04公国の事情
※これまでのあらすじ※
アルトの義兄弟、『魔術師』エイリークからのメッセージに従い、謎の『リルガ王国』を探してタキシン王国へ訪れた一行。
『リルガ王国』を知るというタキシン王国王太子アムロドから、情報と引き換えにニューガルズ公国軍の後方かく乱任務を言い渡される。
そもそもニューガルズ公国では賞金クビであるアルト隊は、意を決して、こっそりとニューガルズ公国に入国。
そして『盗賊』レッドグースは、アルトたちを郊外に残し、懐かしき宿場町アルパへ単独潜入を果たした。
「ふーむ、情報収集したいのですが。さてさて」
夜陰に紛れて宿場町アルパに侵入したレッドグースは、身を隠す為に使っていたスキル『ハイディング』を解いて辺りを見回す。
時間はすでに夜中を回り、我々の世界で言う所の午前0時頃だ。
不夜城然とした我らが日本とは違い、この時間といえばすでに大半の家が灯りを落として就寝している頃合である。
酒場ですら、もうやっている店は無い。
「困りましたな」
宿場町アルパ唯一の粗末な大通りを行くのは、すでに酒樽紳士レッドグースと野犬のみという有様で、当たり前だが街灯もなく非常に暗い。
ただ暗さ、と言う点については夜目が効く『盗賊』であるから苦ではなかった。
ふと、この街の中で比較的目立つ建物が眼に入る。
レンガ造りの2階家ばかりのこの街の中で、ひときわ高い尖塔を持つ1階家。尖塔には街に祝い事や悼み事を知らせる鐘。正門たる大扉の上には信仰を現す山十字が掲げられていた。
「『ラ・ガイン教会』ですな。とは言え…」
レッドグースは呟きながら困惑気味に眉を寄せる。
ここがニューガルズ公国である以上、国教として挙げられる『ラ・ガイン教会』があるのは何も不思議ではない。が、その大扉は太い鎖で封じられている。
この教会にはレッドグースも憶えがあった。
アルトたちがこの世界へやって来た当初に世話になった場所であり、逃亡生活を余儀なくされたあの事件が起こった場所だ。
その忌々しい出来事があったから閉鎖されているのか、それとも単に『徳高き』ウッドペック氏の跡を継ぐ者ががいなかったのか。
などと、ひとしきりの想像を終え、レッドグースは踵を返す。
人がいないなら、ここで情報を得る事はできないだろう。
「さて、では奥の手を一つ」
仕方なしに、と、教会の影にスルリと入り込んだレッドグースは、腰袋の一つへ手を突っ込んだ。
取り出したるは、元GMたる薄茶色の宝珠である。
「どうしました?」
薄茶色の宝珠が僅かに輝きつつ訊ねると、対した酒樽紳士は「ふむ」と顎鬚を撫でてしばし思案する。思案し、すぐに質問を決めた。
「『吟遊詩人』の基本スキル、『伝承・風土知識』で、ニューガルズ公国のお国柄や内情はわかりませんかな?」
『伝承・風土知識』とは、その名が示す通り伝説や伝承、各国の社会情勢を知る事ができるスキルだ。ちなみに『基本スキル』はスキルポイントを使わなくても、職業にあらかじめセットになっている技能の事だ。
『吟遊詩人』はそもそも、各地を旅して伝承を詩に乗せて運ぶ者である。
なのでこういった地理社会に関する基本スキルを持っていたりする。
「そうですね。レッドグースさんの『吟遊詩人』レベルは8ですから…、はい知っている範囲の知識を開示しましょう」
果たして、レッドグースのスキル使用宣言により、元GM内でロールが行われ、その結果がレッドグースに伝えられた。
「ふむふむ、悪くないですな。では、次に行ってみますかな」
どこかから降りて来た『知っていた』知識に対し満足げに頷いたレッドグースは、教会の影から再び舗装路へと出た。
冬の澄んだ星明りのみが照らす道をしばし行く。
すると、夜の闇のせいで真っ黒に染まった四角や三角の建物の中、一軒だけまだ灯りがある2階家があった。
これもまた、アルト隊にとって数少ない、この町で憶えのある場所だ。
「さて、あちらはまだ憶えててくれますかどうか」
