『釵』と『雨』
子どもの心って難しいですね。
さて、この雨少女との同居で一つ分かった事がある。
彼女は、雨が大好きだということだ。
よってここ最近の天気は必然的に雨である。
彼女は、私同様に雨の日にベランダから見える風景がいたく気に入ったらしい。
だが、気に入ったからといって、連日雨を降らされたら、こっちは堪ったものじゃない。
洗濯物が乾かなくて困っているんだ。
「いい加減雨を降らすの、止めなさい。」
湿気って火が着かなくなった煙草をゴミ箱に投げ捨てながら言った。
「嫌だもん!」
窓に張り付いたまま、彼女はプクリと頬を膨らました。
そしてあろう事か、室内にまで雨を降らし始めたのだ。
流石にこれには我慢の限界だった。
「止めなさいって言ってるでしょう!」
私は、感情にまかせて彼女を怒鳴ってしまった。しまった、と思ったが手遅れだった。
気がついたら、先程までの威勢が嘘のように消えていて。
俯いて垂れた前髪から覗く口元は、への字に歪んでいて。
そして、そし、て、肩を震わせた拍子に雫がパタ、パタ、と床に落ちて、いて…。
「あ…怒鳴るつもりじゃ、なかったんだ。」
ごめん、と狼狽えながらも謝罪の言葉を口にした。
泣いてる彼女を見るのは、嫌だ。
子どもが泣いてるのは、つらいんだ。
だから、目を逸らした。
その次の瞬間。
「う、わ!?」
ズンときたお腹の衝撃にバランスを崩し、仰向けに倒れ、床に頭をぶつけた。
「いっ!」
唸りながらも首だけ起こすと彼女の頭が見えた。
どうやら私は、彼女にコアラよろしくすがり付かれた(または飛び付かれた)らしい。
「ど、どした?」
なぜすがり付かれたのかさっぱり分からないので、取りあえず聞いてみた。
「…っいで。」
ぽつりと上がった言葉。
「嫌っいにな、らっないでぇ!」
彼女は、顔を上げ、叫んだ。
彼女の今にも雫が落ちそうな瞳と私の視線がかち合う。
その時私は、場違いにも彼女の瞳を綺麗だと思った。
漆黒の夜のような瞳の中にぽっかりと浮かぶまぁるい月、そこに雫が溜まって月は、ゆらゆらと形をかえる。
その様は、まるで雨上がりの気持ちの良い夜の水溜まりのようでとても、綺麗だった。
しかし、同時に儚くも感じられる。
-子どもというのは儚いものさね-
昔、母が言っていた気がする。
何処か寂しげに、それでいて優しく微笑みながら。
あれは、いつの事だっけか…。
あぁ、今はそんなことどうでもいい。
私は、お腹の上に乗って必死に訴える彼女の右頬にそっと手を添えた。
「あめ、よく聴きなさい。」
ピタッと彼女、いや、『あめ』の動きが止まった。
これから何を言われるのかと不安げに揺れる瞳。
あぁ、そんなに不安がらなくてもいいのに。
「いいか、あめ。私は、あんたの事が『嫌いじゃない。』」
「あめ、あんたはどうなんだ?」
「私の事、嫌いか?」
あめは、ブンブンとちぎれそうな位に首を横に振った。
「なら私は、あめを好きになれそうだ。」
あめを起き上がりながら抱き上げて、ポンポンと頭を撫でた。
外では、まだ雨が降っているが、どうやら小降りになったらしく、室内に降っていた雨は、もうやんでいた。
拝啓、田舎の両親とあめの両親、訂正します。
私、莉莉都 釵は、あめとどうにかやっていけそうです。