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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#08_僕らの潜入生活

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116/208

03ミッション イン

 王宮食堂での晩餐の後、アルトたちはそのまま王宮の客室に部屋を与えられた。

 各々個室を宛てらた訳だが、帝国で宿泊した外務大臣エックハルト邸の客室よりかなり質素だったので、庶民であるアルト隊の面々は、逆により深い眠りを得る事が出来た。

 そして翌日。

 それぞれ朝の身支度を終えた後、アルト隊は晩餐と同じ食堂に呼び集められた。

 待っていたのは王太子派お抱え冒険者『放蕩者たち(プロディカラ)』の3人だ。

「おはよう皆さん。朝食を採りながら、皆さんに手伝ってもらう作戦について説明しましょう」

 昨晩と同じ席に着き、テーブルを挟んだ向こう側に座る『放蕩者たち(プロディカラ)』リーダー、黒髪の少年剣士ドリーがにこやかに言うと、給仕役の女中たちが黒パンと薄い塩味のスープを配膳した。

 黒パンは小麦ではなく製粉の荒い黒麦で焼いた、この世界では割と標準的なパンだ。

 なのでアルトたちにもすでにお馴染みではあったのだが、タキシン王国で供される黒パンは、その中でも特に籾殻含有率の高い黒パンであり、一口するたびに眉をしかめざるを得なかった。

 特に、アルトたちがしばし暮らしていた港街ボーウェンには、帝国が誇る『ふっくらパン工房マッカチン』が自信を持って販売するモチモチ黒パンがあっただけに、食の貧しさはことさらに堪えた。

「逃亡期はこれより貧しい食事だったというのに、ワタクシたちも贅沢に慣れたものですなぁ」

 仲間達を横目で見つつ、レッドグースはニューガルズ公国脱出前のことを思い出しつつシミジミと呟いた。

「コホン」

 そんなアルト隊の様子を見てワザとらしく咳払いをしたのは、『放蕩者たち(プロディカラ)』の末席にいた、薄金色の髪の少年カインだった。

 この白磁の様な肌の美少年について、昨晩の自己紹介で『魔術師(メイジ)』であることは聞いていたが、それ以上の情報はない。

 彼自身、晩餐では無口を貫いていたせいだ。

 ただ、そのアムロド殿下に似た鋭い眼は印象的で、記憶に鮮明だった。

「作戦については僕から話そう」

 そういってカインが立ち上がると、黒髪剣士ドリーも亜麻色の髪のアッシュも同時に頷いて、少しばかりホッとしたように見えた。

「そうか。じゃぁ頼むよ」

 ドリーが2人を代表して言うと、カインが静かに頷く。『魔術師(メイジ)』だけありカインがこの(パーティ)の頭脳担当なのだろう。そのやり取りはとても自然に見えた。

 さて、カインは再び小さく咳払いをして言を発した。

「まず結論から言えば、我々と君たちが従事する作戦は、ニューガルズ公国のかく乱を目的としている」

 この言葉を聞き、アルト隊の面々は黙って固唾を呑んだ。

 現在、このタキシン王国は王太子派と王弟派に別れて戦争中なわけだが、それぞれにレギ帝国、ニューガルズ公国が味方についた。

 その、王弟派の味方についたニューガルズ公国の後方かく乱をしろと言うわけだ。

 いち冒険者の任務としては「非常に重い」と言わざるを得ない。

 カインが続けて口を開く。

「王太子派にはレギ帝国と言う頼もしい援軍があるが、ニューガルズ公国、特に『ラ・ガイン教会』が敵に回るのは厳しい。この援軍を何とかしたい」

「帝国の援軍と、教会の援軍は何が違うにゃ?」

 皆が深刻そうなので黙って聞いていたねこ耳童女マーベルが、シュタっと挙手しながら問う。この質問にはアルトも同意だった様で、横でウンウンと頷いた。

「『ラ・ガイン教会』には『聖職者(クレリック)』が多数いる。となれば、戦争でぶつかり合い損耗した兵士が、ヤツらの『回復魔法(キュアライズ)』を受けて戦線復帰してくるわけだ。少しは頭を使いたまえ」