民家に比べ多少小奇麗に整えられた正面扉前に立ち、レッドグースは看板を見上げて呟く。
看板には『ゼニー不動産商会』を書かれてあった。
ここはアルト隊が初めて冒険者としての依頼を受けた場所であり、また言い方を変えれば、逃亡の路銀を稼がせてもらった場所でもある。
レッドグースは少し強めに戸を叩き、しばし間を開けてもう一度叩いた。
こんな夜中の訪問など普通は無いのだろう。灯りは点いていると言えど、人が出てくるまでしばらくの時間があった。
果たして、2階の窓からそっと覗う様にして誰かが顔を出した。
「どちらさまですか?」
向こうが明かりを背にしているだけに顔は見えなかったが、おずおずと、という言葉が似合いそうなか細い声には聞き憶えがある。
「以前お世話になった、冒険者の一人ですぞ」
確かにゼニー氏の声だと判断し、少しばかりホッとしたレッドグースがそう応える。すると今度はゼニー氏の方が怪訝に眉を寄せる番だった。
ただ、一瞬不安げになったゼニー氏も、すぐに思い当たった様で顔を綻ばせ窓を大きく開いた。
「確かレッドグースさんでしたか。今、下を開けます」
そう言ってすぐにドタドタと階段を降りる音が聞えたかと思うと、小奇麗にされた商会の正面扉が開かれた。
1年にも満たぬ時を経て、ゼニー氏は相変らず小太りで、柔和な笑顔に似合わぬ立派なカイゼル髭を生やした紳士だった。
「やぁやぁお久しぶりですね。心配していたのですが、ご無事で何よりです。ささ、何もありませんがお茶でも入れましょう」
「夜分遅くにかたじけない。また世話になりますぞ」
そう言い合って、2人は商会2階の事務所へと向かい、しばし再会の挨拶などを交わしつつ一息ついた。
一通り、世間並みの挨拶が済んだところで、レッドグースが改めて口を開く。
「相変らずお忙しそうですな。商売の方は上手く行っているのですな?」
出された薬草茶をすすりながら、執務机をチラリと見れば、束になって積みあがった書類が見えた。
「ええ、お陰様で、といいたいところですが、最近は景気が悪くなる一方ですよ」
ところが返って来たのは、そんな苦笑いを含むものだった。ただそれはレッドグースが予想した答えだった。
「ほほう」
「そもそもニューガルズ公国は左程景気のいい国じゃありませんが、法王猊下がお代わりになってからは一層景気が悪いですね。うちも資金繰りが厳しくて厳しくて」
そう言って無造作に手に取った執務机上の一枚をヒラヒラと見せる。詳しくはわからないが赤い文字がちらほらと見えるので、あまりいい書類ではないのだろう。
「ふむふむ。その辺りの話はまた詳しく聞きたいところですが、それはさて置き部屋を用意していただきたいのですがな」
「それは商売の話ですか?」
「損はさせない程度ですがな。5人分、しばらく隠れ住む事のできる場所でよろしくお願いしますぞ」
かくして、ゼニーは取り急ぎ空き家の確認を始め、レッドグースは郊外にキャンプ中のアルト隊を呼びに走るのだった。
翌朝、モルトが目を覚ますと視界に布張りの天井が目に入った。
「ん?」
知覚が少しずつ戻って判るのは、どうやら3人用のテントの中に携帯毛布を敷き、小さなねこ耳童女と寄り添って寝ている自分の姿だ。
ただ野営にしては寝床がやけに硬く、また朝のわりにテント越しの外がやけに暗い。
「昨日はどうしたんやっけ?」
徐々に鮮明になる寝起きの頭をめぐらして考える。
そう、昨晩は宿場町アルパの外でキャンプを張り早々に就寝したが、夜半過ぎにレッドグースが迎えに来て、皆で町内へ移動したのだ。
「そーすると、ここは…」
のそり、と身を起してテントから這い出る。
そこは古びた木造家のダイニングのようだった。
家の中でテントを張って寝る。一見、おかしい構図だがこれには訳がある。
前述の通り、昨晩夜半過ぎに町内へ移動したアルト隊の面々は、不動産商人ゼニー氏が用意してくれた古い借家に入った。
ところが当然空き家なので家具も無ければ寝具もない。なので各員は室内でキャンプを張る事と相成った訳だ。
