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第1章 異世界へ 29

 転生前 29



「つい先ほど、武宮市長宅にて動きがありました。警察が慌ただしく武宮市長宅に踏み込み始めました。」


「一体何が起きたんですか?警察隊の突入が始まったのですか?」


「いえ、現場の状況は非常に混乱しているのですが、どうも市長宅内部にて、何らかの動きがあった模様です。どうやら警察側からの意図した踏み込みではない様子です。」


「設置されていたとされる爆発物はどうなのですか?」


「現在のところ爆発が生じたとの情報は入っておりません。ただ、銃声のようなものが聞こえたとの声も聞かれます。現在は、犯人側の抵抗も、外から見た限りでは行われている様子はありません。」


「一体現場では何が起こっているんでしょうか。」


「あ、今警察が子供を抱えて出てきました!血まみれです!どうやら男の子のようですが、武宮護君でしょうか?血まみれでぐったりとしています。今抱えられながら救急車に運び込まれました!」


「あ、武宮市長と家族の方の姿も見えました!武宮市長、奥様、娘さんの2人が、警察に連れられて車へと移動しています。みなさん険しい表情を浮かべていらっしゃいますが、どうやらご無事のようです!」


「人質には市長のご両親もいらっしゃったはずなのですが、姿は見えますか?」


「いえ、今のところ他の方の姿は見えません。あ、今担架が運ばれていきます。2名ですね。ご両親でしょうか?担架で運ばれていきますが、毛布で覆われているため様子は確認できません。」


「確認させてください。武宮市長と奥さん、娘さんの4人はご無事。息子さんが血まみれで運ばれた。2人は担架で運ばれたが、誰だか分からないと言うことですね?」


「はい。息子さんとご両親の安否が気遣われます。詳しい状況が分かり次第お伝えします。」


「犯人達はいったいどうなったのでしょうか?」


「犯人達の姿は現在のところ確認されておりません。もしかしたら担架の人物が犯人なのかもしれません。」


「一体何が起こったのでしょうね。ご家族の皆さんが無事だといいのですが。」




 マスコミに向けて発表された内容は、センセーショナルに受け止められた。

 5人の犯人グループは、隙をついた人質側の抵抗により全員が死亡。

 武宮市長のご両親2人も死亡。

 息子さんが軽い怪我。

 その他の市長及び家族の方々は、若干の衰弱が見られるものの、身体的には問題なし。


 ただし、事件の影響で軽い興奮状態にあり、大事を取ってしばらく病院に入院するとの内容だった。


 衝撃的な発表内容に武宮市長は一躍時の人となったが、武宮市長は事件に関して口を閉ざし、警察もそれ以上の発表は行わなかった。


 家族を守るために犯人を市長が殺害したとの憶測が流れたが、世論は市長の味方だった。

 両親を失ったものの、その他の家族を凶悪犯から守りきった市長には称賛の声が集まった。






 転生後 29



  

 カルナは真っ赤な顔で興奮しながら、盾を入手した経緯を語った。

 様子を見るに、酒を飲んだようだ。

 カルナの話が進むにつれて、マリナの顔は真っ青になって行った。

 喋るだけ喋ると、カルナは眠りこんでしまった。


「…しっかりしているように見えて、まだまだ子供か…。こんな話に引っかかるなんてな。一人にしておいたのは失敗だったか。」


 俺はしみじみとつぶやいた。

 カルナが手に入れたという盾を、手にとって見てみる。

 鋼鉄製のように見えたが、鋼鉄製にしてはやけに軽い。


「妙に軽いな、これ。実は鋼鉄でもないとか?」


 仮に鋼鉄製だとしても、盾ならせいぜい十万円もあれば買えるはずだ。

 素材までだまされていたとしたら、盾として使えるかも怪しいか…。


「我にも見せておくれ。」


 サクラが盾を手に取り興味深そうにしげしげと眺めた。


 マリナは手を震わせながら、カルナのポケットから羊皮紙を引っ張り出していた。


「ああ…、なんて軽はずみな…。」


「それは?」


「さっきカルナが話していた証文です。明日中に三十万円を盾の代金として支払うと。支払いが遅れた場合の延滞金までしっかり書かれています。なんて事を…。」


 横から覗いてみると、延滞金は10日遅れる毎に十万円加算されると記されていた。


「どう考えても前もって用意してある証文だよなあ…。まあ、そんなに落ち込むなよマリナ。もうカルナが買っちまったものは仕方がない。三十万は確かに痛いが、今の俺たちなら10日たつ前に充分に稼げるさ。ま、カルナには明日じっくり説教だけどな。」


 カルナの失態にマリナが気落ちするのは分からないでもないが、今の俺達にカバーできない金額でもないだろうと声をかけた。

 が、マリナの顔色は一向に良くならなかった。

 むしろどんどん悪くなっていった。


「これもまた典型的な手口じゃのう。」


 証文を覗き込んだサクラが呟いた。


「昔からある手口じゃ。物は何でもいいのじゃ。現金がない相手に、いついつまでに払わないといくらいくらの延滞金が発生すると証文に書かせるのじゃ。相手がまともな商人なら問題ないのじゃがな、流れ者じゃと話は別じゃ。」


