第1章 異世界へ 6
転生前 6
俺を含めた小学校時代からのチームメイト4人はあいつに追いつくべく必死になって練習した。
だが、冬の大会でもユニフォームはもらえず、大会での仕事は応援だけだった。
あの子の隣でただ応援するしかない自分がみじめで、そんな自分の気持ちを知られたくなくて、必死になって応援した。
冬の大会で緑が丘中学校バスケ部は県大会を優勝した。
決勝戦試合終了1秒前。
2点差で負けていたその場面、あいつはスリーポイントラインの1m以上後ろからシュートを放った。
相手のマークマンも、まさかその距離から撃つと思わなかったのだろう、手が出なかった。
試合会場全体が時間が止まったかのように静かになり、試合終了のホイッスルの音が鳴り響いた。
あいつのシュートを放った後の綺麗なフォームを正面に見ていた俺には分かった。
気がついた時には試合が終わり、応援していた俺たちの仲間は大歓声を上げていた。
劇的な逆転勝利、あいつはブザービーターとなり、大会の最優秀選手にも選ばれた。
あいつに見とれることしかできなかった俺は、チームの勝利を素直に喜べなかった。
自分が情けなく、悔しかった。
全国大会は1回戦で敗れた。
満足そうな3年生の中で、1人悔しそうなあいつの顔が印象的で、それを見つめてほほ笑むあの子の表情はとてもとても魅力的だった。
転生後 6
「最初の威力の調節は分かる。何でもかんでもすべて灰になるまで焼きつくしてるのも武器としてどうかと思うしな。ただ、発動時のキーの設定ってなんだ?」
俺はそう問い返した。
「今までの達也の魔法の使い方は、精霊使いの魔法によく似ていると思うんだ。精霊使いたちは契約で精霊と心がつながっている。だから精霊使いは心で念じるだけで魔法を使用することができるとも言われているし、精霊使いに危険が生じたときには精霊独自の判断で精霊が魔法を発動する場合もあるらしい。もちろん基本的には僕らのように魔法語の詠唱を用いたりするらしいけどね。で、そうなると達也と同じ問題が生じるのさ。反射的に魔法が発動してしまうことをどうやって抑えるか。もちろん反射的な魔法の発動は、ある状況では有利に働くよ。実際、そうでなかったら今頃達也は何度も死んでるだろうし。」
その言葉に思わず口をはさむ。
「何度も死んでるってどういう意味だ。」
「あれ、達也が自分の意思で魔法を使ったのって、この街に来てからが初めてなんだよね。」
「ああ、訓練所で使ったのが初めてだ。それがどうした。」
「だとすると、魔物たちに襲撃された時も無意識に魔法が発動したんでしょう。反射的な発動でなければいくら達也が魔法使いとはいえ、複数の魔物を無傷で倒すのは難しいでしょうし。」
その言葉に首をひねる。
「魔物に襲われたことなんかないぞ?」
「あれ、おかしいな、ティナエナさんが魔物の死体を見間違えるとも思えないし、達也を見つける前に魔法の発動を複数感じたって話だったし…。達也、馬車の2人組に襲われてから、ティナエナさんたちに会うまで、何をしていたの?」
それを話すのは気まずいのだが、カテイラの真剣な目に正直に答える。
「俺は寝ていた、というか、気を失っていた。情けないが、人を殺したのは初めてだったからな。少なくとも覚えている限りでは。そしてあの時の俺は、人の死に耐えられなかった。」
その言葉にカテイラはじっと考え込んでいたが、しばらくして口を開いた。
「やっぱり達也の力はかなり常識外れだね。反射的な発動だけじゃなく、無意識でも発動するんだ。恐らく気を失っていた達也は魔物の群れに見つけられたんだ。まあ、あんなとこに1人でいたなら魔物に遭遇しても不思議はない。普通ならそのまま魔物のごちそうになるところなんだけど、そこで達也の魔法が発動したんだね。魔物の死体というか焦げた痕は10体を超えていたらしいよ。すごい威力だよねえ。でも無意識の発動を抑えるところまでは難しいかもしれないなあ…。とにかく、なるべく早急に力の制御だけでも学んでもらわないといけないね。」
カテイラはそう言いながらにっこりと笑ったが、目だけは冷めていた。
この時の俺は、自分が魔法を使いこなせるようになるってことだけに気を取られて浮かれていたのだと思う。
カテイラの言葉をなぜもっと真剣に考慮しなかったのか、俺は後になって後悔することとなる。
それからは食事の時間とわずかな睡眠の時間を除いて1週間ほぼすべてが魔法制御のための特訓の時間となった。
カテイラは絶対Sだと確信できた。
魔法は体力を使うという意外な事実はすぐに思い知らされた。
また、全部を燃やしつくすのに比べ、全体の一部に的を絞って燃やすのは格段に疲れる作業だった。
大雑把な範囲を燃やすことから始め、徐々に指定範囲を絞っていった。
複数個所を同時に燃やす訓練ではちょっと気を抜くとすべてが燃え上がった。
複数個所を順次燃やしていく訓練もすぐに同時に燃えあがった。
複数個所の火力を調節する訓練においてはどう調節したものかさっぱり分からなかった。
