11さらば相棒
前回のあらすじ
捕捉した行商人団の一部をゴブリンから救出したノイマン中隊は、中隊から6名のオルヴァ小隊を抽出して行商人の護衛とした。
だがこれはアルト隊の仕掛けた分断工作であり、残されたオルヴァ隊はあえなく討伐、捕縛された。
一方、そんなことには気づかないノイマン軍曹は、さらに林の中で補足した行商人にヤックネン小隊をつけ、自ら小隊を率いて林の奥へ進んだ。
その先には、首都で一度ノイマン隊を負かせたアルト隊の面々が待ち受けていた。
林の中の、少し広くなった道で2人は向き合った。
片や金緑色に輝く『ミスリル銀の鎖帷子』を身に纏い、身幅広く重ね厚い剛刀『胴田貫』を八双に構えた少年サムライ、アルト。
片や公国軍の制式装備である鈍色の『鎖帷子』を身に纏い、技能を認められた証でもある私物の『両手持ち大剣』を、脚幅広めの斜め正眼に構えたノイマン軍曹だ。
もちろん、その場にいるのは2人だけではない。
アルト後方には、それぞれ林内に等間隔で散ったアルト隊の面々がいるし、ノイマン軍曹の周りにも、彼の小隊の隊員たちが『両刃の長剣』を構えている。
ノイマン小隊の陣形をもう少し詳しく述べるなら、ノイマン軍曹ともう一人の小隊員を先頭にした2列縦隊だ。
林の中の少し広くなった道、とは言え、所詮は林の小路である。
横並びで剣を振るうなら、2人までが限界なのだ。
「後続は林中に散れ、パウリは俺とあの少年を止めるぞ」
「はっ」
ノイマン軍曹が前方から視線を外さずにそう命ずると、2列縦隊の後ろにいた4人が駆け足で木々の隙間へと入る。
もちろん、アルトを援護するだろうアルト隊の面々に対する為だ。
ちなみにパウリとはノイマン軍曹の隣で『両刃の長剣』を構えている青年兵士である。
単純に剣の腕前で言えば、この小隊中ではノイマン軍曹に継ぐ実力だ。
「準備は良いか? じゃぁ行くぜ」
そんな公国兵たちの様子を眺めていたアルトだったが、ここまで来て不敵に笑ってそう言う。
とは言え、すでに戦闘フェイズが始まっているので、攻撃や魔法が振るわれるのはこれからであり、また、敏捷順だ。となれば、トップを切るのは敏捷ほぼ最速を誇る草原の妖精族のマーベルだ。
「木々の精霊の力を借りて、『ドリュアスバインド』にゃ」
「承認します」
木々の陰にスッポリと隠れていたねこ耳童女は、迫って来た公国兵の内、もっとも近くまで来ている一人を見定めると、立ち上がりざまに大きく両手で精霊の文字を描いた。
するとどうだ、それに答えるように林に立ち並ぶ木々が枝を伸ばして兵士の脚を絡めとった。
3レベルの精霊魔法『ドリュアスバインド』。
以前、海の魔物ロゴロアと戦った時にお目見えした、海草による行動抑制魔法『ゼグラスバインド』の木々の精霊版であり、こちらの方が要求レベルが低い。
木々の精霊の力で対象者周辺にある陸上植物を異常成長させ、脚などを絡め取る。
受けた者は『筋力』を使った脱出ロールに成功するまで、移動する事ができず、また武器による攻撃行動などにペナルティを負う。
対象は一度の魔法で1人までだ。
「な、なんだこれは」
精霊魔法など初めて喰らったのだろう公国兵は、自らの脚に絡まる伸びた木の枝、いや蔓と呼ぶ方が表現的には近いそれを、驚愕の声をもって不本意にも迎え入れた。
林に入ったのは彼を除けば後3人いたが、彼らもまた、この光景を見てはうかつに突入できぬと考えたようで、それぞれの身を木々へと隠し足を止めた。
と、続いてマーベルよりアルトに程近い場所にいた黒衣の魔道士カリストが緒元魔法の名をつむぎ出す。
この世界に「詠唱」と言う概念はあまり無い。
ただ、あるべき法に則って魔力を練り、世界の承認を以って開放するだけだ。
「『ブラントアームズ』をアルト君の刀に!」
「承認します」
かくして、開放された魔力は細く渦を巻いてアルトの『胴田貫』へと降りかかった。
敵を殺さぬようにと言う戒めを付加する魔法だ。
