13準備は整った
前回のあらすじ
ニューガルズ公国『首都防衛連隊』のノイマン中隊は、アルト隊に敗北し捕らえられた後に、カリストによって説得(?)されて寝返る事になった。
また、追っ手であるノイマン中隊が寝返った事で、行商人達は晴れて小麦の行商に出るのだった。
また、先の戦闘で『胴田貫』を折ってしまったアルトだったが、「修理は出来ない」と知り、仕方なく首都ニューガルズ市へ新たな得物を探しにいく事にした。
自らを含む18名死傷者なし、と言う状態で首都ニューガルズ市に戻ったノイマン軍曹は、部隊員を通常任務に戻してから『首都防衛連隊』本部を訪れた。
上長たる連隊長へ報告を行う為だ。
「接収任務は失敗、か」
「護衛の冒険者や、林に巣食ったゴブリンとの戦闘をしている隙に、まんまと逃げられました」
失敗したくせに清々しい表情のノイマン軍曹とは裏腹に苦々しい顔の連隊長だが、彼の気持ちもわかるだけに特に叱責も批難もしなかった。
ただ溜め息をつくだけだ。
そもそも行商人から略奪に近い行為で小麦を接収する任務など、善良たるノイマン軍曹が喜々とするするわけが無い。
「しかし冒険者はともかくゴブリンか。あの林は近隣の住民が狩りや薪拾いで入る生活林だろう。これは討伐隊を入れる必要があるな」
「ゴブリンの数は10から15ほどと思われます。また『ロード種』の存在を確認しました」
「『ゴブリン王』だと!」
悩める連隊長に追い討ちをかける様にノイマン軍曹の報告は続き、その内容に連隊長の頭痛はさらに深刻さを増した。
ゴブリンの『ロード種』すなわち『ゴブリン王』ゴブライ・ゴブルリッヒ3世の事だ。
普通、ゴブリンと言えば『ノーマル種』であり、そのモンスターレベルは2だ。
だいたい人里近い場所に巣食うゴブリンと言えばこの『ノーマル種』であり、そこそこ手錬の冒険者であれば同数以下で、公国兵であれば倍する兵数で当たることになる。
ところが『ゴブリン王』ともなればモンスターレベルは5にもなる。
そうなると、『首都防衛連隊』の兵士の誰よりも強い。
さらに考えれば『ロード種』が率いるゴブリンの群れであれば、その内容は『ノーマル種』だけなハズが無い。
『強化種』であるホブゴブリンや、『知能種』のゴブリンシャーマンなども含まれる事も考えなければいけないだろう。
だとすれば『首都防衛連隊』約40名でかかっても勝てない戦と言うことになる。
「これは私では判断つかぬ問題だな。だが上に仰いだ所で、なぁ?」
さらに大きな溜め息をつく連隊長だった。
『首都防衛連隊』は国王直属であり、現在その地位に座る幼い女王では判断できないだろうし、ならその判断を誰がするかといえば、宰相キャンベルである。
その宰相キャンベルは派遣軍の兵糧調達を優先したいだろうから、ゴブリン討伐はおそらく後回しになるだろう。
そこまで予想できるだけに、連隊長はこの報をもたらしたノイマン軍曹に恨みがましい視線を向けた。
「なぁ、と言われましても」
ただその恨み節は筋違いなので、ノイマン軍曹は涼しい顔で肩をすくめた。
「あと、もう一つご報告があります」
少しばかり沈黙が続いた所で、ノイマン軍曹から再び口を開く。
「まだ何かあるのか」
連隊長はウンザリとした態で吐息と共に椅子の背もたれに深く身を預けた。
だがノイマン軍曹の表情がこれまでより真剣味を増した為、重大事であると察して姿勢を正す。
ノイマン軍曹は部屋の扉外にいる小姓を気にしつつ、声を潜めた。
「近々、王が戻られます」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。
言葉が端的過ぎてその意味が脳に染み渡るまで、数秒を必要としたのだ。
して、その理解に達すると、連隊長の目は大きく見開かれた。
王の帰還。つまり亡くなったと思われていたオットール陛下が生存していて、この首都へ凱旋すると言う事だ。
ならば今、玉座におわす幼き女王陛下は王女と言う立場に戻り、すなわち宰相キャンベルの失脚を意味する。
面倒な話ではあったが、これは喜ばしき部類の面倒だ。
「我々は国王直属である。ノイマン軍曹、今後もこの誇りを忘れぬよう、日々の勤務に邁進せよ」
「はっ」
苦悩の表情からすっかり開放された連隊長の言葉に短く返し、ノイマン軍曹は踵を返して日常の首都内治安維持業務へと戻った。
「さて、近衛にも話を通さねばな」