「さ、達也、今日の課題が終わらないと、達也が晩御飯を食べる時間がなくなるよ?」
予想以上の魔法制御の難しさだった。
カテイラは口調こそ丁寧なものの、魔法の訓練時は一切遠慮も妥協もなかった。
特訓が終わった時にはいつも疲れ果てていた。
カテイラの厳しさに、他の事を考える余裕もなく、ただ与えられた課題を必死にこなし続けている間に日々は過ぎて行った。
「朝ニャ、さっさと起きるニャ。」
その声に、俺はまだ寝たりない瞼を何とか広げる。
寝ればとりあえず体力は何とか回復していた。
「ああ、おはよう、ティナエナ。もう朝か。」
そう、この街に着いてから、朝は毎日ティナエナが起こしに来てくれた。
明るい光の中のティナエナはとてもかわいらしかった。
体毛は青みがかかった薄黒。
短い毛が全身を覆っているようだ。
服の下がどうなっているのかは謎。
瞳の瞳孔は青く、縦長だった。
さすが猫。
毎日起こしに来てくれる彼女に俺は都合のいい誤解をしていた。
猫人との恋愛が可能なのかどうかはよく分からなかったが、俺は気にしないことにした。
ある日、朝飯を食べにならんで向かう途中、行動に移すことにした。
さりげなく横に並んでいるティナエナの肩を抱いてみた。
無言で思い切り噛みつかれた。
カテイラにけがの治療をしてもらいながらなぜ噛まれたのかを話していたら、盛大な溜息を吐かれた。
「後でちゃんとティナエナさんに謝っておいてくださいよ。あの人怒らせると怖いんですから。彼女が毎日達也を起こすのは隊長命令ですよ。」
「隊長命令?なんだってわざわざそんな命令を?あ、もしかしてあれか、優秀な魔法使いの俺にティナエナをあてがって、取り込もうってことか。」
その言葉にうんざりした声が返ってきた。
「いい加減、ピンクな空想から離れてください。間違ってもそれ、彼女に言ったりしないでくださいね。僕にまでとばっちりが来そうだ。彼女が達也を起こすのは、彼女以外では危険だと判断されたからです。僕もそう思います。」
そう言われ悩んでいると、カテイラの言葉は続いた。
「魔法の制御に関しては進歩が見られますが、魔法の発現に関してはまだ抑えられませんよね。昨日も背後からの遠隔攻撃を無意識の炎で燃やしたでしょう。ですので、朝達也が目覚める瞬間、何が起こるか分からないことを考慮しての人選です。」
「ティナエナなら俺が魔法を無意識に使っても対処できるのか。」
「そうです。彼女たち獣人は元々魔力を感じる力が優れています。その上彼女はかなり鍛えられています。彼女なら達也の魔法が発動する瞬間をそれが無意識の物であれ捉えて対処することが可能です。無意識であろうと、魔力の流れ自体はありますからね。僕なんかだと間違いなく火傷を負います。彼女は護民団でこそただの分隊員ですが、ギルドランクはすでにBです。ここカラヤンのような小さな街ではトップクラスの実力者なんですよ。」
そう言われ、思わず冷や汗を流す。
「そのな、対処するって言うのがどう対処するのか、対処される側としては非常に気になるのだが…。」
「でしょうねえ。ですからすぐに謝りに行ったほうがいいと思いますよ。どう対処するかは正直彼女の気分次第だと思います。猫人は容赦ない人が多いですし。」
もちろん速攻で謝罪し倒した。
魔力の制御は段々と形になってきた。
炎の大きさを制御し、触れたものの燃焼範囲を複数設定して、個別に火加減を調節することも可能になった。
だが、触れたものしか燃やすことができなかった。
普通の魔法使いであれば、得意不得意はあるものの、炎を遠くに放ったり、ある程度距離の空いた場所に炎を出したりもできるらしい。
「もったいないですよねえ、せっかく威力もあるし、魔法発動までの速度も圧倒的なのに。これで遠隔攻撃も可能なら、間違いなく護民団にも推薦可能なのに。」
そのカテイラの言葉に、気になった俺は詳しく説明してもらった。
「今の達也は、触れたものを燃やすことしかできません。かなりの大きさの物まで燃やせそうではあるのですが、それではあくまで対個人用の魔法となります。それがけしてダメな訳ではないのですが、僕たち護民団に必要とされるのは対集団用の力なのです。護民団の漢字、達也は読めましたね。この言葉には民を護る団という意味が込められています。人々を犯罪者や魔物たちから守るのが我々の仕事です。個々の民衆では対応が難しい仕事をこなす、そのための集団なのです。ですので盗賊たちや魔物の群れを相手に戦うことも仕事の1つです。そのために対集団用の力が、護民団の中では価値があるものとなるのです。」
「でも、個人の犯罪者や、個体の魔物もいるだろうに。」
「もちろんそうです。ただ、個々の小さな事件すべてに護民団が動いていてはきりが無いのです。ですので通常はそういった事件はギルドに任され、冒険者たちが対処することとなります。」
そう言われて納得した。
でもまあ俺は別に護民団に入りたいわけじゃないしな。
どっちかっていうとギルドで冒険者をする方が面白そうだ。
まあ、そのためには問題があるんだがな…。