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第1章 異世界へ 4

 転生前 4



 中学校でのバスケ部は別世界だった。

 ボールが一回り大きくなり、ゴールは途方もなく高くなった。

 小学校の全国大会でも背の高い奴はいたが、3年生の先輩たちとの体格差は圧倒的だった。

 特に男子の世界で、中学校の世界での、学年の差はとてつもなく大きかった。

 考えてほしい。

 中学1年生はほんの直前まで小学生だ。

 そして3年生は来年高校生なのだ。

 体格の差だけではなく、瞬発力、持久力、ジャンプ力、全ての面で圧倒的な差があった。

 中学1年から部のスタメンとなって、全国大会を制覇してやろうという俺たちの無茶な野望は当然のように無理だった。

 あいつ以外は。

 体格こそ一目でわかる差があり、持久力もやや不足していたが、あいつの瞬発力とジャンプ力、そして何よりバスケセンスは圧倒的だった。

 部の中で見る見るうちに頭角を現し、1学期の終わりにはスタメンとなっていた。

 俺は最初の挫折を味わった。

 

 そして夏の大会、3年生+あいつのチームは地区大会を勝ち抜いた。

 あいつの活躍は3年のだれよりも圧倒的だった。

 何よりもあいつのプレーは人の目を引き付ける。

 動きに華がある。

 バスケ部は県大会決勝まで進み、そして負けた。

 試合後のあの子の涙。

 

 3年の中に一人いるあいつを見つめるあの子の涙に、俺は告白する前に失恋していた事実を知った。







 転生後 4



 目の前に突き出されたのが背後からの人物の剣と気付き、俺は恐る恐る両手を持ち上げた。

 魔法の練習をしておけばよかったかと考えていると、再びかわいらしい女の声が上がる。

 

「サムチェ、こいつの武装を解除するニャ。魔法触媒は確実に取り上げるニャ。サトルとカライエはその場で周囲の警戒も続けるニャ。」


「姉さん、了解。」


 今度は道から外れた草原の中から声と共に一人の男が立ち上がった。

 男は達也の真横まで来て、体をまさぐった。

 見えない場所にもまだいるらしかった。

 合計で4人もいるのか。

 俺の魔法が使えるとして、どこまで戦えるんだ。

 いや、弓で撃たれたらおしまいなのか。

 男から狼狽の声が上がった。

 

「姉さん、こいつ何も持ってませんぜ。道具袋どころか水袋さえねえ。」

 

「そんなはずはないニャ。間違いなくこいつから強い魔力を感じるニャ。それに周囲の死体は状態から見て間違いなく魔法によるものニャ。もう一度よく調べるニャ。」

 

 その言葉にあわてて隣の男が手を動かした。

 逆に達也は自分が落ち着いてくるのを感じた。

 どうも昼間の男たちと違って、俺は襲われているのではないようだ。

 俺の魔法を警戒していた。

 俺には魔力とやらがあるのか。

 

「なあ、ちょっといいか、今の状況がどうなってんのか教えてくれないか。」


 達也は自分が落ち着いた声を出せたことにほっとした。


「なよなよしたわりに度胸があるやつニャ。まあ、教えてやるニャ。今日の夕方、隣町へ向かっていた商人が馬車を保護したニャ。無人で馬が明らかに怯えていたので商人は魔物か盗賊に馬車の主が襲われたと思い、街に引き返して団に通報したニャ。その通報を受け、私たちが来たニャ。そして今怪しい男の取り調べ中ニャ。」

 

「その怪しい男が俺か。」


 達也は溜息を吐いた。


「襲われたのは俺の方だ。その馬車には二人組の男が乗っていた。髭面の体格がいい奴と痩せた男。この格好で一人で歩いていた俺を見て、俺を捕まえようとした。あれは明らかに俺を売り飛ばそうとしていた。」


 隣の男は俺の両手を何かを探すように撫でていた。

 気持ち悪い。


「街の門番が言ってた馬車の主と一致します。盗賊崩れの行商人だったようですね。こいつの手に焼き印はありません。」

 

 それを聞いて剣が引かれた。

 俺はほっと息を吐いた。


「で、手ぶらの魔法使いがこんなところで一体何をしているニャ。はぐれでもない。荷物はどうしたニャ。」

 

「いや、荷物はもともと持ってなかったんだ。」

 

「荷物を持ってないってどういうことニャ。名前を言うニャ。どこから来たニャ」

 

 荷物なしに草原を歩くのはおかしいらしい。

 まあそりゃそうだよなと俺も思う。


「俺も分からないんだ。気が付いたら草原の真ん中にいた。この格好で、荷物は何もなかった。名前は神埼達也。俺がどこから来て何をしていたのか、自分でもよく分からないんだ。前の事ほとんど覚えていないんだ。なあ、いい加減そっちを向いてもいいか。」

