第1章 異世界へ 8
転生前 8
中学2年に上がり、部活の後輩もできた。
俺はユニフォームをもらえるようになり、試合への出場機会ももらえるようになった。
が、スタメンの座はまだとれなかった。
緑が丘中学校バスケ部は全国大会の常連となり、県内トップクラスの強豪チームとなっていた。
他校からの練習試合申し込みも、遠征試合も増え、俺の試合経験も着実に増えていった。
あの子ばかりを見ていた俺が気がついたときには、あいつはバスケの世界ではアイドル的な存在になっていた。
試合のたびに他校の女子部員達にキャーキャー言われだしていたあいつは、不思議そうな顔でその子たちを見ていた。
中学校内でのことを考えると無理もないが、あいつは自分がもてるなんて想像もしていないのだろう。
2年にして中学バスケ界でトップレベルの実力に加え、学年トップの成績。
おまけに容姿端麗。
やや無口で、普段教室では無表情なことが多いがバスケをしている時は楽しそうだった。
うちの学校でさえなければ間違いなく、学内でもアイドル的存在だったろうに。
転生後 8
カラヤンの街は思っていた以上ににぎやかだった。
街に着いた時は夜明け前だったのであまり人がおらず、団舎に入った後は魔法の訓練と寝るだけの日々だったので街に出る機会は2週間目にして初めてだった。
今考えればただ隔離されていたのだと分かるのだが。
レンガ造りの建物が立ち並んでいた。
通りに面しているのは2階建ての建物が多かった。
街の中央を貫く大通りはかなり賑やかだった。
馬車2台がすれ違うのに十分余裕があり、御者は器用に人々の間を抜けていった。
あちこちに串焼きを売る屋台、何かの煮込み料理を売る屋台、果物を売る屋台、飲み物を売る屋台などが立ち並んだ。
食べ物屋の店先で、昼間は屋台を出しているようだ。
茶色の布地のシャツにズボン、袖なしの丈の長い上着を腰のあたりで縛る組み合わせが一般的な服装のようだった。
子供たちは袖なしの長いワンピースのようなものを腰で縛って走り回っていた。
時折何かの動物の皮の上着を来た人や白い生地のいかにも高級そうな上着をはおった人もいた。
武器や鎧を身に付けた人達もちらほら見かけた。
腰にそれほど大きくない剣か棍棒のようなものを下げ、背中の荷物に上半身が隠れる程度の盾をつけている人が多く、鎧は革製が中心のようだ。
犬や猫っぽい獣人らしき人もいた。
1人で自由に歩けるのなら楽しめたのだろうな、と達也は思った。
今の気分は最悪だった。
右隣を歩くハンゾウ、左隣を歩くティナエナに声をかけていく人も多かった。
こんな奴らでも、それなりに顔は広いようだった。
昨日、ハンゾウの取引を受け入れた後につけるように言われた、首輪が気に障った。
何か表面に文字のようなものが刻まれている、白い皮のような素材だった。
「これを着けることで、一時的に魔法の発動そのものを全て封じることができる。達也が取引を受けた以上、リスクは最小限に抑えたいのでな。」
「最初からこれを無理矢理つけて、牢屋にでも放り込んでおけばよかったじゃねえか。」
と、俺は吐き捨てた。
「言ったろう。疑わしきは罰せずだと。明らかな罪を犯していない人間を罪人扱いすることはしないさ。2週間の訓練時間以外に1回でも暴発していたらそうしていたがな。」
魔法に浮かれて訓練に明け暮れていた俺をこいつらは実験動物でも見るかのように観察していたってわけだ。
全く胸糞が悪い。
神殿を見たとき俺の頭に思い浮かんだ言葉は教会だった。
長方形の外観で、アーチ状の窓が多く、周囲の建物より明らかに高層で、立派だった。
中に入ると奥行きがかなりある大部屋となっていた。
正面奥は祭壇のようだった。
部屋の左右に柱が奥まで立ち並んでいた。
柱の外側に通路があるようだ。
「ようこそ、神官長がお待ちです。」
入口にいた黒地の僧服の男に右手の通路から地下に案内された。
案内された先は20畳ほどはあるだろうか、石造りの大きながらんとした部屋だった。
部屋の4隅には大きなたいまつの炎が明かりとして灯っていた。
外と何か空気が違うのを感じた。
部屋の中心にいたのは団舎であった神父だった。
いや、神官長というのか。
黒地に銀糸で刺しゅうされた僧服を着ていた。
「お待ちしていました。では、早速はじめましょうか。」
神官長が手に持っていたのは鈍く銀色に光る銀の輪だった。
赤い小さな宝石が一つ埋め込まれている。
「腕輪を用意させていただきました。発動キーワードはなるべくシンプルなものが良いでしょう。あなたの名前を入れて、”達也の名のもとに”でいいでしょうか。一番シンプルだと思うのですが。」
なんかえらいこっぱずかしいセリフの気がするのは俺の気のせいだろうか。
「他にはどんなのがあるんだ?」
「ようは普段の会話であまり使わない言葉であれば何でもよいのですが、そうなると案外選択肢が少ないのですよ。自分の名前を自分で呼ぶ人はあまりいないでしょう?ですので自分の名前を組み入れると比較的短い文章にできます。他には精霊使いであれば相手の精霊の名前、我々であれば信仰する神の名前、愛する人の名前なんかを使う人もいますね。ただ、そうなると少し長めのキーワードにしなければなりません。”偉大なる神の名のもとに、今力を行使する”だとか、”愛する誰々の名にかけて命じる”だとかになりますかねえ。」
さらにひどくなった。
隣のティナエナが目をキラキラさせながらしきりに自分自身を指差しているが、断固として無視する。
というか、俺は昨日から無視してるのに、こいつの馴れ馴れしさは全く変わらないのが腹が立つ。
「最初のでいいです。」
「つまんない男ニャ。」
がっかりした声が聞こえてくるが無視した。
「では、今からこの腕輪を達也さんの左腕に嵌めます。右手でこの宝石の場所を抑えていてください。最初に私が呪文の詠唱を行います。私が達也さんの手を叩いたら、キーワードを”達也の名のもとに”と声に出してください。よろしいですか。」
俺がうなずくのを見て、神官長が詠唱を始めた。
何語かよく分からない言葉だった。
かなり長い呪文のようで、神官長の詠唱が部屋の中に日々わたる。
呪文が続くにつれ、何か心の奥が締め付けられるような圧迫感を感じるようになる。
痛いわけではないのだが、妙に気に障る。
右手で抑える宝石が熱くなる。
そのとき俺の手が叩かれた。
「達也の名のもとに」
そう口にした瞬間、圧迫感が一層強まり、宝石に感じる熱も高くなった。
その時だった。
部屋の4隅に置かれたたいまつの3つが消え、残る1つのたいまつが大きな炎に包まれのみこまれた。
驚く神官長達の様子を見ると、呪文の影響とは違うようだ。
ハンゾウが腰の剣を抜き、達也に突きつけた。
「隊長、違うニャ。達也じゃないニャ。」
その声には怯えの色が混じっていた。
俺はティナエナが怯えていることに驚き、ずっと無視していたティナエナを見た。
全ての毛がしっぽまで逆立ち、大きな炎を凝視していた。
「なにか来るニャ。」
その言葉にハンゾウは炎の方向に剣を向けた。
神官長は炎から遠い位置に下がった。
次の瞬間炎が紅に染まり、炎の中心から紅の彼女が歩き出してきた。
達也が最初に出会った、紅の彼女が。