 カインは苛立たしげに舌打ちしながら答えたが、その末尾に付け加えられた厳しい言葉に、アルトやマーベルもまたムッとした。

 瞬間、互いの空気が一触即発の雰囲気をはらむ。

「カインも皆さんも落ち着いて。カイン、良くないよそう言うの」

 間に入って宥めるのは、元『ラ・ガイン教会』所属のアッシュだった。カインはまだ不機嫌さを飛ばせずに、フンと鼻息を吐く。

「『考えればわかるだろう』とか『少しは頭を使いたまえ』はカイン口癖みたいなものだから、あまり気にしないでくれ。いや俺もよく言われているんだ」

 続けて場を和まそうと、苦笑い気味でドリーが言えば、アルトとマーベルは顔を見合わせて、握った拳を収めた。

「味方に『聖職者(クレリック)』はおらんの?」

 ひとしきり雰囲気が納まった所で、今度は白い法衣のモルトが首を傾げる。

「いるにはいる。けど、『ラ・ガイン教会』が全面的に協力しているニューガルズ公国軍に対し、王太子軍は個々の『聖職者(クレリック)』が自発的に参戦しているだけだから、圧倒的に人数が足りないんだ」

 と、応えたのはカインだった。

 現在、ニューガルズ公国の舵を握っているのは、幼い女王の宰相に収まっている『ラ・ガイン教会』法王のキャンベルだ。

 なら『ラ・ガイン教会』がニューガルズ公国軍に協力しない理由はない。

 たかが地方宗派とは言え、その宗教団体が一致団結して協力しているとなれば、確かに脅威だ。

「では、いかにしてニューガルズ公国をかく乱し、彼らを足止めするのか。何か作戦はあるのですかな?」

 ニューガルズ公国軍のかく乱と言う目的と、それをする為の経緯はわかった。そこで次の問いを挙げたのはレッドグースだった。

 対してカインは静かに薄金色の髪を揺らして頷く。

「君たちは、なぜ『ラ・ガイン教会』の法王キャンベルごときが、ニューガルズ公国の実権を握っているか知っているか?」

「国王陛下が行方不明だから、ですよね?」

 即答したのは黒の魔道士然としたメガネのカリストだ。

 数ヶ月前、ある事件の最中でニューガルズ公国国王が姿を消したのだが、これ幸いと幼い王族の少女を擁立して王位に就かせたのが法王キャンベルである。

 この経緯は、ちょっと前にレギ帝国でも話したので、アルトたちも知っていた。

「その国王が、ニューガルズ公国北方のフルート公爵領に匿われている。僕ら『放蕩者たち(プロディカラ)』は、フルート公爵領へ赴き、彼を旗頭に挙兵する予定だ」

 これはさすがに寝耳に水だった。

 いや、聞いて、アルト隊の面々は僅かに思い出した。

 港街ボーウェンにいた頃、死亡したとされているニューガルズ公国国王陛下は、ある冒険者の手引きで生き長らえた、という情報を聞いたことがあった。

 当時は遠い場所の関わりない出来事だと、すっかり聞き流していたのだ。

「で、でもフルート公爵にツテとかあるのか? 冒険者風情がいきなり行って、合流できるのか?」

 このアルトの疑問は最もだった。

 ここまでアルト隊がベイカー侯爵に重用されたり、皇帝陛下にあっさりお目見えしたので忘れているかもしれないが、普通、高貴な者は冒険者など路傍の石くらいにしか見ていない。

 そうした常識から考えれば、そのフルート公爵に会い領軍を動かすなど、あまりに荒唐無稽に思えたのだ。

 だが、そんな問いに対し黒髪の少年剣士ドリーが、申し訳無さそうに恐る恐ると言う態で手を挙げた。

「あ、そのフルート公爵。俺の親父」

 アルト隊の面々はあまりの言葉に理解が追いつかず、首をひねった。

「ついでに言うと、カインはアムロド殿下の甥にあたる」

 続けてドリーが言うと、やっと言葉が染み渡り、一同、目を点にした。

 冒険者『放蕩者たち(プロディカラ)』。フルート公爵の継子と、タキシン王国王太子の甥をメンバーとするこの(パーティ)は、確かに放蕩者たちなのだな、とアルトたちは納得した。



 そう言うわけでアルト隊の面々は、タキシン王国首都を発し西へ向かった。

 タキシン王国の西と言えば、当然、ニューガルズ公国である。

 思えば最初にこの世界へ降り立った場所がニューガルズ公国東端のアルパと言う町であり、アルトたちはそこから這う這うの体で逃げ出したので、そう考えればアルセリア島を反時計回りに一周しようとしている訳である。

