10林の戦い
前回のあらすじ
ニューガルズ公国宰相にして『ラ・ガイン教会』法王キャンベルの命を受けた、『首都防衛連隊』所属のノイマン中隊は、小麦商組合所属の行商人達から小麦をことごとく接収する任務ついた。
だが行商人群は、ノイマン中隊が集合するより早くニューガルズ市を脱し、近郊にある林へと逃げ込む。
ノイマン中隊はこれを追い林へと迫るが、そこでゴブリンの集団に襲われる数台の行商馬車を発見。これを救出した。
だが商人の言に寄れば、林の奥にはさらに多くの行商人が逃げ込んでいるという。
ノイマン軍曹は中隊からオルヴァ小隊を抽出し商人の護衛につかせ、自らは林の奥へと歩を進めたのだが。
さて。
オルヴァ兵長はニューガルズ公国『首都防衛連隊』、ノイマン中隊所属の小隊長だ。
いつも苦虫を潰したようなしかめ面をした中年で、軍隊生活25年という叩き上げである。
中隊長であるノイマン軍曹の元階級は伍長で彼よりも下だったのだが、それでもノイマンが軍曹へと昇進を果たし中隊長へと抜擢されたのは、偏にオルヴァ兵長が平民出身だからだ。
この世界で一般的な封建国家において貴族と平民の身分差は、かくも隔たりがあるのである。
「ま、もっとも今時、昇進したってロクな事が無いがな」
そのあたりを考えても、オルヴァ兵長はそう呟きつつも、抜擢されたノイマン中隊長を気の毒そうに見送った。
見送った、とは何も首都からノイマン中隊を見送ったわけではない。
ノイマン中隊は現在、ニューガルズ市から出て行った小麦行商人たちを追っているところである。
その途上、小麦行商人たちが逃げ込んだ林の入り口で補足した、数台の行商人馬車を護衛するよう任じられたのが、かのオルヴァ小隊であった。
まぁその実、護衛という名の監視だ。
彼らの目的は行商人から小麦を接収することなのだ。
ゴブリンや野盗に奪われては目も当てられない。
そう言うわけで、オルヴァ兵長と小隊員5名は、数台の行商人馬車と、不安そうに彼らを遠巻きに見ている行商人達を視界の端に入れつつ、林を眺めた。
この奥へ逃げ込んだ他の行商人達も、ゴブリンの集団に襲われていると言う。
ゴブリン自体はそう恐ろしい種族ではないが、それでも群れとなれば脅威である。
果たして残り2小隊を率いて林へ突入したノイマン中隊長は無事に帰ってこられるだろうか。
などと、彼らは溜め息を付きながらも、同僚の無事を祈りつつ、ただただ林を眺めるしかなかった。
と、その時、暗い林の中から、ふらりと人影が現れた。
オルヴァ兵長は怪訝に思いつつも腰の『両刃の長剣』に手を掛けた。
何者であるかを見極める前から、無意識にも油断無く備えるあたりは、さすが叩き上げの兵長である。
小隊の各員も彼の様子に従い、3人は後方へ行商人を守るように下がり、2名はオルヴァ兵長の左右へ並んだ。
そうして構えつつ、彼らは林からの小路をゆっくり歩く何者かを見る。
それは金緑色に輝く『ミスリル銀の鎖帷子』に身を包んだ少年だ。
すでに抜き身の『胴田貫』を肩に担ぐ彼こそは、誰あろう、アルト隊リーダー、アルト・ライナーその人である。
「とっとと降参してくれると助かるんだけどなぁ」
彼の堂々たる行進を見て、オルヴァ兵長たちの背後にいた行商人は安堵の溜め息をつくが、それに気づくものはいない
「止まれ、それ以上来るなら斬る」
オルヴァ兵長がアルトを見極めながらも『両刃の長剣』を抜く。相手は歳若い少年だが、冒険者であればその実力は侮れないことを、彼は良く知っている。