女王陛下、もとい王女殿下のおわす王城には、王族を守る為の近衛騎士12名が詰めている。
オットール陛下が戻ると言うなら、彼らに話をせねば後々に叱られよう。
連隊長は急ぎ、近衛騎士長への面会手続きを取るため執務室を後にした。
偽宰相閣下への報告など、この際、遅れても構わないだろう。
『首都防衛連隊』本部でそのようなやり取りが行われている頃、ニューガルズ市内に一組の若い男女やってきていた。
少年サムライ・アルトと、酒神に仕える聖女・モルトである。
ただ2人はいつもの装備を全て林のキャンプに置き、今はすっかり村人風の質素な服に着替えている。
財布以外の持ち物は、せいぜい折れた『胴田貫』のみだ。
それも厚い麻布で包んであるので、すれ違う町人の誰も武具だとは思わないだろう。
ちなみにこの服は林の近隣村にて譲ってもらったものだった。
近隣村の者からすればこれからの季節、現金収入はありがたいので、喜んで取引に応じてくれた。
さて、ニューガルズ市では普段から城下町への入退は制限されていないので、アルトたちも幾らかの通行税を払うだけで街へ入る事ができる。
もちろん過去のアルトたちの人相描きを添えた手配書は回っていたが、村人風の格好をしているので気付かれなかった。
「ずいぶんといい加減だな。前に戦々恐々で逃げ回ってたのが馬鹿みたいだ」
アルトは複雑な気持ちでそう呟く。
日本の優秀な警察組織を知っているだけに、「指名手配されればすぐ捕まってしまう」くらいの意識で以前はずいぶん緊張していたのに、今や暢気に買い物である。
「ま、こんなもんやない? 『教会警護隊』も半分以上が派兵されたみたいやし」
モルトが気楽にそう答えるので改めて見回せば、確かに街の中に兵士風の者の姿が少ないように感じた。
いや、事実少ないのだろう。
ニューガルズ公国は国軍の総数が300だが、この殆どが公国貴族たちの領兵であり、この首都に詰める国王直属兵は『首都防衛連隊』40名と、近衛騎士12名のみだ。
それでも平時であればさらに約50名ほどの『教会警護隊』が詰めているので特に問題らしい問題はない。
ニューガルズ公国と『ラ・ガイン教会』は元々共生関係にあり、少ない国軍を『教会警護隊』が補うという制度でこれまでやってきていたので、実質、100名の軍勢が首都に詰めている、と言う状態であった。
ところがこの度の派兵で『教会警護隊』の大多数がタキシン王国へと向かったので、首都詰めの兵はすっかり減ってしまったと言うわけだ。
「オレたちにはありがたい話しだけど、市民の生活はどうなんだろう?」
それらの兵が平時に何をしているかといえば、首都内の警察業務だ。
その警察組織の人数が激減しているのだから、泥棒なども増えているのではないか、とアルトは予想して言った。
「わからんけど、まぁみんな疲れた顔しとるね」
とは言え、モルトもここに住んでいるわけで無し、事情は判らないのでそう返した。
改めて見れば、モルトの言う通り、原因はわからないまでも住民たちが疲弊している様に見えた。
まぁ、単純に治安悪化による疲弊だろう、と思われた。
「こんな雰囲気やと、観光っちゅう気分にはならんね」
「いや、オレたち観光しに来た訳じゃないけどね」
肩をすくめるモルトと、半眼で応えるアルトであった。
城下町ゆえ、街の奥にはそびえ立つ王城が見え、その隣には王城以上に立派な『ラ・ガイン教会』の大聖堂がある。
だが今回の2人の目的はそこには無く、ただ遠くから眺めるだけだった。
目的はと言うと武具店である。
だがしかし。
「え、これしかないの?」
「これしか、って言うがな、そもそも売れんモノを在庫してもしょうがないだろ」
これとおおむね同じ内容の会話が、数件の武具店で繰り返された。
どの店でもアルトの求めるサムライ用の刀と言えば、『無銘の打刀』しか置いてなかったのだ。
「『無銘の打刀』は量産品だから、まぁ値段も安いし置いているが、そもそも一点モノの業物は注文生産だったり、高段者が鍛冶師から直に買うからな。うちみたいな小売店にはそうそう卸されるもんじゃない」
そう店主に説明されて、アルトも「なるほど」と納得しつつ落胆した。
小国とは言えここは一国の首都である。
その都市内の店を回れば、『胴田貫』程でなくとも、何かあるだろうと期待していただけに、残念至極であった。
「まぁまぁ、無いもんはしゃーないわな」
モルトとしても、そう宥め慰めるしかない。彼女とて買い物の付き合いで来ただけで、何かツテがあるわけではないのだ。
