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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#08_僕らの潜入生活

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118/208

05小麦商人たち

前回までのあらすじ

タキシン王国王太子アムロドから、ニューガルズ公国軍の後方かく乱を命じられたアルト隊は、懐かしき宿場町アルパに潜入した。

そこで不動産商人ゼニーと再会。

ニューガルズ公国の不況具合や、新法王キャンベルの兵糧調達に関する無茶振りを聞かされ、レッドグースは作戦の方向性を思いついた。

曰く「なに、ケチ臭いキャンベル猊下に代わって、ワタクシたちがその食料を譲っていただこうかと思いましてな」

 宿場町アルパの隅に建つボロ屋に、アルトたちが入居してから1週間が経った。

 その間、不動産商人ゼニー氏が調達してきた、町人風の普段着を着込んだアルト隊の面々は、すっかり町に溶け込んでいる。

「服を変えただけで、不思議なもんですね」

 腰にいつもの『胴田貫』を差さないので、少しばかり物足りなさを感じつつ、アルトは不思議そうに着ている服を眺めた。

 午前中、活気と品物が少ない市場を歩くのは、アルトとカリストだ。

 冬も徐々に深まり日差しが雲に遮られがち、という天気も、活気の無さに一役買っているのだろう。

「この世界には写真が無いからね。僕たちの最大の特徴は『冒険者』って所だから、町人風で歩いていれば目立たないさ」

 そう答えるカリストもまた、いつもの黒衣を淡い茶色のシャツに着替えている。

 彼はここニューガルズ公国では男爵位を授かっており、アルトたちとは違う意味で目立たないように気をつけていた。

 まぁ、正確に言えば、男爵位なのはかつてカリストの身体を乗っ取っていた、キヨタヒロム氏であるのだが。

 そんな何気ない会話をしながら、穏やかな心境で歩く2人が目指すのは、市場を抜けた先にある、古びているが立派な建物だ。

 彼らが穏やかでいられるのは、賞金クビとして騒がれない事と同時に、この度の工作活動において、『音楽家(ミュージシャン)』を自称して憚らない酒樽紳士レッドグースが主導しているからだ。