また、逃げる行商人達に冒険者の一隊がついており、一度はノイマン中隊長が退けられた経緯も聞いていた。
ならば油断など出来ようも無い。
「出来るか? 刃向かうならこっちも容赦なく斬るぜ」
互いの距離が10メートルを切った辺りでアルトは歩を止め、肩に担いでいた『胴田貫』を八相に構えた。
「ひっ」
オルヴァ兵長の左右に展開した小隊員が短く悲鳴を上げる。
少年剣士の構えから発せられる「剣気」とでも言う雰囲気が、いかにも剣豪らしさを醸し出しており、平隊員たちは圧されたのだ。
中心に構えるオルヴァ兵長はさすがに悲鳴こそ上げなかったが、それでもかの少年に勝てる気が全くしなかった。
だが無情にも、彼らを包む空気は戦いの気に満ち始める。
戦闘フェイズの開始である。
一度戦闘が始まってしまえば簡単に逃げることは適わず、後は最低でも数度、斬り結ばなければならないだろう。
「是非もなし。お前ら、やるぞ」
「お、おう」
オルヴァ兵長は負けを確信しつつも覚悟を決め、また隊員たちも彼に倣った。
「いい根性だ。行くぜ」
獲物を定めてニヤリと笑ったアルト少年が、早速と『胴田貫』を振り上げようと一歩踏み出す。
身幅広く重ね厚い剛刀が一度唸れば、実力においてはるかに下がる彼らの首が瞬く間に飛ぶだろうと思われた。
が、その一瞬前、林から飛来した一本の矢がアルトの頬をかすめる様に通り過ぎて地面に刺さった。
「のわっ、ビックリした」
途端に雰囲気が四散する。
オルヴァ兵長たちは「すわ、増援か」と表情が明るくなりかけたが、その期待はすぐに落とされた。
林から『小弓』を携えて現れたのは、ねこ耳を生やし草色のワンピースを着た童女だったからだ。
どう考えたって『首都防衛連隊』に草原の妖精族などいない。ならば相手は少年剣士の仲間だろう。
「何しやがる。危ないだろ」
「斬っちゃダメってカーさん言ってたにゃ。撲殺にゃ」
なにやら子供のケンカの如き様子で言い合いを始めた2人だが、それでもやはり戦いの空気は霧散しなかった。
なぜならまたすぐに、オルヴァ小隊の敵が林から現れたからだ。
漆黒の『外套』を翻す眼鏡の青年魔道士と、純白の法衣を纏った聖なる神官乙女。カリストとモルトだ。
「ベルにゃん、『撲殺』やと、死んでまうやん?」
「うにゃ?」
モルトの言葉に、今にも「アタクシナニカマチガエマシタ?」と聞こえて来そうな、見事な首の傾げぶりのマーベルに、カリストは可笑しそうに表情を緩めた。
「ま、とにかくアルト君、僕の魔法を先に使わせてもらうよ『ブラントアームズ』」
「魔法の使用を承認します」
言うなり、マーベルのベルトポーチに鎮座する薄茶色の宝珠から声が上がり、カリストの纏う漆黒の『外套』がはためいた。
もちろん、風が吹いたわけではない。かの『魔術師』が合せた手の平から、青白いマナの光があふれ出し、その余波の流れがはためかせるのだ。
して、カリストの両掌が充分に練ったマナを開放すると、一筋の光が上空で渦を巻き、その直後にアルトの持つ剛刀『胴田貫』を覆った。
この情景はいつか見たものだ、とアルト隊の面々は思い出す。
そう、武器に一時的に魔法の力を与える緒元魔法『エナジーアームズ』によく似ているのだ。
「いやはや、これもGM殿の『承認』の範疇なんですなぁ」
「そうなんですよ。私もビックリしてます。承認できてしまいました」
いつの間にかマーベルの傍らまでやって来た酒樽然とした髭の紳士、レッドグースがそう呟くと、ねこ耳童女の腰袋に納まった宝珠殿は言葉で頷いた。
