07首都防衛連隊の憂鬱
前回のあらすじ
タキシン王国内乱に介入する為の兵糧を、レッドグースの策によりインターセプトされたニューガルズ公国宰相にして『ラ・ガイン教会』法王のキャンベルは、どうせ敵に渡るのなら、と、商人の倉庫から小麦を接収するように、治安維持に携わる『首都防衛連隊』へと命を下した。
この貧乏クジのような命令書を受け取ったのは、連隊所属のノイマン小隊であった。
隊長のノイマン伍長は隊員たちに指示し、ついには商人が小麦を保管する倉庫を突き止めたのだが。
さて。
6人のニューガルズ公国兵が、深夜の市内を進む。
この小隊を率いるのは国内のとある寒村を治める男爵家長男、ノイマン伍長だ。
彼らの任務は、公国宰相であり『ラ・ガイン教会』のトップたる、法王キャンベル猊下からの命令で、その内容曰く「公国に非協力的な小麦商組合から、彼らの持つ小麦を接収せよ」というものだった。
命令書の文言は多少取り繕っているが、本来なら金銭や物々交換で手に入れるべき物を強奪せよとのことで、ぶっちゃけて言えば強盗行為である。
公国に忠誠を誓ったノイマン伍長だが、さすがにこの命令には外聞を憚って、人目を避けた深夜に作戦行動を起こす事にした。
彼ら小隊は『首都防衛連隊』所属である。
同連隊の仕事はその名の通り、公国首都であるニューガルズ市の防衛と治安維持活動にある。治安維持活動とは、簡単に言えば警察の様な仕事だ。
「まったく、市民を守るべき我々が強盗まがいの仕事をせねばならんとは」
ノイマン伍長はたいそう情けない顔で呟いた。
そうしてしばらく進むと、ニューガルズ市に接して流れる大河の畔へ着く。
この川は同市において物流の多くを担う水路であり、その畔と言えば公民それぞれが大小様々な倉庫を持つ港だった。
かの商組合が小麦を保管する倉庫も、この倉庫街にある。
「総員、打ち合わせ通りに展開せよ」
件の建物を見つけたノイマン伍長は、いつもの任務通り配下に指示を飛ばす。
倉庫は、正面に搬入出用の大きな引き戸と、背面に小さな勝手口があった。そのため、小隊を4人と2人に分けてそれぞれに当たる事にした。
これは泥棒対策の見張り番がいることを想定し、その者を逃がさぬ為の方策だ。
「ふむ、しかし必要なかったかも知れんな」
指示を出してから改めて倉庫を見上げれば、倉庫ゆえ少ない小窓からは一筋の光も漏れていない様だ。
これなら見張りはいないのかもしれない。
それでも、備えあるに越した事は無い、とノイマン伍長は気を取り直して腰にある『両手持ち大剣』の鞘を撫でた。
さて、その後は無言となり、あらかじめ取り決められているハンドサインでやり取りしつつ、音を立てぬ様に倉庫へと迫る。
途中、猫の鳴き声に多少ビックリさせられながらも、ノイマン伍長含む4名が倉庫の大きな引き戸前へとたどり着く。
そこで、今まで黙っていた隊員が、思わず声をあげた。
「隊長、鍵が開いてます」
「なんだと?」
ここに来て、各員はさすがに事の異常さを認識した。
見張り番がいないのは、まぁ予算や治安次第でそう言う事もあるだろう、と思えた。
なにせ治安については自分たちが担うだけあり、それなりの自負もあった。
だが見れば、引き戸にかかっている筈の閂も外れているし、そもそも閂を止めている筈の南京錠も見当たらない。
戸が閉じているだけで、開こうと思えば誰でも開ける。さすがにこれは無用心すぎるだろう。
小麦商組合はまだ結成されたばかりだと聞くので、細かいやり取りに不備があるのか、それとも余程の楽観主義者かうっかり者が担当なのか。
それとも罠か。
「錠切りの用意が無駄になりましたね」
「いやそんなのはどうでもいいが」
南京錠を断ち切るための巨大なニッパーを持ってきていたが、まさか無施錠とは思わなかったと、工作担当の隊員が苦笑い気味に言う。
困惑と警戒で緊迫した雰囲気に耐えられなかったのかもしれないが、ノイマン伍長は感情を弛緩させず、鋭い視線で隊員たちを見回してから『両手持ち大剣』を抜いた。
「こうなれば斬り合いも想定しておけ。各自、戸に張りつきながらそっと開けよ」
指示に従い、隊員のうち2名が大きな両引き戸の左右に張りつき、静かに、そしてゆっくりと少しだけ引き開けた。
50センチメートルも開き、星灯りがわずかばかりと倉庫内に差し込んだ事を見止めたノイマン伍長は、目の届く範囲に何者も居ないことを確認して転がり込んだ。
素早く体勢を整え、油断無く左右に視線を走らせる。
「何も、いないか?」
残念ながら『盗賊』でも『弓兵』でもない彼には、危険の気配を感じるようなスキルは無い。なので、この暗い倉庫内を視力を頼りに探るしかない。
だから、ノイマン伍長は気付かなかった。
