第1章 異世界へ 3
転生前 3
「あなたが想像している死神とは少し異なります。いま私はあなたの記憶の中から言葉を借りて表現しているので全てを伝えることはできないのですが、大まかに説明させていただきます。我々はあなた方よりも数段階上の段階にある知的生命体の組織です。我々は多くの世界で知的生命体の魂の成長を見届けているものです。それが管理者です。あなたの世界も我々管理者の仲間が見届けていました。ですが、残念なことに事件が生じてしまいました。」
事件。
私が死ぬこととなったことだろうか。
「いえ、あなた方の世界であなた方の間でのみ起きる事柄に関してであれば、我々が介入することはありません。それもまた魂の成長の糧となるのですから。我々はただ黙って見守るだけです。しかし、あなたを見ていた管理者が、あなたの魂に魅せられてしまったのです。」
転生後 3
朝日の眩しさに、達也は眼を覚ました。
地面で寝ていたためか、体の節々が痛んだ。
だが、不思議なことに体に全く疲れは残っていなかった。
むしろ試合直前、アップ直後のように体が火照る。
全身を力が満ち溢れていた。
立ち上がり、昨日の彼女のことを考えた。
「あれは夢か?」
草原を貫く一本の道。
前後は地平線まで見通せた。
どう考えても突然目の前に人が現れることはあり得ないと思えた。
そして、体を包み込み全てを焼けつくすかのような炎。
痛みだけをもたらす炎などあり得るのか。
あれほどの痛みが今は一切なく、体には逆に力が満ちていた。
昨日から食事を一切取っていないにも関わらずだ。
これは夢か?
それとも俺はすでに発狂しているのか?
答えが出ないまま、達也は朝日の昇る方向へと歩き出した。
昼近くだろうか。
昨日と違い、歩き続けても達也は全く疲れを感じなかった。
道の向こうから何かが近付いてくるのが見えた。
それは馬車だった。
今どき馬車が、と思いつつ、達也は歩みを進めた。
みすぼらしい幌付きの馬車の手綱を髭面の男が握っていた。
さらに距離が近づくと、その男はにやにやとこちらを見ながら笑っているのが分かった。
嫌な予感を覚えた達也は、そのままやり過ごそうとした。
が、馬車は達也の直前で足を止め、男は御者台から降りてきた。
「よう兄ちゃん、こんなとこで一人で何やってんだ。」
男は達也よりも長身だった。
達也が175cmだから、男は180cmを超えているだろう。
そして、横幅は明らかに達也より一回り以上大きかった。
達也と同じような布のズボンに、上半身だけあちこちに傷の付いた革の鎧を着て、右手は腰から鉈のような大きなナイフを抜いていた。
馬車の幌の中から声が聞こえてきた。
「なんだこんなとこで馬車をとめて。しょんべんか?。」
鉈を持った男が顔のにやにやを止めようともせずに答える。
「ちげーよ。どこから逃げてきたのか可愛い迷子のお坊ちゃんだ。俺たちが連れて行ってやろうぜ。」
「まじか!」
幌の中からもう一人男がでてきた。
もう一人は痩せた貧相な男で、同じような汚い皮鎧を着け、右手には剣を、左手にはロープの束を持っていた。
痩せた男が声を上げた。
「こりゃお坊ちゃん、あんたついてるねえ。こんなとこで俺たちと会えるなんて。町までまだ1日かかる。坊ちゃん一人じゃ狼一匹だって追っ払えないだろう。俺たちが送って行ってやるよ。」
目の前の男たちが持つあからさまな凶器に、達也は怯えていた。
目線が泳ぎ、体が震えるのが分かった。
「い、いえ、大丈夫です。おかまいなく。」
達也の怯えが分かるのだろう、目の前の二人は顔に喜色を浮かべる。
「こりゃ間違いなくはぐれてんな。ずいぶんこざっぱりした坊ちゃんだ。おまけに見ろよ、目が黒いじゃねえか、こりゃ高く売れるゼ。」
「まったくだ。これでしばらく遊んで暮らせそうだな。おい、おとなしくしろよ。騒がなけりゃ脚の腱は切らないでおいてやるからよ。」
