中で法王キャンベルに付いた3騎士だ。
「そうね。キャンベル閣下はどこ?」
「謁見の間にいるはずだ。急ごう」
3人はとにかく今後の策や指示を仰ごうと、謁見の間に駆け足で向かう。
すれ違う城詰めの文官や女官はいずれも慌しくも嬉しげに、王を迎える準備を進めているようだったが、今の彼らにそんな事に係る余裕などない。
かくして、古くも威厳を湛えた大扉を躊躇無く開く。
この扉こそ、『中奥の城』の主がいるはずの謁見の間であった。
ところが、だ。
高い天井を支える幾つもの太い石柱、中央で王者への道を作る赤絨毯、吊り下げられた王家の正十字紋章旗、そして王者の座。
何処に目を向けてもシンと静まり返り、モノ音を立てるべき生者の姿は無かった。
「お、おい、キャンベル閣下はどこに行った?」
「まさか逃げたのか? 俺たちを置いて? どうすんだよ」
「言い争っている場合じゃないわ。こうなれば、女王陛下、いやオットール陛下が帰還した以上は王女殿下ね。とにかく殿下を人質にして、私たちも逃げ」
だが、そうした言い争いにも似た会議は途中で暴力によって遮られた。
最も理性的に状況を打開しようとした女騎士ダンサの腹に、背後から深々と『両刃の長剣』が差し込まれていたのだ。
「何ヤツ!」
咄嗟に後退って腰の剣に手をかける辺り、3人も充分に優秀な剣士なのだろう。
それでも彼らが勝てない相手が、そこにはいた。
「逆徒キャンベルは間抜けを置いて、とっくに逃げたさ。さぁ元騎士ども、神への祈りを始めな」
返り血で赤く染まった『両刃の長剣』を肩に担ぐ身長2メートルを越える巨躯の騎士だ。
「ルドルフ、お前…」
「おっと悪党に呼び捨てにされる筋合いは無いぜ。せめて『卿』とつけろよな」
かの騎士の名はルドルフ。12騎士筆頭にして、ニューガルズ公国最強の騎士だ。
もちろん彼だけではない。いつの間にか3人は他の騎士たちにも囲まれていた。
「さぁ、もうこの世にお別れは終わったかい? なら旅立ちの時間だ」
このすぐ後、謁見の間はその床を赤く染めた。
『ラ・ガイン教会』大聖堂へと突入したアルト隊は、『邪神の使い魔』の異名で知られる妖魔インプの大軍を突入小隊に任せて、正面礼拝堂裏手へ続く戸へと入った。
「暗いにゃ」
入った途端、アルト隊の面々はすぐさま立ち止まる。なぜなら、ねこ耳童女マーベルが言う通り、その場所は真っ暗だったからだ。
「光の精霊、呼ぶにゃ?」
「いや、僕がやるよ。マーベル君だと、召喚枠が勿体無い」
言うなり、黒衣の魔道士カリストが魔法の発動体である指輪を嵌めた手を掲げた。
「『マギライト』」
「承認します」
魔法の発動が世界に受け入れられると、彼の指先に明りが灯る。1レベル緒元魔法で、単純に明りを得る為の魔法だ。
この魔法は一度発動してしまえば解除の言葉を言わない限り、2時間は絶え間なく光を放ち続ける。
その上、精霊魔法と違って、これを維持する為に他の魔法が使えなくなる、と言うことが無い。
明りを得る、と言う意味では、断然、精霊魔法『ウィスプグリッター』より優れているのだ。
さて、その場所は礼拝堂から続く戸の他にも幾つかの戸、そして扉があり、部屋の中央には上階へと続く階段がある。
ホールとでも呼べばいいだろうか。
また、礼拝や説法で使うであろう様々な道具類や聖具が纏まった棚に置かれている事から、楽屋と呼んでもいいかもしれない。
すると数ある戸のいくつかは、祭典を執り行う司祭の控え室だろうか。
「どないする? 扉、全部調べるん?」
「ふむ、キャンベル殿を探すと言う意味では、ローラー作戦しかありませんかの」
つまり虱潰しだ。
法王キャンベルがこの大聖堂にいる、と言う仮定が真だったとして、ではこの建築物の何処にいるかが問題である。
答えは、さすがに誰も知らない。
ならば端から探していくしかない。
「よ、よし。一個一個開けて行くぞ」
顔を見合わせ、覚悟を決めた表情で前衛盾役のアルトが腰の差料に手を添えた。
『無銘の打刀』。これまでの相棒と違い数打ちモノの粗末な拵えが心許ない。
「待つにゃ」
だが、そんな彼らの行動を、自信に満ちた女児の声が推し止めた。見れば、マーベルが中央の階段を指差していた。
「塔のダンジョンにゃ。ボスは最上階に決まってるにゃ」
「いや、ゲームならそうかも知れんけど」
元々ここがゲームルールの世界である事が、すっかり意識から欠落しているアルトであった。
「まぁ一理あるけど。どうする、リーダー?」
と、アルト隊一の参謀役、カリストがそう言い出すから、さすがに真剣に考える気になった。
そう、ここはゲーム『メリクルリングRPG』のルールが支配する歪んだ世界。