 その上、今のところ、レッドグースから役割を言い渡されていない。

 これは気楽なものである。

 さて、その建物に近付けば見えてくる看板には『商工会議所』と書かれている。

 これは宿場町アルパの公共施設であり、有料で会議室などを貸し出している。

 今日はこの建物にある会議室を1室、ゼニー氏の名前で借りてあり、そこへ向かっているのだ。

 なぜ全員一緒で無いかと言うと、目立たぬ様にと、バラバラに借家を出たからだ。

 せっかく町人風にキメたのに、年齢性別種族が異なる集団で歩けば、結果として目立ってしまうだろう。

 そう言うわけで、連れ立った2人は『商工会議所』の暖簾をくぐり階段を昇り、2階奥にある会議室へと入った。

 東西と南、3方にある窓には暑いカーテンが掛けられ、灯りは部屋の真ん中に吊るされたランプだけなので、昼だというのに薄暗い。

「ずいぶん雰囲気出してるね」

「ふふふ、気に入っていただけましたかな?」

 部屋にはすでに着いていたレッドグースがおり、机をコの字に並べ直しながら、カリストの言葉に、満足げに頷いていた。

「何でこんな無駄な事。カーテン開ければ充分明るいだろ?」

 アルトは妙に嬉しそうな2人を気味悪そうに遠巻きにしつつ、カーテンを捲る。

 冬の弱い日差しでさえ、この部屋に比べたら何倍も明るかった。

「いえいえ、今日は内緒のお話ですからな。そう言う雰囲気作りは大事ですぞ」

「そーかー?」

 怪訝そうに眉を寄せつつも、アルトはカーテンを戻す。

 どちらにしろ今作戦はレッドグース発案なのだから、必要だと言われれば従うのが筋だろう。

 そうして、アルトとカリストも手伝い、机の配置もレッドグースの気が済むように変更された頃、会議室のドアが開いて今度はアルト隊女性陣がやって来た。

「もうすぐゼニーはん達が来るで」

「来るにゃー」

 いつもの白い法衣から大人しい色合いのワンピースに替えたモルトと、いつもと同じ草色のワンピースを着たマーベルだ。

 マーベルはどうせ猫耳が目立つので、武器など冒険者らしい装備を外しただけの出で立ちだが、そもそも冒険者らしくない装いなので良いだろう、ということらしい。

「そうですか。ではワタクシは最後の準備に入りますゆえ、後は頼みますぞ」

 彼女らの言葉を受け、レッドグースはそう大きく頷いてから、『ハイディング(潜伏)』を使って部屋から姿を消した。

 これはすでに打ち合わせ通りだったので、誰も驚かなかった。


 果たして、レッドグースが姿を消し、アルト隊の面々が会議室の壁際に身を寄せた頃、モルトの言の通り、不動産商人ゼニー氏はやって来た。

「さぁさ皆さん、こちらへどうぞ」

 ゼニー氏を先頭にして入ってきたのは3人。いかにも商人風である年配の男。幾らか若い青年。それから妙に色気がある女だった。

「あれも商人なんですかね?」

「ゼニーはんが連れてきたっちゅーことは、そうなんやない?」

 思わずもらしたアルトの言葉に、モルトが苦笑いを添えて答える。

 事実、レッドグースの指示でゼニー氏がこの場に集めたのは、ニューガルズ市近辺で小麦などを扱う商人組合の幹部だ。

 組合、幹部、などと言うと、いかにも大組織のようだが、実際の所は小麦などの食料を扱う小さな商会の寄り合いでしかない。

 その大半は、生産地から国内のさまざまな村落へ運ぶ事を生業とする行商人なのだ。

 この3人も、そんな商人の中で比較的、取り扱いが多い順から抽出されただけで、末席の女性などは、数人の行商人を束ねるだけの、言わば姐御であった。


 3人の商人は、会議室に通されるなり目を見開いて驚いた。

 今日は不動産商人ゼニー氏から「法王猊下の無理強いに対抗する、良い話があります」などと言われてやってきた。

 実際、この国の宰相となった法王猊下からの商談は無理強いとしか言い様が無い。

 小麦商人の間で作った組合だってそれに対抗する為だが、今のところ交渉は全く芳しくない。

 なにせ法王猊下が商取引に全く理解を示さず、条件を頑として引かないのだ。

 そんなわけで藁にもすがる思いでやって来たのだが、予想外の会議室の雰囲気に戸惑った。

 普通に話し合いや取引をする、開かれた明るい会議室を想像していただけに、予想外であった。

「ゼニーさん、これはいったい…」

 すわ、もしや騙されたのか。と、最も歳のいった白髪混じりの年配商人が、冷や汗混じりに招待者のゼニー氏を振り返る。

 大きな組合で無いだけに、幹部が暗殺されたとあっては組合員は途端に尻込みするだろう。だからといってまさかこんな剣呑な手段に出るとは、と、自分の甘さに考えが及び身が縮まる想いだった。

