15首狩り戦術
前回までのあらすじ
アルト隊が目指す、謎の『リルガ王国』の情報と引き換えに、タキシン王国王太子アムロドから命じられた任務は、敵である王弟軍へ援軍派遣を画策している、ニューガルズ公国の後方かく乱だった。
ニューガルズ公国は今、行方不明となった公国王オットールに代わり、『ラ・ガイン教会』法王キャンベルによって実権を握られていた。
そんなニューガルズ公国へ潜入したアルト隊は、派遣軍の兵糧調達を失敗に追い込み『後方かく乱』の任を果たした。
また同時期に潜入した王太子側近の冒険者『放蕩者たち』の活躍で、行方不明であった公国王オットールは公国北部より挙兵。首都ニューガルズ市へ進軍を開始した。
公国王率いる『帰還王軍』へと合流したアルト隊は、公国王オットールより「此度の戦いで功を上げれば、相応の褒美を取らす」と確約され、アルトは新たな刀剣を求め、モルトは酒蔵の高級酒を求めて参戦することに決定した。
街門が開かれたニューガルズ市に、『帰還王軍』がなだれ込む。
という事はなく、平和裏に開かれた門であるがゆえ、整然と列を乱さぬままに約100名と言う軍勢が門をくぐった。
門の内側にはちょっとした広場があり、『帰還王軍』はここで再び整列し、総司令たるニューガルズ公国王オットールの下知を待つ。
とは言え、ここからについて首脳部が最終打ち合わせを行う間は待機だ。
ちなみに『帰還王軍』の首脳部といえば、総司令として公国王オットール。
軍師として常に不機嫌そうな白磁の魔道士カイン。
公国王の代理主席指揮官として黒髪の剣士ドリー。
次席指揮官として元『ラ・ガイン教会』の『教会警護隊』剣士アッシュ。
と言う陣容だ。
後は各貴族領兵の現場指揮官がいるが、これらは各隊を率いているので打ち合わせには参加していない。
「市街戦はせずに済みましたね」
ホッとした態でそう言うのは亜麻色の髪の剣士アッシュだ。
「街を守る兵がおらんからな。正直、拍子抜けではある」
応えて公国王オットールがおどけてみせる。
平和裏に街門が開かれただけでなく、そもそもこの首都ニューガルズ市を防衛する任につく『首都防衛連隊』は、すでに公国王オットールへ恭順しているので敵ではない。
「現状で残る、この街の兵力はどうなってるんだ?」
と、これは黒髪の剣士ドリーだ。
質問を向けられたのは白磁の様な美少年魔道士カインである。
「公国兵と言うことなら『首都防衛連隊』がこっちについている以上、残るは王城に詰める近衛12騎士だな。後は『教会警護隊』がどれだけ残っているか」
「それなら首都大聖堂所属の殆どが派遣軍として出払っているから、要人警護用に2小隊程度が残っているだけだと思う」
白磁のカインの言い澱んだ分を亜麻色のアッシュが補足して言うと、各員は納得して頷いた。
「相手がその程度の員数なら、軍を半々に分けて王城と大聖堂へ同時に攻めればいい」
続けて白磁のカインが具体的に言及する。
籠城側に対し攻城側が3倍の兵力を用意する、と言う法則は、『帰還王軍』を割ったとしても充分条件を満たす。
しかし、と黒髪のドリーが懸念を口にする。
「人数的にはそれでいいだろうけど、12騎士は手強くないか?」
12騎士とは、ニューガルズ公国において最精鋭の戦士たちであり、それゆえに王城へ詰めている。
『職業』レベル差による厳然なる実力の壁が存在するこの世界では、彼の懸念ももっともであった。
「お前の言う事確かだ、ドリー。だがそれは12騎士すべてが敵であれば、の話しだ」
頷きつつも、不機嫌そうな表情をシニカルな笑みで歪ませた白磁の美少年が呟く。
そもそも、最精鋭騎士がなぜ王城に詰めているかといえば、公国王や王族を守る為である。
その護衛対象が今回は攻め手にいるのだ。そうなれば12騎士が敵となるなど道理が無い。
『首都防衛連隊』のノイマン軍曹からの情報に寄れば、12騎士には事前に公国王の帰還が密かに伝えられており、うち9名は即座に恭順を表明したという。
逆に言えば、精鋭騎士3名が、あろうことかその職務を放棄して逆徒キャンベルについたということになる。