ひとまず、視力の届く範囲に何者もいない事を確認し、後ろの隊員たちをハンドサインで呼び寄せる。
そしてもう一歩、と先へ進もうとした瞬間、倉庫内の奥で光が灯った。
跳ね上がる心臓を抑えつつ、各々は取り急ぎそれぞれの差料を構えて、視線を光源へと向ける。
光の元は倉庫奥の中二階に設えられた吊り通路上であり、そこには黒い『外套』を着た眼鏡の青年が立っていた。
一瞬、ノイマン伍長は想定外の出来事と想定外の人物像に困惑し、その後、思い至って言葉を吐く。
「そうか、見張り番に冒険者を雇ったか」
いるなら『傭兵』と思っていたが、あの風体は『魔術師』だろうと判断しての呟きだ。
この言葉に隊員の間に緊張が走る。
剣使い同士の押し合いならまだしも、様々な攻撃パターンを有する冒険者を敵に回すと何かと厄介だ。
治安維持を担う彼らとて、そう言った実戦経験が無い訳ではないが、出来れば避けたい相手であることは間違いない。
「相手が『魔術師』なら散開だ。纏まると範囲魔法でやられるぞ」
ノイマン伍長がそう命じ、各隊員が従って駆け出そうとした時、それを遮るように黒尽くめの『魔術師』が声をあげた。
「静まりたまえ!」
その声に各々が動きを止める。
驚きや困惑もあるが、すぐに攻撃してくる感じではない、と判断して様子を見る気になったのだ。
「こんな夜更けに押し入るとはいずれも賊の類であろうが、この倉庫にある小麦が誰の物か知っての狼藉か」
「た、隊長」
黒衣の『魔術師』が朗々と述べる口上に隊員たちはうろたえ、上官の顔を振り返った。なにせ治安維持を司る自分たちが盗賊呼ばわりされているのだ。
例えやっている事が盗賊まがいとわかっていても、面と向かってそう糾弾されてはその不味さが実感された。
「ま、待て我々は」
とノイマン伍長は身分を明かすことにした。
いくら強盗のような行為だとしても、公国宰相の命令書が根拠である限り、これは合法な筈なのだ。ただ、ここへ押し入る手順が規定通りではなかった為、名乗りを憚っていたのだが、この期に及んでは仕方が無い。
だが、彼の思惑はさらに続けられた黒衣の『魔術師』の言葉で遮られた。
「すでに抜剣である以上は言い訳無用。我は公国男爵位、キヨタヒロムなり」
しまった。と、ノイマン伍長は顔中しかめ面だ。
何が不味かったといえば、先に名乗られてしまったことだ。
確かに自分達は宰相閣下の直令で動いているが、相対するがただの冒険者でなく公国貴族では話がややこしくなる。
平民相手なら多少の超法規は目を瞑られようが、相手が貴族ではそうは行かないのだ。接収にしたって手順をきちんと踏まねば、公王の名の下に裁かれかねない。
もっとも、現在至高の冠を頂くのは宰相閣下の傀儡女王なので心配ないだろうが、それでも不確かな賭けに乗るのは分が悪い。
「ここは逃げの一手が最良か」
ノイマン伍長が素早く計算した後に、隊員にだけ聞える声で呟く。が、その思惑もすぐに外される事になる。
彼らの背後で引き戸がガラガラと音を立てて閉まったのだ。
「なっ」
「逃がすと思ったか。さぁ大人しく縛につく気が無いなら、我らが相手だ」
こうなれば、もう戦うしか無い。そうノイマン伍長は再び『両手持ち大剣』』を握りなおした。
戦い、突破した後にしらばっくれて正規の手順を踏みなおす。
これがこの極限で頭に浮かんだ彼のプランだった。
と、そこで一つ、彼の脳裏に引っかかった言葉が浮上した。
「我ら?」
だが、考えるより早く、キヨタと名乗った『魔術師』を照らしていた魔法の光が倉庫全体を照らした。
照らし現れたのは、積み上げられた小麦の袋と、ノイマン伍長たちと相対する様に立っていた2人だった。
1人は金緑色に鈍く輝く『ミスリルの鎖帷子』を身に纏った『傭兵』風体の少年。腰の差料に手をかけ、隙なくこちらを覗っている。
もう1人は白い法衣の上から『胸部鎧』を重ねた乙女。こちらはすでに『鎧刺し』の尖を向けていた。
不味い。非常に不味い。
相手が『魔術師』1人なら何とかなると思ったが、前衛が2枚も出て来た。そう思った途端、さらに一人増えた。
それはねこ耳を生やした童女だった。
「カーさん、裏にもいたにゃ」
その童女はノイマン伍長の小隊員2名を大八車に乗せて引きずっていた。彼らは裏手の勝手口へ回った隊員だが、なぜかイビキをかいて眠りこけていた。
「マーベル君。僕のことは『キヨタ男爵』と呼んでくれないと困るよ」
「何を言ってるかわからねーにゃ」
途端、弛緩空気が相手2人の間で流れたが、ノイマン伍長にとっても何を言っているのかわからなかったので思考するのを放棄した。
とにかく、4対4。数の上では同数だが、どうやら魔法使い2人を含むので、どうにもこちらが不利だ。
さて、逃げるも適わず、勝てるかも判らない。では降伏という選択肢はあるか?
