第1章 異世界へ 5
転生前 5
「しかし、あなたを見ていた管理者が、あなたの魂に魅せられてしまったのです。」
管理者が私の魂に魅せられた?
「ええ。通常であれば我々にとってあなた方の種族の魂は、綺麗ではあるが小さく儚い物。こう言ってしまうと失礼ですが、さほど魅力のあるものではありません。ただ極まれに、大きな輝きを持った魂が生まれることがあります。周りの小さな魂たちを引き寄せ、引き寄せた魂を巻き込んで大きく輝きだすいわば宝石のような魂が。それがあなたであり、あなたの魂の輝きはあなた方の種族としてはあり得ないくらいの大きなものだったのです。」
私は苦笑した。
それでは私が価値のある人間のように聞こえてしまう。
私は周りの誰も幸せにすることができなかったのに。
せめてたった一人あの子だけは幸せにしたかったのに。
「あなたの人生に価値があったのかどうかは、人間ではない私には分かりません。ただ、あなたの魂は間違いなく貴重な輝きを放っています。私たち管理者が魅力を感じるまでに。そして、魂はさらに成長を続けることができます。肉体をまとい、一生を終えた魂は、それがどんなに短い物であれ、ほんの少し輝きを増します。魂は、命として肉体に宿るごとに成長していくものなのです。さらに言えば、ただ一生を終えるのではなく、大きな傷を負い、その魂の傷が癒された後に、より大きな成長をもたらすのです。…つまり、あなたの魂を傷つけ、さらなる輝きに導くために、あの管理者はあなたの周囲に介入したのです。」
転生後 5
護民団のティナエナに連れられてカラヤンの街に来てから1週間が経っていた。
色々と分からないことは残っていた。
というよりも、落ち着いて考える時間ができたぶん、むしろ増えていた。
1番気になるのはやはり、俺はほんとに転生したのか、という点。
なにかの記憶喪失のようなものじゃないのか。
転生だとしたら、根本的に日本語で会話してる時点で変じゃないか。
俺が喋ってるのは日本語だよな。
何度か相手の唇の動きを見ていたが、唇の動きのまま声が聞こえた。
おまけに書き言葉まで日本語だった。
正確には平仮名と片仮名。
俺はそんなに頭がいい方じゃないと自分で分かってるが、それでも異世界にカタカナがあって、英単語や和製英語っぽい単語まで見かけると明らかにそれおかしいだろうとは思う。
漢字はあるにはあるが、一部の例外的な単語を除いて極めて身分の高い人達の間でしか使われていないらしい。
今までに見た漢字は、護民団、の3文字だけだ。
おまけに単位。
時間、重さ、長さ、お金。
とりあえず必死に思いついた物は全部同じだった。
1日は24時間、1年は365日、1の月から12の月まで12カ月、重さはグラム、長さはメートル、お金はエン。
結局悩んでも分からないものは分からないので、俺は今理解できる事を受け入れ、とりあえず生きていくために努力することを始めることにしていた。
あ、そうそうティナエナニャのニャはただ語尾についてたティナエナ達猫人の口癖のようなものらしい。
普通なら成人するころに語尾のニャが自然に抜けていくらしいが、ティナエナは見事なまでにニャが取れないらしい。
彼女のコンプレックスだったようだ。
すまん。
ちなみに、ティナエナの年は謎のままだ。
1度聞いたら無言で引っかかれた。
結果的に、ティナエナに抵抗せずについてきたのは正解だったと思う。ティナエナとティナエナの上司であるハンゾウには転生に関しては伏せたもののそれ以外の事は全て話した。
草原に立つ前の記憶がほとんどないこと。
紅の彼女に出会い、力を与えられたらしい事。
2人組に襲われかけ、1人を燃やしたこと。
護民団の訓練所でハンゾウ、ティナエナ立会いの元、力を使った。
剣の打ち込み用に立てられたらしい頑丈な案山子のようなものに触れた。
力の使い方は何となく分かっていたので、燃えろと念じた。
腹の奥から何かが手の方に流れていき、それが手からあふれたと感じた瞬間、案山子が炎に包まれた。
燃え落ちて灰となるまで1分かからなかった。
2人は驚き、かなりの魔法の力だと言ってくれた。
人を殺したことに関してはあっさり無罪となった。
神殿から呼ばれた神父に誓約とやらを行ってからもう一度状況を説明した。
その結果、俺自身に焼き殺そうと言う意思はなかったこと、力を無意識に使っていたことが確認され、それが事実で真実だと神の名のもとに認定された。
その場で罪はないと許された。
結構神父さんの立場は偉いらしい。
過剰防衛と言われるかと思っていたので一安心。