これを以ってすれば、いかにアルトの剣術が優れていようが、死すべき敵は昏倒するに留まるのだ。
「よっしゃ、やっとオレの番か!」
「まぁ、ウチは回復に備えて待機やからええよー」
いよいよと、いつにも増して舌なめずりで戦闘を楽しむ様子のアルトが言えば、実の所、アルトより敏捷の上回るモルトが生暖かい目で返事をした。
アルトの高揚の所以はいったい何処にあるのか。
『傭兵』職にある者は、例え戦闘前にどれだけ怯えていようとも、戦闘フェイズが始まり、その得物を手にすれば震えが止まる。
戦闘中に絶望しようとも、やはり愛用の武具を握れば、活力が湧いてくる。
そのように出来ているのだ。
だが、今のアルトはそれにも増して、戦いを心待ちにするような素振りを見せた。
これまでいくらでも「戦闘ほど嫌なものはない」と嘯いた少年が、である。
「アっくんの悪い癖にゃ」
少し離れた木の陰からポソリとその様な呟きが漏れたが、誰の耳にも届かなかった。
「うおおぉ」
『胴田貫』を八双に構えたアルトが吼える。
手錬兵らしく滑らかなれど力強い歩法で距離を詰め、わずかばかりに跳ね上げた八双の刀を振り下ろしにかかる。
狙いに定めたのはもちろん敵隊長のノイマン軍曹だ。
見るからに『両手持ち大剣』を持つ彼がもっとも強そうだと判断したからだった。
「『ツバメ返し』、行くぜ」
「承認しま…、あっ」
淡い光が『胴田貫』に宿り、彼の最高の剣技が閃こうとした。
が、GMたる薄茶色の宝珠から返って来たのは、いつもとは違う中途半端な言葉だった。
気になりつつも、ここまで来れば止められる筈もなし。
アルトは懸念を押し切るように、剣速を強めながらノイマン軍曹へと殺到する。
危うし、ノイマン軍曹。
と誰もが思った。
秘剣『ツバメ返し』を知るアルトの仲間達からすれば、それは威力絶大の剣だし、知らぬノイマン小隊の面々からしても、遥か格上の存在が自信を持って放つ技だ。
それが小手先の小技なわけが無い。
ところが、である。
素早く一歩二歩、と足を進めたアルトがノイマン軍曹の目前まで迫り、今こそと斬りつけようとした瞬間、誰もが想像しなかったことだが、急にアルトの身体が宙を舞った。
何が起きたか。
簡単な事だ。彼は林の道に僅かにせり出していた木の根に足をとられたのだ。
「のわっ」
思わず間抜けな声を上げたアルトだったが、そこはさすがに高レベルの体術者だ。身体を捻って受身を取ろうとする。
しかしその時、運悪く頭上にあった木の太枝に、『胴田貫』が突き刺さった。
いや刺さっただけではない。急激にあらぬ方向へと掛かった負荷により、『胴田貫』はあえなく折れてしまった。
「げえぇ!」
ニューガルズ公国から命からがら逃げ出したあの頃からこっち、命を共にしてきた頼りになる相棒であり愛刀が、敢え無くポッキリと行くさまに、途端、アルトの脳内は真っ白になった。
そして、受身を取り忘れたアルトはそのまま地面へ叩きつけられ、土に塗れる事となった。
「GM殿、あれってもしかして、アレですかな?」
「はい。『致命的失敗』ですね。致命的深度2、確定不運は『アイテム破壊』と『転倒』です」
木陰から覗いていた酒樽紳士レッドグースが訊ねれば、マーベルのベルトポーチ内から薄茶色の宝珠が答えた。
『致命的失敗』はどれだけ職業レベルが上がろうとも、一定の確率で発生する。
行動の成否は絶対失敗となり、さらに1~3種の確定不運がランダムで降りかかるのだ。
「ランダムやのに、またもや『アイテム破壊』って、アル君、不幸やね」
ポツリとモルトがもらした言葉の通り、アルトが『致命的失敗』で武器を壊してしまったのは、これが2度目であった。
「もらった」
この不運が幸運だった者もここにはいる。
アルトに継ぐ敏捷度で行動を開始した公国兵たちである。
特にアルトと対面で斬りあう予定だったノイマン軍曹とパウリ上等兵は僅かな歓喜と共に自らの得物を振り上げた。
転倒して地に伏せる者は回避に大きなペナルティを受ける。同時に、この場合の攻撃者は幾らかのボーナス値が与えられるのだ。