 が、そんな彼ら商人たちの焦燥などお構い無しに事態は進行する。

「ひっ」

 振り返っていた年配商人以外の2人が小さく悲鳴を上げた。

 何事か、と年配商人が再び前を向けば、暗がりから唐突にスーッと、髭面のドワーフが現れた所だった。

 彼もまた、つい上げそうになる悲鳴を何とか押し殺して事態を凝視する。否、何もかもが想定外で黙って見ているしか出来なかった。

 と、その時、ふいに何かが部屋を照らした。

 ランプ近くに突如出現した小さな光の玉が爆ぜたのだ。

 瞬間的な爆発音と、暗がりに慣らされた目に染みる閃光に、つい顔をそむけ、そしてすぐに「危機回避のためにも目を逸らしてはならぬ」と思い至り視線を戻す。

 するとさっきまでランプ灯りだけの部屋は、いつの間にか煌々とした白い光で満たされていた。

 天井が光を発しているのだ。

「なんだ、何が起こっている?」

「魔法! 魔法ですよ組合長!」

 頭の回転が追いつかずに呟いた年配商人に、青年商人が興奮気味に答える。

 なるほど魔法か。

 そう理解すれば何が起こったのか徐々に解って来た。

 初めの光球は『精霊使い(シャーマン)』が使役する光の精霊(ウィスプ)、今、部屋を照らしているのは『魔術師(メイジ)』の操る緒元魔法だろう。

 彼の身近に魔法を使う者はいなかったが、長い人生において収集した知識として知っていた。

 そう思って見渡せば、壁際に男女合計4人の若者と、正面に奇怪な格好をした中年ドワーフが立っていた。

 そう奇怪だ。

 大地の精霊(ドワーフ)族と言えば、手先が器用で力強い、と相場は決まっている。

 なので主に鉱山夫、鍛冶師、細工師、そして戦士である事がほとんどだ。

 だというのに正面のドワーフの着ている服といえば、無駄にキラキラやヒラヒラが多い仕立て服だ。

 貴族には飾りの多い服を着る機会もある。だが目の前のドワーフが着るのは、そんな貴族の服をさらに過剰にしたものであり、あまりにも滑稽そのものだ。

 そしてその表情はこれまでに会った数々の(いかめ)しいドワーフと違い、ニヤケ顔だった。

 ドワーフの登場に続いて、聴いた事が無いリズムの軽妙な音楽がひそやかに始まる。音源を捜せば、壁際にいる4人の内、まだ10代だろう歳若い少年が赤い『手風琴(アコーディオン)』を鳴らしている。

 少年の表情は、軽快な音楽とは裏腹になぜか憮然としていた。

 年配商人は困惑に眉を寄せつつ会議室中央のドワーフに視線を戻す。

 ドワーフは、ヒラヒラの衣装飾りをなびかせる様な、クネクネとした珍妙なダンスを披露しつつ、何処からか取り出した小さなボールをパッとけして見せたり、また取り出して見せたりしていた。