「ま、つまり敵となるのは僅かに残っている『教会警護隊』とその3騎士。キャンベル猊下ご本人という事だ。もっとも、キャンベルが戦力として数えられるか知らんがな」
「そうだね。『聖巨人ガイン』の教義を外れて生きるキャンベルが、神聖魔法を使えるとは思えない」
自分の欲望の為に前法王ランドン師を排除し、今もまたニューガルズ公国を欲で荒らす法王キャンベル。
その行動も思想も、すべてが『ラ・ガイン教会』の奉ずる『聖巨人ガイン』の教えに反する。
そも『聖職者』の使う『神聖魔法』とは、仕える神の許しを得る事で発現する、神の奇跡なのだ。
であればこそ、教義を外れた偽聖職者は魔法の力を失うのだ。
「ではドリーは50の兵を率いて王城へ向かえ。アッシュは残り50を率いて大聖堂を攻めよ」
「御意」
かくして、公国王オットールの命を受けた2名は短い返事と共に膝をついて礼を捧げ、すぐに自分が率いるべき隊へと駆け足で寄って行った。
さて、それを近くにおいて黙って聞いていたアルト隊は急ぎ額を寄せ合った。
「お、おいどうする? オレたちはどっちに着いて行ったらいいんだ?」
「お線香あげにゃいとご褒美貰えんにゃ」
事態が動き出したので焦り声を上げるアルトとマーベル。2人はすでに公国王オットールが示した戦功への報酬に目がくらんでいるようだ。
もちろん、報奨目当てなのは2人だけではない。
「お線香あげてどないするん」
「にゃ?」
いまいち理解していないマーベルであった。
「まー、ちょっと落ち着き。王城と大聖堂の2択や。冷静に判断せな」
目の色が違う、と言う意味では最も凄みがあるのは白い法衣のモルトである。
先の2人が城の宝物庫に目がくらんだとすれば、彼女は開放される酒蔵目当てだ。
そんなモルトの熱視線をチリチリと受けながら、黒衣の魔道士カリストは意識を逸らすように隣の酒樽紳士へ話を振った。
「おやっさん、どう思う?」
「どう思う、と言われましてもな。この状況で戦功と呼べるのは逆徒キャンベルの首級をあげるのが確実でしょうが。果たしてかの法王猊下が王城と大聖堂、どちらにおわすのか」
と、レッドグースの返答も、あまり選択肢を絞り込めるものではなかった。
「『ラ・ガイン教会』のトップなんだから、大聖堂にいるんじゃないのか?」
「ですが法王猊下は宰相閣下でもあらせられるのですぞ」
「ふーむ」
アルトの疑問など即バッサリだった。
つまりは、王城と大聖堂、どっちにいてもおかしくない訳だ。
「ちゅーか、法王はんのお人柄を一番知っとるんは、カリストのにーちゃんやんか」
「言われて見ればそうか」
カリストは精神生命体キヨタヒロムに操られて、法王キャンベルとは知己があった。
実際にはカリスト本人の知己ではないが、それでもキヨタを通して対話した事があるのは、この中ではカリストだけだ。
カリストはふむ、と腕を組んでしばし思案する。
「では僕たちは大聖堂へ行こう」
「根拠を聞いてもいいですか?」
数秒の思考の結果にカリストが出した回答に、アルトはすかさず問いた。
「キャンベル氏はあれで気が小さいと思う。だから『帰還王軍』本隊と共に公国王本人が来る可能性の高い王城からは、この期に及べば逃げると思うんだ」
「気が小さい!」
一同は、カリストの弁を聞いて驚きの声をあげた。
教会内で様々な策謀を使い、前法王を暗殺までした男を、言うに事欠いて「気が小さい」とは、さすがに皆、納得がいかなかった。
いや、ただレッドグースだけは、少しの驚きの後に納得気に頷いた。
「然り然り。気が小さいからこそ攻撃的になる。という人も、確かにおりますな」
それはこの中で最年長であるレッドグースの対人経験から来る悟りであった。
気が小さい者が自分を守る為に何をするか。
最も解かり易いのは「逃げる」ことだろう。
だが、様々な選択の中で「成しうる機会」を得た者、または「追い詰められた者」は、身を守る為に攻撃に転ずる事がある。
簡単な例としてあげられるのは「窮鼠猫を噛む」という故事だろう。