いくらアルトとのレベル差がある2人でも、これは必殺が狙えるチャンスであった。
ノイマン軍曹の『両手持ち大剣』が大きく振りかぶられ、充分な重力を纏い轟音と共にアルトを襲う。
避けようにも上手く身体を動かせず地に伏すアルトは、この斬撃を背に受けた。
また、続く公国兵パウリの『両刃の長剣』による刺突も、同様に避けるに能わなかった。
「ぐぎぎ…」
背中に2撃。『ミスリル銀の鎖帷子』を着込んでいなければ、さすがにヤバかったかもしれない。
痛みで遠退きそうな気を持ち直しつつ、アルトはこの鎧を貸し与えてくれた港街ボーウェンのレコルト親方に感謝した。
チラリと共同制作者であるミスリルメイの顔もよぎったが、そこはあえて無視した。
さて、無事にひと波乱を乗り切ったところであるが、未だアルトは転倒状態であり、また武器が無い。まだまだピンチを脱したとはいえなかった。
とは言え、生きてさえいれば『聖職者』モルトの『回復魔法』が効果を成す。
ただその前にまだこのラウンドで行動を残す者たちがいた。
まず林に紛れた公国兵たちだが、これはマーベルとの睨み合いになっていた。
精霊魔法ドリュアスバインドは1回に1人しか拘束できないのだが、それを知らない公国兵たちは飛び込むのを躊躇してしまったのである。
そしてもう一人、行動を残すのが酒樽紳士、自称音楽家のレッドグースだ。
「くっくっく、このピンチを颯爽と救うのは、アルト隊最高レベルであるワタクシの役目ですな」
大地の妖精族の太く短い指が、愛用の真っ赤な『手風琴』の鍵盤を滑り出す。
左手の鍵盤がベース音、右手の鍵盤が旋律を奏で、流れ出すのはフォークダンス調の陽気なメロディだ。
「呪歌『ダンシングビート』」
レッドグースがそう高らかに言い放ち、旋律に乗せた詩が彼の口から紡がれる。
呪歌とは、その名の通り呪いを混めた魔法の旋律である。
『吟遊詩人』が使う技術であり、この旋律を聴く者には魔法の如き様々な効果を及ぼす。
そして『ダンシングビート』の効果は何かと言えば、曲が林に響いた数秒後から顕現し始めた。
この場で身体の自由が効く者たちが踊り出したのだ。
「お、おいふざけている場合か」
「隊長だって!」
隣で突然ダンスを始めたパウリ上等兵に怒鳴りつけるノイマン軍曹だったが、気づけば指摘された通り、自らも踊り狂っていた。
もちろん自分の意思ではない。
聴く者にダンスを強要する呪い。これが呪歌『ダンシングビート』の効果だった。
当然ながら、ノイマン軍曹やパウリだけではなく、林に散開した公国兵も同様だ。
ドリュアスバインドで脚を捕らわれ移動できない公国兵も、自由の効く上半身だけを曲に合せて振るっている。
「や・め・る・にゃーっ」
そしてまたもや当然ながら、呪歌の効果は「敵味方無く」聴く者に波及するので、アルト隊の面々もまた踊り狂っていた。
木陰から飛び出したねこ耳童女マーベルも踊り出す。地に転がっていたアルトも、そのままゴロゴロと動き出す。黒衣の魔道士も優雅に『外套』をなびかせてクルクル回る。
回復魔法を今からアルトへかけようとしていた白衣の神官乙女モルトもまた然りであった。
「おっちゃんのアホー」
だが、とにかく公国兵たちがスタミナ切れで戦闘不能になるまで、その旋律は続けられた。
もちろん、アルト隊の面々もまた、スタミナ切れで魚河岸のマグロのように転がる事になる訳だが。
生命力精神力において方々を凌駕するレッドグースは、彼らが倒れた姿を文字通り上から目線で見下ろして、悠々とノイマン小隊の面々をロープで縛り上げるのだった。
こうしてアルト隊とノイマン中隊の戦いは幕を下ろした。
ちなみに途中で残されていたヤックネン小隊は、ノイマン小隊が遠ざかった頃合に、『ゴブリン王』ゴブライ・ゴブルリッヒ3世率いるゴブリン軍団に包囲されて投降していた。
ともかく、その日の夕刻までにはこの戦いは終わり、縛り上げられたノイマン中隊18名は、林中の広場で野営準備を整えた行商人達に囲まれた。