 

 とりあえず俺はそう答えた。

 転生やら紅の姉さんのことやらは、よく分からないこいつらに話す気はなかった。

 そうなると俺に話せるのはこの程度の事しかなかった。

 俺の返事に隣の男が息をのみ、つぶやく。

 

「苗字持ち。」


 女の声が続く。


「お前は貴族かニャ?」

 

「貴族?なんで俺が貴族になるんだ?」

 

 問われて思い出そうとするがよく分からなかった。

 言葉の意味は理解できたが、自分が貴族に関係していたとも思えなかった。


「この国で苗字を許されているのは基本貴族だけニャ。ついでに忘れてると言い張るなら教えてやるニャ。貴族を騙るのは結構大きな罪になるニャ。」


 そう言われて達也は慌てた。


「お、大きな罪って、どれくらいの罪になるんだ。」

 

「そうだニャ、軽く左手を切り落とされるくらいの罪だニャ。さらに貴族を騙って誰かをだまして商売したりしたら首も切り落とされるかニャ。」

 

 何となく声が楽しそうに聞こえた。

 達也は完全にうろたえ思わず振り向いた。


「いや、まて、俺は貴族じゃないと思うぞ、多分。名前は達也。ただの達也だ。」


 そう声をあげた次の瞬間、目の前の相手の顔を見つめて固まった。

 

 猫がいた。


「猫。」


 目の前の猫を凝視しながら思わずつぶやいた。

 目の前の猫は軽く首を傾け剣を持っていない左手で自分の顔を撫でた。


「顔に何かついてるかニャ。」


 正確には首から上が猫の頭だった。

 暗いために色がよく分からないが、短い毛でおおわれているようだ。

 暗闇の中で大きな瞳の瞳孔は広がっていた。

 白いひげと頭の耳が楽しそうにピクピク動いた。

 顔を撫でている左手は普通の人の手に見えた。

 あ、爪は明らかに太くてとがっていた。

 掌に肉球が付いているのか非常に気になった。


「もしかして、猫人と会うのは初めてかニャ。」

 

 目の前の猫からの言葉にうなずく。


「なんだ、どんな田舎から来たんだお前。」


 隣の男のあきれた声にこたえたのは目の前の猫だった。


「昔、私の顔を見た瞬間に化け猫ーっと叫びながら逃げ行ったやつがいたニャン。」


「うん、なんだ、人間だれしも未知の物に遭遇すると思いもかけない行動をとったりするもんだよなあ、少年。」


 隣の男はそう言いながら達也の肩を叩いてきた。


 こちらは30歳前後に見える普通の人間だった。

 少なくとも顔は。

 体格はがっしりしていた。

 ポケットがたくさんついた長袖の上着にリュックのような荷物をしょっていた。

 腰には剣。

 猫人の方は年齢不詳。

 俺には猫の年は分からん。

 声は女の声で、若そうな感じはした。

 上下が革の鎧で、所々金属での補強もされているようだ。

 右手の剣はすでに俺に向けられてはいないが、腰の鞘にしまわれてもいなかった。

 やはりリュックを背負っていた。


「私の名前はティナエナニャ。護民団カラヤン駐留分隊分隊員ニャ。とりあえず街の団舎まで付き合ってもらうニャ。」

 

 とりあえず、すぐさまどうこうされることはなさそうだ。

 ちゃんとした秩序もあるらしかった。

 きちんと情報収集もしたかったので、好都合ともいえた。

 おとなしくついて行っても問題はないと思えた。


「分かった、ティナエナニャさん、俺もいろいろと聞きたいこともある、よろしく頼む。」

 

 達也はそう言って軽く頭を下げた。

 

 頭を上げると目の前の猫の目が剣呑に細められていた。

 隣の男は明らかに笑いをこらえていた。


「あ、あの、ティナエナニャさん、俺何か気に障る事を言いましたか。」


 隣の男がプルプルしていた。

 猫人がゆっくり口を開いた。


「私の名前はティナエナニャじゃないニャ。ティナエナニャ。」


 その言葉に焦りながらも首を傾げる達也。


「ティナエナニャじゃないティナエナニャさん?なんか発音が違うのか?」


 隣の男が吹き出した。

 必死で笑いをこらえようとしているがこらえきれないようだった。

 それを冷たい目で睨みつける猫人。

 

「もういいニャ。なんか説明するのがあほらしくなって来たニャ。サトルとカライエも出てくるニャ。街に戻るニャ。」

 

 おとなしくついて行くことを決めた達也だった。






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