こういう者の攻撃性は、臆病ゆえに熾烈を極め、また限度を弁えない。
そう考えるならば、法王や宰相の地位に着いたキャンベルの、数々の粛清や民衆に対する苛烈な搾取は、上記の例に当てはまると言えなくもないだろう。
もっとも、「キャンベルは気が小さい」という評価自体が、カリストの印象でしかないのだが。
ただ、アルト隊の面々にとっては、すでに他に判断材料もなく、その論に縋るのが最も合理的であった。
「じゃぁ、オレたちは大聖堂へ向かおう」
かくしてその様になった。
亜麻色の髪の『警護官』アッシュ率いる『帰還王軍』50名と共に、アルト隊は『ラ・ガイン教会』大聖堂へと進む。
大聖堂はこのニューガルズ市において、最も豪華で荘厳なつくりの、幾つかの尖塔を含む建築物だ。
ただそれはあくまで宗教施設であり、防衛などの戦闘を想定した造りではない。
具体的に言えば、王城とは違い防壁などは無く、わずかに歩行を阻害する程度の生垣を有するに留まるし、軍兵を整列させるような演習場然とした広場や庭も無い。
また敷地面積もあまり広くなく、どちらかと言えば上に向かって高く伸びているような印象を受ける。
したがって、出入り口も少ない。正門と勝手口を併せて3つしかない。
そもそも軍事施設でもなく、建前上『聖職者』や信徒と言った、組織に対する善人しか出入りしない場所なので、それで全く事足りるのだ。
対し、司令官アッシュはしばし思考してから隊を4つに割る。
「2小隊ずつで3つの入り口をそれぞれ押さえてください」
1小隊が6人編成なので12人で1つの出口を押さえるという指示である。
ちなみに彼が率いる50名はと言うと、フルート公爵領軍から1中隊20名と、各地の小貴族軍から合流したまばらな5小隊という内訳だ。
なので小隊単位で数えるなら、全部で8小隊と言うことになる。
「では残り2小隊はいかがしますか?」
と、これはフルート公爵領軍の中隊長の問いだ。
「うち1小隊を予備兵力として、残りの1小隊は突入部隊としましょう」
「了解しました。では突入小隊は古参の選りすぐりを選抜しましょう」
つまり此度における『大聖堂攻略』の作戦概要をまとめると以下の通りだ。
敵の最も多数勢力と想定されるのが、大聖堂に残っている『教会警護隊』2小隊12名なので、各入り口を同数の兵で抑える。
これにより敵が纏まって脱出を謀った場合でも、ひとまずは押し止める事ができるだろう。
そうして遅滞戦闘をしている間に、予備兵力である1小隊を投入して敵戦力を撃滅するのである。
また最後の突入小隊は、その名の示す通り大聖堂へと突入して敵首魁である法王キャンベルを直撃するのだ。
「アルト隊の皆さんは突撃小隊と共に行っていただけますね?」
最後に、亜麻色の髪の優しげな指揮官殿はクルリと振り向いて、近くで聞き耳を立てていたアルトたちに話を振った。
「も、もちろん行くとも」
「任せるにゃ」
アルトやマーベルなどは、いつ口を挟もうかと待ち構えていただけあり、この言葉の奇襲には精神的姿勢を思わず崩して即答した。
いや、内容的には「オレたちも突入するぜ」と言うつもりだったので、失敗を犯したわけではなかった。
だが話の流れと言うのは不思議なもので、こうした先手を打たれたことで、まるでアルトたちもまたアッシュ指揮官の旗下に置かれた様な雰囲気になってしまったのは、まぁ強いて言えば失敗だったかもしれない。
相手が強欲な指揮官であれば「我が指揮があったからこそ、アルト隊は軍功を稼げた」と戦後に捩じ込まれてもおかしくないだろう。
そんな僅かな機微を感じ取ったのは、公爵領軍の中隊長と、アルト隊においてはカリストだけだった。
カリストは「まずいな」と呟きを漏らし、続いて集っている者に聞えるような声で言った。
「アッシュ君、戦功を我々に譲ってしまっていいのかい?」
これはいわば念押しだった。
雰囲気と言う実体の無い悪い空気を、改めて言葉にすることで確定させるのである。
すなわち、「ここでアルト隊がキャンベルを討ち取れば、その戦功第一はあくまでアルト隊である」と言う確認だ。