ふと見れば、彼女らのテントの近くに男性陣用のテントも張られていた。
こちらもマーベル同様、未だ寝息をたてている様子だ。
「さて、ほんなら、みんなが起きるまでに朝食でも用意しとこかな」
モルトは白い法衣の袖をまくり、ダイニングと隣接しているキッチンへと向かった。
とは言え、ここに隠れ住む身としては、うかつに火は使えない。煮炊きをすれば煙突から煙が出るし、薪の調達も必要になる。
そうすればおのずと「ここに誰かが住んでいる」と言うのが判ってしまうだろう。
もちろん、ゼニー氏に家賃を払って正式に借りているのだから追い出されることは無いが、アルト隊はニューガルズ公国では賞金クビなのだ。
「うーん、火が使えんと、料理らしい料理はなんも出来へんなぁ」
モルトは冷え切ったキッチンを前にして首をひねる。
ともすれば、旅中の方が焚き火を利用する分、まともな料理が出来たことになる。
「しゃーないわな。今日は乾パンと干し肉やな」
「ごめんください」
と、メニューを心に決めた所で、キッチンにある勝手口がふいに開き、モルトは心臓が飛び出るかと思うくらいギョッとした。
昨晩遅くにこのボロ屋に入り、まだ近所には入居がばれていない筈、との心積もりだったので、その驚愕具合もヒトシオである。
具体的に言えば、今、戦闘フェイズが始まれば、1ラウンド分の先制攻撃を受けるところだった。
もちろん、そんな物騒な事にはならなかった。
来客はこのボロ屋の貸主でもある、不動産商人ゼニー氏であった。
「なんや驚いたわ。おはようさん」
「はい、おはようございます」
胸を撫で下ろした所で和やかに挨拶を交わす。
落ち着いて見れば、早朝からやって来たゼニー氏の手には、ベーコンの焼けた良い匂いをあげる袋が提げられていた。
「みなさんの朝食を市場で買ってきました。一緒に食べましょう」
「おー、そらありがたいわぁ。いくらやったん? お金払うわ」
「いえいえ、今日のところは、『皆さんの無事と再会を祝して』と言う事で、私の奢りです」
なんとまぁ良い人だ、とモルトはにこやかに頷いて、ゼニー氏をキッチンからダイニングへと通した。
その頃にはアルト隊の皆も、ノソノソとテントから這い出していた。
「あれ、ゼニーさん。朝からどうしたんです?」
アルトがまだ覚醒しきっていないボケた頭で訊ね、コテンと首を傾げる。
そんな様子を微笑ましそうに見たゼニー氏は、いつも通りの笑顔で頷いた。
「ええ、レッドグースさんから、最近の様子を詳しく聞きたい、と承りまして」
「そうです。ワタクシがお願いしてきてもらったのです」
頼まれてやって来たのに、さらに朝食まで買ってきてくれるなんて、と、一同は僅かに感動したとかしなかったとか。
さて、各々が軽く身支度する時間を経て、一同はテントを片付けたダイニングに車座に座った。
なにせ、そもそも空き家なのでテーブルなどの家具も無いのだ。
まだ少し温かい、ベーコンを挟んだパンを摘みながら、ゼニー氏の話に耳を傾ける。
「ニューガルズ公国は、南のレギ帝国と比較して裕福とはいえません」
まず、そう語り出したゼニー氏は、アルト隊の面々の顔を一度見回した。
この話は、レッドグースの知識の答え合せのようなものだ。
彼の知識はあくまで教科書通り一遍の知識であり、ニューガルズ公国民であり、現役商人のゼニーによる生の情報が欲しかったのだ。
なので、レッドグースと元GM氏、そして黒の魔道士カリスト以外の面々にとっては、初めて聞く話だった。
各々の理解を追って、ゼニー氏が続ける。
「領土の面ではレギ帝国より少し小さい程度なのですが、その3分の1を締める北のフルート公爵領は殆どが寒冷地で、作物があまり育ちません」
「フルート公爵は貧乏クジにゃ」
「その通りです。ただ公爵家はそもそも王の血族なので、あえて引いた貧乏クジなのですが。と、これは余談でした」
ねこ耳童女の何気ない一言で脱線しかけるが、ゼニーはすぐに気付いて話を戻した。