また、この世界をデザインしたのが、日本有数のTRPGメイカー、清田ヒロム氏であり、少し前まで彼が暗躍していた事も知っている。
ならばこそ、『ボスはダンジョンの一番深いところ』というゲーム的セオリーが、正しい可能性だってあるのだ。
そう考えて、一同はすっかり迷ってしまった。
「いいから早く行くにゃ。早く行かないと逃げられるにゃ」
いや、一人迷わず主張する者もいた。ゲームセオリーを主張したマーベル本人だ。
そして彼女のその急かす言葉こそが、方向性は違えど、アルトの迷いを断ち切った。
「逃げる? 逃げると言ったな?」
「言ったにゃ」
ある確信を得て、アルトがマーベルに迫る。違った確信を持つマーベルも、アルトの迫力に気圧されて1歩下がった。
「なら階段は後回しだ。逃げるならどの道、1階を通る。まず1階を全て調べてから上がっても遅くはない」
マーベルにとってもこれは天啓の様な閃きであった。
「おお、アっくん賢いにゃ」
かくして、アルト隊は階段を視界の端に入れつつも、各戸を慎重かつ迅速に全てを開いていくことに決めたのであった。
と、その時である。
建築構造上、正面礼拝堂からは左手方向にある扉の向こうが俄かに騒がしくなった。
「おや、1階に留まる選択がフラグになりましたかね?」
このタイミングの良さに、マーベルのベルトポーチから薄茶色の宝珠が呟くのだが、その言葉は誰の耳にも入らなかった。
なぜなら、アルト隊の意識はすでに騒ぎに向いていたからだ。
すぐさま、レッドグースが扉に取り付いて聞き耳を立てる。
「どうやら戦闘が始まったようですな」
「戦闘? 法王はんやろか?」
「多人数対多人数の押し合いみたいですから、おそらく残っていた『教会警護隊』と、包囲していた『帰還王軍』が衝突したのでしょうな」
モルトの問いに、すぐさま答える。それほど音は明確に伝わってきていた。
「キャンベルが『教会警護隊』で押して脱出を謀っている、とも考えられるけど、包囲網からして素人目にも難しいだろうし、だとするとこれは」
「陽動、ですかね?」
「まぁ、可能性は高いんじゃないかな」
各々、音から状況を判断し、そして憶測を重ねる。
確かにそれは憶測でしかなかったが、それでも口に出してみれば納得できる内容であったから、皆が頷いた。
「どっちゃにしろ、包囲軍も簡単には崩れんで。この隙に他を当たってしまお」
「賛成にゃ」
結局、上階放置と同じ理屈で、アルト隊は他の扉へと意識を移した。
気を取り直して見回すと、騒ぎがあった扉以外に『扉』と呼べるのはあと2つある。始めの礼拝堂から見て正面と右手だ。
さっきの左手の扉も併せて想像するに、この大聖堂の1階部分は、今いる階段ホールを中心に、十字形に部屋が配置されているようだ。
ならば、と、正面の扉を開け、アルト隊はついに正解を引き当てた。
その部屋はどうやら始めの礼拝堂とは違い、小さく、それでいて品のいい調度を揃えた礼拝堂だ。
おそらく先の大礼拝堂が一般人向け、こちらが貴族や裕福層の為に設えられた礼拝堂なのだろう。
その奥礼拝堂の真ん中の絨毯がはがされ、床に付いたいかにもな隠し扉に手をかける豪奢な法衣を着た壮年の男と、護衛と思わしき紺の服を着た小柄な者が目に入った。
「いた、あの男がキャンベルだ」
「キヨタ、貴様!」
すかさずカリストが壮年の男を指して叫べば、キャンベルと名指された男は一瞬にして激昂した。
「ヤマト、床の扉に取り付け」
「にゃ!」
その隙を突き、カリストは自らの使い魔である黒猫に命じ、黒猫はすぐさましなやかな肢体をスルリと晒してキャンベルの掴む扉へと取り付いた。
「感覚共有。そしてGM、あの扉に『クラウストラ』『閉』を!」
「そんな使い方…ですが承認降りました。魔法、かかります!」
「なっ」
カリストが緒元の魔法を投げかけ、世界が宣言を承認する。と、同時に扉に取り付いていた黒猫の両前足が赤く光り、扉がその光を数倍にして反射するように光を放った。
「なっ、開かぬ!」
構わず開こうと力を入れるキャンベルだが、いくら力を込めてもビクともしない。
そう、カリストの緒元魔法が効果を発したのだ。
『クラウストラ』は2レベル緒元魔法。その効果を端的に言えば『魔法の錠前』だ。
この魔法を使う時、使用者は『開』か『閉』を宣言する。
『閉』を宣言すれば、その扉を魔法によって閉鎖する事ができ、『開』を宣言する場合は、自分以外が魔法で閉鎖した扉を開ける事ができる。
ただ『開』の場合は、閉鎖した者の魔力と対抗する『ロール』が必要となる。
また、どちらの場合でも、術者は扉に『接触すること』が条件である。
「使い魔の『接触』で条件クリアって、それが有りでは、あまりに凄い事になりませんかの?」