対し、アッシュ指揮官は肩をすくめて応えた。
「もちろんですとも。と言うか、皆さんには戦功が必要なのでしょう?」
「え、ええまぁ」
この返答にはカリストは肩透かしを食らった気分だった。『悪い雰囲気』とやらは杞憂だったらしい。
思えば、そもそもこのアッシュ氏は元『教会警護隊』であり、戦功を求める軍組織とは意識が違うのだろう。とカリストは理解して頷いた。
もっとも、当のアッシュにしてみれば、もちろんカリストの理解通りの面もあるが、加えて、過去に対する贖罪の意識もあった。
すなわち、アルト隊を前法王暗殺の下手人であると断定して詰った件だ。
現象としては誰も大して気に止めていなかったが、当のアッシュにしてみれば、自分の勘違いで憎悪をぶつけた過去と言うのは、なかなかに許しがたかったようだ。
ゆえに、アルト隊には美味しい所を持って行ってもらおう、などと考えていたのだ。
さて、各兵や士官、そしてアルト隊と、それぞれがやるべきことを割り振られた所で、亜麻色の少年剣士アッシュの号令一下、駆け足で動き出した。
アルト隊は古参兵からなる選抜小隊の後ろについて大聖堂正門から飛び込む。
誰もいないガランとした大きな礼拝堂がまず続き、その奥に高い祭壇と説法などをするための舞台が設えられている。
その舞台の左右には、舞台袖よろしくドアがあり、そこから大聖堂のさらに奥へ進めるのだろう。
などと駆け足ながら周囲を確認していたアルトの目に、何か黒い小さなモヤのような大群が入ってきた。
「なんだあれは」
訝しげに呟くも束の間、モヤに見えたそれは実態を現した。
乳児ほどの大きさの真っ黒な禍々しい身体に蝙蝠のような羽をつけた姿の魔物が、舞台袖のドアからまろびでて来たのだ。
パッと見でその数30はいるだろうか。
「GM、スキル『ズールジー』の使用を申請する」
「了解、承認します。…ロール成功、情報がアップロードされます」
『魔術師』であり『学者』でもあるカリストが、魔物を視界に納めつつすかさず言えば、立て板に水とばかりにGMたる薄茶色の宝珠が応え、彼の内部に存在する仮想空間でダイスが回る。
結果、カリストの脳裏にかの魔物の情報が移し出された。
「レベル1妖魔、『インプ』か。脅威ではないけど、数が厄介だ」
インプは上位デーモンや邪神が使い魔にすることで知られる妖魔だ。
使い魔ゆえ、機動力と言う点では高いが戦闘力は低い。
「教会には不似合いなんが出て来よったなー」
違う宗派なりに神聖な場所と認識していただけに、『聖職者』モルトは苦笑い気味に呟く。
「これは、キャンベル猊下がまさしく『悪堕ち』したのかも知れませんな」
「と言うと?」
レッドグースが訳知り気に身構える最中、アルトは「もっとハッキリ言え」とばかりに問いを挟んだ。
「なに、『聖職者』にもいろいろいる、と言う事ですな」
「つまり『悪魔神官』にゃ?」
納得気味に頷くマーベルの脳裏にひらめくのは、なぜか「赤い『外套』を着て両手に『鉄球棍』を構える神官」であった。
ともかく、数だけは多いこのザコを片付けないと先に進めない、という状況だ。
アルト隊の面々は前哨戦に飛び込む覚悟を決め、各々が各々の得物をに手をかけた。
が、そこですぐ前にいた突入小隊の面々が、アルト隊に先駆けて抜刀する。
「ここは我々で抑える。あんたらは先に行け!」
そして小隊長らしき壮年の剣士がそう吼えた。
アルトはある種の感動を覚えつつ、仲間を見回して頷きあい、そして彼らを追い抜いて舞台袖のドアへ取り付いた。
奥は薄暗く、まだ何かが潜んでいそうな雰囲気を感じたが、それでも躊躇している場合ではない。
アルトは改めて覚悟を決めなおし、ドアの奥へと先頭切って駆け込むのだった。
ところでアルトが覚えた感動とは何であったか、彼は後にこう語った。
「まさか現実に『ここは任せて先に行け』なんて台詞を聞くとは思わなかった」と。
ちなみに、『ラ・ガイン僧職系男子の会』が、以前、彼に同じことを言ったなどとは、すでに忘却の彼方であった。