「なんだこれは」

 これではまるで大道芸ではないか。と年配商人は思い至り、さらに困惑を深くした。

 と、同時に、彼の後ろに続いて入ってきていた女商人が、腹を抱えて笑い出した。

「あははははははは、ドワーフの道化なんて、初めて見るわ」

 そうか、道化か。

 確かにドワーフの道化は初めて見たが、言われて見ればこの奇怪な格好も珍妙な行動も全て理解できた。

 理解できないのは、なぜ今ここで、道化がその技を披露しているかだ。

 ではここからが商人としての、頭の使いどころだ。

 この不動産商人ゼニーは善人ではあるが曲者である。

 そのゼニー氏が呼び出した上で、この意味不明な上演なのだから、何か意味があるはずだ。

 だが、彼ら商人が脳を回転させようとしたその出鼻を挫く様に鳴っていた音楽が止み、道化ドワーフは同時に演目を終えて、深々と優雅に頭を垂れた。

「ようこそおいで下さいました。ささ、くそったれ法王猊下に嫌がらせをする会議を始めましょう」

 そう言われては、もう彼らも席に着くしかなかった。


「この演出、必要だったのか?」

「おっちゃんが言うには、重要だったらしいで?」

 と、これは昨晩に急遽、BGMの為に『吟遊詩人(バード)』1レベル取らされたアルトと、今のところ飯炊きしか仕事の無いモルトの呟きであった。



「ワタクシの名はレッドグース。皇帝陛下の覚えめでたき『音楽家(ミュージシャン)』にございます」

 アルト隊やゼニー氏が見守る中、商人たちが用意された会議室の席に着くと、道化のドワーフがそう名乗った。

 何が『音楽家(ミュージシャン)』か、と年配商人は一瞬呆れかけたが、道化の言う事を全て正面から聞いていては身が持たぬ、と思い直して溜め息を付いた。

 ついてから、少しばかりハッとした。

 道化が自分の凄さを表す放言に偉い人の名を出任せるのは良くあることだが、今は何かときな臭い時期だ。

 『くそったれ法王猊下に嫌がらせ』などと言った直後に『皇帝陛下』の名を出す当り、あまり聞き逃しては不味い事になりかねない。

「皇帝陛下、ってことはあの道化、レギ帝国の間者ですかね?」

 歳若い商人がこそっと話しかけてくる。彼もまた年配商人と同じ様に思い至ったのだろう。伊達に若いながら商会を切り盛りしていない。

 年配商人は静かに頷くだけで返事として、かのドワーフの挙動を一目も洩らさぬ様にと目を前に向けた。

「まぁまぁそんなに警戒なさらず。ワタクシなど皇帝陛下にお目通り適う身とは言え、しがない『音楽家(ミュージシャン)』ですからな」

「つまり油断ならぬ相手って事でしょ?」

 警戒色を隠そうともしない男商人2人をさて置き、女商人は不敵に笑みをもらす。

 この女は2人と違い商会持ちというわけでなく、数人の商人を取り仕切るだけの姐御親方である。

 つまり、こうした想定外の事態こそ、成り上がるチャンスだと見ているのだ。だからこその態度であった。

「おやおや」

 レッドグースは肯定も否定もせず、ただおどけたて両手を広げて見せた。

 そも、道化とは身分を持たぬ流浪人だが、それゆえ、身分に囚われず、やんごとなき宮殿に招かれる事もある。

 もちろん、そんな栄誉に預かる事ができる道化とは、それなりに技の立つからこそ、ではあるが。

 例えばトランプを思い出せば、道化(ジョーカー)が切り札となるゲームが多いことに思い当たるだろう。

 あれは「道化が身分に係らず王に直言する可能性」を示しているのだ。

 この可能性は、つまり「道化が世の中をひっくり返すこともある」という話である

 さて、なにやら妙な雰囲気となった会議室で、レッドグースは気楽なニヤケ顔を晒しながら再び口を開いた。

「商人の皆様方におかれましては、なにやら強引なお客様に困っていると聞き及びましたので、より詳しい話を聞き、何か力になれればと、まかり越した次第でございます」

 言葉面ではいかにも謙っているが、これは慇懃無礼といって差し支えない。

 どう対応して良いか決めかねている男商人たちを横目で見た女商人は、度胸よくこれに答えた。

「秋に農村部で収穫された小麦の余剰分は、あたいらが買い付けて持っているわけだけど、法王猊下様はそのことごとくを『半額でよこせ』って言ってるのさ」

 ここで女商人の言う『あたいら』は、最近結成されたばかりの『小麦商人組合』のことだ。

 大小様々な商人に声をかけて団結したので、組合員の扱う小麦総数こそが、ニューガルズ公国農村部で取れた小麦の余剰分全てといって過言ではない。

 ちなみに余剰分とは、税で取られた分、農民たちが自分で食べる分、貯蓄分、等を除いた分と言う事だ。

「半額ですか。それは困りものですなぁ。商売上がったり、というところですか」

 いかにも同情的だが、さして興味は無い風でレッドグースが相槌を打つ。

 すると、これまで警戒から様子見だった年配商人が、憮然とした表情で口を開いた。

「我々の商売の事だけではない。いやもちろん商売上も困った事になるが、我々の行商を待っている者もいるのだ」