「隊長。これはちょっとまずくないですか?」
「そうですよ。このまま袋叩きになってもおかしくないですよ」
「う、うむ」
縛られた隊員たちが小声でノイマン軍曹に言い募る。とは言え、ノイマン軍曹もまた縛られているので、頷くしかない。
それでも不安から隊員たちの言葉は俄かに激しさを増した。
これにストップをかけたのは小隊長でもあるオルヴァ兵長だ。
「まて、私たちが捕まった時、あの黒い魔道士が『大切な公国兵だから、まだ陛下の御為に働いてもらう』と言っていた。殺される事は無いんじゃないか?」
これはノイマン軍曹も初耳だったので生き残る希望と共に首をかしげた。
「『陛下の為に働いてもらう』? 我らが哀れな女王陛下の為にか?」
現在のニューガルズ公国が戴く『王』とは、行方不明の前国王に代わり、法王キャンベルの傀儡として立てられた、未だ10歳にも満たない幼き女王だ。
ゆえに、ノイマン中隊の面々は隊長に続いて首をかしげた。
死ぬ事はないにせよ、いったいどんな仕事をさせられるのか。
僅かな不安と、幾らかの好奇心に、彼らの心臓は俄かに鼓動を早めるのだった。
さて、所変わって、アルトたちの駐留する林よりさらに北へ向かった場所。ここに古びた砦がある。
この砦の来歴を紐解くと、ニューガルズ公国がタキシン王国より独立する前まで遡る事ができる。
今で言うニューガルズ公国北方の凍土、フルート公爵領が、まだまつろわぬ地方民族の土地だった頃、その前線として機能した砦である。
そんな話も今や昔、この北方の凍土を、行方不明になったニューガルズ公国国王の親族でもあるフルート公爵が治めるようになってからは、すっかりこの砦は存在意義をなくした。
現在、駐屯するのは1ヶ月交代で砦にやって来る小隊があるのみだ。
その古砦の物見台で、冬の寒々しい空気に凍えながら周囲の見張りをしていた公国兵の一人は、遠くの大地に見えた黒い染みに首をかしげた。
ちらほらと雪が積もり始めた寒い土地だけあり、その染みは現れるやすぐにわかったのだが、ではいったいそれが何なのかがわからない。
しばし目を凝らし、ようやくそれが何なのか判った時、この公国兵は自分の目を疑わずにいられなかった。
なぜなら、白い大地についた染みだと思ったそれは、染みなどではなかったからだ。
それでは何であるか。
「ぐ、軍勢だ。所属不明の軍勢が北からこちらに向かってくる!」
そう、それはまだ判別つかぬ軍旗を掲げた、約100名からなる軍列だった。
「バカな、こんな田舎で100もの兵士がいるものか」
彼の報告を聞きつけた小隊長が急ぎ物見台に上がり、そして隊員の報告が間違いでなかったことに驚愕した。
「バ…カな。そ、そうだ、軍旗は? 何処の軍勢だ」
まだ遠く、辛うじて見えなかった旗だったが、小隊員の中でもっとも遠目の効く男が目を必死に凝らして確認した。
「2種の紋章旗を確認。1つは雪華紋、フルート公爵領軍です。もう1つは…」
隊員が絶句したのに気づき、隊長は息を飲んで少しばかりはやる気を落ち着けようと試みる。
その上で、出来るだけ静かに訊ねた。
「報告せよ。もう一つの紋章旗はいずれのものか」
「十字の王族紋に、眠る獅子が描かれています」
ニューガルズ公国において、ノーマルな十字紋を使えるのは王族のみと決まっている。その上で、個人を示す意匠を紋章旗へと描き込むのだ。
「眠れる獅子だと? そんな、オットール陛下の紋章旗ではないか。生きていたのか」
隊長以下、報告を聞いた小隊員は、ことごとく滂沱の如き涙を流した。
眠れる獅子、オットール。それはニューガルズ公国王宮で起ったある事件の後に行方不明となっていた、前国王の名である。
彼は名君ではなかったが未だ、公国民にかなりの人気を維持していた。
なぜなら、取って代わった公国宰相キャンベルの横暴非道を皆が知っているからだ。
だからこそ、砦に駐留していた6名の公国兵は、急ぎ、かの軍勢を招き入れる準備に取り掛かったのだった。