「腕のいい鍛冶屋を紹介してやっても良いが、それだって今日明日に出来るってもんじゃねぇ」
そんな店主の言い分ももっともだった。
仕方無しに、アルトは折れた『胴田貫』を『脇差』と『剣鉈』に仕立て直してもらう注文を出し、後は『無銘の打刀』を購入した。
またサムライ用の刀が「売れないモノ」扱いだった事も、アルトには僅かながらに衝撃で、落ち込む原因となった。
思えば、アルトの記憶の中で出会った数多の『傭兵』の中で、サムライビルドだった者は数えるほどしか居なかった。
これは選ばれし者だったわけではなく、単に不人気職だったゆえだと思い知らされる事となった訳だ。
自分に必要な買い物を終え、トボトボと帰途に着こうとするアルトに、これまで困り笑顔だったモルトがその肩をガッシリ掴んでいい笑顔を浮かべる。
「なに帰ろうとしとんのアル君。こっからが重要なお買い物やで?」
一瞬何を言われているのかわからなかったアルトだったが、その満面の笑みには見覚えがあり、すぐにモルトの言いたい事が彼にも判った。
「ウチらに必要な補給物資を忘れちゃダメやんかー」
さらに追い打つ喜々とした声を聞き確信したアルトは、続けて紡がれる言葉に疲れた声で重ねる。
「「お酒」」
共通理解を得ること叶ったモルトは、渋々といった態のアルトの手を引き、スキップする様な足取りで商店街を進むのだった。
さて、ここで少しだけ過去の話をしよう。
このニューガルズ公国では、今年の夏から秋にかけての頃に一つの事件があった。
その事件の深夜、王城に所属不明のテロリストが忍び込んだ。
長く戦も無く、貧しくも平和だったこの公国では、王城警備はさほど厳重ではない。
そもそも王城の住居区間は限られていたし、そこに住まうのはごく少数の現国王の家族のみだ。
彼らを守る近衛はと言えば、公国中から選抜され任命された12騎士であった。
その精鋭12騎士が交代で王家を守るために侍っており、また、王城への侵入を阻むのは、城門に詰める『首都防衛連隊』の一部だ。
ニューガルズ公国が独立を果たしてからの歴史を紐解いても、この警備で問題が発生した事は一度も無かった。
それゆえの油断が、テロリストの侵入を許したと言えるだろう。
テロリストは王家住居区を中心に火を放った。
侵入を果たしてから2時間をかけて念入りに下準備を行ってからの放火である。
火が出てから割りと時を置かず12騎士の一員が発見したが、すぐに消し止められなかったのは、それらの準備が周到に成されていたからだ。
そして住居区域に火の手が回る中、ある者は消火に当たり、ある者はテロリスト達と斬り結んだ。
結果、テロリストは全て討ち取ったが12騎士の半数が重軽傷を負い、国王オットールは行方不明、王妃は火傷がたたり翌日には亡くなり、残された未成年の幼い王女が『ラ・ガイン教会』の後援を得て即位した。
そしてすぐ、即位した女王を擁立した『ラ・ガイン教会』の新法王キャンベルが宰相にの地位に着き、ニューガルズ公国は暗い時期を迎えたのである。
これが簡単ながら、ニューガルズ公国で起こった事件のあらましだ。
それから約3ヶ月が過ぎた今、北方のフルート公爵領から100名からなる軍勢が南下していた。
掲げられる紋章旗は2種類。
まずは軍のあちこちで挙がっている雪華紋の旗。これは北の雪土に大領を持つフルート公爵家の家紋である。
この紋章旗を掲げるからには、この軍勢はフルート公爵領の領軍ということになる。
そして軍列中央付近に、別の紋様を描いた御旗があった。
十字の王族紋に眠れる獅子をあしらった紋章旗。これは行方不明といわれた正統国王であるオットール陛下の御旗だった。
昨日、フルート公爵領の南境にある古砦でこの軍勢を観測した兵士たちは、思わず感極まって涙を流し、王の帰還を祝福した。
その軍勢は砦の兵や近隣に領土を持つ貴族の領兵を組み込みながら進んでいたが、なぜかその兵数は100名のままであった。
「ふむ、これでようやく戦ができる陣容が整ったか?」
軍列中央、眠れる獅子の紋章旗を掲げる無骨な2頭引きの『小型の箱馬車』に乗る中年がそうのたまう。
優しげながら威厳ある髭を蓄えたその男こそ、ニューガルズ公国王オットールだ。
『小型の箱馬車』などと言うが、これは戦列に加わる貴人を乗せる事を想定して造られた物であり、外装も内装も質実剛健と言った風情である。