そう、今しがたカリストが使った『ブラントアームズ』は彼らが縛られる『メリクルリングRPG』のルールブックに載っていない緒元魔法なのだ。
『ブラントアームズ』、あえて日本語で例えるなら『なまくら武器』。
魔法を付与して攻撃力を上げる『エナジーアームズ』と同じ系統の魔法であり、『ブラントアームズ』を付与された武器で攻撃しても「相手は死なない」と言う効果がある。
この武器で攻撃された者のHPがゼロ以下になっても、その者は死なず、こん睡状態に陥るのだ。
レギ帝国西部方面軍騎士連隊総長ジャム大佐の持つ、魔剣『生殺与奪』と似た効果といえるだろう。
そしてここからがまた重要なのだが、この魔法はカリストがキヨタヒロムの記憶を読み出し、創生した緒元魔法であるということだった。
「さぁアルト君、思う存分ぶっ叩きたまえ」
「おう」
こうして、一度途切れた戦いの空気は、ふたたび流れ出した。
アルト隊とオルヴァ小隊の戦いは2分とかからず、オルヴァ小隊の降伏で幕を下ろした。
リザルトはといえば、オルヴァ小隊員中3名が昏倒、また先頭に立っていたオルヴァ兵長がHPの大半を失い重症と言ったところだ。
対するアルト隊は、正面に立ち戦ったアルトが数ポイントの傷を負った程度だった。
ほぼ完勝といえるだろう。
「ぬはは、オレ最強」
「アっくんが真骨頂を発揮し出したにゃ」
「近々へし折れるフラグやね」
そんな暢気な会話に興じる若者達を後目に、カリストとレッドグースは行商人の協力も得てオルヴァ小隊の面々を縛り上げる。
コテンパンにやられたオルヴァ兵長以下隊員は大人しいものだ。
その上で怪我人や昏倒者に、モルトから回復魔法が与えらる。
「どうして殺さぬ。我々は公国兵といえど平民ばかりだぞ」
縛られているとは言え、回復魔法まで与えられるなど、敗残兵には破格の待遇だ。
貴族であれば丁重に扱うのも解かる。後日、身代金と交換になることにあるからだ。
「まぁ大切な公国の兵ですからね。陛下の御為にもまだまだ働いてもらいますよ」
だが、これに対する漆黒の魔道士青年の答えは、やはりオルヴァには良くわからなかった。
そして、縛り上げたオルヴァ小隊を行商人たちに預けたアルト隊は、再び林の中へと消えた。
林の外縁でその様な事が起こっているなど露にも思わず、2小隊を率いるノイマン軍曹は林の奥へと向かい進む。
この林はニューガルズ市近郊に住む者たちが、木の実や薪拾いなどで頻繁に入ることもあり、入り組んだ小路がある。
まぁ、季節的には冬支度がもう終わっている筈なので、民草がいることはない。
そんな入り組んだ小路でも、行商人馬車の真新しい轍があるので、彼らは迷わず真っ直ぐに進む事ができた。
そうして行商人馬車群を追って進む事しばし、小路の先から喧騒が聞えてきた。
獣にも似た攻撃的な歓喜の声と、怯え逃げまとう人の声だ。
「追いついた様だ。総員、抜剣突入。商人の命を救え!」
先の例があったので、これはもうゴブリン軍団に襲われている行商人だと即座に判断したノイマン軍曹は、すぐさま配下にそう命じた。
『両手持ち大剣』を肩に担いで小走りに進み出すノイマン軍曹を先頭に、以下11名の公国兵たちが吶喊する。
程なくして、木々の隙間から数台の馬車と商人、そして先ほどと同じ様に馬車を襲うゴブリンが見えてきた。
素早く視線で戦場を確認し、ノイマン軍曹は声を上げた。
「お前達の勇戦を期待する」