「そうは言っても、以前、キヨタ氏が使ってるの見たことあったし」
「ほなしゃーないわな」
と言うことであった。
「おのれ、こうなれば貴様らを倒して血路を開くまで。ヒビキ、俺を守れ」
「はっ。主君、お任せを」
ここで、ヒビキと呼ばれた護衛に初めて注目が集った。
「声が高い、女か」
「いや、女児と言った方が良いかも知れませぬ」
ヒビキと呼ばれた小柄な人物。目立たぬ紺の服であったため印象も薄かったが、よく見れば全身を隈なく隠す様な風体だ。
防具らしいモノといえば、その服装の上から幾つかの間接部を保護するプロテクターを着け、武器は右手に小太刀、左手には逆手に持ったクナイを構えている。
露出しているのは目の周りだけ、という状態なので男女の別が不明であったが、アルトやレッドグースの指摘どおり、幼さを残す高い声だった。
ただ、背丈と声だけで判断すれば女児だが、そう見えるからと言って本当に幼いか判らないのがこの世界だ。
良い例が身近にいる草原の妖精族のマーベルである。
「でもアイツは語尾に『にゃ』が付いてないにゃ。ケットシー違うにゃ」
そこまでの思考の末に一同がマーベルに視線を向けたので、彼女も皆が何を言いたいのか理解してそう答えた。
冗談のようだが冗談ではない理屈に、一同は納得して頷くのだった。
「ちゅーか、あの格好。あからさまに忍者なんやけど、そんな職業あるん?」
「ニンジャとは、平安時代の日本をカラテによって支配した…」
「いや、そういうのええから」
モルトの問いにすかさず答えようとするレッドグースの言葉を遮ると、続けて元GMの宝珠が真面目な言葉を挟んだ。
「おそらく『傭兵』で『片手武器』スキルからの派生でしょう。『片手武器』を選ぶ多くの人は空いた手に盾を装備する道を選びますが、スキルツリーの進み方によっては『二刀流』という道があります」
「茨の道だけどね。通称『忍者ビルド』。だけど極めればなかなか侮れ無いビルドだよ」
そう言葉を継いで補足するのはカリストだったが、この言にはレッドグースが首をかしげた。
「そんなビルド、ありましたかな?」
基本ルールブックを読み込んでいるレッドグースだったからこそ出て来た疑問だ。しかし彼の知識には欠点がある。
「これはキヨタ氏の記憶から拝借した知識さ。メリクルリングRPG10周年で発売された、上級ルールで追加されたスキルだよ」
「ズルイ」
すでにサムライとして完成されつつあるが、それでも隣の芝生が青く見えるアルトの呟きであった。
さて、そんな会話が交わされたのも一瞬の間である。
アルト隊が作ったその僅かな隙を以って、キャンベルもまた戦闘の準備を整える。
すなわち、ただ豪奢な法衣を着た、野心露なギラギラとした壮年の男が、少しばかりの苦痛を露にしたかと思うと、見る見るうちにその身体がひと回りほど膨らんだ。
「げ、またウルフロードか!」
思わず、アルトがその様子に声をもらした。
ウルフロードは、これまで何度か戦った事のある強化ワーウルフで、海上で拳を交えた海防艦『ヴォルフラム号』艦長、ヴァカンテ大佐の言から、かの真なる創造神ヴァナルガンドの配下、ドクター・アビスより力を与えられし者たちであることが判っている。
すなわち、ウルフロードである事は、真なる創造神ヴァナルガンドの手の者、と言うことになる。
だが、アルトの呟きが耳に入ったようで、キャンベルは口元をゆがめて、より野太く変わった声で言葉を返した。
「うわっはっは、あのような獣と一緒にするなよ」
苦痛から開放されたか、キャンベルの表情は晴れやかなものであった。それはまた、一種、恍惚としたものとも取れた。
「聖巨人ラ・ガインの神官とは仮の姿よ。我こそは『強欲の天使アプリナ』の使徒である。平伏して従え」
その顔にはいかにも邪悪な戦化粧が浮かび上がり、背には禍々しき後光が降り注ぐ。
「GM、『強欲の天使アプリナ』ってなんだ」
「この世界の2大宗派の片翼、『光と闇の眷属』で語られる悪神の一柱です」
この島より北にある中央大陸の西側で主に広く信仰される『光と闇の眷属』。この宗派では光を司る善神アジュラと闇を司る悪神カーリンの絶え間ない争いが語られている。
その悪神カーリンの陣営に強欲・怠惰・憤怒を司る三柱神がいるのだが、強欲を司る女神がアプリナである。
「自ら『使徒』と名乗るからには、高位の『聖職者』である可能性があります。あと邪神系の『聖職者』の使う神聖魔法はプレイヤーの使う神聖魔法とは色々違います。気をつけて。戦闘フェイズ入ります」
薄茶色の宝珠はそう結び、かくして、アルト隊と偽法王キャンベルの戦いが幕を開けた。