「ほほう、といいますと?」

「農作物がロクに育たない寒冷地や山間部では、僕たちが運ぶ小麦が生命線でもあるんですよ」

 年配商人の言葉を継いで、青年商人がそう答えた。

 先にも述べたが、ニューガルズ公国は豊かな国ではない。

 面積や人口の割りに農耕面積が狭く、かといって寒冷地では獣も少ないので、平均的に食料が足りないのだ。

 そんな食糧事情を辛うじて支えているのが彼ら小麦の行商人たちであり、彼らが運ぶ小麦等によって、北部の人々は食いつないでいるといって過言ではない。

「つまり、あなた方の持つ小麦の全てを法王猊下が満額で買ったとしても困る人がおり、さらにそれを半額で買おうと言うのだから無理無茶もいいところ、ということですな」

「そう言うことよ」

「ちなみに、あなた方の持つ小麦を満額で買ったとすると、如何程になりますので?」

「そうさな、輸送料を込みで、ざっと30万銀貨(メリクル)だ」

「なるほどなるほど」

 商人たちの解答を満足そうに聞いたレッドグースは、しばし思案顔を晒す。が、そんな余裕の態度に痺れを切らした女商人がピシャリと机を叩いた。

「で、皇帝陛下に覚えめでたい道化さんは、あたいらをどう助けてくれるんだい?」

 挑戦的なギラついた視線をスルリとかわし、レッドグースはほぼ閉じたような細目を少しだけ開いた。

「では皇帝陛下の覚えめでたきワタクシが、その小麦を30万銀貨(メリクル)で買い取りましょう」

 その瞬間、会議室に集った者たちに衝撃が走った。

 商人たちだけではない。レッドグースの仲間であるアルト隊の面々にも、だ。

 30万銀貨(メリクル)と言えば、日本円にして約3千万円。

 国家予算的視点から見れば微々たる物かも知れないが、個人資産と考えればホイと出せる金額ではない。

 最近は羽振りがいいアルト隊であったが、それもせいぜい「少しばかり贅沢しても困らない」という個人のレベルでしかない。

「おいおっさん、そんな金、いったいどっから出すんだよ」

「借金はもう嫌にゃ」

 勢い余って、アルトとマーベルが詰め寄るが、当の酒樽紳士は飄々として2人を押しのけた。

「なに、話は最後まで聞きなされ。ちゃーんと考えてありますぞ」

 この言葉にホッとしたのは何もアルトたちだけではない。

 現状で法王猊下相手に勝ち目の無い交渉を続けていた商人たちもまた然りであった。

 なにせ明言こそされていないが、この道化の背後にいるのは、かのレギ帝国だ。と、すっかり信じているのだ。

 個人個人で「売れません」といくら言っても国家相手では強引に徴収される恐れすらあるが、「もう売約済みです。相手はレギ帝国ですよ」ということにでもなれば、いくら暴虐な法王猊下といえど、おいそれと手出しできない筈だ。

 少なくとも表向きには。

「ほんで、いったいどっからお金引っ張ってくる気なん?」

 ひとしきりどよめきが収まったところで、モルトが首をかしげてこそっと訊ねる。

 商人たちはすっかりレギ帝国の買い物だと思い込んでいるが、彼女達は違う事を知っている。

 ならこの詐欺師がいったい何処から30万銀貨(メリクル)もの大金を出すつもりなのか興味が無いわけがない。

 レッドグースも仲間だけに聞える声でひそひそと語る。

「なーに、損害が出るようなら、ケツはアムロド殿下に持っていただきましょう。ワタクシたちに厄介ごとを押し付けた分の嫌がらせくらいは、受けていただきませぬとな」

 あまりと言えばあんまりなその言葉に、アルト隊の面々は曖昧に笑うしかなかった。

 また、商人たちは自分たちの懐が痛まぬ算段がついたところで、もう一つの懸念を思い出し眉を寄せた。

 そう、商人たちが損する事はなくとも、その小麦がすっかり買われてしまえば、食料を求める民衆が困る事になるのだ。

「良い話ではあるけど」

 女商人が苦しげにそういいかけた所で、レッドグースはアルトから返してもらった『手風琴(アコーディオン)』を少しだけ鳴らした。

「そのワタクシが買った小麦を、各地へ運んで売って来てくれませんかの。お代は30万銀貨に込み込みってことで」

 商人たちは、この道化師が一瞬何を言っているのか理解しかね、解った途端に揃って笑い出した。

「どういうことにゃ?」

 意味がわからなかったねこ耳童女は、手近にいたカリストの裾を引っ張る。

「小麦を30万銀貨(メリクル)でおやっさんが買い、その代金は行商人たちが各地で売ってきた代金で支払う、と言ってるのさ」

「んん? お金がぐるぐる回って意味がわからないにゃ。いったい誰が得をして、誰が損するにゃ?」

「誰も損はしないね。強いて言って困るのは、兵糧が手に入らなかった法王キャンベル猊下じゃないかな」

「うわー詐欺臭せぇ」

 つまり、レッドグースが名義貸しするだけの話である。

 アルトたちは呆れた視線をレッドグースに向け、商人たちは厄介ごとの解決を見出して互いに頷きあった。

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