「ああ、どうしてこんな事に」

 せっかく逃げ出したはずのニューガルズ公国に再入国するハメになり、アルトはさすがに頭を抱えた。

 カリストを除くアルト隊は、ニューガルズ公国では未だにお尋ね者なのだ。

 さて、名前の通りの冒険者、『放蕩者たち(プロディカラ)』はこの旅路に同行していないわけだが、なぜかと言えば別行動だからだ。

 彼ら『放蕩者たち(プロディカラ)』は「フルート公爵領で潜伏する国王陛下と合流して挙兵」が任務だ。これが元々の作戦だったらしい。

 そこで成功率を上げるために急遽投入されたのがアルト隊だったわけで、その新戦力を同じ場所に投入しても仕様が無い。と言うのが薄金の『魔術師(メイジ)』カインの弁だった。

 したがって、アルト隊に与えられた任務は、『放蕩者たち(プロディカラ)』が北方に潜入する間、ニューガルズ公国首都へ赴き公国軍をかく乱する事だ。

 つまり、以前、レギ帝国西部方面軍がドクター・アビスから受けた事を、今度はアルトたちがニューガルズ公国にやると言うわけだ。

「爆死しないように気をつけようぜ」

「そやね」

 正に『極めて危険で難しい任務』であった。


 タキシン王国首都からニューガルズ公国首都までは、土を踏み固めた小街道を徒歩で約7日の道程だ。

 ただそれは首都同士を行き来する場合であり、その間には幾つかの宿場が2、3ほど存在する。

 アルトたちも以前ほど貧乏ではないので、王太子派の勢力圏内にいるうちは、なるべく町村宿泊を心がた。

 そうして4日ほど進むと、街道を跨ぐような丸太造りの建築物が見えてきた。

「あれは何にゃ?」

 適当に拾った小枝を振り振り先頭を歩いていたマーベルが歩を止めて首を傾げる。

 見えてきた、と言っても、まだかなり距離があり、遠目の効くマーベル以外は余程気を配って目を凝らさなければわからない程度だ。

 だか、それでもマーベルから様子を伺えば予想くらいはできる。カリストはズレかかったメガネを直して頷いた。

「砦、かな。前は無かったけどね」

 カリストは身体をキヨタに乗っ取られて時に何度かここを通った記憶がある。

「カリスト殿の記憶にないとなると、ずいぶん急ごしらえで建てたものですな」

 そのカリストの呟きを拾ってレッドグースが言う。

 この道に関するカリストの記憶は、ほんの数ヶ月前のものである。ならばニューガルズ公国がタキシン王国出兵を決めてから建てた物だろう。新築ホヤホヤだ。

「あまり大きくは無いみたいだし、『前進基地』と言うわけじゃないだろうね。そうすると関所かな」

「うーん、ほなら素通りは出来んやろうし、どないしょ?」

 関所となれば最低でも人相のチェックはあるだろう。そうなるとニューガルズ公国内でお尋ね者であるアルト隊には都合が悪い。

 そんな心配を含んだモルトがリーダーであるアルトに視線を向ければ、他の者たちも倣って少年サムライを振り返った。

「え、オレが決めるの?」

 戸惑いながら、アルトはキョリョキョロと周りを見る。

 街道を西へ向かっている今、右手は海、左手は広大で深い森がある。

「森に入って迂回するのはどうだろう」

 船が無い以上、海を行くのは無理である。そして街道も無理となるなら、森を行くしかない。あまり深く考えずとも出てくる解答だったが、そんなアルトの言葉にマーベルが力強く首を振った。