いや無い。
この場でノイマン伍長らが降伏して身分を明かした場合、公国兵と争った男爵は微妙な立場に立たされるだろう。
そうなれば、ことが表沙汰になる前に始末にかかるのが常套だ。
なら、もう戦って血路を開くしかない。勝つ可能性が判らなくても、それしか道がなくなってしまったのだ。
ノイマン伍長は自分の判断ミスを呪いつつ、再び指示を出した。
「前衛は俺が引き受ける。お前達は回りこんで魔法使いを叩け」
「了解しました」
言葉と同時にノイマン伍長につき従う3人が駆け足で離れる。まず狙いは3人でねこ耳童女を打ち倒す事。
「戦闘フェイズ開始にゃ。土の精霊さんにお願い、『スクープ』にゃ」
「承認します」
迫る3人の剣に慌てもせず、ねこ耳童女がそう叫ぶと、何処からとも無く中年の声が追って上がる。
そしてそれだけではなく、途端、駆け寄る3人のうち1人が何かに足を取られてすっ転んだ。
1レベル精霊魔法『スクープ』。
土の精霊の力により、土の地面を歩く単体対象の足元を掬い上げる。結果、抵抗できなかった対象は転倒する。
四足獣などに対してはあまり有効ではない。
だが、それでもあと2人がねこ耳童女には迫っていた。が、すかさず『ミスリルの鎖帷子』を着た『傭兵』が両者の間に駆け込んだ。こうなると彼を無視してねこ耳童女へ寄る事ができなくなる。
仕方なく、3名の公国兵は件の『傭兵』へと『両刃の長剣』を振り下ろした。
相手が冒険者といえど、こちらも訓練を受けた公国兵だ。2人がかりであれば少なくともどちらかの剣先は届くだろう。というのが、彼らの思惑だった。
それは甘い考えであった。
まさかのまさか、彼らの剣の間を閃光が走ったように見えたかと思えば、甲高い金属音と共に押し返されていた。
いや、考えてみれば何が起こったか判っただろう。かの少年剣士が、差料を抜き放って弾いたのだ。
しかしそんな簡単な思考すら、する間も与えず、取って返しされた少年の剣、いや刀は小隊員の1人の胴を薙ぎ払った。
鮮血の飛沫が上がる。
運良く斬られなかった方の隊員は、すわ、一刀両断か、とさえ思ったが、それはさすがに無かった。
とは言え、『硬い革鎧』越しに易々斬られたその傷が、小さいものである筈も無く、見れば、恐ろしく重厚な剛刀が今度はこちらに向けられていた。
「お前ら雑兵如きがオレに敵う筈も無し。痛い目見たくなけりゃ降伏しとけ」
自分から見れば年若き少年に『雑兵』などと言われても、これだけの腕に違いを見せつけられれば怒りも湧かない。
彼らはすぐさま『両刃の長剣』を捨てて、斬られた仲間の介抱をする事にした。
さて、瞬く間に制圧された隊員たちにノイマン伍長は呆然とした。
勝ち目は薄い、とは思っていたが、さすがにここまで瞬殺だとは思いもしなかった。
「さてどうしたものか」
ノイマン伍長は誰に言うでもなくつぶやく。
自分以外の隊員はこれですべて降伏してしまっ訳だが、ここで自分も素直に降伏するべきか。
このまま戦って、もし眼前にいる白い法衣の『警護官』を倒したとしても、続けて剛刀振るうサムライ少年や黒衣の魔道士、それに『精霊使い』と思わしき草原の妖精族が残る。
とてもじゃないが勝ち目は無いだろう。とは言え、降伏すれば先に述べた理由から、始末される可能性も高い。
八方塞か。
「ならばここは一つ、玉砕覚悟で一発当てるか」
言うなり、ノイマン伍長は『両手持ち大剣』を肩に担ぐように構えた。
そも、通常どの国の兵士でも、歩兵の局地戦における制式装備は『両刃の長剣』と決まっている。