「残った3分の2も、やはり温暖とは言えず、結論としては農作物の取れ高が少ない貧しい国です。お陰で、私のようなお人よしでも、商人としてやっていけるのでしょうが」
苦笑い気味にそんなジョークを挟めば、その好意の世話になっているアルトたちはなんと答えて良いかわからず、やはり苦笑いを返した。
「コホン。さて、その貧しい国が何とかやっていくのに役立ったのが『ラ・ガイン教会』です。『清貧』を是とする『ラ・ガイン教会』は、ニューガルズ公国の風土に合っているのでしょうね」
「だけど、その教会の暴走が、今、この国を苦しめている」
「正しく、その通りです」
この国の実情をアルト隊の中で最も知っているカリストが相槌がてら呟けば、ゼニー氏もまた大きく頷いた。
「法王猊下が変わってからと言うものの、各町村の司祭様もキャンベル猊下の派閥の方に変わり、揺すりたかりに近い寄付金の要求が始まりました。『商人は稼いでいるのだから当然だ』という具合ですね」
「酷いものですな。商人が楽して稼いでいるとでも思っているのですぞ」
「その通りでしょうね。商売をしたこと無い方からすれば、物をあちこち動かすだけで大金を稼ぎ出す詐欺師に見えるのかもしれません」
こういう偏見は現代日本でも少なからずある。「金儲けは卑しい行為」という意識が、いまだ根強く残っているのだ。
現代日本でもそうなのだから、貧しく閉塞感漂うニューガルズ公国ではさもありなん、と言う所だろう。
とは言え、ニューガルズ公国で生まれ育った商人は、なかなか山脈を越えて他の商人の縄張りを侵すわけにも行かず、この国で細々とやっていく選択を取るのだと言う。
「キャンベル猊下が国の宰相の座について出兵が決まると、その戦陣を整える為に税金も上がりました。兵糧の為に我ら商人から農作物をお買い上げいただくのですが、それもかなり値切られていまして、いやはや、食品を扱う商人たちは、みんな青色吐息ですよ」
「そら、きっついわぁ」
民衆が金を持っていなければ、商人の手元にもやはり金が届かない。さらに少ない商材も買い叩かれるのでは、商売上がったりだ。
「して、もうその商人殿たち食料を売ってしまったので?」
と、ここでレッドグースが目をキラリと光らせる。
「いえ、さすがにここで折れては、首をくくらねばならない商人もいますので、組合を通して交渉中だそうです。まぁ苦しい交渉のようですが」
「というわけで皆さん。ワタクシたちの任務を遂行する、良い作戦を思いついたのですがいかがですかな?」
ゼニー氏の話で聞きたい事を聞き終えたレッドグースは、車座になっている面々の顔を見渡した。
「おっさん、何をする気だ? オレたちの任務は…」
アルトは言いかけて、部外者であるゼニー氏の存在を思い出して口を噤む。
彼らの任務と言えば、潜入工作活動であり極秘任務だ。
この人の良い不動産商人に漏れたところで支障はないかもしれないが、巻き込んでしまっては良心が痛む。
だが、ゼニー氏はその意を汲んだか、真剣な表情で頷いた。
「遠慮しなくて結構ですよ。この国を無実の罪で追い出された皆さんが、密かにやって来たのです。何を目的としているかは薄々わかっています」
それは心を決めた男の表情だった。
ゼニー氏は不動産商人であり、この度の不況の煽りをまだ言うほど受けていなかったが、それでもこのまま座して過ごせばジリ貧だろうとわかっていた。ゆえの、決心だった。
すなわち、この冒険者たちの巻き起こす荒事を越えてでも、この国の状況を打破すべきだと、彼も思ったのだ。
だがレッドグースは、そんなゼニー氏の覚悟を知ってか知らずか、暢気な笑みを浮かべて2、3度軽く頷いた。
頷き、アルトの問いに端的に答えた。
「なに、ケチ臭いキャンベル猊下に代わって、ワタクシたちがその食料を譲っていただこうかと思いましてな」
そう、にやりと笑うレッドグースは、商人なのか詐欺師なのか、アルトたちには判断がつかなかった。