「ダメにゃ。この森は『古エルフの森』にゃ」

 いつに無くマーベルが地理知識について自信を持った発言をしたため、皆が一様に驚きの視線を向けた。

 そんなの中、マーベルは言を続ける。

「アタシはこの森で目覚めたにゃ。その後、エルフに『出てけ』と言われたにゃ。入ったらまた怒られるにゃ」

 始め、彼女の言っている事が誰にも理解できなかった。

 が、数十秒の沈黙の後、アルトだけは意味を理解した。

 つまりここは、この世界にアルトが初めて降り立ったあの草原の近くなのだ。

 そして初めてゴブリンと遭遇し、戦闘中に合流したマーベルが飛び出してきた森が、この左手に広がる『古エルフの森』だったのだ。

「GM、『学者(ワイズマン)』のスキル『アナライズ(鑑定)』で『古エルフの森』について何かわからないかな?」

 名前からして何となく想像がつかなくもないが、と思いつつ、カリストがさらに深い理解を求めて、薄茶色の宝珠(オーブ)に尋ねる。

「いえ、この場合は『アナライズ(鑑定)』ではなく『ノウレイジ(博物学)』ですね」

 だが、マーベルの持ち物と化している元GMは、すぐに否定の言葉をつむいだ。

 『アナライズ(鑑定)』はその名の通り鑑定であり、物品の価値や使い道を調べるスキルであり、さすがに地理知識を知るのは範疇外だった。

 対する『ノウレイジ(博物学)』は自然科学を始めとした様々な分野の知識にわたるスキルだ。

 『学者(ワイズマン)』の知識系スキルには、他に『ズールジー(動物学)』『ヒストリア(歴史学)』などがあるが、『ノウレイジ(博物学)』はそれ以外の様々、と理解すると早いだろう。


 さて、ここでしばし休憩がてらキャンプを張り、アルト隊は互いに頭を捻って関所の突破方法を話し合った。

 レッドグースが『ハイディング(潜伏)』を使って偵察を敢行したところ、関所の人員は10人強の兵士と数人の徴税官とのことで、一時的に強行突破を主張する一派が台頭したが、結果的には穏健派が会議を制した。

 結論としては夜を待ち、カリストの幻影魔法『シムラクルム』と、マーベルの消音魔法『レシンボリューメン』を駆使し、忍び足で関所を正面から通り抜けた。

 その後は夜道をしばらく歩き続け、朝が来てから道を少し外れた草原で再びキャンプを張り仮眠を取った。

 昼、冬の厳しい空気が和らいだ頃に起き出したアルトは、ようやく風景が自分の憶えにあるものと一致して、少々懐かしく思う。

 そこは正に、アルトがこの世界で始めに目覚めた草原だった。

「一周して戻ってきたんだな」

 あれからまだ1年も経っていないが、今となってははるか昔の事のように思える。

 と、なれば次に目指すのは、やはり良い思い出はないにしろ懐かしい、アルパと言う名の町だ。

 その後は各々が出発の支度を終え、アルトとマーベルの記憶にある川沿いの道を行き、その日の夕方には宿場街アルパについた。

 ついた、とは言え、せっかく騒動を避けて関所をそっと抜けて来たのに、ここで堂々と入っては結局同じである。

 なので一行は再び郊外でキャンプを張り、偵察としてレッドグースを送り出した。

「それにしても寒いにゃ」

「山脈を越えると北国っぽくなるからね」

 次第に冬が深まっているとは言え、急に寒くなりすぎだろう、とマーベルはキンと冷えた空を睨みつける。

 対してカリストも黒い『外套(マント)』を擦り合わせる様に身にまとい、白い息を吐いた。続けてカリストは他の面々に、「アルセリア島の気候では、『天の支柱山脈』の南は日本の東海地方のように温暖で、北は東北地方くらいに寒いのだ」と語った。

「ともかく今はおっさんが帰ってくるのを待つしかないな」

 と、アルトは携帯毛布に包まって鼻水をすすった。


 夜陰に乗じてレッドグースは宿場街アルパへの侵入を果たした。

 とは言え、この侵入は以前もやったことなので、苦労らしい苦労は無い。曲がりなりにも『盗賊(スカウト)』職であるレッドグースにしてみれば余裕綽々と言ったところだ。

 なにせ以前、出入りに利用した、壁の破損部分は修理されずそのままだったのだ。

「これは、久々に見ると酷いもんですな」

 街を囲った外壁を越え、アルパ唯一の大通りを見渡しレッドグースは思わず呟く。

 大通りこそ石畳で舗装されているものの、枝分れする小路はどれも土を踏み固めただけの作り。

 また大通りの石畳も、所々割れているのが見て取れた。

 これは以前訪れたときから変わらぬ様相だったが、一度帝国で過ごしてしまった彼からすれば、あまりにもみすぼらしかった。

 隣国との首都同士を結ぶ街道沿いの宿場町でこれなのだ。これだけでも帝国との国力の差が一見で判ってしまう。

「ふふふ、かく乱工作の方向性が、見えてきましたかな?」

 この街並みに閃いたビジョンに、レッドグースは俄かにほくそ笑んだ。

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