第1章 異世界へ 7
転生前 7
「…つまり、あなたの魂を傷つけ、さらなる輝きに導くために、あの管理者はあなたの周囲に介入したのです。」
…管理者とは見守るだけのものと先ほど言われた気がしたが。
「ええ。管理者自らが対象種族の魂を傷つけることは固く禁じられています。本来あってはならないことなのです。そのため私がこの場を作り、謝罪させていただくこととなりました。」
戸惑う。
本来であれば怒るところなのだろうか。
私に傷をつけるための介入だとすると、あの子や家族も私が原因で巻き込んでしまったのだろうか。
「おっしゃる通りです。あなたを傷つけるための介入の一環です。そして最初にも話しましたが、今あなたの心は止まっています。ですので本来生じるはずの感情の変化は生じません。感情とは心の揺らめきですからね。さて、大体の状況はわかっていただけましたでしょうか。これから今後の事をお話ししたいのですが。」
転生後 7
普段は温厚な(はずの)カテイラのS教師化を終えるためのもう一つの課題は全く進んでいなかった。
発動時のキーの設定だ。
「精霊使いたちは、契約を交わした精霊といくつか取り決めを交わしておくことが多いんだ。その中で魔法発動時のキーの設定はよくある取り決めなんだ。精霊の名前をキーワードにして、魔法発動時の呼びかけの呪文のような設定をしてあるのが一般的らしいよ。声を出せないような非常時用に、右手の指輪をはずしたら、念じるだけで魔法が発動するなんてのもあるらしいけどね。ただ逆に精霊の機嫌を損ねていたから条件を満たしていても魔法が発動しないなんて困ることもあるらしいけど。」
問題となるのが、俺には精霊なんかついていないということ。
どうやったら発動のキーを設定できるのかが俺はもちろんカテイラにも全く分からなかった。
そんなわけで、発動キーは後回しとなり、ひたすら魔法制御の修行が続いていたのだった。
街について2週間目の午後、訓練場にはカテイラだけでなく、隊長のハンゾウとティナエナもいた。
今までの修行の成果を披露することとなった。
カテイラの指示に合わせ、案山子を指定範囲ごとに燃やし、いったん炎を消した。
再び今度は火力を変えながらジワジワ焼いた後、残った部分を一気に焼き尽くした。
「ふむ、まだ制御が完全とは言えんが、威力は中級魔法くらいはあるか。わずか2週間でここまで制御するとは大したものだ。」
ハンゾウの言葉を受けてティナエナが続ける。
「魔力制御に慣れれば、上級魔法まで届くかもしれないニャ。とても初心者とは思えないニャ。カテイラとの仲を見ても人間的にも問題なさそうニャ。」
「良し、達也、俺と取引をしよう。」
ハンゾウの言葉に目で問い返す。
「俺が護民団分隊長として、神殿に魔法発動の発動キーを強制設定するためのアイテムの貸与を要請する。そのアイテムの永久使用を条件に達也のギルド加入を護民団分隊長として推薦してやる。もちろんアイテムにかかる費用は出世払いだがな。」
その言葉に小さな怒りを感じながらも俺は抑え、答えた。
「確か、ギルドの加入はそれなりの条件があるって言ってたよな。身元の確認が必要だから、身元不明の流れものにはまず不可能だって。」
「その通りだ。ギルドの仕事は厳しいものが多いが、その分報酬もいい。実力さえあれば、農民はもちろん、猟師や下手な行商人よりも稼げる。10年で平民の生涯賃金を上回る稼ぎを得ることも可能だ。各地の遺跡や迷宮の探索許可が下りるのも原則ギルド員のみだからな。だから一定レベルの規制をかけないと威勢のいい若い連中がみんなギルドに入って冒険者になろうとしちまう。そうなると色々まずいってことは分かるだろう。若い連中がみんな冒険者になっちまったら村や街が滅びる。ギルド側から見ても、使えない人間が増えても依頼の失敗が増えるだけだし、頭数が増えすぎたらギルド員1人当たりの稼ぎが減る。村や街から人が減ればギルドへの依頼も減る。犯罪者まがいのガラが悪いのばっかりになっても困るしな。頼れるギルドだからこそ人は困ったことを依頼として持ち込む。だから身元確認が原則必要で、それに加えてその村や街の実力者の推薦が必要となる。推薦する側も、自分が推薦した人間が使えない人間ばかりだとギルドから逆に使えないと判断されるからな。そう簡単には推薦しない。」