痩せた男が近づきながら声をかけてくる。この時達也は震えながら悟った。
今まで色々と不思議な思いをしながらもどこか現実離れをしていて実感できていなかった事。
これは冗談やドッキリなんかじゃありえない。
ここは日本じゃない、こんな日本人はいるわけがない、と。
明らかに獲物を縛りあげようとする痩せた男の暴力的な気配を目の前にして、体が動かない達也はただ立ちすくむしかなかった。
ロープを持った痩せた男の手が達也に伸びた。
そして達也の体に触れた瞬間だった。
痩せた男の体が炎に包まれ燃えあがった。
目の前で生じている出来事に、達也と髭面の男は全く反応することができなかった。
人が激しい炎に包まれてしまうと、声もあげることができないのだという事実を達也はこの時知った。
硬直していた痩せた男の体が崩れ落ちた。
その音に我に返ったのか、馬車の馬が馬車を引きずりながら街の方角へ駈け出して行った。
至近距離でなお炎が燃え盛っているにもかかわらず、達也は全く熱さを感じていなかった。
痩せた男が瞬く間に黒こげの何かに変わって行く状況で、最初に動いたのは髭面の男だった。
手からナイフを取り落とし、地面にぺたんと座りこんだ。
最大限に広げられた目が、痩せた男のなれの果てを見つめ、必死に離れようとしていた。
「こ、こんなところにま、魔法使いが、が、が、あ、りえねえ。」
痩せた男だったものの燃えカスが砕けてただの灰となり、達也はようやく視線を動かすことができた。
必死に後ずさっている髭面の男と目があった。
とたん男は
「ひぃーーー。」
と、か細い悲鳴をあげ、おもむろに立ち上がり、道を外れ草原の中へ駆け出していった。
達也はただそれを呆然と眺めていた。
やがて髭面の男が視界から消え去ってどれくらいだろうか。
灰の残りから数歩離れた達也は、その場に胃液を吐きだした。
人が目の前で焼け死んだ。
その事実を受け入れることができなかった達也はその場で気を失った。
目が覚めた時には日が暮れていた。
達屋の周囲にはいくつかの灰の塊が転がっていたが、夜の闇に溶け込み達也の眼では気付かなかった。
そのまま大地に仰向けに寝転がり、先ほどの事を思い出した。
自分で思ってたよりも今は落ち着いていた。
痩せた男を燃やした炎は自分が出したものだということも理解していた。
「あれが紅の彼女が与えてくれた力か。」
魔法の力。
敵を焼き尽くす炎の力。
「剣と魔法の世界ってところに転生をしましたーってかい。」
目の前に広がるもう一つの証拠を眺めながら、達也はつぶやく。
夜空に広がる星々を見た時、頭の中にいくつかの単語が浮かんでくる。
田舎の祖父、星座、祖父に教えてもらった星座。
「知ってる星座が一つもねーしなー。」
理由は分からないが、知っているはずの星座を見たら名前は分かると思った。
「異世界確定か。」
ここは異世界。
自分はたった一人。
紅の彼女は力を与えてくれた。
その力で意図したものではないとはいえ人を殺した。
彼女の事を思い出してみる。
「なんかよくわかんないことを色々言ってたよな。できればもう一度会って話を聞きたいところなんだけど…。」
そもそも彼女が誰でどこにいるのかが分からなかった。
しかも最初に感じたあの巨大な何かの気配。
彼女がただの人間だと今の達也には思えなかった。
そして自分は明らかに嫌われていた。
そうなると仮に会えたとしても、彼女がいろいろと教えてくれるとも思えない。
達也は立ち上がった。
星明かりしかなかったが、周りは大体見えた。
街に向けて歩き出そうと街の方向に目をやると、不意に背後からかわいらしい女の声が上がった。
「まあ、自分で歩いてくれるなら楽でいいニャ。おとなしくそのまま両手を上げるニャ。」
背後から首の横を通して剣が突き出された。