もちろん、平原などで隊列を組んだ戦いを行う場合は『長槍』を使ったりもするが、あくまで市街での装備は『両刃の長剣』である。
これは場合によって『円形の小盾』などを装備するからだ。
ではなぜノイマン伍長が『両手持ち大剣』を使っているか。
答えは簡単で、兵役前に身に着けた『片手武器修練』以外のスキルが一定以上の習熟を認められ、なおかつ、指揮官以上の立場の場合は制式外装備が許されるのだ。
ゆえに、ノイマン伍長は小隊長となった時点で『両手持ち大剣』の使用を認められた。
彼は『両手武器修練』ビルドの剣士であった。
「この一撃に、我が意地をかける。『パワースライド』!」
言葉と共にノイマン伍長の『両手持ち大剣』が弧を描く。
残像を残すほどのスピードだが、鈍い光を放つ剣の軌道は酷くゆっくりに見えた。とは言え、これを避けるのは一般の兵士レベルでは簡単ではない。
『パワースライド』は前述のとおり『両手武器修練』で身に着ける事が出来る斬撃スキルだ。
いわゆる『強打』であり派手さこそ無いが、その一撃はランク次第では通常攻撃の倍する程になる。
「うおおおぉぉぉ!」
ノイマン伍長が吼え、大剣が白い法衣を着た細目の乙女へ降りかかる。
ところが、かの乙女は恐れるでも慌てるでもなく、いつの間にか赤い淡光を湛えた『鎧刺し』で受けるでもなくヒラリと舞って、渾身の一撃をかわした。
かわし、次の瞬間に彼女の身体が人ならぬ速度でスライドした。
「残念やったね。あんたの負けや。『ネメシスブレイド』『反撃発動』」
そんな声が聞こえるや否や、嫌な予感から緊急回避的に身を引くノイマン伍長にピタリと張り付く様に乙女が迫ったかと思うと、怪しく光る『鎧刺し』の尖身がズブリと彼の脇腹を貫いた。
『警護官』のスキル『ネメシスブレイド』は、自動発動のカウンター技だ。
ノイマン伍長は脇腹の痛みに眉をひそめつつ膝をつき、そっと息をついた。
「俺の負けだ。煮るなり焼くなり好きにしろ。ただ、出来れば部下は助けてくれ」
無理と承知で、ノイマン伍長はそう吐いた。
だが、彼の絶望的な様子とは裏腹に、ノイマンたちを縛り上げた冒険者達はあっけらかんとした表情でのたまった。
「何言ってんだよ。盗賊は捕まえたら官憲に突き出すだけさ」
先ほど目を見張る剣技で2人の隊員を止めたサムライ少年のそんな言葉に、ノイマン伍長を初めとした小隊員たちは、何とも表現しがたい顔で口をつぐんだ。
「ノイマン伍長…何か言う事はあるか?」
『首都防衛連隊』の詰め所にて、ノイマン伍長は連隊の長に溜め息をつかれた。だが彼は直立敬礼姿勢のまま、同じことを繰り返すしかなかった。
「は、何もありません。この失態につきまして、いかな処分も受け入れます」
この街の官憲といえば、ノイマン伍長の所属する『首都防衛連隊』の事だ。
その隊に盗賊一味として突き出される心境としては、命は助かったがたいそう情けないものだ。
ノイマン伍長は言い訳の何も思い浮かばず、ただ恥を晒す思いだった。
だが、恥ずべき、と思ったのは『首都防衛連隊』もまた同じであった。
街の治安を与る隊員が、よりにもよって盗賊の札をつけられ突き出されてきたのだ。これはもう、隊全体の恥部としてもみ消すしかなかろう。
「いや、もういい。お咎めは無しだ。宰相閣下には『任務は失敗した』と報告を上げるしかあるまい」
連隊長は机の上で組んだ手で額を押さえ、大きな溜め息をついた。
「なんとも、頭の痛いことだ」