それだけを聞くと悪くない。
俺はこの世界で生活していくための基盤が全くない。
使える力は炎の力だけ。
ただ、どうして納得できないことがある。
「そのアイテムの使用を断った場合、何か問題はあるのか。この力は俺の命を守る切り札だ。この力があれば大抵の状況でも生きていける。俺はこの力を使いこなす。まだ使い始めてたったの2週間だ。絶対発動も制御できる。俺はこの力で生きていくんだ。」
俺はハンゾウをにらみながら答えた。
「ま、当然の返事だニャ。」
答えたのはティナエナだった。
「アイテムで魔法発動を抑えない限り、この街への滞在は団として許可することができないニャ。そして達也の事はすでに帝都の護民団本部に報告済みニャ。当然最終的な処遇も報告することになるニャ。その上で達也には団から身分証明書が発行されるニャ。それには達也の力とこの街での出来事が記録されるニャ。そうなると達也は団が駐留するどの街にも入ることができなくなるニャ。団が駐留していない小さな村でも入村を認められない可能性が高くなるニャ。つまりこの帝国で暮らすことは非常に難しくなるニャ。達也の選べる選択肢は少ないニャ。人里離れた場所で自活するか身分証明書を気にしない怪しい仕事を請け負うか身分証明書を偽造するかだニャン。ちなみに後半は犯罪なのニャン。」
ティナエナの瞳はギラギラと輝いていた。
猫ってやっぱり肉食獣なんだな、とイラつく頭の片隅で考えていた。
「追加すると、何か犯罪を犯した場合、君は逮捕され、裁かれる。ただ君は魔法使いだ。裁きは当然重くなる。力を持つ者の義務だね。」
ハンゾウの言葉が続く。
「どのような罪を犯したかにもよるが、最高で死罪、最低でも魔力の強制封印をしたうえで、強制労働。くれぐれも君が道を間違えないことを祈るよ。」
どうやら最初から選択肢はなかったようだ。
ハンゾウをにらみながら口を開く。
「まだ訓練を始めてたったの2週間じゃないか。なんでそんなにすぐに結論を出さなきゃならない。俺の命がかかってるんだぞ。おかしいじゃないか。何が取引だ。最初からそのつもりで俺を嵌めたんですか。」
「嵌めたとは人聞きが悪いな、明らかに寛大な処置なのだが。」
その言葉に俺はどなり声をあげた。体温が俺の怒りに合わせて上昇しているのを感じる。
「寛大な処置だと、ふざけるな。人の力を無理矢理抑え込んで、犬のように飼い慣らすのが寛大な処置なのかよ。」
「達也、お前はむき出しの刃物を抱いてベットで寝ることができるかニャ?自分の愛する人を魔物と同じオリに入れて横で眺めていることができるかニャ?」
そう言われ、俺は硬直した。
「護民団は達也のための訓練組織じゃないニャ。達也に与えた2週間が最大限の譲歩ニャ。これ以上達也を養うお金を団の費用から出すわけにはいかないニャ。」
猫の瞳が達也を射抜く。
「今の達也は力を制御できているとは言えないニャ。いつどこで何に驚いて魔法が暴発しないと限らないニャ。道をボーっと歩いていて、人にぶつかって暴発するかもしれないニャ。食堂で食事中に後ろに落ちた皿の音に驚いて暴発するかもしれないニャ。最悪、寝てる時に悪夢にうなされて、目が覚めたら辺り一面焼け野原になってるかもしれないニャ。ついでに、さっき暴発しそうになった事も分かってるニャ。」
そう言われた俺は何も言い返すことができなかった。
その俺の様子を観察するように眺め、ハンゾウが続けた。
「もう一度言うが、我々帝国は寛大だよ。身分証明書の存在自体を知らない明らかに帝国外からの人間でも、その人物の主張がどんなに不自然でも、どれだけ危険な力を所有していても、罪を犯していない限り処罰は行わない。他の国なら問答無用で強制収容所送りだよ。帝国の基本原則に、疑わしきは罰せず、とあるおかげだな。」
その言葉に俺はがっくりと膝をついた。
「分かった。その取引を受け入れる。」