彼の呟きを聞き付け『小型の箱馬車』に馬を寄せるのは、長い黒髪を後ろで束ねた長身の少年だ。
金緑色の『ミスリルの鎖帷子』を着込み、腰からは長い『両手剣』下げている。
細身で、一見、あまり強そうには見えない優しい顔つきのこの少年の名はドリー。まるで冒険者の風体だが、実はフルート公爵の継子であり、現在、この軍勢を指揮する身分の者だ。
「軍列100名、とは言え、始めのは半分以上が張子でしたからね」
ドリーが肩をすくめながら応じると、オットール陛下は髭を揺らして笑った。
「ワシもおかしいと思ったのだよ。いくら国王直属に次ぐ規模の領兵を持つフルート公爵とは言え、100人もの兵士がいるなど、なぁ」
「旗頭ともあろう陛下が、何とも暢気なものだ」
この談笑とも言える会話に苦言をねじ込んだのは、続いて馬を寄せた、薄金色の綺麗な髪を持つ、白磁の様な美少年だった。
一国の王を前に不躾な口調の彼は名をカインと言い、隣のタキシン王国王太子アムロドの甥にあたる。
王族だからと言って隣国の国王に失礼な態度をとっていい訳ではないが、オットール陛下もすでに彼のこういう性格に慣れたので鷹揚に笑った。
「何、有能な軍師殿がいるようなのでな、ワシなど上でそよぐ旗と同じで、ただの飾りだからな」
「ちっ」
冗談口でオットール陛下が返すと、白磁の『魔術師』カインは嫌そうな顔で舌打ちを鳴らした。
黒髪の『傭兵』ドリーが言った『張子』の作戦を指示したのは、このカインだった。
すなわち、元々総数40名からなるフルート公爵領の領兵と共に、装備品だけ整えた農民を60名ほど同行させたのだ。
季節はすでに冬に入り、少しばかりの現金報酬を出せば、60名などすぐに集った。
そして南下と共に他領の兵が合流するを見計らって、徐々に農民達を帰したわけだ。
100名にしたのは威圧のためであり、その数の根拠はと言えば、最悪交戦する事になる『教会警護隊』の派兵部隊が100名の軍勢だからだった。
「ま、こんなことしなくても、『教会警護隊』はとっくにタキシン王国入りしたようだがな」
白磁の少年カインはそう憎まれ口を叩き、黒髪の少年ドリーとオットール陛下は顔を見合わせてから可笑しそうに笑った。
その時、軍列の先方から騎馬が小走りにやって来た。赤毛の馬に騎乗するのは、亜麻色の髪の少年だった。
鈍色の『鎖帷子』を着込み、腰から『両刃の長剣』、背には『円形の小盾』という、一般的な兵装の彼の名はアッシュ。現在の『ラ・ガイン教会』法王キャンベルに弑逆された、前法王ランドンの護衛を勤めていた元『教会警護隊』の剣士だ。
前出のドリーやカインと共に『放蕩者たち』という名の冒険者で、紆余曲折ありタキシン王国王太子の側近になったり、今はこの軍列に参加している。
「どうしたアッシュ。何かあったか?」
巧みに操り馬を寄せる仲間に、黒髪のドリーが顔を向ける。アッシュは軍列の前方にいたはずなので、こうして場を離れてやってくるなら不測の事態が発生したのだろう。
ただその不測が、小事であるか大事であるか。
「いやそれが、ええと、この子が」
馬の歩を止め手綱から手を離したアッシュは、幾らか困惑した表情で黒い何かを両手で差し出した。
それは黒い猫であった。
「そいつは、あの腹黒魔道士の使い魔だな」
「いや、全身黒尽くめだったけど、腹の中まではわからないよ」
ダランと、されるがままアッシュの両手に吊り下げられた黒猫は、そんなカインとドリーの言葉に、力なく「にゃー」と応えた。
そう、この黒猫はアルト隊の『魔術師』、カリスト・カルディアの使い魔ヤマトであり、この度は連絡係としてキャンプ地の林から派遣されたのだった。
「ふむ」
同じ『魔術師』という職業のカインはすぐさま馬を降り、困惑顔のアッシュから黒猫ヤマトを受け取って地面に降ろす。
続いて懐から一枚の大判紙を取り出した。書かれているのは、この世界の公用語である『メリクル語』のアルファベット一覧だ。
「さぁ」
彼がその大判紙を黒猫ヤマトの前に広げると、ヤマトも彼の意を察し、得意顔で泥に塗れた肉球をペタペタと紙の上に押し付けた。
これは言葉を話せない使い魔と会話する為の道具であった。
一同は黒猫が指し示す文字を追い、言葉にしていく。
そして、かの猫の伝える意を知る。
「『兵糧を奪い、衛兵の一部を取り込んだ』か。あっちの連中もやるじゃないか」
それまで仏頂面だったカインの、珍しい笑顔だった。