「どうゆうことだ?」


「金を返そうとしても、相手がいないのじゃよ。流れの者じゃと、一度街を出たら次に戻るのがいつになるか分かったものじゃないからの。極端な例じゃと数年後にひょっこり戻ってきてこの証文の金を払えと言ってくるのじゃ。証文自体は本物じゃからな。田舎の村から出てきた者が、ちょくちょく引っかかるようなんじゃがな。」


「…そして払えないとなると、領主に訴えられます。…ギルド資格は剥奪、最悪奴隷として売り飛ばされることになるかもしれません…。」


 その言葉に驚いた。


「奴隷?帝国では奴隷が認められているのか?」


「表向きは奴隷売買は禁じられています。ですが、自らが生涯無報酬の誓いを立てて仕事に従事することは禁じられていません。労働者と言う建前ですが、実質的には奴隷です。」


 なるほど…、そうなると確かに話は違ってくるか…。

 マリナの様子に納得がいった。

 思っていたよりもかなり深刻な事態だった。



「お兄様、サクラさん、このままではお2人まで巻き込んでしまうかもしれません。パーティーは解散しましょう。」


 マリナは真っ青な顔のまま、そう申し出てきた。


「解散してお前らはどうするつもりなんだ?」


「カルナは私の兄なんです。たった1人の肉親なんです。私は兄を見捨てることはできません。」


 声を震わせながら、マリナが悲しげにほほ笑む。


「お前達2人では討伐は厳しいんだろう?こんな借金まで抱えてやっていけるわけないだろう。」


「いざとなれば、私がカルナを守ります。」


 マリナの言葉に首をひねったが、続く言葉に愕然とした。


「男よりも…、男よりも女の方が奴隷としては好まれるのです…。」


 目に涙をいっぱいに浮かべてつぶやくマリナに、俺は力強く告げた。


「そんな悲しい事言うな、マリナ。俺がそんなことさせない!」


「でも、でも、カルナがしでかした事にお兄様を巻き込むわけにはいきません!」


 マリナは涙をぽろぽろこぼしながら、悲しい声を上げた。


「お兄様は私達を助けてくれたんです。命をかけて。そんなお兄様を巻き込むわけにはいかないんです。」


 あまりのマリナのいじらしさに胸が熱くなった。

 マリナの小柄な体を、思わず抱きしめた。


「それだよマリナ。」


 突然抱きしめられて、まごついているマリナに告げた。


「え?」


「俺はマリナのお兄様なんだろう?カルナも俺の事を兄ちゃんと呼んでるんだ。兄として、大事な弟と妹をほっとけるわけないだろう?俺たちならなんとかなるさ、いや何とかするさ。」


 俺の体にすっぽりと抱きしめられてしまう小さなマリナに、やさしく話しかけた。


「お兄様…。」


「ここでお前たちを見捨てるほど、つまらない男じゃないつもりだぞ。」


 そう言って笑いかけると、俺の胸の中でマリナが顔を上げた。

 やがて、真っ青だったマリナの顔が、ゆっくりと赤くなり、そのまま顔を隠すように、俺にギュッとしがみついてきた。

 俺の胸にも届かない小柄な体を、俺もギュッと抱きしめてやった。


 こんなに小さいくせに無理しやがって。


「ウオッホン。あー、お熱いところを申し訳ないのじゃが。」


 サクラの声に、慌ててマリナから離れた俺。

 不満気に見つめてくるマリナの目から逃げるように、サクラに告げた。


「いや、サクラ悪い。聞いての通りの状況だ。俺はマリナとカルナを助けたい。しかし、お前まで」


「まあ、待つのじゃ。タツヤ殿の言いたい事は分かった。今日はもう時間が遅い。この話の続きは、明日の朝マモル殿が見えてからにせぬか?」


「でもサクラさん。」


「まあ、マリナも待つがよい。ちょっと気になる事もあるでな。」


「気になる事?」


 そう言われてみると、サクラの様子が何やら怪しい。

 状況は把握しているはずなのに、妙に楽観的と言うか楽しげな空気を漂わせていた。 

 あれほどカルナの事を心配していた様子なのに、妙だ。


「我も確証があるわけではないのじゃ。マモル殿に確認すれば確実じゃしの。全ては明日じゃ。」


 そう言って、サクラはハンモックにもぐりこんだ。

 ちなみにサクラ、気がついた時にはハンモック持参で住み着いていた。

 パーティーは一心同体なのじゃ!と言うことらしかった。

 

 サクラのあまりに無頓着な様子に、俺とマリナは思わず顔を見合わせた。

 しばらくきょとんとした眼をしていたマリナは、やがておずおずと上目遣いになった。


「あ、あの、お兄様。さっきギュってしてくれて、私本当にうれしかったです。私達を見捨てないでいてくれて、本当にありがとうございます。」


 うわっ、何このかわいい生き物!

 元々小動物系のマリナにこの仕草はまずいだろ!


 俺は赤くなる顔をごまかすように、マリナの頭をなでた。


「ま、最悪俺とマリナとカルナの3人でも何とかなるさ。要はしっかり稼げばいいだけの話だ。問題ないって!」


「はい、お兄様!」


 しばらくぶりに見たマリナの心からの笑顔は、とても眩しかった。


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