その後は神父さんも交えての話し合いとなった。
問題は与えられた力に関してだった。
神父さんによると、人に力を与えられるほどの知性ある存在となるとかなり珍しいそうだ。
力を持つ存在とお互いの力を認め合い、契約を交わして力を行使できるようになることはそれなりにあるらしい。
魔法使いが精霊と行う精霊契約が一般的だそうだ。
実際、護民団所属の魔法使い達の中にはそういった精霊使いと言われる人たちが少数だが所属しているらしい。
ただ達也の場合は明らかに相手に嫌われていて、それでも一方的に力を与えられている。
かなりの高位の精霊か、それに準じる力を持った神獣クラスの知性ある獣達くらいにしか不可能ではないかとのこと。
紅の姉さんの謎は深くなっただけだった。
そして俺には街への滞在許可の代わりに力の制御を学ぶことが義務づけられた。
「力を持つ者は、同時に力の使い方を知っていなければなりません。これは力を持つ者の義務であり責任でもあります。あなたも、愛する人を自分の力で傷つけるような事態を引き起こすことを望んだりしないでしょう。」
その時の神父の言葉に、なぜか俺の胸は強く痛んだ。
そして俺は強くうなずいた。
魔法の使い方を学ぶということで、護民団分隊員で魔法士見習でもあるカテイラの世話になることになった。
カテイラは俺と同じ年の18才。
茶髪に茶色の目、身長は165cmほどでちょっとぽっちゃりしていた。
「やあ達也、僕はカテイラ。今日からしばらく君の面倒をみることになった。おかげでしばらくは団の仕事から解放されたのさ、ありがとう。」
そう言って人懐こそうな目でほほ笑んだ。
俺たちはすぐに仲良くなった。
「魔法使いは数が少ないからね。他国もそうらしいけど、この国でも当然優遇されるよ。だから他国からの移住の際も魔法使いは優遇されるし、高待遇な仕事につける可能性も高くなる。」
その言葉でいくつか納得できた。
なんで記憶がないと言う胡散臭い人間によくしてくれるのか分からなかったのだが、魔法の力があるかららしい。
「それも、普通の魔法使いじゃないみたいだしねえ。」
そう続いたカテイラの言葉に首をひねる。
「俺の魔法は普通じゃないのか?」
「もちろん。そもそも精霊使いでもないのに、触媒無しに魔法を使えるってことが非常識なんだよ。」
そうカテイラは説明した。
「魔法は魔力を感じて、魔力を理解して、そして魔力に干渉を行うことで望む現象を引き起こすことなんだ。そして、魔力に干渉を行うために必要なものが触媒。僕の場合はこの杖。」
そう言いながら腰にぶら下がっていた袋から20cmほどの短い杖を取りだした。
木目が綺麗で先端に水色の宝石が埋め込まれていた。
杖には何か文字のようなものがつらつらと刻まれていた。
「僕が魔法を使うときは、この杖を手に持つ。そして魔力を感じながら体の中から杖に魔力を流し込み体の中に呼び戻す。これから使う魔力を触媒に触れさせるわけさ。そうして魔法語の詠唱を行い、魔法を発動させるんだ。詠唱以外の方法としては、魔法言語によって書き込まれた魔法符に魔力を流し込んで発動させる方法や魔法陣を使う方法もある。ただ、どの方法にしても魔力を触媒に通す作業は絶対必要なんだ。」
そうカテイラは語った。
「触媒ねえ。そう言われても俺はそんなの持ってないしなあ。そもそも最初は魔法を使おうと思ってたわけじゃないしなあ。あ、さっき出てきた精霊使いってのは触媒がいらないのか?」
思わずそうつぶやく。
「達也が精霊使いならね。もちろん精霊が魔法を使うなら達也自身には触媒がいらないよ。でも達也は精霊使いじゃないでしょ。」
カテイラはそう言い切る。
「なんで俺が精霊使いじゃないと分かるんだ。」
その言葉にカテイラが笑いをこぼす。
「だって、達也についてる精霊なんかいないじゃないか。精霊使いと契約する精霊は中級精霊以上。中級精霊くらいの魔力にもなると、魔法を使える人間ならだれでも分かるさ。僕も団の本部で何人かの精霊使いと精霊の力を感じたことがあるしね。」
そう言われてそんなものなのかととりあえず納得した。
「でも不思議な話だよねえ。魔力を感じて魔力を理解すること、それが魔法使いとしての最初のステップで、これを乗り越えてはじめて魔法を使えるってことにつながるんだけどねえ。」
カテイラは首をかしげる。
「まあ、細かいことはいいか。達也がしなくちゃいけないのは魔法の制御。具体的には出す火の威力の調節と、出した後の威力の調節。後、できれば発動時のキー設定だね。」
そうカテイラの話は続いた。