「おう」
しかし、彼らノイマン軍曹の声を聞くや否や、ゴブリン集団のリーダーらしいひと回り大きなゴブリンが何事か声を上げた。
もちろん妖魔語を習得していない面々には何事か解からなかったが、それが何の言葉であったかはすぐに理解できた。
なぜなら、それまで馬車に群がっていたゴブリンどもが、まるで引く波の如き素早さでさらに林の奥へと逃げ出したからだ。
おそらく「撤退」の音頭だったのだろう。
これは先ほど、林の外縁で起こった不戦勝と同じ光景だ。
さすがに軍略にあまり明るくないノイマン軍曹も、これには多少の違和感を抱いた。
「ははは、所詮はゴブリンか。またもや我らに恐れをなして逃げ出しやがった」
だが、隊員の一人が発した景気のいい言葉に、ノイマン軍曹の懸念はすぐ吹き飛ばされてしまった。
「さて、まだ行商人達は奥にいそうだな」
違和感こそ霧散したものの、ノイマン軍曹はここで幾らか迷った。
見ればここにいる行商人も馬車数台程度だ。
行商人の総数が十数台程度だった事を考えれば、林の入り口で会った者を足してもまだ足りない。
ならば、まだこの奥へと進んだ行商人がいるはずだった。
そしてその奥とは、またゴブリンたちが転進した先なのだ。
「追うべきか、ここまでの確保で満足すべきか」
彼らノイマン中隊の任務は『行商人の持つ小麦を全て接収する事』で、その任務の完遂を目指すなら、ここにまた護衛を残して先に進むべきである。
ただ、ここでまた1小隊を残せば戦力は大幅に減衰する。
果たして、次はゴブリンが逃げてくれるだろうか。
逃げなかった場合、減衰した戦力で対抗できるだろうか。
また、ゴブリンに勝利出来たとして、その後、商人たちから小麦を接収するだけの余力があるだろうか。
それくらいなら、ここまでで馬車数台分の小麦だけを接収して引き上げるという手もある。
そうすれば任務成功とは言えないまでも、失敗ともまた言えないだろう。
「隊長。先へ進むべきです」
そこへ、ノイマン軍曹の迷いを断ち切るかの様に、彼の副官が進言した。
この副官は、ノイマン軍曹が小隊長だった時代から共に仕事に従事してきた者であり、かの中隊長の迷いを正しく察していた。
故の進言だ。
「ふむ、その理由は?」
ノイマン軍曹もわかっていて、確認の為に発言を求める。
「はっ。我らの任務は確かに『小麦の接収』にありますが、『首都防衛連隊』の存在第一義は、公国民を守る事にあります。ここで我らが行商人を見捨てるなら、我らは誇りを完全に失うでしょう」
副官は淀みなく、彼の考えを告げた。
そしてそれは、ノイマン軍曹の脳裏に宿った考えと同じであった。
「よし、ではヤックネン小隊は行商人護衛としてここに残れ。後は俺に続け」
「おう」
決断し、ノイマン軍曹はそう声を上げた。
隊員各位は中隊長の判断に対し、満足そうにそれぞれの剣を掲げて返事とした。
だが、この時、誰の頭からも抜け落ちていた最大の懸案事項があった。
それが何かと言えば、意気揚々と飛び出したノイマン軍曹率いる小隊が、商人護衛に残ったヤックネン小隊と充分な距離をあけた頃に思い出された。
いや、遭遇した。
「よお、また会ったな盗賊団諸君」
林の小路正面から堂々とやって来た一団。ご存知アルト隊である。
先頭に立って歩く、金緑色の『ミスリル銀の鎖帷子』を身に着けた少年サムライが不敵な笑みと共にもらす言葉に、ノイマン軍曹はまず、こう呟いた。
「やはり中隊長など引き受けず、田舎へ帰るべきだった」




